第二十九話 かごめかごめ
先日行われていた夏祭りでは、サンズマッスルの理事長と太満がフリフリポテトの出店を出していて、そこでシニアプレーヤーのセッカとスザクについて裏で何かやっているのではないかと疑っている会話があった。
セッカという男は、セミの鳴く桜並木で口からプラズマを
この二人はサンズマッスルに所属するシニアプレーヤーであったものの、太満のいう通り何か裏がありそうなところがあって、そこで今回は、二人のうちのスザク、つまり
この日、珠切朱雀はサンズマッスルにかくれて単独行動をとっていた。遠く
ホテルの部屋で荷物をほとんどしまい終えた朱雀は、
その古ぼけた寄木細工の写真立てには、
この写真は海辺の高台から
「あの
そこはかつてリゾート
なぜ
朱雀はこの仕事が終わったらこの国にいられなくなるか、あるいは死んでいるかのどちらかであろうと予感していた。そして、ゆっくりと口紅を
着物に
フロントでチェックアウトをし、キャリーケースを宅配便で送るために所定の用紙に記入を終えたところで、彼女はふと
平日ということもあって他に客などいない。場内に流れていた音楽は地元の祭りばやしだろうか、
あの寄木細工の写真立てを買ったのはこの土産物売り場だった。
その
朱雀はあの時のことを今でもはっきりと覚えている。あの土産物売り場で品物を見ていたところで、おそろいの服を着た女の子が二人寄ってきて、
アキラ。あなたは覚えてる? このホテルが
アキラというのは写真に写っていた男性のことである。
不意にフロントの女の声がして、ハッとした
「それではこのお荷物はお預かりしますね」
フロントの女は
「ああ。お願いするわ」
朱雀とこの従業員は同年代くらいだろうか。この女もホテルの営業が終われば、その時には職を失うのであろうと朱雀はぼんやりと思った。
「ところで、あそこのカフェは営業してるの?」
「あ、ええ。ご利用ですか?」
「そうね。時間があるから少し休ませてもらおうかしら」
「そうでしたら、カフェのお席で少々お待ちいただけますか?」
チェックアウトと荷物の手配を済ませた朱雀は、荷物をフロントの女にまかせ、
カフェの中には四人席がいくつもあって、客などいないから
「いらっしゃいませ。ご注文お
朱雀が
カフェ担当の店員などいないのである。この女はホテルのフロント係だけでなく、まさかのカフェ店員までワンオペでやっていたのだ。しかもこの笑顔で。これには朱雀も可笑しくなってしまった。
フロント
「ああ……、ごめんなさい」
朱雀はあわててテーブルの上にあるメニューを見た。
「そうね。アイスコーヒーにしようかしら」
ホットコーヒーとかアイスコーヒーとか、紅茶、コーラ、ジンジャーエール、そんなものしかなかった。それでもなおとっさにアイスコーヒーを選んだのである。
「アイスコーヒーですね。少々お待ち下さい」
女がにこやかにそういって去って行くと、朱雀はその後ろ姿を、カウンターの
アキラ……。覚えてる? あなただったら知ってるわよね?
あの笑顔。土産物売り場で女の子から「付き合ってるの?」って聞かれた時、あなたはやさしく笑った。覚えてる? 俺は覚えてるわ。あなたは笑ったのよ? あの笑顔が、俺を
あなたとの別れを
「失礼。この席に座ってもいいかな?」
まさか! そんなまさか!
アキラ……、あなたなの?
