第11話 勝利の報告 <間章 怜司視点>
夜、すでに体力は限界に近かった。
大事な中学総体の初戦を終えて、さらに明日の試合に向けてミーティングや情報収集も余念なく行った。
今にも倒れそうなほどに気力も体力も果てていたが、それでもひとこと伝えないと気が済まない。
夕食も明日の準備も済ませた後、簡単な私服に着替えて祐介の家に向かう。古い家が多い中で、祐介の家は、綺麗な洋風の2階建ての戸建だった。
そのチャイムを鳴らすと、ドアが開いて出てきたのは祐介だ。基本的に、祐介以外の誰かが出てくることはない。
「来ると思ってた」
「悪いな。こんな時間に」
もう22時近い時間なのに、家の中には祐介以外の気配を感じない。最近、両親がますます忙しくしているという話を前に聞いていた。
「別に、暇してるだけだし。で、勝利報告でいいんだよな?」
家の中に通されて、そのまま2階へ続く階段を上がる。この家に来るのは久しぶりだった。
「ああ。まだ早いとは思うが、やっぱり感謝を伝えておかないと落ち着かなくてな」
「ほんと、怜司は生真面目っていうかなんていうか……。入るぞ」
祐介は、沙莉ちゃんの部屋のドアをノックしてから中に入る。オレもそれに続いて中に入った。
沙莉ちゃんの部屋は3年前からなにも変わらない。女の子らしい可愛いキャラクターのグッズで飾られていて、それは常に埃をかぶることもなく、きちんと手入れされていることが分かる。
「ほら、バスケ馬鹿が勝利報告に来たってさ」
「バスケ馬鹿はやめろ」
「事実だろ?」
「まあ、そういう表現もあるかもな」
もしオレがバスケ馬鹿なら、それだけ打ち込めるようになったのは間違いなく沙莉ちゃんのおかげだ。そう思うと、この“バスケ馬鹿”も悪くないのかもしれない。
「沙莉ちゃん、とりあえず1つ勝てたよ。ほんの一歩だけど、夢に近づけた」
穏やかに眠っている沙莉ちゃんの表情を見ていると、自然と自分の声も穏やかになる。隣では祐介も聞いているのに、思わず忘れそうになる。
「まだ1勝だけど、こうしてオレがバスケをやれてるのも沙莉ちゃんのおかけだから。……ありがとう」
口にすると、あの時のことを思い出してしまう。
“バスケで日本一になりたい”と言った俺を、本気で応援してくれた沙莉ちゃんの表情を。
“誰に反対されても好きなものを続けるべきだ”と、励ましてくれた沙莉ちゃんの言葉を。
「親はなにか言ってんの?」
祐介がそんなことを訊いてきた。
「余計なことなら、いくらでも言ってくれてるさ。バスケなんて、突き指をして危ないからやめなさいって」
「相変わらずだな」
隣でそんな話をしていても、沙莉ちゃんは穏やかに眠り続けている。
沙莉ちゃんは今年で、小学校5年生になったはずだ。年齢とともに少し成長しているような気もするが、同年代の子どもに比べれば、まだ幼さが強く残っている。
「いつか、オレの試合を見に来てほしいな」
何気なく、そんな願いが口を出た。
いつか沙莉ちゃんの目が覚めた時に伝えたいと思っている、オレの大切な夢だ。
「叶うよ、きっと」
独り言のつもりだったのに。
思わぬ、祐介からの強い返事の言葉に驚いた。
「あ、ああ……。だが、医者はずっと前から、もう身体に異常はないと言っているんだろう?」
オレだって、悲観的なことを言いたいわけじゃない。
だが、医者が匙を投げたほどの状況だ。軽はずみな期待はしていけない。それがオレたちの暗黙の了解のはずだった。
それなのに、祐介は小さくうなずいてから言った。
「それでも沙莉は目を覚ます。絶対、覚ましてみせるよ」
それは、沙莉ちゃんが眠り続けてから今日までで、一番力強い声だった。
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