第二十七話 五百円の夏祭り
この暑い中、私は車を出して地域の学童クラブへ行ってきたところだった。わた
今年の私は祭り実行委員の事務局をやることになってしまい、様々な調整ごとや調達ごとに
学童クラブから帰る道すがら、私は自分がまだ子どもだった
校長先生が書いた黄金の価値体験という論文はすでに紹介した通りであるが、幼少期に経験した黄金の価値体験というものが、大人になってからの価値観に大きな
私にはどうしても忘れることのできない夏祭りがある。今回はその話をするとしようか。
「五百円って少なくね?」
五百円玉一枚だけを
「なにいってるの。昔は五百円もお札だったのよ。ママが子どもの
「はあ? 意味わかんねーし。いつの話だよ。今どき五百円なんかじゃフリフリポテト一個買って終わりなんだけど」
「そんなことないでしょう? ママが子どもの頃はリンゴあめを買って金魚すくいもできたわよ。わたあめも買えたかしら?」
「いや、そんな大昔と物価がぜんぜん
「は? あれってそんなにするの?」
「するよ。ホシケンが
「ボッタクリね。あんなお面に千円もの価値があるわけないでしょう」
「それいったら、
「はあ? 何いってるのあんた! あんな安っぽいお面なんかと
「はあ? マジかよ! 五百円じゃぜんぜん足りねえって!」
「フリフリポテトは買えるんでしょ? それで十分じゃない」
「いやいや、ジュース飲みながら歩きたいし、かき氷とかチョコバナナとかも食べたいでしょ」
「じゃあ、フリフリポテトじゃなくてジュースを買えばいいんじゃない?」
「ジュースだけなんて足んねえって!」
「なにいってんの! ご飯ちゃんと食べさせてるんだから、ポテトなんていらないの! そんなこというんだったら、これからは野菜も残さずぜんぶ食べなさいよ!」
「はあ? そんなのぜんぜん関係ねえじゃん!」
「いいから五百円でやりくりしなさい! 子どもには五百円で十分なの! ほらほら! さっさと行きなさい!」
その日、私たちが住む街では夏祭りが行われていた。昼間から街のメインストリートが歩行者天国になって、出店がいくつも立ち並び毎年大変なにぎわいになるのである。
私は
いつもと
「おお! みんな! わりい! わりい! 俺が最後だった?」
「おっせえよ。何やってんだよ」
「わりいw。オカンが五百円しかくれなくてさ、もっとくれってねだってたんだよw」
「ほんとう? 結局いくらもらえたの?」
「五百円だよw」
「マジか!」
「かわいそうw」
「どうするの?」
「いやあ、五百円で長持ちしそうなヤツを買うしかねえなw」
「ええ? 五百円しかなかったら何買う?」
「いやあ、
「フリフリポテトかあ、
「まあ、食べ物はみんなで
「彩豪、お前はジュースを買えよ」
「おお! 光成、あざっす! さすが太っ腹! お前はたくさんもらえたのか?」
「いや、
「私も千円w。
「そうだなw。みんなで
「マジで? あざっす!」
みんななんて優しいんだ。大人になった今でも思い返してみればお礼をいいたくなる。ありがとう。それに対して私の母はなんとケチだったことか。
さて、祭りが行われているメインストリートでは、小学校による金管バンドのパレードが行われていた。同級生が数名参加するのでみんなで見に行く予定でいたのだが、
今年は私の小学校がパレードのトリを務めていていた。ちょうど観衆の前を行進しているところで、私の同級生も
観衆が目を細めて見守る中、祭り
「これはこれは、
ちょうど明智大臣が祭り本部のあるテントに到着したところだった。
「ああ、こちらこそお世話になっております。理事長もお祭りに参加されていたのですね」
「地域のお祭りですからね。ウチも出店を出しているのですよ」
「おお、そうでしたか。どんなお店ですか?」
「まあ、たいしたものじゃありませんが、今年はフリフリポテトを出しています。いろいろと聞きましたところ、子どもたちに人気だそうですからね」
そういって理事長はウィンクをした。
「大臣! 待っておりましたよ! お
やけに日焼けしたかっぷくのいいハッピ姿の男が近づいてきた。
「ああ、委員長。ご
「いやいや、国会があるってのにほんとに
祭りの実行委員長が大臣にパイプ
「大臣、すみませんがもう出番です!」
「おお! なんと! 息つくヒマもありませんな! 大臣、すみませんがよろしくお願いします!」
「承知しました。どちらですか?」
「こっちです!」
「小学生の
司会の声にうながされてメインストリートでは大きな拍手がわき起こっていた。
「それではここで、皆様にお知らせがございます。皆様もご存知の通り今の国会で
参加者から拍手が巻き起こった中、祭り本部のテント前に歩み出た
「皆様、お暑い中お集まりいただきましてありがとうございます!」
そういい始めた大臣は、周りの
「それにしても人多すぎませんか? なんですかこのにぎわいは! 我が国は人口が減っているというのに、これだけの人出があるってことは、この地域に元気があるってことですよ!」
「ありがとう!」
「いよ! 光合成大臣!」
「なんですって? 今、光合成大臣とおっしゃいました? 皆さん聞きましたか? 私は初めてお聞きしましたよ! 私はそう呼ばれてるんですか?」
「国会でもそのうちそう呼ばれるぞ!」
「国会中に祭りなんかに来て
「いやいや、ご心配おかけしてすみません! 確かにおっしゃる通り国会中ではございますが、この祭りはですね、重要な予定として私の手帳に赤字で書かれているんですよ!
