第17話 ピリオド
「おお、バスケの試合とか初めて観にきたぜ」
地元の最寄り駅から電車を乗り継いで30分ほど。
中学総体バスケットボール大会が実施される、市営のスポーツセンターへとやって来た。いつも通り、貴人も六花も一緒だ。
夏休み3日目の今日、大会も第3回戦が行われてる。そして、この試合は大会の準決勝に当たるらしい。
「すっごい、席ほとんど埋まってるじゃん」
「だな。なんとか3つ空いてて良かったけど」
試合ギリギリに来た俺たちは、数少ない残りの席を確保した。
コートの3辺にはアリーナ席があって、そこが一般に応援席として開放されている。アリーナに立ってコートを見下ろすと、言葉にはできない高揚感があった。
決勝進出がかかったこの試合、応援席のほとんどが埋め尽くされていた。普通の体育館に毛が生えた程度の施設だけど、それでもアリーナ席は余裕で100人以上が座れるくらいの規模はある。
たかが中学生の大会でこんなに席が埋まっている理由は、すぐに分かった。
「怜司くん〜!! 頑張って〜!!」
アリーナを埋める観客の大半は、怜司目当てに来ているうちの学校の女子だった。
「相変わらず、すごい人気だな」
「なんかますますファンが増えたんじゃない?」
「ほんと、ちょっとは分けてほしいくらいだぜ」
怜司たちはコートの上で、アップを続けている。
両校の間の緊張感が、このアリーナまでヒリヒリと伝わってくる。少しずつ、勝負の時は近づいていた。
「なんか、相手デカくねえ?」
貴人がつぶやく。
貴人の言うとおり、ほとんどのメンバーが怜司のチームの誰よりも背が高そうだ。身体の厚みも、遠目に見ても分かるくらいに圧倒的だった。
「相手、本当に中学生かよ……」
それに、違うのは身体のサイズだけじゃない。相手のチームには、練習を見つめる監督やコーチのような大人がいて、アリーナ席には応援に回った他の部員たちの姿も見える。
怜司のチームには顧問の先生しかいないし、部員の数もベンチが数人いるだけだ。
(負けんなよ、怜司……)
ピッ! と、審判がホイッスルを鳴らした。
すると、両校の選手5名ずつがそれぞれ一列に並んで向かい合う。お互いに試合前の礼をすると、コートの中心に円を作るように散っていく。中央には選手が一人ずつ残って、ジャンプボールに備えて睨み合う。
いよいよ、会場の緊張は最大まで高まった。
つばを飲むと、喉が鳴った。それが合図だった。
バスケットボールが垂直に放られて、ついに試合は始まった。
「怜司くんー!」
歓声と声援が、その瞬間にワッとなった。
最初にボールを手にしたのは、高さで勝る相手のチームだった。巧みにパスとドリブルを組み合わせて、一気に怜司が守るべきゴールへ迫る。
キュッ、キュッ、とバッシュの小気味良い音が響く。アリーナ中の歓声と合わさって、会場は熱気で包まれている。
ひとり、ゴール下で相手の選手がフリーになるのが見えた。
あ、と思う。その瞬間だった。
フリーになったその選手へパスが飛ぶ。その進路へ、不意に怜司が現れた。
パスをカットした怜司は速かった。驚く相手のチームをドリブルで躱して、一気に相手のゴールへ迫る。
「おっしゃ! 怜司いけ!」
シュートの構えに入る――、ように見えた。怜司はブロックに来る相手の選手を欺いて、素早いパスを味方に回す。そして、マークがない状態で放たれたそれは、きれいな放物線を描いて、ゴールネットを揺らした。
ピッ、ホイッスルが鳴る。得点板には、「3」の数字が入った。
「すご、めっちゃ鮮やか……!」
キャー! と、黄色い歓声が会場中で湧き上がる。怜司のいきなりの活躍に、観戦に来た女子たちはハイタッチをしたり手を取り合ったり、大盛り上がりだ。
相手のチームもすぐに負けじと攻め込んで、2点を返される。それでも、怜司の優勢は変わらなかった。
バスケの細かいルールや戦術なんて分からないけど、怜司の作戦に相手チームがハマっているんだということは分かった。思うようなプレーができずに、いら立っているのが伝わってくる。
周りの女子たちのはしゃぐ声も、ますます機嫌が良くなってくる。
「やっぱり、西川くんが最強だよね」
「相手、連覇中の強豪なんだって。ほんと、すごすぎ!!」
俺はこっそり、六花に耳打ちする。
「やっぱり、相手って強豪なの?」
「まあね。うちの県でバスケやるなら、もうここしかないって感じ」
怜司は、そんなチームを相手に圧倒していた。
やがて、試合開始から10分後、第1クォーターが終わる頃には、18対10と8点のリードだった。
(大丈夫、いつもの怜司だ)
