第二十七話 五百円の夏祭り

 この暑い中、私は車を出して地域の学童クラブへ行ってきたところだった。わた菓子がし機の借用書を届けるついでに現物の確認もしてきたところなのである。

 今年の私は祭り実行委員の事務局をやることになってしまい、様々な調整ごとや調達ごとに奔走ほんそうする羽目になっていた。実行委員が出す出店では、毎年わたあめやポップコーンを売っていて、原材料となるザラメ糖やトウモロコシの調達はなんとか予定通りに進めていたものの、備品のわた菓子機が、ここに来て故障して動かないことがわかったのである。地域の電気屋に修理を打診だしんしてみたものの、今年はエアコンの受注がむやみに多く、休みもなく毎日おそくまで仕事で、祭りのことなのに申し訳ないのだが、最近の猛暑もうしょでエアコンは命に関わることでもあるから後回しにもできず、かわりに学童クラブの連絡れんらく協議会というのがあって、わた菓子機を備品で持っているから貸してくれるかもしれない、というような情報を教えてくれたのだった。学童クラブで貸してくれなかったら修理の時間を作るが、遅い時間になるかもしれないことには留意されたしとのことでもあった。そんな繁忙期はんぼうきだというのに祭りのことはいえ頭の下がる思いである。とはいえ私の役割としては、まずは学童クラブの連絡協議会にコンタクトをとってみることであるから、電話で問い合わせてみたところ、どうやら連絡協議会というものは必ずだれかが電話番をしているというわけではないようで、電話をかけどもなかなかつながらず、時間がないところやきもきさせられて、かなり心労をためこんだのだが、つながってみればあっさりと貸してくれるとのことで大変助かった。

 学童クラブから帰る道すがら、私は自分がまだ子どもだったころの楽しかった夏祭りを思い出していた。このお祭りには小さい頃から参加していて、友だちと無邪気むじゃきに遊んだ思い出しか残っていなかったのだが、いざ実行委員をやってみるとなると、大人というものもなかなか大変なもので、とはいえ、こういった苦労ができるのも、地域社会の重要なもよおしということもさることながら、やはり、子どもの頃の楽しかった思い出があったことが大きいといえようか。

 校長先生が書いた黄金の価値体験という論文はすでに紹介した通りであるが、幼少期に経験した黄金の価値体験というものが、大人になってからの価値観に大きな影響えいきょうを与えるということが本当であれば、これはまさにその通りというよう。今になって思えば、祭りは私にとって黄金の価値体験の一つだったのだ。

 私にはどうしても忘れることのできない夏祭りがある。今回はその話をするとしようか。


「五百円って少なくね?」

 五百円玉一枚だけをわたされた私は、失望のあまり不満をかくさずにいった。

「なにいってるの。昔は五百円もお札だったのよ。ママが子どものころは『わあ、お札だ! うれしい!』って喜んだものよ」

「はあ? 意味わかんねーし。いつの話だよ。今どき五百円なんかじゃフリフリポテト一個買って終わりなんだけど」

「そんなことないでしょう? ママが子どもの頃はリンゴあめを買って金魚すくいもできたわよ。わたあめも買えたかしら?」

「いや、そんな大昔と物価がぜんぜんちがうし。今じゃお面なんか千円もすんだよ?」

「は? あれってそんなにするの?」

「するよ。ホシケンが自慢じまんしてた」

「ボッタクリね。あんなお面に千円もの価値があるわけないでしょう」

「それいったら、香水こうすいだって同じじゃん」

「はあ? 何いってるのあんた! あんな安っぽいお面なんかと一緒いっしょにしないでちょうだい! 香水には芸術的な価値があるの! あんたみたいな子どもにはわからないだけ! さあ! 五百円で十分なんだからさっさと行きなさい!」

「はあ? マジかよ! 五百円じゃぜんぜん足りねえって!」

「フリフリポテトは買えるんでしょ? それで十分じゃない」

「いやいや、ジュース飲みながら歩きたいし、かき氷とかチョコバナナとかも食べたいでしょ」

「じゃあ、フリフリポテトじゃなくてジュースを買えばいいんじゃない?」

「ジュースだけなんて足んねえって!」

「なにいってんの! ご飯ちゃんと食べさせてるんだから、ポテトなんていらないの! そんなこというんだったら、これからは野菜も残さずぜんぶ食べなさいよ!」

「はあ? そんなのぜんぜん関係ねえじゃん!」

「いいから五百円でやりくりしなさい! 子どもには五百円で十分なの! ほらほら! さっさと行きなさい!」


 その日、私たちが住む街では夏祭りが行われていた。昼間から街のメインストリートが歩行者天国になって、出店がいくつも立ち並び毎年大変なにぎわいになるのである。

 私は明智光成あけちみつなり一緒いっしょに祭りへ行く約束をしていたのだが、その他に数名の男女とも合流して一緒に行く予定になっていた。五百円玉をにぎりしめた私は、約束の時間におくれていたため急いで待ち合わせの公園へ向かったところ、公園にはすでにみんなの姿があって、男子たちはいつも通りの半袖はんそで半ズボン姿であったが、女子たちの方はいつもとちがって浴衣姿であった。

