第21話 優しさの理由<間章 万由里視点>

 雨と雷が止んで少しして、高垣くんたちは自分の家に帰っていった。

 みんなのことを玄関まで見送って、やがて声が聞こえなくなるのを待ってから、「ふう」と大きく息を吐いた。

 みんなはいい人だけど、それでもやっぱり、誰かと一緒にいるのはとっても疲れる。


「万由里ちゃん、ありがとうね」

「ううん。あの人たちが手伝ってくれなかったら、きっと無理だったの」

「それでも、万由里ちゃんが手伝ってくれたことが嬉しいの」


 おばあちゃんの足に合わせながら、ゆっくり居間に戻る。


「学校では、友達はできた?」


 そう訊かれて、私はすぐに答えられなかった。

 おばあちゃんには余計な心配をかけたくない。だけど、誤魔化したってきっと全部見抜かれてしまうから。


「私には、無理なの」

「どうして?」

「だって、私は……」


(私は、みんなを傷つけてしまうから)


 絶対に、忘れちゃいけない。

 倒れた自転車、集まってくる通行人、慌てて車を飛び出してくる運転手。そして、地面に倒れた友達の姿――。


「そうだ。万由里ちゃん、ちょっと来て」


 おばあちゃんはそう言うと、居間をそのまま通り抜けて奥の和室へと向かった。そして、タンスの引き出しを開けると、そこから一着の着物を取り出した。

 それは、花柄が綺麗な薄紫の浴衣だった。


「来週、隣の町でお祭りがあるのは知ってる?」


 私は首を横に振る。


「これを着て、みんなと一緒に行ってきたらいいんじゃないかなって」


 その提案に胸を弾ませる私がいた。

 だけど、とっさにそれを否定する。


「私なんかが一緒にいたら、たぶん、みんな迷惑」

「そんなことない。だって、万由里ちゃんは可愛いんだから」

「別に、可愛くない……」


 そもそも、可愛いから大丈夫だという、おばあちゃんの理論もちょっと分からない。


「そんなことない。それに、これを着たら万由里ちゃんはもっと可愛くなる。だから大丈夫」


 おばあちゃんは私の身体に浴衣を当てるようにした。

 まるで着ているみたいに見えるその浴衣の色は、とても綺麗に見えた。


「本当に……?」


(高垣くんも、そう思ってくれるかな……)


 なんて。

 ふと思い浮かんだそんな考えを、ぶんぶんと頭を振って吹き飛ばそうとした。


 と、その拍子に、何かが足元に落ちていることに気づいた。

 なにかの動物のような頭と、首から下は人間の姿をしたキャラクターのキーホルダー。正直あんまり可愛くないそれが、居間のテーブルのそばに落ちていた。

 それを拾ってみる。


「なんだろ、これ」

「忘れ物?」

「うん。だと思う」


 あの4人以外に、昨日からうちに上がった人はいない。それにたぶん、おばあちゃんの知り合いが持っているものとは思えない。


「急げばまだ間に合うんじゃない? それで、返すついでに夏祭りに誘ってきなさい」


 いつだって、おばあちゃんだけは私の味方だった。

 この家まで遊びに来たのは数えるほどしかないけど、何かあった時はいつも電話で話を聞いてもらっていた。あの事故の後だって、おばあちゃんが話を聞いてくれたから耐えられたんだ。

 だから、おばあちゃんの言葉なら信じてみたいと思った。


「うん、頑張ってみる」


 忘れ物のキーホルダーを持って、家を飛び出す。

 みんなのおうちがどこにあるのかは分からないけど、なにも考えずに、ただ目の前の道を走った。

 私に友達なんてできるわけがない。そう思ってた。


(不思議な力のことなんて関係なしに、誰も私となんて友達になりたがらないから)


 だけど――。


『友達かどうかなんて、わざわざ決めることじゃないだろ』


 高垣くんは私を否定しなかった。


 少し走ると、いつかの神社の前で集まっているみんなが見えた。私は声をかけようとして、だけど、とっさに近くの電柱の陰に隠れた。

 なんとなく、みんなの空気がおかしいと思ったから。


「ねえ、祐介。やっぱり最近変じゃない……?」


 橋詰さんの声。真剣で、ちょっと怖い。


「なにが?」

「なにがって、どう考えても変でしょ。あの子と会ってから」


 鈍い私でも分かる。“あの子”というのは、私だ。


「別に悪いことではないだろう。橋詰が嫉妬をするのも分かるが」


 これは西川くんの声。


「そんなんじゃないから。あたしだって、自分にそんな資格がないことくらい分かってるし」

「まあまあ、落ち着けって。せっかく久しぶりにこの4人で集まれたんだし」


 中原くんが仲裁に入る。だけど、空気は変わらなかった。


「ちがくて。あたしが言いたいのはそうじゃなくて……」


 絶対に聞かない方がいい。分かっているのに、足は動かなかった。


「祐介は、なんでそんなにあいつに優しくするわけ? 未来で世界が滅ぶとか、そんなのどうだっていいじゃん!」

「うん、どうでもいいよ。そこはたぶん、六花と同じ」

「じゃあなに? やっぱり相沢さんが可愛いから?」


 心臓が早鐘を打つ。

 ここから先は本当にダメだ。だけど、もしかしたらと期待する気持ちもあったのかもしれない。


「相沢は自分の力を、『自分や周りにいる人の願いを、現実に変える』ことだって言ってたのは覚えてるか?」

「まさか……」

「俺の願いは沙莉の目を覚ますこと。それを現実に変えてもらうためなら、多少の優しいふりくらいしてやるさ」


 高垣くんたちの話す内容は、分からないことの方が多かった。

 だけど、ただひとつ間違いのないことは、高垣くんがこれまで優しくしてくれたのは、すべて私の力を利用するためだったということ。

 大丈夫、別にショックなんてない。

 考えてみれば、そんなの当たり前のことだから。


(こんな私に、なんの目的もなく優しくしてくれる人なんて、いるはずがないんだから……)


 私はキーホルダーを返せなかったことを心の中で謝って、おばあちゃんの家に走って戻った。

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