第二十八話 神輿渡御

 ラムネとポップコーンを買って五百円を使い切ってしまった私といえば、その後、みなの買い物をただ指をくわえて見ていただけなのかというと、意外とそうでもなかった。

 これだけ人出の多い祭りであったから私たち以外にも同級生がこぞって集まっており、道を歩いていれば顔の見知った者たちと出くわすこと頻繁ひんぱんで、友だちと出会うたびに親から五百円しかもらえなかったことを私がネタにしていたところ、それが皆のツボにはまってウケたことはいうまでもないが、うまいこと同情もかえたようでもあって、焼きそばやらお好み焼きなど、それぞれが少しずつ私に分けてくれたのだった。もらった焼きそばの容器や紙皿を両手に持った私は、今やだれよりも食べ物を持っていたのである。

「なんか、円座えんざが一番おやつもってんだけどw」

「なんなのこれ? ずるくないw?」

「五百円でこれってどうゆうこと?」

「いや、マジでわりいw。みんなめちゃくちゃやさしいんだけどw。マジあざっすw」

「あ! ちょっと待って? ミヨちゃんだ!」

 浴衣姿の女子二人がこちらに向かって歩いている。

「ミヨちゃん! ミヨちゃん! こっち、こっち!」

 呼ばれたミヨちゃんは、私たちに気がついてこちらに向かってきた。

「ごめん、ごめん! みんな浴衣で気づかなかった! みんなすっごいカワイイ!」

「ミヨちゃんも浴衣に着替えたんだね! でもゴメ〜ン! 円座えんざくんがおくれたせいで、パレード間に合わなかったの! ミヨちゃんがパレードに出てるところすっごい見たかったのに、残念!」

