第25話 決着。それから。

 ◇


 小学校の授業が終わって、放課後はいつものメンバーで遊び終わった後、俺はキッチンに立って2人分の料理を作る。

 と言っても、作るのは本当に簡単な炒め物くらいだけど。


「今日の夜は、お兄ちゃんが作ってくれるの?」

「うん。さっきママからも遅くなるって連絡来たからな」


 もともと仕事人間だったパパとママは、最近ますます忙しくなっている。

 普段はちゃんと作り置きをしてくれるけど、予定外で帰りが遅くなったりすると、その用意が追いつかなくなることも少なくない。

 沙莉も小学生になったし自分でできることは増えたけど、やっぱりそれなりに世話をしなくちゃいけないことも多かった。


「やっぱりお兄ちゃんはすごいね。ぱぱー、ってお料理を作っちゃうんだもん」

「当たり前だろ。俺はお兄ちゃんなんだから」


 俺が料理をしている時、沙莉は食卓の椅子に座ってそれを眺めるのが好きみたいだった。最初は料理を手伝いたいのかと思ったけど、どうやらただ眺めているだけで楽しいらしい。


「ねえねえ。今日のバスケはお兄ちゃんと怜司くん、どっちが勝ったの?」

「9対11で怜司の勝ち。……あいつ、どんどん強くなってやがる」


 最初は俺の方が強かったのに、最近の怜司は対戦するたびに上手くなっている。もちろん、怜司がずっと努力してるのは知っているけど、勝負に負けるのは納得がいかない。


「えへへ~。だって怜司くん、毎日すっごく頑張ってるんだもん」

「沙莉はどっちの味方なんだよ」

「それはもちろんお兄ちゃんだよ! だってお兄ちゃんはなんでもできて、いっちばんカッコいいんだもん」


 沙莉はそういう恥ずかしいことも、少しの恥ずかしげもなく言ってくる。それが沙莉のいいところだっていうのは分かるけど、正直照れくさいからやめてほしい。

 つい、切っているニンジンのサイズがバラバラになってしまった。


「別に、なんでもはできないよ」

「えー、そんなことないと思うけど。だって、お料理ができるでしょ? バスケだって強いし、足も速いし、お掃除も上手だし。あとね、お兄ちゃんがいちばんやさしい!」

「やめだやめ! そういうのを、“ひいき”って言うんだよ」


 大人げなく、覚えたての言葉を使ってみる。

 沙莉は不満げに、ぷくー、と頬を膨らませた。


「えー。でも、いちばんやさしいのは絶対に本当だよ? だって貴人くんも六花ちゃんも言ってたもん。いま楽しいのは、お兄ちゃんが助けてくれたおかげだって」


 沙莉はまるで自分のことのように、えへんと胸を張って言う。

 俺はそんな沙莉の顔を見て、またトントントン、と野菜を切った。


 ◇


 怜司がシュートを放ち俺が弾いたボールは、コロコロ、と公園を転がっていく。

 ボールが転がる先には誰かが立っていて、その人の足に当たると、そこで動きを止めた。ぶつかった人は、ボールを拾い上げた。

 そこに立っていたのは、六花と貴人の2人だった。


「待て。なんで2人がここにいる」


 最初に慌てたのは怜司だった。

 俺はすっかりヘトヘトになって、もはや驚く体力もない。


「なんでって、そりゃ2人の様子が気になったからな」

「この場所を伝えた覚えはないんだが……?」

「言われなくたって分かるでしょ。一応、それなりに長い付き合いなんだから」


 六花と貴人はゆっくりとコートの中に入ってくる。決着はついていないが、1 on1はこれで終わりになりそうな雰囲気だ。


「というか待て。いつからそこに立っていた?」

「最初から、とは言わないけど、まあだいたいは見てたかな」

「具体的に頼む」


 珍しく怜司が動揺をしている。

 そんな様子を見て、六花はニヤニヤと笑っていた。


「とりあえず、沙莉ちゃんのことで怜司がめちゃくちゃキレてるのはバッチリ」


 少しずつ呼吸も落ち着いてきて、やっと状況が飲み込めてきた。


(もしかして俺たち、かなり恥ずかしい会話をしていたんじゃないか……?)


「いや、あれはオレも虫の居所が悪かったというか……」

「まあ気にすんなって。怜司がロリコンだってことくらい、前からみんな知ってたしな!」

「オレは断じてロリコンじゃない! 大事に思っているのは、沙莉ちゃんひとりだ!」


 怜司は大きな声でそう宣言をした。

 引くわー、という声が聞こえてきそうなくらいの冷たい目で、六花は怜司を見ていた。


「まあまあ。怜司のロリコンはさておき、久しぶりに本気の祐介が見られたし、まあ良かったんじゃないか?」

「さておくな!」

「あれは、ただ怜司の挑発に乗せられただけっていうか……」


 言われて、なんだか急に恥ずかしくなってきた。怜司ほどじゃないにしても、俺もそれなりのことを叫んでしまった気がする。

 すっかり日も暮れて辺りが暗くなったおかげで、表情が見えづらいのが幸いだった。


「いいんじゃないのか? 俺としては、まだ昔の負けず嫌いが残ってて安心したぜ」

「うん。久しぶりの本気の祐介は、なんていうか、ちょっとカッコよかったし……」


 六花はぼそぼそとそんなことを言った後、持っていたボールを急にシュートして、見事にゴールを決めていた。


「ナイシュー! 今は六花と祐介がいい勝負かもな」

「いや、やんないからな?」


 六花は運動部にこそ入っていなかったものの、その持ち前の運動神経で、いろんな部活の助っ人をしていたようなやつだ。普通に負ける未来しか想像できない。


「お、じゃあ俺とやるか?」


 貴人が転がったボールを拾う。

 運動音痴の貴人は、ボールの持ち方からしてぎこちなかった。


(ていうかこれ、これなんの話してたんだっけ?)


 なんだかすっかり元の話が迷子になっていた。同じことを思っていたのか、「とにかく」と、怜司は強引に話をまとめにかかった。


「祐介はいい加減に目を覚ませ。お前が相沢さんを手伝っていたのは、なにも沙莉ちゃんのためだけではないはずだ」


 そうだ。すべての発端は、相沢と沙莉と、来週の“つかさ祭り”にあった。

 もうこれ以上、“腑抜け野郎”なんて怜司に呼ばせはしない。


「まああれだな! 難しいことなんて考えずにさ、万由里ちゃんも呼んで、みんなでつかさ祭りに行こうぜ? 絶対、それが一番楽しいんだからさ」


 今回ばかりは、誰も貴人に突っ込めなかった。

 いろいろと遠回りをしたけど、結局はただそれだけの単純なことなんだ。

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