第3話 たったひとりの妹

「ただいま」


 学校が終わって家に帰る。家の中には誰の気配も感じない。

 父親も母親も、どうせ日付が変わるような時間まで仕事から帰って来ない。そして、今も家にいるはずの“もう1人”の家族からは、返事がくるはずもない。


 リビングには寄らず、真っ直ぐに2階へ続く階段を上がる。そして、自分の部屋に入る前に、隣の部屋をノックして中に入る。


「ただいま。今日も元気にしてたか?」


 ベッドの上で眠ったままの沙莉に声をかける。

 もちろん返事はないし、反応もない。静かに寝息を立てながら、穏やかにまぶたを閉じて眠っている。

 その頭をそっとなでる。

 指先からは、細くて柔らかい、まだ幼さの残る髪の感触がした。


「明日は終業式で終わりだし、夏休みに入ったら長く家にいられるからな」


 仕事に追われてばかりいる両親のもとに生まれて、助け合って生きてきた兄妹。

 たった1人の、俺の大切な妹――沙莉。


 陽の光に当たっていないせいで真っ白な肌は、それでも青白くなることはなくて、透き通った健康的な雰囲気を残している。

 母に似た俺とは対照的な大きな目と、優しげな眉毛。

 今はずっと変わらない表情も、起きている頃にはコロコロと変わって、まるで子犬のように可愛かった。どこに行くにもついてきて、俺がどこかに遊びに行く時は必ず沙莉も一緒だった。


 穏やかに眠っている沙莉を見ていると、今にも目を覚まして、昔みたいに元気な笑顔を見せてくれるんじゃないかと錯覚をする。ずっと診てくれている医者でさえ、もう身体に異常な部分はどこにもないと言っているのに。

 それでも、そんな状態のままずいぶんな時間が経った。


「夏休みってことは、そろそろ3年になるのか」


 夏が近づくたびに思い出す。

 いつも元気に走り回っていた沙莉が、目を覚さなくなってしまったあの時のことを。


「早く、目を覚ましてくれよ……」


 もちろん、その言葉に対する返事はない。

 3年前の夏休みのある事故から、沙莉は今日までずっと眠ったままだった。

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