「いやいや! そうやっておれのせいにすんなよ! 暑くて早めに終わりにしたっていってたじゃん!」

「そうなの! 暑いからもう危険だって、巻き巻きになっちゃったんだよ!」

 心やさしいミヨちゃんだけが私にかけられたれ衣にフォローを入れてくれた。

「私たちが最後の組だったでしょう? だから、予定してた時間だともう終わっちゃってたと思う。ママも到着とうちゃくしたら終わってたっていってたし」

「そうだったんだあ。ミヨちゃんが鼓笛隊こてきたいの衣装着たところ見たかったのに、残念だったなあ」

 そういって、女子たちが明智あけち光成みつなりの顔をチラッと見たことに私は気づいていなかった。

「お? ちょっと待って? あれ見ろよ。ホシケンじゃね?」

「おーい! ホシケン!」

「おお! お前らも来てたの?」

 私たちに気づいたホシケンが両手にチョコバナナを持ちながらこちらに近づいてきた。

「お前なんで両手にチョコバナナ持ってんだよw」

「いや、あっちの店で買ってたらさあ、ジャンケンで勝ったらもう一個くれるっていうんだよw。そしたらおれが勝っちまって、余計に一個もらえたんだよw」

「マジ? やったじゃん!」

円座えんざも両手にめっちゃ持ってんのなんなの? ウケんだけどw」

「いや、俺はオカンから五百円しかもらえなくてさ、みんなが気の毒がってめぐんでくれたんだよw」

「マジ? じゃあ、これも一個やるよw」

「マジで? いいの?」

 私はホシケンとこんなやり取りをしていたので、女子たちが目配せして光成に声をかけていたことに気づいていなかった。

「ああ、二個も食えねえってw。みんなで一個ずつ買ってたから困ってたんだよw」

「ヤバ! マジであざっす!」

「ちょっと、マジかよw。円座えんざもらい過ぎじゃねw?」

「え? じゃあ、お前食う?」

「ええ? どうしよう?」

「そうだ、金残ってるヤツはチョコバナナ買いに行こうぜ。ジャンケンで勝ったらもう一個もらえんでしょ?」

「ああ、けど、あんま勝ちすぎんなよw。食いきれねえからなw」

「わかったw! 行こうぜ! あっちの方にあんの?」

「そうそう、もうちょっと行った先w」

「サンキュー! またな!」

 そういって、みんながチョコバナナを求めて歩き出したところで、私は光成がいないことに気がついた。

「あれ? 光成は?」

 光成だけでなくミヨちゃんとその友だちの姿も見えない。

明智あけちくんはちょっと用があって、すぐもどってくるって」

 残っていた女子がそういった時だった。

 ピンポンパンポ〜ン。

「お祭りにご参加の皆様みなさま。運営本部からお知らせいたします。長らくお待たせしておりました神輿渡御みこしとぎょでございますが、予定の時刻となりましたので間もなく始まります。車道をご通行の皆様、お神輿は道路中央を進みますので、おそれ入りますが、歩道へ移動くださいますよう、お願い申し上げます。り返します。車道をご通行の皆様、恐れ入りますが歩道をご通行くださいますようお願い申し上げます。」


「はい! それでは申し訳ありませんが歩道へ移動してください! おそれ入ります! 歩道へ移ってください!」

 交通整理のスタッフが車道を歩いている人たちに声をかけ始めた。

「お? もう神輿みこしが始まんのか?」

 ただでさえ人でごった返していたメインストリートであったが、車道を歩いていた人たちが道路わきへ移動し始めたため、歩道は人が歩けぬほどの混雑になった。

「ちょ、マジ、人がすごくて進めねえw」

 あまりの混雑で、チョコバナナどころではなくなってしまった。みんなとはぐれてしまいそうになる。歩道の一番はしによって、みんなと合流しようとしたその時だ。


「せいや!」

 突然とつぜんだれかが大声を出すのが聞こえた。すると別の方角にいる誰かがそれに応える。

「ほいさ!」

 何事かと祭りの参加者がまわりを見わたすと、そこかしこからけ声が始まるではないか。

「えいさ!」

「ほいさ!」

「せいや!」

「ほいさ!」

 なんだ? もう神輿みこしが来てしまったのか? このけ声をする者たちは人もまばらになった道路中央付近に歩み出てきたかと思うと、それぞれが皆、あの千円もするモフモフ探偵たんていのお面をつけていたのだ。それだけでも十分目立つというのに、掛け声をかけながらゆっくりと服をぎ始めるではないか。

「何をやってるんですか! 歩道へ移動してください!」

 交通整理スタッフの注意も聞かず、この者たちは服を脱ぎつつ車道へ歩み出ることをやめない。

「せいや!」

「ほいさ!」

 お面をつけた男たちが全裸ぜんらになるにいたって、女性の悲鳴が上がり始めた。やおらすべての服を脱いだかれらは、モフモフ探偵のお面だけを残してすっかり全裸になってしまったのだ!

「きゃあああああ!」

 動揺どうようしたのは何も女性に限ったことではない。

「おお? なんだ、なんだ?」

「お前ら何やってんだ! ぱだかじゃねえか!」

 通りのはるかおくからも悲鳴が聞こえ始める。

「きゃあああああ!」

「どけ! どけ! どけえ!」

 悲鳴の原因は群衆をかき分けて突進とっしんする男がいたからだった。この男もモフモフ探偵たんていのお面をつけていたのだが、すでに全裸ぜんら姿で、しかも、一人で神輿みこしかたに乗せて突進してきたのだからおどろきである。なんたる怪力かいりきであろうか。この男が担いでいた神輿は私たちがよく知っている神輿などではなく、巨大きょだいももの形をした金色のオブジェであった。

「うおおおおお!」

 突如とつじょ神輿を担いで乱入してきた男の元へ、全裸になったばかりの男たちがかけ寄ると、全員でその金色にかがやく桃の神輿を担ぎ始めたのだ!

「ワッショイ! ワッショイ!」

「せいや!」

「ほいさ!」

 一体何が起きているのだろうか? これから神輿渡御みこしとぎょが始まるとアナウンスがあったばかりだが、これは予定されていた神輿などでは決してない! こんなフザけた神輿など地域のみんなで作った神輿であるはずがないのだから! しかも、ヤツら全員全裸ぜんらなのだ!

