5.不採用面接

 面接が始まった


(二人には悪いけど……)


 できるだけ手間をかけさせないように、さっさと不採用にしてもらおう


「では、お名前をどうぞ」


 じいさんがやけに丁寧な口調で言った


「あっ、おじいちゃん緊張してるー」


 彼女が横から茶化した


「ごめんなさいね。うちでバイトを募集するのって初めてだから、こういうのに慣れてないんですよ」


(今までは二人でやっていたのか)


 確かにこのくらいの規模のお店なら家族経営…なんならじいさん一人でもなんとか回していけそうな気もするが


「そうなんですね。えっと…、名前は黒木亮と申します。年齢は25歳です」


「25歳!年上なんですね!ごめんなさい、学生さんかと思って…」


 彼女がバツの悪そうな顔で言った


「ああ、履歴書を持ってきてないですもんね。履歴書もなしじゃ、ダメですよね」


 俺は申し訳なさそうに言った。履歴書も持たずに面接に来る奴なんか普通に考えて不合格だろう


「履歴書なんかどうでもええ」


 じいさんが俺の目をジッと見据えた


「あんたがどこの学校を出てようが、これまで何をしてこようが、本屋での仕事とは何ら関係ないからな」


 俺は黙って頷いた


「あんた、本は好きか?」


「いいえ」


 ほぼ無意識に答えていた。正直に。嘘は吐けなかった

 しかしこれで不合格は間違いないだろう


「そうか」


 一瞬じいさんの顔が曇った気がした


「あっ、いや、でも、マンガは読みます!」


(何言ってんだ)


 自分でも呆れる。取り繕ってどうしようというのだ。いや、取り繕えてさえいない。言うに事を欠いてマンガとは……恥ずかしい

 しかし、じいさんは再び俺の目を見て言った


「マンガも本じゃよ」


 それは明瞭で重厚で、そして優しい声だった


(ああ、この人は本当に本が好きなんだな)


 成り行きとはいえ、この人を騙すようなことをするのは胸が痛む


「しかしうちの店はマンガを扱っておらん。本好きではないというあんたが、どうしてこの店に?」


 お孫さんを追いかけて……などと言えるはずもない


「お店の雰囲気がとても気に入りました。趣があるというかなんというか」

「ほう」


 じいさんは頷いた。まんざらでもないようだ


「一見古めかしく見えるかもしれんが、わしらが大切に守ってきた店じゃ。それなりの雰囲気は出ておるだろう」

「よかったね。おじいちゃん」


 彼女も嬉しそうだ

 じいさんは彼女に言った


「わしはこの男を気に入ったぞ」


「えっ」


 と声を上げたのは俺の方だった


「ま、まだ少ししか面接してないですよ」

「長年商売をしていたら相手の目を見ればどんな人間かくらい分かるようになるもんじゃ。あんたはマジメで正直な人間だ」


 長年の勘も当てにならないものだ


「採用するかどうかは店長の由香が決めたらいい」


(由香さんって言うのか、店長の……)


「店長??」


 思わず調子のはずれた声を出してしまった

 由香さんが少し思案した後に説明を始めた


「実は、祖父は体の調子が少し悪くて……。もしバイトさんが入って人手が足りるようになったら引退する予定なんです」


(そういう事情だったのか)


「それで、その後は私が店長としてやっていくことになるんですけど。やっぱりこういうお店じゃ全然応募がなくて……」


 彼女は俺を見て言いにくそうに続けた


「黒木さんは学生じゃないってことは‥‥‥フリーター…ですよね?」

「そ、そうですね」


 またウソを重ねた。本当はフリーターですらない、無職だ


「もしよかったら、うちでフルタイムで働いてもらえませんか?」


 正直戸惑った。不採用になるための面接だったのに


「やっぱり私が店長じゃ頼りないですよね」

「そ、そんなことはないです!」


 本音だ。あれほど本が似合う由香さんが本屋を切り盛りするなんて、ベストマッチが過ぎる。だが、ここは冷静になるべきだ


(でも、働くとなると別の話だよな)


 断ろうとしている俺の目を、由香さんはまっすぐに見つめて言った


「私と二人で働いてもらえませんか?」


「よろこんで」


 俺の第二の人生はこうして幕を開けた

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