朱雀が
らしくないほど
「ここに座っていいかと聞いているのだよ」
朱雀は
「何? なんの用?」
「一つ用事があるのだ。貴様が
メロンズ教授が
「お待たせいたしました。ご注文のアイスコーヒーでございます」
そして、朱雀の前にアイスコーヒーを置くと、メロンズの前にお冷を置いて、朱雀に対するのと同じニコニコ笑顔でこういった。
「ご注文なさいますか?」
「そうだな。冷たいものがいい。何がある?」
「こちらがメニューとなっています」
エプロンの店員がそういってテーブルの上にあるメニューを指し示すと、朱雀が割って入った。
「あなたの口に合うものなんてないわよ」
「ほう。私のことを知ったような口をきくじゃないか」
メロンズはチラッとだけメニューを見た。
「ふん。ちょっと考えさせてくれ。また声をかけよう」
「ありがとうございます。それではごゆっくりどうぞ」
エプロンの店員はニコニコ笑顔のままお
「なんでこんなところにあんたがいるのよ」
「私の友人がこのホテルを買いたがっていてな。どんなホテルなのか見てみたいと思っていたのだよ。まあ、大したホテルではなさそうだがな。身のほどをわきまえぬオーナーが高値でふっかけているそうだ。こんなホテル、買い取る者などあるまい。じきに安く買いたたかれるほかなくなるだろう。だが、用件はそれではない。貴様に用があってわざわざ来たのだ」
「
「ふん。
「そう。たいそうヒマなようね?」
「私にそういう態度をとれるのも今のうちだ」
そういうとメロンズ教授はふんぞり返って
「
「貴国? どこの国の話かしら? 俺は日本人なのよ?」
「ふん。貴様のクライアントのことだ」
この男はいったいなんの話をしているのだろうか。仮にも
しかし、朱雀には通じているようだった。なぜなら
「貴様のクライアントに私が会いたがっていることを伝えてもらいたい」
朱雀は何も答えなかった。
「
先ほどまで流れていた祭りばやしが急に
メロンズ教授は注意深くその曲を聴き始めた。しかし、短い曲であったからかすぐに終わってしまって、またあの祭りばやしが流れ始めたのだった。
「今の曲はどういう曲だ? 歌のようだったが、外国人の私にもわかるように教えてもらえないだろうか?」
こう聞かれた朱雀は
「ふん、
「かごめかごめ」
「かごめかごめ? 何だねそれは?」
「日本人だったら
「童謡? ほう。それで、歌詞はどんな内容なのだ?」
「なんで歌詞なんか知りたがるのよ」
「実にエキゾチックなメロディーだった。それを聞いた外国人が歌詞に興味を持っても不思議ではないと思うがね?」
朱雀はしばらくの間│
「かごめかごめ……」
「かごめ」とは、一説では漢字で「籠女」と書き、
この
「かごのなかのとりは いついつでやる」
アキラを忘れられぬ
「よあけのばんに つるとかめがすべった」
夜明けというものは朝であって晩ではない。こんな
「うしろのしょうめんだあれ」
朱雀は正面に座るメロンズ教授の後方に目を移した。そこは
「ふん。ずいぶんと
メロンズ教授は
「『後ろの正面』が『
こんなことをいって朱雀の反応をうかがっているようだった。
「貴様に聞いたところで本当のことはいわんだろうがな」
本当のこと? メロンズ教授はこの歌の本当の意味を朱雀が知っているとでも考えているのだろうか。こんな古くからある童歌の歌詞など、長い時間をかけて人伝いで伝わっているうちに内容がかわっている可能性もあり、その意味などを考察したところで、この場で
「ふうむ。わからんな。外国人の私にはわからないことなのかもしれない。
この男は何をいっているのだろうか? しかし、この様子を見ている朱雀の表情はみるみる険しくなっていくのだった。ひょっとして、朱雀はこの歌について「何か」知っているのだろうか。
「失礼するわ。お代はあなたが
「ちょっと待て」
メロンズが止めるのも聞かず
「ふん。貴様らの
朱雀は
メロンズ教授は朱雀の後ろ姿を見送ると、カウンターにいる店員に向けて、こっちへ来いとアゴをしゃくって見せた。
「ご注文でしょうか?」
「一つ確認したいことがある。先ほどここで流れていた曲が
「ああ、はい。あれはですね……、私もヘンだと思ったのですよ。あんな歌が流れることなんて今までありませんでしたから」
「あれはなんという歌だ」
「『通りゃんせ』です」
「『通りゃんせ』? 『かごめかごめ』ではないのだな?」
「ええ……。『かごめかごめ』ではありませんでしたね」
女は質問の意図が読めず、
「やはりそうか。歌詞を教えてくれないか?」
「歌詞ですか? そうですね……、承知いたしました。下手な歌でございますが、失礼させていただきます……」
要領の得ないままであったものの、女は単に歌詞を説明するのではなく、この見知らぬ男に、なんと、歌を歌ってみせたのだ! しかも、バイオリンやチェロのような、
とおりゃんせえ とおりゃんせえ
こおこはどおこの細道じゃあ
天神 さまの細道じゃあ
ちいっと通して下しゃんせえ
ご用のないもの通しゃせぬ
この子の七つのお祝いに
お札を納めにまいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも とおりゃんせ
とおりゃんせぇ……
この女には歌の心得があるのに
この歌声を聞いたメロンズ教授は深く考えこみ始めた。
「なるほど。『かごめ かごめ』と『通りゃんせ 通りゃんせ』か。どちらも同じ節を
エプロン姿の店員は笑顔を取りつくろいつつも、
「待てよ。ひょっとするとスザンヌか? ふうむ。今までのこと考えれば十分にあり得ることだ。
メロンズ教授は考えるのをやめて店員の顔を見るとこういった。
「見事な歌であった。これはコーヒー代と歌の礼だ。受け取ってくれ」
そして、一万円札をエプロンの店員に
「ありがとうございます。お
「釣はいらんといったであろう。先ほどの歌は実に見事であった。これは君への敬意なのだよ。受け取りたまえ」
メロンズ教授は立ち上がると、
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