「えいさ! ほいさ!」

「せいや! そいや!」

 この神輿は初め縦に担がれていたのでもものように見えたのだが、全裸の男衆に担がれた今ではそれが水平になっているので、正面から見るとまるで黄金のケツのように見える。というか、公衆の面前で不適切としかいいようがないのだが、それはケツにしか見えないのだった!

「ヨウ! ヨオ!」

 お面をかぶった全裸の男衆がワッショイする中、どこからかともなく奇妙きみょうけ声が聞こえてきた。

「ヨウ、ヨオ! ヨウ、ヨオ!」

 それはどうやらこの金色のケツから聞こえるようなのであるが、そうかと思うと突然とつぜんれだして、あろうことか割れ目からパックリと開き出すではないか! そこから出てきたのは、これも全裸姿で、その上サングラスをした、アフロヘアーの巨漢きょかんだった!

「YO! YO!」

 この男は拡声器を持っていた!

皆様みなさまこんにちは! エブリワン! そして、エブリバディ! 呼ばれて出てきたこの私! 私はその名をDJピーチというのであります!」

「ワッショイ! ワッショイ!」

「私はあなたたちみんなの心にいて、ホモ・サピエンスの無意識を導く、夢の総合司会者なのであります! ヨロシク! YO! YO!」

「せい! せい!」

「私たちは自由なのであります! 平等なのであります! さあ! 皆様いっしょになりましょう! 私のライムで楽しみましょう! 現実から目覚めることができるはずです! アユオーケイ? OH! YEAH!」

「なんだアイツらは! 光合成人間か!」

「祭りをめちゃくちゃにする気か!」

「おい! だれかヤツらをとめろ! やめさせろ!」

 祭りの参加者たちに動揺どうようが走った。

ぱだかじゃねえか! コイツら光合成人間か!」

「くっそ! 光合成人間相手じゃ手に負えねえ!」

「おい! サンズマッスル! おめえらも光合成人間なんだろ! アイツらをなんとかしてくれよ!」

 フリフリポテトを売っていた太満ふとみつに何人かがった。

「ええ? まあ、そうっすけど、そなこといわれても……」

「お前! 祭りをあんなヤツらにめちゃくちゃされてだまってるつもりか!」

「いや、そんなことないっすけど……」

 太満はニコニコえくぼ顔で答えていたが、目は明らかに困っていた。

「だったらなんとかしろよ! お前も光合成人間なんだろ!」

「ええ……、わかりました、わかりましたよ! でも暴力はよくないっすよね?」

 そういって太満ふとみつ神輿みこしをかついだはだかの男たちの方へ渋々しぶしぶと向かっていった。

「あのう……、ちょっとみなさん、やめてもらえませんかね? 今日はみんなの祭りなんすよ?」

「せい! せい!」

 太満の呼びかけなどだれも聞いていない。無視されてき飛ばされてしまう始末だった。

「あの、だから、今日はみんなの祭りっすよね?」

「せいや! ほいさ!」

 またしても太満など歯牙しがにもかけない担ぎ手たちは、太満などいないかのように突き飛ばすのであった。

「おい……、ちょっと待てよテメェら……。ふざけてんじゃねえぞ? これは祭りだぞ! 神輿を愚弄ぐろうするんじゃねえ!」

 太満は先ほどまでのビクビクした様子とは打って変わって、いかりにふる語尾ごびを強めた!

「おい! やめろっつってんだよ! テメェら今すぐやめろ!」

 そういって太満ふとみつは担ぎ手の一人につかみかかった!

「なんだテメェ! うっせーんだよ! これはおれたちの神輿みこしなんだ! 引っこんでろ!」

 つかまれた担ぎ手が太満をはらってき飛ばした!

