第28話 つかさ祭り当日②

 俺たちの家の最寄駅から4つほど離れた駅が、つかさ祭りの開催場所になっていた。

 20分ほど電車に揺られると、電車はその駅へと到着した。電車を降りると、そこはすでにお祭りの空間だった。

 一緒に電車を降りる人たちはみんなこの祭りが目当てで、別のホームに立っている人たちも誰もがお祭りに浮かれた空気を放っている。

 ホームを上がって改札を抜け、西側の出口を出る。県内でも一二を争うくらいの大きなこの駅前は、うちの田舎駅とは比べ物にならないくらいの壮観だった。


「お、大きいの……!!」


 駅前に広がる光景を見て、相沢は珍しく興奮している様子だった。

 うちの田舎駅からは考えられないほどの広いロータリーと、その向かいに立ち並ぶ商業ビルの数々。そもそも、単純な駅のサイズもうちの何十倍だってありそうだ。

 普段はなんてことないターミナル駅のこの場所が、今はつかさ祭りに染まり切っている。

 聞こえてくるのは祭囃子と参加者たちの喧騒。見えるのは参加者の人混みと大通りで踊りを披露する演者の人たち。

 すっかり日暮れ時になった今、お祭りはいよいよ盛り上がりを迎える頃だった。


「高まるうぅ~!」


 つかさ祭りは、駅前のメインストリートをいくつも通行止めにして、完全な歩行者天国にして開催される。その大通りを使って、地元のいろいろな団体が様々なパフォーマンスを披露する。

 その中でも特に目玉になっているのは、道路一帯を埋め尽くすほどの人数が太鼓の音色に合わせて踊る“流し踊り”だ。


「田舎の祭りだって、なかなか悪くないだろ?」


 相沢は、こくん、とうなずいた。


「実はこれ、結構有名なお祭りなんだぜ? 東京にだって、この規模の祭りはなかなかないんじゃねえか?」

「えっと、東京には住んでるけど、お祭りにはあんまり行かないから……」

「そ、そっか……。けど、絶対にすごい楽しいからな!」


 貴人は自信満々に言い切った。

 なにも言わなくても、六花も怜司も同じ気持ちのはずだ。物心つく前から毎年参加しているこのつかさ祭りは、自然と思い入れが強くなる。


「この街全部がお祭りみたい」


 相沢は改めて周りの景色を見て言った。

 通りの商店街には明かりのついた提灯がずらりと飾られて、夕暮れの中でぼんやりと光っている。駅の出口から見える景色は、普段の街の姿が想像できないくらいに、キラキラとお祭り一色に染まっている。


「祭りの会場は見えているだけじゃない。そこのアーケード街やこの先の大通りも、いろいろと見所はたくさんある」

「そうそう。夜には最後、花火も上がるし!」


 感心しきりの相沢に、貴人たち3人は誇らしげだ。

 実際にこのつかさ祭りは、県内だけでなく、地方というくくりで見ても大きな部類に入る夏祭りだ。


「とりあえず、せっかくだしひと通り歩いてみるか」


 怜司の言った通り、お祭りの開催範囲は広く、普通に歩いてもそれなりの時間がかかる。特に今は道を人が埋め尽くして、まともに歩けるような状況じゃない。人混みをすり抜けるようにしながら、大通りの歩道を歩いた。


