6.正直者の憂鬱

「はあ……」

「お前なぁ」


 ため息をつく俺を見て、増田が呆れた声で言った


「人がせっかく祝ってやってるのに、もうちょっとテンション上げれないのか?」


 机の上には増田が用意したスーパーの半額総菜が並んでいる。ちょっとしたパーティーだ


「ちなみに割り勘な」

「おいおい、俺のお祝いだろ?」

「それならそのため息やめれ」


 事の顛末をLINEで報告した後、再び合流することになった。ちなみに増田の抽選は見事にハズレ、お目当てのガンプラはゲットならずだ


「といっても、バイトが決まっただけだし」

「フルタイムのパートだろ?」

「非正規には変わりない」

「正規、非正規って言ってもさ、今の時代いろんな生き方があるからな。正規にこだわらなくてもいいと思うぞ」


 全く他人事である

 

「安月給じゃ将来結婚もできんだろう」

「その由香さんだっけ?彼女と結婚すればいいじゃないか」


 全く他人事である。ホントに


「そんな夢みたいな話じゃなくて、俺は現実問題の話してんの」

「現実問題っていうなら、現状お前に一番近い女は由香さんだろ」


 ああ言えばこう言う


(はあ‥‥‥)


「だからため息」

「すまんすまん」


 金麦を煽る


「でもなあ、本当にこれでいいんだろうか。勢いで受けちまったけどさ。それに嘘ばっかりついて」


 そもそも来店した動機から全て嘘なのだ。あの人たちを騙してこれから一緒に働こうとしている。罪悪感で喉の奥が詰まりそうだ


「嘘ねえ。どんな嘘かは知らんけど、誰だってその場しのぎの嘘くらい吐くもんじゃないの?」


 増田の言うとおりだ。たしかに「店の雰囲気が気に入りました」くらいのおべっかなら何ら問題ないだろう


「俺さ、フリーターって言っちゃったんだよ。職歴隠してさ」

「そんなこと……」


 増田はいったん言葉を飲み込んで、何かを考えている様子だ


「いや、俺はお前の立場になったことがないから想像でしか言えないんだけどな」


 こういう感じで言葉を選んで話せるのは素直にスゴイと思う


「一般的に考えてフリーターだろうが失業中だろうが、バイトを雇う上では大差ないよな」


 俺は頷く。いさじい――じいさんは新山功男いさおというらしい――も履歴なんか関係ないと言っていた


「それでもお前がそこにこだわるのは、嘘を吐いたかどうかよりも‥‥‥なんというか、前の仕事とか辞めた経緯とかをまだ消化しきれてなくて、自分自身の心のわだかまりみたいなもんに引っかかってるからじゃないか?」


 言いたいことは分かる。「実はフリーターじゃなくて失業中でした」と言っても、誰も何も気にしないだろう。それで…


「俺がまだ引きずっていると?」

「本当のとこはお前しか分からんけどな」


 他人事である。が、核心をついてくる


「まあどっちにしてもさ、面接で『前の職場の上司殴ってクビになったばかりの無職です』なんて言えないわな」

「だから、殴ってないしクビでもないって」


 増田がニヤリと笑った。俺は唐揚げ乱暴にとって口に放り込んだ。半額でも旨いものは旨い


「それでもだ。嘘も方便。わざわざ言わなくても何の問題もない。就職活動のコツは嘘を吐くことだって学校で習わなかったか?」

「俺の高校じゃあ、嘘は社会で生きるためのコツだって習ったわ」

「そうだろ?ちなみに恋愛のコツも同じだって知ってた?」

「まったく生きづらい世の中だ」


 俺は大袈裟に首を振ってみせた。増田が真面目なトーンで言った


「お前は正直すぎる」


 吹き出しそうになった


「いや、嘘つきだよ」


 嘘は十八番だ。なにせ元公務員だから


「嘘つきと正直者の違いって分かるか?」


 増田がなぞかけをしてきた


「人間は全員嘘つきだろう?」

「いんや。真の嘘つきは自分が嘘をついていることすら気付かない奴のことだ。そして、嘘だと分かったうえで自分の利益のために吐く奴は二流の嘘つきだな」

「じゃあ、俺は二流か」


 増田は首を振って俺を指差した


「自分が嘘ついたことをいちいち後悔して凹んじまう人間のことは正直者というんだよ」

「俺がそうだと」

「別名バカともいう」

「おい」

「今の世の中は正直者が馬鹿を見るように仕上がっちゃってるからな」

「まあ、な」

「正直もほどほどにな」


 増田は俺を正直者だというが、どうだろうか


(でも、まあ……)


 いつか由香さんや功じいにも本当のことを話せる日が来たらいいな、と思っている俺はやはり正直者なのかもしれない

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