「せいや! せい! せい!」

「神輿だあ? テメェらそうやって神輿をはずかしめるんじゃねえ! こんなのが神輿なわけねえだろうが!」

 太満のさけびに拡声器を持ったDJピーチが反応した。

「ヨウ、ヨオ! なんだって? ワッツ! 神輿ではないですって? そうですか、そうですか? 貴殿きでん、我らのピーチを侮辱ぶじょくする気か? なんたる狼藉ろうぜき! なんたる暴挙! 我らがピーチの担ぎ手、すなわちモフモフアーミーが、正義に成り代わってこの不届き者を成敗いたすのであります! YO! YO!」

「何意味わかんねえこといってんだ! やめろっつってんだろ!」

 太満が猛然もうぜんおどりかかった! するとモフモフ探偵たんていのお面をつけた担ぎ手たちは、神輿を担ぐ四人だけを残して他の全員が応戦し始めた!

「おらおら! テメェ! なにイキってんだよ!」

「ぐほっ! やめろ! やめろっつってんだろ!」

「せい! せい!」

 太満は多勢に無勢だった! それだけではない! 相手は全裸ぜんらの光合成人間なのだ! ハッピを着て光合成の不十分な太満ふとみつではそもそもかなう相手ではない!

 もみくちゃになった太満を見て、群衆も大声を張り上げた!

「おい! やめろ! 一人相手に卑怯ひきょうだぞ!」

「太満! ムチャすんな! ケガするぞ!」

「太満一人じゃ無理だ! 警察だ! 警察を呼べ!」

 祭りには警官隊が警備にあたっていたので、付近にいた警官がすでに応援おうえんを要請していた。

「暴動発生! 光合成人間による暴動発生! 至急応援頼しきゅうおうえんたのむ!」

「どうしたんだ! 太満くん! 何だねこれは!」

 さわぎを聞きつけた理事長が太満の元へやって来た。

「あ! 理事長! 見ての通りっす! 危ねえっすよ! ぐあ!」

「なんてことだ! よし! 私のエネルギーを使いたまえ!」

 そういうと理事長は太満の手をにぎった。

「すまねえっす!」

 理事長と手をつないだ太満は、全裸ぜんらのモフモフ仮面につかみかかると、どういう訳かハッピを着たままだというのに、ものすごいパワーを出して一人を投げ飛ばした!

「うらあ!」

「なんだあ! この野郎やろう! やりやがったなあ!」

 さらにおそいかかってきた別の男もき飛ばす! しかし、これは一体どういう訳だ? 太満ふとみつはハッピを着たままだというのに、どうしてここまで光合成パワーを発揮できるのだろうか!

「は? なんだテメェ! オメェも光合成人間だったのか! おもしれえ! 服着てるヤツなんかに負けっかよ!」

 しかし、太満は片手だというのにすさまじいパワーで相手を組みたおし、全裸ぜんらの男を圧倒あっとうした!


 この様子は遠巻きながら私も見ていた。

「なんだ? あのフリフリポテトのおじさんも光合成人間だったのか! だが、服を着てるってのにあのパワーはどういうわけだ?」

 私は今までにもこんなことを見たことがあるような気がした。そうだ。あれは夜の小学校に侵入しんにゅうした時だった。あの時にいた太った男は暗闇くらやみで完全に光合成などできないというのにATP能力を使っていた。さらにもう一人ムキムキマッチョの男がいて、ヤツらはキモいことにはだかで密着していたのだ。光成の見立てでは、暗闇の中で光合成ができていたのは、密着していたマッチョの男に秘密があるのではないかとのことだった。そしてたった今、目の前で稲荷いなりの父親が手をつないだ瞬間しゅんかん、このフリフリポテトを売っていたおじさんは服を着ているというのに光合成パワーを発揮したのだ。

 こんな特殊とくしゅな能力を持ったヤツが何人もいるはずもない。これは稲荷の父親の能力で、あの日の夜、小学校にいたマッチョ男は稲荷の父親だったのではないのか?

 確か、ヤツらは初め校長室から出てきた。校長室には秘密の小部屋があるはずで、私と光成はそれを調べようとしていたのだ。あらためてよく考えてみれば、その秘密の小部屋の持ち主である校長先生は、稲荷の母親でもあるじゃないか!

 この瞬間、私が今まで気にもとめていなかったことの点と点が、クモの糸のようにみるみるつながっていくように感じられたのだった。このことを光成に伝えようと思って、あたりを見わたしてみたのだが、どこにも光成の姿は見えない。そうだ、アイツはどこかに消えていたんだった。こんな時に光成はどこで何をしているのだ?


