第18話 バスケ馬鹿の葛藤①

 怜司の試合を見に行った日の午後、俺たちはそのままの足で相沢のおばあちゃんの家に行った。

 用件はもちろん、昨日の片付けの続きだ。結局手付かずになっている2階の整理を終わらせるのが、今日の最大の目的だ。

 俺たちが相沢のおばあちゃんの家に着く頃には、いよいよ太陽は一番高いところまで昇りきって、それを意気に感じるように蝉たちは大合唱に精を出していた。


「よ」

「本当に来たんだ」


 インターフォンを鳴らして出てきた相沢は、驚いて目を丸くしていた。

 少しだけ心外な反応だった。


「そりゃ来るよ、約束したんだし。今日は2階を片付けなきゃなんだろ?」

「う、うん」


 相沢はいまだに信じられなさそうにしながら俺たちを家に通す。


「よっしゃ、今日こそツルツルのピカピカにしてやろうぜ」

「いや、お風呂掃除じゃないんだから」


 貴人も六花も、いつもの調子で家に上がる。この2人も、少しずつ相沢と馴染んできた感じがあった。

 玄関を通って奥まで進むと、居間の座椅子に腰をかけるおばあちゃんがいた。俺たちは軽くあいさつをして、すぐに2階へと上がる。

 今回の片付けの目的は、おばあちゃんの旦那さん――。つまり、故人である相沢のおじいちゃんの部屋の荷物を1階まで運ぶことにあった。

 おじいちゃんの部屋は昨日の猫がいた部屋とは別にあって、それよりも小さな洋室だった。

 目的の部屋に入ると、半袖の貴人は無い袖を捲る仕草をした。


「じゃ、やりますか」

「おばあちゃんのためだからね。好きだった人の荷物が取りに行けない場所にあるなんて可哀想だし」


 六花もこの作業には前向きだ。

 未来人の予言がどうとか関係なく、近所のおばあちゃんが困っているなら、助けてあげたいのだと思う。


「とりあえず、全部下に降ろせばいいんだよな?」

「うん。それでいいと思う」


 改めて部屋の中を見渡す。

 目立つ荷物はタンスや書棚くらいだが、奥の押し入れの中には、雑多な荷物が押し込められている。押入れのサイズ自体はそれほど大きくはないけど、それなりに骨が折れる作業になりそうだ。


「よし」


 気合いを入れるためにつぶやいて、それから作業は開始になった。

 4人で手分けをしながら、次々に荷物を2階から降ろしていく。1階に溜まった荷物はひとつひとつおばあちゃんに指示を仰いで、言われた場所に片付けたり、そのまま処分をしてしまったりもした。


 全員が黙々と作業を続ける。

 最初はひとつひとつの荷物の古さに驚いていたけど、だんだんと慣れてそれも減っていく。余計な会話は最小限で、どんどん荷物を1階へと移していく。

 書棚とタンスは空になって、次は奥の押し入れに取り掛かる。みるみる部屋が綺麗になっていって、作業をしていて気持ちが良かった。

 休憩もなしに作業を続けて、だんだんと陽が傾き始める頃になると、俺たちの体力も集中力もだんだんと限界だった。


「ほんと、変な夏休み」


 六花は大きく伸びをしながら、しみじみつぶやいた。


「いいじゃんいいじゃん。充実してるってことで」

「まあ、退屈はしてないけどさ。さすがに今日はちょっと疲れたかも」


 特に今日は、怜司の試合を観戦してからの流れだ。

 夏休みが始まってまだ3日目だなんて信じられない。


「けど、相沢はいいのか? こんな時期にのんびり帰省して、変なことばっかやってて」

「なんで?」


 きょとん、と首をかしげる。

 なんだか、いろいろと心配になる反応だった。


「なんでって……。受験生がこんなことしてて、怒られたりしないのかよ」


 そこまで言って、相沢はやっと分かったような顔をした。


「大丈夫なの。だって、誰も気にしないから」

「それって――」


 ピンポーン。

 俺の言葉を遮ったのは、1階から聞こえるインターフォンの音だった。


「おばあちゃん。私、出る!」


 相沢は慌てて部屋を飛び出すと、パタパタと階段を駆け降りていく音が聞こえてきた。


「今のって、どういう意味なんだろ」


『だって、誰も気にしないから』


 それは、ふと漏れ出てしまった声に聞こえた。


「さあ。言葉通りの意味じゃない?」

「なんとなく、あの子もちょっと訳アリっぽい感じだよな」


 貴人は部屋に大の字に横たわりながら言った。

 片付ける荷物もほとんどなくなって、すっかり空気は緩みきっている。

 と、慌ただしい足音が階段を駆け上がってくるのが聞こえてきた。ドアが開いて、相沢が入ってくる。


「ねえ、西川怜司くんって知ってる人?」

「怜司?」


 俺たち3人、顔を見合わせる。

 2人とも目を丸くしていて、きっと俺も同じ顔をしているはずだ。


「うん、来てるの。玄関のところ」


 いろいろと驚いた。

 怜司がわざわざこの家に来たことも、そもそもこの家の場所が分かったことも。

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