第6話 逃走援助の攻防劇
体育教師の猛田に追いかけられて、自称未来人は校舎の陰に姿を消した。
その後を追った貴人よりもさらに遅れた格好の俺は、普通に走っていては追いつけるはずもない。
長方形の形をした校舎の周りを、3人とは反対周りになるように壁に沿って走った。
少し走るとすぐに、向かいの校舎の角から自称未来人が飛び出してきた。男は一瞬驚いた顔をした後、すぐに安堵した表情になった。
きっとすぐに猛田が同じ場所から現れる。俺はとっさに近くの倉庫の陰を指差して、そこに隠れるようにジェスチャーした。男は一瞬戸惑ったあと、すぐに飛び込んで隠れた。
それとほとんど同時、猛田が角から飛び出してきた。
その足が止まる。
「お前、こんなところで何やってるんだ。教室に帰れ!」
「すいません。怪しい男がいるのが見えて、いてもたってもいられなくて……」
猛田は辺りをキョロキョロと見回してから、決まりが悪そうに言った。
「お前、その男がどっちに行ったか分かるか?」
「えっと、あっちに走って行きました」
「分かった。危ないからお前は早く教室に帰れよ!」
適当な方角を指差すと、猛田はあっさりと信じて指の先の方へ走りだして行った。その背中が見えなくなったのを確認して、倉庫の陰に隠れる男へ声をかけた。
「とりあえず大丈夫だと思う」
自称未来人は、倉庫の陰で頭を抱えて小さくしゃがんでいた。周りを確認してから立ち上がると、そこに貴人も追いついた。
「あれ、猛田は? てか、やっぱり祐介も助けに来たんだな!」
「あんまり大きな声出すな。次に猛田に見つかったら、俺たち3人ともただじゃ済まないぞ」
「あ、ごめん」
あんな嘘が通用するのは一度までだ。もしもこの男と一緒にいるところなんて見られたら、その後のことは想像もしたくない。
「ありがとう。助けてくれて」
相変わらずのカタコトで男が言った。
ひょっとすると、本当に外国の人なんだろうか。
「別に。俺に用があるんだろ? そのせいで猛田にボコられたりしたら寝覚めが悪いし」
「ありがとう」
「それより、なんでそこまでして俺を追いかけ回すんだよ。今朝は怜司のところにまで言いに行ったんだろ?」
「それは……」
仮に、この男が本当に未来人で、本当に世界が滅んでしまうのだとしたら、過去に戻って「世界を救え」と言いたくなるも分かる。
だけど、それを伝える相手がどうして俺なんだ。
「世界を救えとか言われたって、俺にどうにかできるわけないし」
「そんなことない! 祐介は――」
自称未来人は不意に言葉を止めた。その理由はすぐに分かった。
「本当に不審者が出たんですか?」
「そうみたいですね。今、猛田先生も探しているって」
近くから大人の声が微かに聞こえた。
見ると、倉庫の向こうから教師が2人、こっちに向かって歩いてきている。今はちょうどこの倉庫で死角になっているが、近くまで来られたら一貫の終わりだ。
「やばい、逃げよう」
貴人の声を合図に、いっせいに声とは反対の方へ走ろうとした。
が、すぐにその足元も止まる。向かいの遠くに、頭をぽりぽりとかきながら戻ってくる猛田が見えた。
(まずい、このままじゃ挟まれる……!)
猛田とはまだ距離があって気づかれていないが、そんなのは時間の問題だ。
見つからないことを願ってこの場に留まるか、距離があるうちに走って逃げるか――。
不意に、すぐ隣の校舎の窓が開いた。
「こっち!」
窓から顔をのぞかせたのは、六花と怜司だった。
慌てて、近くにいた貴人から順に窓の中に飛び込んでいく。自称未来人も中に入って、最後が俺だった。
たぶん、猛田や他の教師にも見られていないと思う。
「ありがとう。助かったよ……」
緊張でバクバクと鳴っている心臓をなだめながら、六花と怜司にお礼を言った。
六花は、呆れたようにため息を吐いた。
「ホント、バカじゃないの? 不審者の逃亡を手伝ったなんてバレたら、さすがに怒られるだけじゃ済まないって」
「悪かったよ」
「けど、なんだかんだ言って、不審者の逃亡を手伝ったやつの逃亡を手伝ってくれるんだよな」
「あぁ?」
要らないことを言って六花に睨まれるのは、貴人のいつものことだ。
「けど、なんで怜司まで一緒にいるんだよ」
「いたら悪いか?」
「悪くないけどさ、面倒ごとに巻き込むなとか言ってたのは怜司の方だろ?」
「偶然、お前たちが走っていくのが見えたからな。橋詰に話を聞いたら、無理やり手伝わされたんだ」
六花は少し不服そうに唇を尖らせている。
「別に無理やりじゃないし……」
呼吸も落ち着いて、やっと周りを見る余裕も出てきた。
窓から逃げ込んだ部屋は技術室で、六花と怜司の他には誰もいない。終業式で終わりになる今日、この教室が授業で使われることはないはずだ。
「邪魔も入らなさそうだし、そろそろ聞かせてもらおうか。結局、お前はなにが目的なんだ?」
改めて、自称未来人へ向き合った。ここでなら、落ち着いて話ができそうだ。
全員の視線が、いっせいに男へと向かう。
男は一度、小さく息を吸った。
「俺は、未来からやってきた。その時代で、世界は滅びる」
「そこまでは聞いた。それで、なんで祐介をつけ狙うわけ?」
焦れた六花が話を急かす。
男は改めて俺の顔を見た。
「それは、高垣祐介が世界を救う鍵だから」
「俺、特別な力なんて持ってないと思うけど」
一瞬、実は自分には隠された力があるのかなんて、マンガみたいな展開を期待してしまう。
だが、自称未来人はあっさりとその期待を壊した。
「そうだ。大事なのは、世界が滅ぶ原因である女の子――
「相沢、万由里……?」
「彼女を助けること、それが世界の崩壊を防ぐ唯一の方法。高垣祐介なら、それができる」
六花、貴人、怜司の3人からの視線が刺さる。『相沢万由里って誰?』とでも言いたげだが、残念ながら俺も知らない。
「俺なら助けられるとか言われても、そもそも、その相沢さんのことなんて知らないんだけど……」
「会えば分かる。彼女はきっと、山の方にいるはずだ」
「山……?」
「そうだ。この時代、この夏休みの間だけが、世界を救う最後のチャンスだ」
自称未来人は、言葉を強めていく。
「高垣祐介。相沢万由里を助けて、世界を救え。困った人に手を差し伸べるのが、お前の生き方だろう?」
窓の外から、下校していくほかの生徒が見えた。
早いクラスは担任からの話が終わって、いよいよ夏休みに突入をしたみたいだ。たぶん教室では、俺たちだけいないことが問題になっているんだろう。
中学生活最後の夏休み。
俺に与えられた宿題は、相沢万由里という人物を助け、そして、世界の崩壊を食い止めるという、あまりにも壮大すぎる難題だった。
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