 太満ふとみつは理事長と手をつないで光合成パワーを出していたとはいえ、たたかっているのは実質的には一人であったから、何人もいる全裸ぜんらの男たちの前では多勢に無勢であった。

「せいや!」

「ほいさ!」

「くっそお! テメェらきたねえぞ!」

太満ふとみつくん! こっちからも来るぞ!」

「せい! せい!」

「ぐほ! ぐあ!」

「君たち! やめたまえ! これは祭りだぞ! ぐお!」

「理事長! 大丈夫だいじょうぶっすか!」

 理事長も全裸ぜんらの男にもみくちゃにされて、太満とつないでいた手がはなれてしまった!

「しまった! パワーが出せねえ! くっそお! これまでか!」

 もみ合いになっている太満のハッピがはだけ、理事長が担ぎ上げられて投げ飛ばされそうになったその時、メインストリートでも動きがあった。

皆様みなさま! 警官隊が通ります! おそれ入ります! 警官隊が通ります!」

「やっと来たか!」

「あそこだ!」

「早くなんとかしてくれ!」

「恐れ入ります! 道をあけてください! 恐れ入ります! 警官隊が通ります!」

 参加者たちが大歓声だいかんせいを上げ、道をあけた間から警官隊が突入とつにゅうしてきた!


 ドキドキ☆ゲリラプールinサマーでの作戦は大成功だった。この作戦を成功させた警察たちは自信をつけ、あれ以来光合成犯罪の鎮圧ちんあつに次々と成功していたのである。

盾班突撃たてはんとつげき!」

 盾を持った警官隊が左右中央と展開して突進とっしんし、第一陣だいいちじんがはね返されるも、すかさず第二陣が突入し、盾でさえつけた者に次々とスライム班がおどりかかってスライムを浴びせかける!

「きゃあああああ!」

 その勢いあまってスライムが観客にも飛び散ってしまった!

おそれ入ります! スライムが飛び散ります! ご注意ください! 洗えば落ちます!」

「うわあああ! なんだあ? パワーが出せねえ!」

 スライムまみれになった男は光合成パワーが出せなくなる!

「確保! 一名確保!」

「こっちも確保だ!」

 光合成人間たちが一箇所いちかしょに集まっていたということもあってか、警官隊は次々と光合成人間の制圧に成功した! 多少の負傷者を出したものの、訓練と改善を重ねてきた結果としかいいようがないだろう!

 ここで読者の中には、DJピーチがATP能力持ちで、警官隊の手には負えないのではないかと予想した方もいらしたかもしれない。しかし、実際にはそんなことはなく、ひょっとするとヤツはATP能力保持者だったかもしれないが、能力を発動する間もなく、他のモフモフ探偵たんていのお面をつけた者たちと同様、統率のとれた警官隊たちの波状攻撃はじょうこうげきを前に、あっさりとスライムまみれになって確保されてしまったのだ。

 ヤツは最後、警官隊に取りおさえられながら、苦しまぎれに雄叫おたけびを上げるほかなかった。

 YO! YO!


 DJピーチという男は大学を卒業した後、定職へも就かず素行不良で有名な男であった。これまでも悪ふざけをして人様に迷惑めいわくをかけたことはあったが、それまでは警察のお世話になったことがあっても、起訴きそされるところまでは行っていなかった。しかし、今回の件では、公衆の面前で行われた悪事であり、地域でもっとも重要な祭りを妨害ぼうがいしたことを重く見られ、動機も身勝手極まりなく、なんら情状酌量じょうじょうしゃくりょうできるところもないことから、実刑じっけいを食らうことになってしまったのだった。

 とはいえ、それほど刑期は長くなかった。ほどなくして刑期を終えたかれは、意外かもしれないが、親の説得もあって地元の会社に就職した。その際、サンズマッスルの世話になったことは、あらためて説明するまでもないだろう。私がわた菓子機の調達をするなど祭りの事務方をやることになったことはすでに話した通りであるが、その時にはなんと、私と一緒いっしょにDJピーチも祭りスタッフの一員として運営に関わっていたのである。しかも、そのスピーチ力を買われ、前年からは会場アナウンスもまかされるようになっていたのだ。