昨日の夜、俺の家で見せたような迷いや不安は感じられない。
「けど、急に怜司の試合を見に行こうなんて、なにかあったの?」
インターバルの時間に入ると、六花が訊いた。
「たしかに。なんだかんだ初めてだよな。怜司の試合見るの」
貴人もそれに続いた。
昨日の夜のことは、たぶん誰かに言いふらすような話じゃない。
「どうせ暇だからな。それに、1回はちゃんと見ておきたかったし」
「ふーん」
それだけ言って、六花はこれ以上の追及はしなかった。
たぶん何かを悟られている気はしたけど、俺が自分から話さない限り、六花は必要以上に踏み込んできたりはしない。
2分のインターバルが終わって、第2クォーターが始まる。良い流れがリセットされる不安がある中でも、怜司たちの優勢は変わらなかった。
体格で勝る相手に対して、細かいパス回しと機動力で撹乱する。その中心にいるのが、司令塔である怜司だった。
コートのすべてを支配している、そんな風にも見えた。
「ねえねえ、これ行っちゃうんじゃない?」
「全国とか行ったら、絶対注目されちゃうよね!」
「嬉しいけど、ちょっと複雑~」
怜司贔屓の観客たちの間で、次第に浮足立った空気が流れ始める。
第2クォーターが終わって、34対21。ややリードが広がる形だった。
いよいよ、会場全体がざわざわとどよめき始める。相手のチームにとっても、この展開は予想外だったみたいだ。
(本当に、ひょっとしたら――)
だけど、流れが変わったのは、10分間のハーフタイムを挟んで、第3クォーターからだった。
試合を支配していたはずの怜司たちが、純粋に力負けする場面が少しずつ目立ってくる。今までは通っていたパスが通らなくなったり、守りを突破されたり、完ぺきな試合運びにほころびが見え始めた。
見ている方も、思わずやきもきして身体に力が入る。
「どうしたんだよ。なんで最初の頃みたいに、びゅんびゅんパスしたりしないんだよ」
貴人がじれったそうにこぶしを握った。
動揺する観客たちの中で、六花だけは冷静に試合を見ていた。
「できないんでしょ。もう、完全にパターンが見切られてる」
体格で劣る怜司のチームは、その戦略と連携で相手を揺さぶり続けてきた。だからこそ、前半は圧倒できていたんだと思う。
だけど、相手だって無策なはずがない。連覇中だという相手校に、奇策は長くは続かなかった。
(日本一のバスケ選手になるって、沙莉と約束したんじゃないのかよ……)
じり、じり。
徐々に点差は縮められていき、そして、第3クォーターの終わり。最大で15点あった点差は、ついに0になっていた。
六花はなにも言わず、カバンについたラママンのキーホルダーをいじっている。頭がラマで胴体が人間のそいつは、学校のカバンについているのとは違うタイプらしい。
さらに、第4クォーターで一気にガタが来た。
スタミナが切れてきたのか、純粋な速さも落ちてきて、高さとパワーで圧倒される。ボールをこぼしたり簡単なミスも目立つようになって、会場の空気が冷えていく。
「怜司くんー!!」
時折聞こえる黄色い声援は、もはや悲鳴に近かった。
「友達が女バスにいるから、時々話聞くんだけどさ」
不意に、六花がそんなことをつぶやいた。
「怜司が来るまで、毎年1回戦負けが当たり前の弱小校だったんだって。コーチも監督もいないようなこのチームを、怜司は1人でここまで引っ張ってきたんだよ」
コートの上の怜司は、常に熱く、常に冷静に、司令塔としてチームに指示を出し続けている。どれだけ劣勢でも、焦りやいらだちを顔に出すことはなく、常に凛とした姿でコートの上に立ち続けていた。
「そうだよな。怜司はそういうやつだよな」
味方がファウルを取られて、フリースローを決められる。
得点板がめくられるのは、もう相手のチームの数字ばかりだ。
「エリート軍団なんかに負けんなよ! うちみたいな田舎町の弱小中学を、お前がここまで引っ張ってきたんだろ!?」
たまらなくなった貴人が叫ぶ。
それでも無常に、試合終了をつげるホイッスルが鳴った。
「怜司……」
44対71。終わってみれば、一方的だった。
試合が終わると、すぐに選手たちは横一列に並んで、お互いに相手を称える礼をする。それから俺たち観客席の方まで歩いてくると、そこでまた深く礼をした。
アリーナ中から、怜司たちの健闘を称える拍手が響き渡る。
チームの中心に立つ怜司は、試合の最中も試合の後も、常に凛とした姿勢を貫き通した。
怜司は、最後まで俺の知る怜司のままだった。
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