第4話 おかしな来訪者_ふたりめ

「明日から夏休みなんだぞ!?」


 翌日、いつものように3人で登校していると、なんの脈絡もなく貴人が叫んだ。


「そんな叫ばなくても分かってるから」


 それを六花 は冷たくあしらう。

 それでも貴人は慣れっこで、挫けることなく続けた。


「いーや、六花は分かってない。今年の夏休みはただの夏休みじゃないんだ」

「なにが違うの?」

「俺たちの中学生活最後の夏休みなんだぞ!?」

「まあそれはそうだけど。だからって別になにもないでしょ」


 熱くなっている貴人に対して、六花は落ち着いている。

 小学生の時からずっと一緒にいるんだから、今さら特別視する必要もないという六花の意見も分かる。

 たとえこの中学生活が終わっても、また高校、大学と続いていくんだ。

 そのことに疑いなんて、なにひとつなかった。


「なあ、祐介は分かってくれるだろ? 特別なこと、したいよな? な?」

「まあ、分からなくはないけどさ……。特別なことって、どんなことだよ」


 こんな都心から離れた何もない街で。

 だけど、ド田舎と呼べるほど寂れたわけでもない半端な田舎町で。

 あるのは田んぼと平屋と中途半端な自然だけ。遊べるような施設やお店なんてないし、何か事件が起きるなんてこともない。


(なんの刺激もない街で、2人の幼馴染と、変わらない毎日を過ごすだけなのに)

 

 貴人はドヤっと胸を張って答えた。


「特別なことって言ったら特別なことだよ。例えば、世界を救うくらいのさ」

「なにそれ。祐介を困らせんな、バカ」

「バカは事実だけど、関係なくない!?」


 貴人の発言が突拍子もないのはいつものことだけど、それにしたって唐突で驚いた。

 六花はそんな貴人を無視して、俺の方を向く。


「それよりさ、祐介。あたしもこの夏でちゃんとゲーム練習するから、そしたら今度あたしも対戦付き合ってあげようか、なんて……」


 言いながら、六花は通学カバンについた謎のキーホルダーを右手でいじっている。

 そのキーホルダーは、頭がラマで胴体が人間という“キモ可愛くない”キャラクターのマスコットだ。「ラママン」という名のそいつは、どういうわけか六花のお気に入りらしい。


「六花ってゲーム嫌いじゃなかっけ?」

「嫌いじゃなくなったの! どうせ言ったって、祐介はずっとゲームやってるんだから……」

「え?」


 よく聞こえずに聞き返す。だけど、六花から言葉が返ってくることはなかった。

 六花が無視をしたわけじゃない。

 話に夢中になっていて気づかなかった。昨日の不思議な雰囲気の男が、すぐ目の前に立っていることに気づいたから。

 右にも左にも田んぼが広がる一本道。その真ん中で、道をふさぐようにして男は立っていた。


「高垣祐介」


 男は突然、俺の名前を呼んだ。

 困惑した。


(なんでこいつ、俺の名前を……?)


 改めて見ると、本当に不思議な雰囲気の男だった。

 一見すると20代後半くらいに見えるが、40代だと言われても信じられるような、年齢の読めない顔立ち。日本人離れしたクッキリとした顔の造りで、じっと俺を見つめるクールな瞳には、何か並々ならぬ熱量が込められているのを感じる。

 彼には、どこか不思議な空気を感じていた。


「あんた誰? 昨日もあたしたちのこと見てたでしょ」


 六花が敵意を隠す様子をもなく言った。


「俺は未来からやってきた」


 それが男の第一声だった。男は続ける。


「俺が住んでいるその時代で、今、世界は滅びようとしている」

「「は……?」」


 六花と同時に、素っ頓狂な疑問の声が漏れた。

 男のしゃべり方は、どこかカタコトのように聞こえた。


「頼む。高垣祐介、世界を救え」


 一語一語噛み締めるように男は言った。

 男がなにを言っているのか、理解できなかった。

 やっと理解が追いついても、やっぱり言葉の意図は分からない。


「それは、どういう――」

「祐介、行こう」


 六花が男を無視しようとする。

 男は繰り返した。


「世界を救え。これは、高垣祐介にしかできないことだ」


 なにも理解できなかった。

 自分の名前が出てきているはずなのに、ちっとも自分事として頭に入ってこない。


(世界を救えなんて意味分かんねえし、なんで俺じゃないといけないのかも分かんねえし、そもそも誰なんだよ、こいつは)


「祐介、急ぐよ!」


 六花が俺の手を掴んで走り出す。腕を引かれて、俺も走った。

 男の横を通り抜けて学校の方を急ぐ。遅れて、貴人が慌てて追いかけてきた。


「ちょ、置いてくなって!」


 走っても、男が追いかけてくる気配はなかった。

 どんどんと距離が開いていく。


「高垣祐介!」


 男は最後に、もう一度俺の名前を呼んだ。


(だから、なんで俺なんだよ……!)


 あの男が俺に向ける視線も、俺の名前を呼ぶわけも、なにもかもが分からなかった。

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