 掛け声を上げて踊る人たち、息の合った楽器隊、匂いで誘惑する連なる出店たち。

 俺たちにとっては毎年恒例になっているその景色も、相沢はそのひとつひとつに新鮮な反応を見せてくれた。


「すごくいっぱい踊ってる……。これは日本中から踊る人が集まるイベントなの?」

「んなわけあるか。みんなこの街の学校とか会社の人たちだよ」


 それが相沢の踊りを見た感想。


「みんな外に出てご飯売ってる。この町ではみんなこうなの?」

「いやいや、さすがにお祭りの間だけだから」


 相沢は周りの景色のすべてにキラキラと目を輝かせて、子どものように質問をぶつけてくる。

 久しぶりに相沢の世間知らずっぷりを見た気がする。


「もしかして、祭り自体初めてなのか?」

「うん。行く機会もなかったから」


 そんなやり取りをしながら、駅前から伸びるアーケード街を通って一つ奥の通りに移る。

 駅前の大通りと同じ程度の広さがあるこの通りは、このつかさ祭りのメインストリートとなっている。

 ここの通りではちょうど今、メインイベントである流し踊りが披露されていた。

 全員が統一された衣装に身を包み、息の合った踊りを踊っている。踊り手の集団の間には道路幅いっぱいの山車が挟まって、その上では巨大な太鼓を叩く男の人がいる。

 太鼓と祭囃子と歓声と。

 夕暮れの中で、踊り手たちは一糸乱れぬ流し踊りを続けている。


「すごい……」


 一番目玉の会場とあって、道の混み具合は他の比じゃない。常に周りの人とぶつかるくらいに人で溢れていた。


「ほんと、毎年毎年みんなよく来るよね」

「とか言いながら、六花だって毎年来てるくせに」

「それは、貴人が毎年毎年しつこく誘ってくるからでしょ?」


 実際、毎年毎年見ていると、昔みたいな感動はなくなってくる。幼いころは人の多さや山車の大きさに驚いていた気がするけど、最近ではすっかり惰性で参加している感じはあった。


(まあ、恒例になりすぎて、参加しないと落ち着かなくなる気持ちはあるんだけど)


 お祭りが初めての相沢は、すっかり流し踊りにくぎ付けになっている。


「オレは、3年ぶりだな」

「1年の時も2年の時も、夏休み返上でバスケ漬けだったもんな」

「そうだな。後悔はしていないが、やっぱり少し寂しいな」


 怜司も3年分の祭りを堪能しようとしているのか、じっと踊りを見つめている。この景色だけじゃなくて、この時間を噛みしめているみたいな横顔に見えた。


「けど良かった。祐介も、ここ2年はあんまり楽しそうじゃなかったし」


 六花が言った。

 沙莉が眠ったきりになったのは、3年前のつかさ祭りよりも後のことだった。

 3年前は、無理を言って休みを取ってもらった母さんに引率をしてもらって、5人でお祭りに参加したのを覚えている。

 それが、楽しかった最後の記憶だ。


「そりゃまあ、楽しくお祭りって気分にはなれないだろ」


 相沢はいろいろな角度から踊りを見ようとしているのか、人混みの中をあっちに行ったりこっちに行ったりしている。

 背の低い相沢は、少し離れるだけで姿が見えなくなってしまいそうになる。


「おい。あんまり離れるとはぐれるぞ」


 またすぐにどこかに行ってしまいそうで目が離せない。

 少し離れた相沢を連れ戻しに行こうとすると、「ねえ」と六花が言った。


「出し物ばっかり見てないで、そろそろなにか食べ歩かない?」


 六花は見るからに不機嫌そうにくちびるを尖らせている。


(お腹が減ったから不機嫌になってるってわけじゃないよな、きっと)


「たしかに、今日はまだなんにも買ってなかったな」


 この大通りには、端から端までずらりと出店が並んでいる。

 屋台のほかにも隣接した飲食店がお店の前でメニューを売っていたり、食べ物は選びきれないほどに豊富にある。

 つかさ祭りでなにを食べるかが、毎年の夏の悩みだった。


「俺、あっちでなんか買ってくるわ」


 そう提案したのは貴人だ。

 すべてのお店を効率調査するために、上手く手分けをするのが毎年の作戦だった。


「待て、オレも行く。中原のチョイスは不安しかない」


 貴人は通りの奥の方に向かって移動する。その後ろをすぐに怜司がついていった。


「あたしたちはどうする? やっぱり祐介は――」


 その時、大きな人の波が押し寄せてきた。

 急いで移動しようとしている集団がいたせいか、規則正しく流れていた人の流れが大きく変わってしまった。

 六花はそれに機敏に対応するが、相沢は一瞬にしてその人波に呑まれていってしまった。


「相沢!」


 背の低い相沢はあっという間に見えなくなって、どこまで流されてしまったかもわからない。


「あいつはまた……」


 なんというか、相沢のこういうところにも慣れてきた。

 早く追いかけようとして、人混みを強引に抜けようとした時だった。六花が俺の腕をつかんで引き留めていた。


「なに?」


 六花も無意識だったのか、パッと腕を離すと急に自分で慌てだす。


「あ、ちがくて。これはただ、祐介まではぐれちゃったらと思って……」

「大丈夫だって。合流したらすぐ戻るから」

「ちょっと待って!」


 相沢を追いかけて人混みをすり抜ける。

 少し進んだ程度では相沢は見つからずに、人混みの奥深くまで進んでいく。そうして大通りをずいぶんと移動して、やっと相沢の姿を見つけ出した頃には、最初にいた場所からは大きく離れていた。


 どうにか相沢と合流した俺は、結果として、そのまま六花たちとはぐれてしまっていた。

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