3.カウンターの視線

 もしも昨日までの俺がこの道を通っていたとしても、そこにあることさえもきっと気付かなかっただろう

 そのくらいの儚い存在感でその店はあった


「古本屋かぁ」


 二人して店の前に立つ。こじんまりとして古い……というよりは歴史を感じさせるその店は、見れば見るほどにおもむきがあって非日常的な雰囲気を醸し出していた


「入ってもいいのかな」

「そりゃ、店だからな」


 正直、俺にとって本屋と言えばTUTAYAとか紀伊國屋のイメージで、こういう本屋はマンガやアニメ、おとぎ話の中にだけ存在するシロモノだ


(本好き以外は入店お断り…なわけないか)


 場違い感という大きな壁。その前で踏み出せずにいると増田が小声で促してきた


「ほら、行ってこい」

「お前は来ないのかよ」

「俺はここまでだ。それとも見届けてほしいのか?」


「いや、いいわ」


 一人の方がいいに決まっている


「じゃあ俺は抽選してくるから。後でLINEで教えてくれ」


 それ以上は言わず、増田はさっさと裏路地の方へ引き返していった。何なんだいったい…


(まあ、あいつなりの気づかいなんだろうな)



◇ ◇ ◇


 店に足を踏み入れた


 間口は広くないが奥行はそこそこある。背の高い本棚が島状に2列配置されていて、本棚で仕切られた通路は3本

 びっしりと並べられた本は、サイズも色も、装丁の材質も多種多様で、そのモザイク模様が醸し出す独特な雰囲気は少し不安な気持ちにもなるが……妙にワクワクもする

 奥のカウンターには年配の男性が座っていて、店に入った俺をチラリと一瞥した

 思わず目をそらす

 視線を切るように右の通路に入った


(あっ…)


 彼女は壁側の本棚に向き合っていた。本を探すその横顔はやはり美しい

 危うく見惚れそうなる。俺は本を探すフリをした


(チラリ)


 横目で女性を見る。黒っぽいデニムにふわりとしたブラウス。シンプルで活動的だけど品のある印象

 カウンターのじいさんの視線が無ければいつまでも見ていられる


(もしかして見張られてる?)


 さっきはカウンター中央に座っていたじいさんが、いつの間にか視界に入る位置に移動しているのだ


(万引きを疑われているのか?)


 それは心外だ。そもそも本には一ミリも興味はない


 それよりもどうやって声を掛けようか。何かきっかけが欲しいな。やはり本の話題か何か……


 彼女との距離を縮める。胸が高鳴る


(まるでガキだな)


 自嘲してみても心拍数は下がりそうにない。もう一度、彼女の方を覗き見た。そのときだった


「おい」


 突然声を掛けられて心臓がひっくり返りそうになる。俺は慌てて声の主に目をやった

 カウンターのじいさんが厳めしい顔でこちらを睨んでいる


「うちの孫に何のようだ?」

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