 私がまだ小学生だった時分には、かようにやんちゃをしていた男であったが、これを受け入れた地域社会のふところの広さには、誠におどろかされるものであったといえよう。これにはDJピーチも心底おそれ入って、すっかりその心を入れえ、今では祭りを盛り上げる重要人物の一人になっていたのである。


 さて、警察による迅速じんそくな事態収拾のおかげで、本来行われるべきだった神輿渡御みこしとぎょは、その後つつがなくり行われた。各地域から集まった神輿によって大変なにぎわいを見せたことは、あらためて説明するまでもないだろう。

 最後にどうしても補足しておきたいことが一つある。DJピーチたちによる神輿渡御を目の当たりにした私が、明智光成あけちみつなりに話しかけようと思ったその時に、光成はどこかへ姿を消して、どこにいるのかわからなくなっていた。あの時、光成はどこで何をしていたのだろうか。これは後になって人伝いに聞いたことであるが、光成は女子たちからこっそりと声をかけられ、裏道にある公園へ連れて行かれると、どういう訳かミヨちゃんと二人きりになって、そこで告白をされたのだという。

 これを聞いた私は激しいショックを受けた。というのも、あまり大きな声でいえることではないのだが、ミヨちゃんは私の初恋はつこいの人だったのだ。このことは何も私に限った話ではないだろう。同級生の男子たちなら、そのほとんどがミヨちゃんを意識していたのにちがいないのだから。なぜなら、ミヨちゃんは大変な美少女だったのだ。


 ミヨちゃんが告白することになってしまった経緯けいいについては、ワクワク自然学習村にまで話がさかのぼる。あの日、あの夜、女子部屋ではおそくまで盛んにこいバナが行われていて、その中で自分の好きな人をみんなでいい合うことになったらしいのだ。ちなみに私の名前がネタとしてあがったこともあったそうだが、一通りウケた後に、「ウソでしょ?」の一声でさらに大ウケしたのだとか。

 さて、実際に本命の名前をあげる段になると、ほぼ全員が明智光成あけちみつなりの名をあげたのだという。これにはみんな「だよね〜w」という話になったそうで、自分には不釣ふつり合いで絶対にムリといったことをおたがいにいい合って笑い合っていたのだが、あのミヨちゃんまで光成の名をあげるにいたって、場の空気が一変したのだとか。ミヨちゃんといえば、女子たちからもあこがれの的となる傑出けっしゅつした美少女だったのだ。まさに、明智光成とお似合いだと考えられたのである。

 ここでだれかが、ミヨちゃんだったら明智くんとお似合いだし、つき合ったら? などといい始めたところ、いいね! いいね! とみんながいい出して、みんなで手伝うから告白したら? という話になってしまったのだという。ミヨちゃんはずかしがって、いいよ、いいよ、と懸命けんめいに断っていたのに、みなは盛り上がってしまって、困り果てたミヨちゃんをよそに計画が練り始められたのだとか。

 タイミングとしてはやはり夏祭りがいいだろう。ミヨちゃんは金管バンドに出るから、祭りに行くことをよそおって光成をさそい出せば、パレードの後に合流しても不自然ではないし、鼓笛隊こてきたいの衣装を着たミヨちゃんはすっごいカワイイから、ぜったいにそれがいいと。鼓笛隊のミヨちゃんだったら、男子が好きにならない訳がないと。


 実際には、計画は予定通りにはいかず、猛暑もうしょのために予定が早まっていたため、光成が着いた時にはすでにパレードは終わってしまっていたのだった。この計画が予定通りにいかなかったのは、私がおくれたからという話に今でもなっていたらしい。そんなことをいわれても、私だって遅れたくて遅れたわけではない。本当は私だって見たかったのだ。ミヨちゃんの鼓笛隊姿を。(続く)

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