第29話 つかさ祭り当日③
「で、見事にはぐれたな」
通りの端まで人の波に流された相沢と合流した後、最初の場所まで戻ってみても、そこにすでに六花の姿はなくなっていた。
「ごめんなさい……」
相沢は合流してからずっと、申し訳なさそうに肩を落としている。
通行人の邪魔にならないように、最初の場所からは少し離れた通り沿いのお店の前に移動する。お店の壁を背中にして、相沢と並んで立った。
人混みから少しズレるだけで、なんだかお祭りが遠くの出来事みたいに見えた。
「慣れない祭りなんだし、しょうがないだろ。ここで待ってれば、あいつらもすぐ戻ってくるだろうし」
慰めではなく本心からの言葉だった。それでも相沢は首を振った。
「私、たぶんみんなの邪魔になってるの」
「なんで? 誰もそんな風に思ってないと思うけど」
相沢はさっきよりも強く首を振る。
「橋詰さんにはきっと、嫌な思いをさせちゃってる……」
「あー」
そのことは、さすがに否定できなかった。「そんなことない」、なんて言ってしまったら、それはきっと嘘になる。
「や、やっぱり嫌な思いしちゃってるの……?」
「いや。そうとも言えるし、でもそればっかりでもないっていうか……」
目の前の歩道を通る見物客が壁になって、大通りの流し踊りは見えない。時折通る大きな山車の上の部分だけが、辛うじて見える程度だ。
お祭りの喧騒から少しだけ離れて、気持ちも少し感傷的になった。
「私だって、少しは分かってるつもりなの。橋詰さんはきっと、高垣くんのこと――」
「違うよ」
相沢の言葉を遮る。
「こんなの俺が言えることじゃないけど、たぶん、それは違う」
「そうなの?」
「なんて言えばいいか分かんないけど、俺たちの関係はもっとグチャグチャしてるっていうか……」
そうだ。
3年前からきっと、全部がそんな単純な話じゃなくなったんだ。だからこそ、六花だって余計にどうしていいのか分からなくなっているんだと思う。
「みんなは、いつから仲良しなの?」
相沢が訊いた。
そういえば、俺たちのことはほとんど話したことがなかったかもしれない。六花たちが戻ってくる気配もないし、話をするにはいい機会だ。
「そうだな。だいたい、小学校に入ってすぐくらいだったかな。貴人と六花が小1とか小2で、怜司が小3とかだったっけ」
「みんなは、どうしてお友達になったの?」
「別にどうしてってこともないけど……。まあ、貴人と六花は俺から仲間に誘ったんだよ」
「それから、ずっとお友達?」
珍しく相沢はいろいろと質問を重ねてくる。
相沢も少し、このお祭りの空気にあてられているんだろうか。質問にうなずいて答えると、ますます感心したような顔になった。
「やっぱり、高垣くんはすごいの」
「別にすごくはないだろ」
「ううん、すごくすごいの。私は友達がいないから。昔1人だけできた友達も、1年もしないで話さなくなっちゃたから……」
もともと小さな相沢が、さらに小さく見える。
きらびやかなお祭りの明かりが、余計にそういう印象にさせていた。
「それは、その不思議な力が原因なのか?」
俺は一つの推測があって、そんな質問をした。
しばらくの間があってから、相沢はためらいがちにうなずいた。
「私の初めての友達だったの。その子も同じで友達がいなくて、だからあの頃はずっと一緒にいたの」
「うん」
「だけど運動会の時期になって、誰がどの種目に出るか、クラスで決めることになったの。なのに話し合いで決まらなくて、仕方なく先生が選んだ種目で、その子はリレーに決まっちゃった」
相沢は一言ひとこと、苦しそうに吐き出していく
俺は黙って、その言葉が出てくるのを待った。
「その子も運動が嫌いだったから、リレーに出たくないって相談をされて。私の家まで遊びに来てもらうことになったの」
できることなら、この続きは聞きたくなかった。
相沢だってきっと嫌なことを思い出す。それでも、ここで話を止めるだけの勇気は、俺にはなかった。
「ちょうど、私の家の前まで来たところだったの。自転車に乗ってたあの子は自動車とぶつかって、足の骨を折る大ケガをしちゃったの」
相沢はずっと、自分の力で誰かを傷つけることを怖がっていた。あるいは、実際にそういう経験があったのではないかと、だいたいの予想はついていた。
