第13話 相沢万由里は少し天然なようで

 相沢は目の前が遮られるほどの棚を両手で抱えて、頼りない足取りで懸命に歩いている。

 右にふらふら、左にふらふら。荷物を落としたり、電柱に衝突したりしないか不安しかない。荷物を運ぶことに必死になっているのか、近くまで行ってもこっちに気づく様子はなかった。


「なにしてんの?」

「わ…っ! わわわ……!!」


 声をかけると、驚いた相沢はバランスを崩す。

 両手に抱えた棚が傾いて、それに合わせて相沢も動く。俺はとっさに棚を受け止めて支えた。


「持つよ。これを運べばいいんだろ?」

「えと、うん」


 相沢から棚を受け取り、そのまま持ち運ぶ。木でできたその棚は、それなりに重量があった。

 ふと後ろを向くと、相沢は心底不思議そうな顔をして俺を見ていた。


「なんだよ」

「え。もしかして、棚を持ち運ぶ趣味がある人なのかなって」

「……はい?」

「だって、そんなにこの棚を持ちたかったの?」


 これは、試されているのだろうか。こんなとんちんかんな言葉に対して、どんな機転の効いた返事をしろと?


「薄々気づいてたけど、とんでもない天然だよな」


 意味が分かっていないのか、相沢はきょとんと小首を傾げる。天然疑惑は確信に変わった。


「そ、そんなことより、私と関わらない方がいいって――」

「もう、この棚はあたしが持つから!」


 突然、六花が俺から棚を奪い取る。

 いつになく六花は不機嫌な様子だった。


「祐介は、こいつに優しくし過ぎ」

「ご、ごめん」

「なんでこんな棚を運んでるのか知らないけど、別に祐介が運ばなきゃいけない理由はないんだから」


 やけに不機嫌な六花を見て、貴人はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。相沢はそんな突然のことについていけずに、「えっと、えっと……」と、ただ困惑していた。

 そういえば、いつの間にか、未来人の姿が見えなくなっている。


「で、この棚はどこまで運べばいいの?」


 六花が訊いた。


「えっと、そこの角のお家の加藤さん? に渡せばいいって言ってたけど……」

「加藤さん?」

「うん、おばあちゃんのお友だちみたい」


 そういえば、相沢はこの街に住んでいるおばあちゃんに会うために1人で帰省をしてきたはずだった。

 荷物運びは、そのおばあちゃんの手伝いだろうか。


「あ、あの。荷物は私が……。あんまり私と関わっちゃうと――」

「じゃあ、その加藤さんに引き渡せばいい?」

「は、はい。たぶん、お昼ならいつでもいるからって……」

「ん」


 六花は少しぶっきらぼうな口調になりながら、大きな棚を運び続ける。勢いで俺から奪ったのかと思ったけど、ちゃんと最後まで運ぶつもりらしい。

 時折太陽の日差しを鬱陶しそうにしながらも、まるで平気そうに棚を持ち続けている。


「すいませーん」


 家の前に軽トラックの止まったこの平屋が、どうやら“加藤さん”の家らしい。表札には堂々と「加藤」の2文字が彫られている。

 六花はインターフォンの代わりに、ドアに向かってよく通る声で呼びかけた。


「なんていうか、六花も実は真面目だよなー」


 貴人は本気で感心したように、そんなことをつぶやく。俺は小さくうなずいて同意した。たしかに、六花はいやいや言いながらも、決して困っている人を見捨てたりはしない。

 少し待っていると、ドアの向こうに気配があって、やがてひとりのおじいさんが玄関から出てきた。


「ん? ああ、相沢の婆さんの家具を持ってきてくれたのか」

「これ、重いんだけど家の中置いていい?」


 六花は加藤さんと自然に会話を始めたと思うと、2人で勝手に話を進めて、両手に棚を抱えたまま、家の中にずんずんと上がり込んでいく。

 そんな六花の様子を見て、相沢は感心の声を漏らした。


「す、すごいの……」

「いつもぶっきらぼうだし怖そうに見えるかもしれないけど、案外、面倒見がいいやつなんだよ」

「……うん」

「ま、基本的にはおっかないけどな」


 いつも六花に蹴られてばかりの貴人が言った。

 しばらくその場で待っていると、手ぶらになった六花が家から出てきた。


「あの、ありがとうございました。えっと……」


 相沢は俺と六花の顔を見比べて少し困ったみたいな表情をした。

 そういえば、俺たちが相沢の名前を一方的に知っているだけで、ちゃんと名乗ってすらいなかったことに気づいた。


「高垣祐介。で、こっちが橋詰六花」

「よろしく」

「よ、よろしく。お願いします」


 相沢はぎこちなく頭を下げた。やっぱり少し、人付き合いは得意じゃなさそうに見える。


「で、俺が中原貴人な。たっくんでも貴人でも、好きに呼んでくれていいぜ」

「は、はい。中原くんも、よろしくお願いします」

「それよりさ、相沢さんって今中学生?」


 苗字で呼ばれて撃沈する貴人を無視して六花は訊いた。

 たしかに、ずっと気になっていたことだった。勝手に、同い年か年下だと思っていたけど。


「私? 今、中3」


 俺たち3人は同時に顔を見合わせた。


「まじか、タメじゃん俺ら!」

「そうなの?」

「うん、俺ら3人とも中3」


 本当に奇跡みたいな偶然続きだ。

 街の中を歩いていて何度も出会うだけでも珍しいのに、さらに実はダメだったなんて。


「てか、いい加減訊きたかったんだけど、なんで棚なんて運んでたんだ?」


 これまでの状況から、なんとなくの推測はできる。それでも、改めて思うとおかしなシチュエーションだった。


「今、おばあちゃんの家のお片づけをしてるの。たくさんゴミが出るんだけど、捨てるのがもったいない物は欲しい人にあげようって」

「それで相沢さんが運んでたわけ? あたしたちが通らなかったら、どうするつもりだったの」

「その時は……。うん、がんばる」


 あんなにふらふら危なっかしかったのに、相沢が自分一人で最後まで運んでいる姿は想像がつかない。それにこんなに引っ込み思案で、加藤さんに届けられたのかも疑問が残るところだ。

 ふと、相沢がなにかに気づいた顔をした。


「もしかして、本当に私のことを手伝ってくれようとしたの?」

「まさか本気で、俺たちに棚を運ぶ趣味があると思ってたんじゃないよな……?」


(いや、相沢なら本気で思ってそうなところが怖いんだけど)


「なんで? 私といると不幸になるから、私とは関わらない方がいいって、昨日ちゃんと言ったと思うんだけど……」


『もうこれ以上私と関わらない方がいいの』

『私は、みんなを不幸にする魔女だから』


 昨日、相沢はたしかにそう言った。

 相沢には不思議な力があることも目の前で見せつけられて、その忠告がひょっとしたら嘘じゃないという可能性だって捨てきれない。


(だけど、そんなこと関係あるかよ)


「俺はただ、力になりたいんだよ」

「なあなあ、祐介! 俺、いっこ思いついたわ」


 ふいに、静かだった貴人が急に元気になった。


「なんだよ、急に」

「ねえねえ、万由里ちゃん。おばあちゃんの家の片付けってさ、女の子だけだと結構大変だったりしない?」

「えっと、それは……」


 貴人が考えていることは分かった。

 確かに、“相沢万由里を助ける”には、うってつけの状況だ。

 相沢の表情から、困っていることが透けて見えた。だけど、頼んでいいものかと迷っている。

 貴人は、ニッ、と俺の顔を見た。


「手伝うよ。周りの人を不幸にするとか、そんなの全然気にしてないから」

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