「間違ってねえ! その通りだ!」
「よく来てくれた!」
盛大な
「私も小さい
そういって、明智大臣が金管バンドの方へ手を
「こうやって今年もお祭りが
「なんだ? もう帰んのか!」
「これだけのために来たのかw!」
「そうなんです! すみません! 来て早々に申し訳ないのですが、国会の準備がございまして! もう行かないと総理に
「うわっ、すげえ人! ウケるw」
「ちょっと待って? 金管バンド終わってない?」
「え? マジ? ミヨちゃんが出てたのに!」
「ほんとだ!
「いやいや! まだやってる時間でしょ!」
「
「いやいや、おかしくね? だってまだ時間あるじゃん! どうゆうこと?」
「なんか予定かわったのか?」
すると
「金管バンドはね、今日は暑いから早く終わりになっちゃったんだよ」
「あ! 先生! 先生も来てたんですね!」
声をかけてきたのは
「みんなが悪ふざけしてないか見て回らないといけないでしょう? とういのはウソだけど、先生も金管バンド見に来てたんだよ。早めに来てたからギリギリ見れたけど、ちょうどさっき終わったところだったよ」
「ええ? そうだったんですか!」
「やっぱ
「じゃあ先生はあと少しぐるっとまわったら帰るけど、みんなもあまり
そういって先生は話を切り上げると人混みに消えていった。
「じゃあしょうがないかあ。ミヨちゃんには後で話しておこうかな」
「そうだな。そしたら早速出店で買い物しようぜ」
「あれ? ちょっと待って? あれって
「ほんとだ! 光成のお父じゃん!」
「そうなんだよ。さっきまで家にいたんだ」
「明智のお父は政治家なんだから、お金めっちゃくれんじゃねw? お前、ちょっと行ってこいよw」
「そうだよw、一万円札とか何枚も持ってそうじゃねえのw?」
「いや、だから、さっき千円しかくれなかったんだって」
「マジかよ〜、意外と政治家ってケチくさいんだなw」
「でもさ、
「ホントだよ! 自分は
私たちがこんなことをいっていると、
「
拍手の中、大臣は深々とお
「さあ、それではこのあとの三十分後には本日のメインイベントである
私たちは目の前に立ち並ぶ出店を前にして早速何かを買うために物色し始めた。まず目についたのは千円以上もするお面のたくさん並んだお店だ。今年はなんといってもモフモフ
そのジュースは子どもたちにとってなんと
「高え!」
「うわ、千円ってマジか……」
「
「私もギリ買えるけど、これだけで全財産なくなっちゃうw」
「これはやっぱ
「いや、だからもう帰ったって」
こうして私たちは、すっぱいブドウのキツネのような、負けおしみやいい訳すらいうこともできず、すごすごとその店の前を去るしかなかったのだった。
祭り本部の近くには本部のいわば公式の店とでもいうのだろうか、
「
「ヤバ! マジ、あざっすw」
このリーズナブルな価格設定には他のみんなもお得感があって買っていた。しかし、ポップコーンはSサイズということもあって、紙コップに入っているだけの小さなものではあったのだが。
「うわ、大きい声ではいえんけど、けっこう小さくねw?」
「ゴメン、私はフリフリポテトも買っていいw?」
「いいなあw」
「何味買うの?」
「そりゃあ、やっぱりコンソメかなあw」
「やっぱコンソメだよなあw」
「おお、あそこにフリフリポテトあるぞ!」
「ホントだ! よし、行こうぜ!」
私たちは反対側の歩道に見えるフリフリポテトの店に向かって、人混みを
「フリフリポテトおいしいよ! フリフリ、フリフリ、おいしいよ!」
ハッピ姿にねじりはちまきをした太ったおじさんが、ニコニコえくぼ顔でフリフリポテトを売っていた。
「フリフリするほどおいしいよ! フリフリ、フリフリ、おいしいよ!」
私と光成はこの男に二度ほど会ったことがある。この男は
最初に見たのはドキドキ☆ゲリラプールinサマーが行われたあの市民プールであった。この男のATP能力はくっつく能力で、
二度目は夜の小学校であったが、あの時、私はほとんど通用口でパソコンを操作していたから、ヤツらをモニター
太満の方ではどうだったかというと、ヘッドライトを照らして光成の後を追っていたとはいえ、その程度の光では顔がそれほどよく見えるわけでもなく、そもそも太満には子どもなど
つまり、この時の私と光成、そして太満の三名は、今までに会ったことがあったにもかかわらず、そのことにまったく気づいていなかったのである。