「結果として、リレーは走らずに済んだってわけか」
「うん。怪我は数ヶ月で治ったけど、私はもう友達でいられなくて、その子はだんだん学校に来なくなっちゃったの……」
ドンドン、と太鼓を叩く音が一段と激しくなる。
すっかり日も暮れて、大人たちはお酒も回ってきているのか、あちこちから聞こえる参加者たちの声もますます賑やかになっていた。
盛り上がりは、いよいよ最高潮へ達しようとしていた。
「だから最初に相沢は、俺たちを遠ざけようとしたのか」
『もうこれ以上私と関わらない方がいいの』
『私は、みんなを不幸にする魔女だから』
あの言葉は、相沢なりに俺たちを守ろうとしての言葉だった。
相沢は、小さくうなずいた。
「一人が好きだから、それでいいの。一人で本を読んだり、絵を描いたりしている方がずっと落ち着くの」
「じゃあ、夏祭りも楽しくなかったか?」
少し意地悪な質問をした自覚はあった。
それでも、相沢にはこのお祭りに来たことを絶対に後悔してほしくはなかった。
「ううん。お祭りは楽しかったの」
「なら良かった。相沢と会ってからいろいろあったし、六花もあんな感じだけどさ。俺は相沢が来てくれてよかったと思う」
「本当に……?」
相沢は上目遣いで、不安そうに訊いてくる。
その顔を見て確信した。
(大丈夫。俺の気持ちに間違いはない)
「俺も、最初は俺の願いを叶えるためだったけどさ。相沢は、俺たちの止まった時間を動かしてくれたんだよ」
「本当……?」
「本当の本当。相沢が来なかったら、たぶん今年も退屈な夏祭りだったと思うし」
「あー、いた!!」
その時、聞き覚えのある大きな声がした。
慌てた様子の六花が走って近づいてくる。
「ちょっと、なんでこんな外れたところにいるわけ?」
「ごめんだけど、六花だって最初の場所からいなくなってただろ」
「そ、それは。あたしも居ても立っても居られなかったっていうか……」
「おーい、いろいろ買ってきたぜー」
そこにまた賑やかな声が加わる。
屋台で買い物をして帰ってきた貴人と怜司だ。怜司は乳白色のビニール袋を持ち上げながら言った。
「ひとまず、たこ焼きと焼きそばで異論はないな?」
みんなお腹が空いていたのか、2人が買ってきた食べ物をすぐに5人で回して食べた。
屋台の料理っていうのは、どうしてこんなに美味しいんだろう?
「もうだんだん花火の時間だな」
怜司が言った。
たこ焼きを必死に頬張る相沢に、俺は訊いてみる。
「さすがに花火は見たことあるよな?」
「おうちから見えるのをちょっとだけ」
もはや相沢の箱入り娘にも驚かない。
むしろ、知らないことが多い方が、新鮮な反応が見られて面白い。
「そっか。じゃあたっぷり堪能しろよ」
「といっても、メインは花火じゃないし、ほんとにちょっとだけだけどな」
貴人の言う通り、つかさ祭りは踊りがメインで、花火はオマケみたいなものだ。それでも、お祭りの締めくくりという意味では、やっぱり花火は外せない。
その時、ヒュー、という音が鳴った。
それを聞いた参加者たちは、ざわざわとし始める。
「キタ!!」
一筋の光の線が、まっすぐ空に上っていく。それから光はふっと消えて――。
ドーン!
と、全身を叩くような轟音が会場に響いた。
「きれい……」
相沢は空を見上げてつぶやいた。
黄色のような、金色のような、オーソドックスな綺麗な火花の色の花火。この場にいる誰もが、空に浮かぶその光の花を見上げていた。
次々と花火が空に打ち上がる。
相沢の薄紫の浴衣も、六花の黄色の浴衣も、怜司の甚平も、俺と貴人の薄着も。
街中を彩る提灯も、山車も、太鼓も、踊り手たちも、視界に映るもの全部。
(ああ、夏休みだなぁ)
そんなことを思った時だった。
すぐに萎れる宿命の夜空の花が、いつまで経っても枯れる様子がない。
満開の花火は、空に浮かんで止まっていた。
(なんだ、これ)
周りの観客たち全員が、花火に釘付けになって固まっている。
視界のすべてが静止していた。
「時間が、止まっ――」
ドーン!
花火は大きな音ともに、パラパラと火の粉になって消えていく。
静止していた世界は、何事もなかったように再び動き出していた。
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