4.オモテの張り紙

「うちの従業員に何のようだね」


 カウンターのじいさんが繰り返した


(従業員…さっきは"うちの孫"って言ったような気がしたが…)


 聞き間違えたのか。よりにもよって孫だなんてことはないだろう


「おじいちゃんどうしたの?」


 彼女がじいさんに問いかけた


(孫だったかー)


 なるほどなるほど。彼女はここの従業員でじいさんのお孫さん。ここはじいさんの店で、彼女はこの本屋のお嬢さん


(どおりで本が似合うわけだ)


 と妙に納得してしまう


「そこの彼がお前のことをチラチラと見ていたんじゃよ」


 じいさんが俺の方へ視線を向ける


「えっ」


 こちらを振り向いた彼女は驚いたような困惑したような表情だった


「知り合いかい?」

「ううん」


 俺は頭をフル回転させた。こういう場面を切り抜けるのはお手の物だ。なにせ言い訳や屁理屈で相手を煙に巻く術を公務員生活の2年間で嫌というほど叩き込まれてきたのだ


「ええっと…、あの、その…」


 ダメだった。何がお手の物だ


 しどろもどろになる俺を見て彼女は何かに気付いたようにパンッと手を合わせた


「もしかしてオモテの張り紙を見て?」


(オモテの張り紙?なんだそれ?)


「ええ、まあ…」


(いや、違うだろ!)


 こんな感じで相手に合わせて適当な返事をしても大抵の場合はロクなことが起こらない


「わあ!よかった!」


 彼女は満面の笑みを浮かべた。適当に返事してよかった


 カウンターを振り返って彼女が言った


「おじいちゃん、バイト希望の方だって」


 なるほど。一瞬で全てを察した。今から俺は古本屋でのバイトを希望しているフリーターだ。オーケーオーケー


「なんだ、そうならそうとハッキリ言いなさい」

「す、すみません。緊張してしまって」


 言葉とは裏腹にかなり落ち着いてきた。ある程度の筋書きが見えれば後は役を演じるだけだ。それほど難しいことではない


(適当な理由で断ってもらおう)


 勤務条件が合わないとか社風と合わないとか、相手に理由さえ与えれば不採用通知など簡単にもらうことができる


(不採用になるのはお手の物だ)


 悲しすぎる……


「どうかしました?」

「い、いえ、大丈夫です」


 表情に出ていたのか

 彼女に余計な心配をさせてしまった。というか、心配させてしまうほど深刻な顔をしていたのだろうか


(やっぱ疲れてるんだな)


 再就職活動‥‥‥


(いっそのことバイトでもいいかな。彼女と一緒に働けるなら…)


 一瞬心が傾きそうになる。しかしバイトになったその後はどうしようというのだ。俺は自分が一生フリーターのままでいいとは思わない。安い給料でカツカツの生活を送るのは勘弁だ


(馬鹿か俺は)


「それじゃあ、こっちに来なさい」


 じいさんに促されてカウンターに入った。丸椅子を勧められる


「失礼します」


 一礼して丸椅子に腰かけた。カウンターの中でじいさんと向かい合った。彼女もカウンター越しにこちらをうかがっている


「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ」


 彼女が笑って言った。つられて俺も笑う


「ゴホン」


 じいさんが咳ばらいをして姿勢を正した。自然とこちらも背筋が伸びる


「それでは、採用面接を始めます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る