第7話 世界を救う鍵の行方

「ねえ、本当に行くわけ? 絶対あいつの妄想だって」


 終業式が終わった後、俺たちはそのままの足で”山”を目指して歩いていた。

 ちなみに、あの未来人と別れて教室に戻った時、ひどく怒られたのは言うまでもない。不審者の逃亡を手伝ったことは、バレてはいない。


「まあまあ。とりあえず行ってみようぜ! 本当でも嘘でも、やっぱり調査するのも醍醐味でしょ」


 山に向かう貴人の足取りは軽やかだ。ただ近所の遊び場に行くだけなのに、まるで冒険に出かけているみたいに見える。


「はあ、貴人はなんでそんな楽しそうなの」

「だって実際楽しいだろ。中学生最後の夏に、みんなで世界を救えるなんてさ。祐介もそう思うだろ?」

「ごめん、ちょっと俺は分かんない」

「ええ、嘘だろ!?」


 ずっと昔から歩き慣れた道を進む。

“山”は俺たちの家から歩いて5分程度の場所にあった。子供の足でも歩いて行ける都合のいい遊び場で、貴人や六花と一緒に行くのはもう何度目になるかも分からない。3年前までは、そこに怜司や紗莉も一緒だった。


「てか、やっぱアチー。マジで盆地恨む」

「だったら、もうやめて解散する? あたしとしては、全然それでも困らないんだけど」

「バカ言うなよ。夏の旅は暑くてこそだろ?」

「え、これ旅なの?」


 お昼近くの時間になって、太陽もすっかり高いところへ上っている。ギラギラとした日差しが降り注いで、歩いているだけでじわりと汗が出てきてしまう。

 “山”を目指す途中、ふと六花が近くに寄ってきて訊いた。


「ねえ、祐介は実際どこまで信じてるの? あいつの言ってること」

「さあ。普通に考えたら絶対にありえないとは思うけど」

「けど?」


 なんとなく嘘だとは思えないし、思いたくない。

 なんて、現実主義の六花には言えなかった。


「いや、突拍子もなさ過ぎて、全然ついていけないなって」

「だよね。貴人は逆にそれで面白がってるのかもしれないけど」

「やっぱり、六花は興味ない?」

「あったりまえ。……まあ? 祐介が貴人に付き合うって言うなら、あたしだって付き合ってあげなくもないけど……」


 話をしていると、俺たちが“山”と呼ぶ場所が見えてきた。

 正確には山のふともで、周囲を木々で囲まれたそこは神社になっている。鳥居を抜けた先には賽銭箱のついた小さな本殿と、広場にはちょっとした遊具が設置されていた。

 小学生の頃は、ここで毎日のように遊んでいたのに。

 今はその小さな神社に、4人の男子高校生がたむろをしていた。


 たぶん、この近くにある工業高校の生徒だ。高校の制服を着ているくせに堂々と煙草を片手に、ケラケラと談笑をしている。足元にはジュースの缶やタバコの吸い殻が散らかっていた。


「あれのどれかが相沢万由里ってこと?」

「いやいや、さすがにどこか別の場所にいるんでしょ。ほら、あの未来人も“山”としか言ってなかったし」


 この場所を“山”と呼んでいたのは俺たちだけだ。あの未来人が伝えようとした場所は、きっとこの小山全体を指すんだろう。


「さすがに、全部を探すのは骨が折れそうだな」

「うん」


 六花はどこか上の空で返事をした。その理由はなんとなく分かる。


(いつの間に不良の溜まり場になったんだよ)


 少なくとも、3年前まではそんなことはなかった。別にここが自分たちの場所だなんて主張するつもりはないけど、やっぱり少し、イヤだ。


「もうよくない? どうせ全部デマカセなんだから」


 言って、六花は回れ右をした。

 少し消化不良な感じもあったけど、わざわざこの山全体を探すほどの理由はない。道を引き返す六花を俺も追いかけようとした。


「おい、せめてもうちょっと探してみようぜー!」


 貴人が俺たちを引き止めようと叫ぶ。その声に振り向いた時、ふと視界の端に1人の少女が見えた。

 近くの民家の塀の陰に立って、神社がある方を見つめている。

 それは、昨日のキャスター付きトランクの美少女だった。


「相沢、万由里……?」


 まさかと思いつつ、言葉が口を出た。

 その声が届いたのか、彼女は明らかに怯える顔をした。


「な、なんで私の名前を知ってるんですか……?」


(おい、嘘だろ……)


 未来人が予言をした通り、確かに相沢万由里は”山”にいた。

 そして、世界崩壊のキーになるその彼女は、キャスター付きトランクを坂道で滑らせて俺にぶつけた、あの不思議な女の子だった。


 その偶然が意味するところは、まだ分からなかった。

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