「フリフリするとやめられない! フリフリ、フリフリ、とまらない! さあ、みんな! フリフリポテトだよ!」
この男が光合成人間だということも知らず、ポテトを買おうとした女子が声をかけた。
「おじさん、コンソメ味一つください」
「はい! コンソメね! まいど!」
「おい、ちょっと待てよ。六百円って書いてあるぞ?」
「え? ホントだ! ちょっと待って? 私残り五百円しかないんだけど! おじさん! ゴメンなさい! 五百円しかなくて、やっぱりいいです!」
これを聞いた
「大人は
「ゴメンなさい。大人と一緒じゃないです」
「ああ、そしたら五百円でいいよ。はい、コンソメ味ね」
そういって、ニコニコえくぼ顔で
「ええ? ホントですか?」
「いいよ〜。祭り楽しんでってね」
「すみません! ありがとうございます!」
太満は五百円を受け取ると、何事もなかったように通行人たちへ声をかけ始めた。
「フリフリ、フリフリ、いかがですか〜? フリフリポテトおいしいよ!」
「よかったじゃん!」
「ヤバ! マジあざっすじゃね?」
「ありがとうございます!」
ポテトを受けとった女子が再度お礼をいったところ、ちょうどそこへ近づいてきた別のおじさんが声をかけてきた。
「ありがとう。お
ハッピ姿で口ひげをたくわえたイケオジが、そういってウィンクをしたのである。私たちはやや引き気味にこのおじさんにもお
「あれ、
「こわいw、ウィンクされたんだけどw」
「何キャラだよw! ウケるw」
このやり取りを聞いていた光成は、ふと
友だちのいない稲荷は祭りに来ていないのだろうか。もし
この場から
理事長は目を細めて子どもたちを見送ると、出店にいる
「太満くん、ご苦労。メール見たよ」
「あ、理事長。お
「ああ。大変なことになっているようだな」
「そうなんですよ。セッカがたまたま川で流されてる
「何があったのかね?」
「わかんねえっす。かたくなに何もいわねえんですよ。ただ、青柱が見つかった場所より上流で、光合成人間が一人死んでるのがみつかってるんです。
「青柱がやったのかね?」
「アイツは何もいわねえんですが、多分そうっすよ。殴り合ったような大ケガをしてましたから。アイツはそのうちとんでもねえ問題を起こしますよ。てゆうか、もう起こしてます」
「そうか。あの能力はなかなか強力だから、シニアプレーヤーにむかえ入れたいと思っていたんだがね」
「シニアプレーヤーですって? とんでもねえっすよ! それはないっす!」
「君は反対かね?」
「反対ですね。私がいうのもなんですが、アイツは自己中過ぎてぜんぜん人のゆうこと聞かねえし、プライドばっか高くてマジでめんどくせえヤツですよ。しかも、人まで殺しちまうなんて、マジでヤベえヤツです」
「そうか。あの能力はちょいとおしいと思ったんだがね?」
「確かにあの能力は強力ですけど、でも、ヤツは私にまであの能力使ってくるんですよ?」
そういって
「なんだって? 本当なのかね?」
「マジっすよ。川で死んだヤツはお前が殺したのかって私が
「そうか」
理事長は祭りの人混みを
「よし、わかった。
「理事長、もうメロンズと付き合うのやめませんか? ウチらの
「そうだな。もうそろそろで光合成基本法が可決される。それまでの
「それと理事長、私はセッカとスザクもなんか
「それはこの前、
「そうなんですが、
「プロか。確かにな。あの二人は我々仲間相手でも一切スキがないからな」
理事長は祭りの人混みを
「よし。
そういってウィンクをした理事長は、出店から
サンズマッスルというNPOは、祭りで出店を出しているくらいだから、地域で素性の知れた団体であった。意外に思われるかもしれないが、この理事長は地域との付き合いを大切にしていて、祭り以外の行事にも積極的に参加し、非常に深い関係性を築いていたのである。あのキャラを苦手とする人は少なからずいたものの、逆に印象にも残りやすくもあり、事業の公益性とあいまって、意外と多方面に人脈を築いていたのだった。全国の
それがなぜアカシックレコードD.E.大学のような、
理事長の夢は直近ではサンズマッスルを公益法人化することだった。さらに中長期的には全国に
さて、祭りはいよいよメインイベントである
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