 いつもとちがう女子たちの姿を見て、少しは多感になり始めていた私は若干意識したものの、それにはれずに声をかけたのだった。

「おお! みんな! わりい! わりい! 俺が最後だった?」

「おっせえよ。何やってんだよ」

「わりいw。オカンが五百円しかくれなくてさ、もっとくれってねだってたんだよw」

「ほんとう? 結局いくらもらえたの?」

「五百円だよw」

「マジか!」

「かわいそうw」

「どうするの?」

「いやあ、五百円で長持ちしそうなヤツを買うしかねえなw」

「ええ? 五百円しかなかったら何買う?」

「いやあ、おれはフリフリポテトかなって思ってんだよねw」

「フリフリポテトかあ、微妙びみょうじゃね? 長持ちするって何だろうな? かき氷はすぐけちまいそうだしなw」

「まあ、食べ物はみんなで彩豪さいごうに分けてやろうぜ」

 明智光成あけちみつなりはこういう談笑にはあまり参加しないのだがめずらしく口を開いた。

「彩豪、お前はジュースを買えよ」

「おお! 光成、あざっす! さすが太っ腹! お前はたくさんもらえたのか?」

「いや、おれは千円だな」

「私も千円w。明智あけちくんのいう通りだね。五百円ってかわいそ過ぎw」

「そうだなw。みんなで円座えんざに分けてやろうぜw」

「マジで? あざっす!」

 みんななんて優しいんだ。大人になった今でも思い返してみればお礼をいいたくなる。ありがとう。それに対して私の母はなんとケチだったことか。


 さて、祭りが行われているメインストリートでは、小学校による金管バンドのパレードが行われていた。同級生が数名参加するのでみんなで見に行く予定でいたのだが、猛暑もうしょということで急遽きゅうきょ時間を短縮しており、予定よりも早く終わろうとしているところだった。

 今年は私の小学校がパレードのトリを務めていていた。ちょうど観衆の前を行進しているところで、私の同級生もみな鼓笛隊こてきたいの衣装を身にまとっていたので、学校で見ているいつもの姿とはちがった特別な姿であった。鼓笛隊の隊長を務めていたのは六年生の女子である。この子は音楽の成績もさることながら、勉強や運動もできる優秀ゆうしゅうな女の子で、下級生からはあこがれの的であったことはいうまでもない。隊長の帽子ぼうしをかぶり、先頭で指揮棒をるその様は、彼女かのじょにとっても晴れ姿であったのに違いないだろう。

 観衆が目を細めて見守る中、祭り開催かいさい本部のテントには来賓らいひん用のパイプ椅子いすが並べられたところがあり、来賓たちもみな温かい眼差しでパレードを見守っているところだった。その中にはサンズマッスルの理事長の姿もあって、この日はキザなハイブランドのスーツではなく、祭りらしくハッピ姿であった。そして、だれかが到着とうちゃくしたことに気づくと、急に席を立った。

「これはこれは、明智あけち大臣。いつもお世話になっております」

 ちょうど明智大臣が祭り本部のあるテントに到着したところだった。

「ああ、こちらこそお世話になっております。理事長もお祭りに参加されていたのですね」

「地域のお祭りですからね。ウチも出店を出しているのですよ」

「おお、そうでしたか。どんなお店ですか?」

「まあ、たいしたものじゃありませんが、今年はフリフリポテトを出しています。いろいろと聞きましたところ、子どもたちに人気だそうですからね」

 そういって理事長はウィンクをした。

「大臣! 待っておりましたよ! おいそがしいところありがとうございます!」

 やけに日焼けしたかっぷくのいいハッピ姿の男が近づいてきた。

「ああ、委員長。ご無沙汰ぶさたしております。こちらこそご招待ありがとうございました」

「いやいや、国会があるってのにほんとにおそれ入ります! お顔見せに来ていただくだけでみんな感謝しておりますよ! ささ、どうぞどうぞ!」

 祭りの実行委員長が大臣にパイプ椅子いすをすすめると、ハッピ姿の若い女が足早に近づいてきた。

「大臣、すみませんがもう出番です!」

「おお! なんと! 息つくヒマもありませんな! 大臣、すみませんがよろしくお願いします!」

「承知しました。どちらですか?」

「こっちです!」

 明智あけち大臣はハッピ姿の女の後について行くと、ちょうど小学生たちの金管バンドが終わったところで、放送席にいる司会の女がアナウンスをしているところだった。

「小学生の皆様みなさま! 素晴らしい演奏ありがとうございました! 皆様、盛大な拍手はくしゅをお願いいたします!」

 司会の声にうながされてメインストリートでは大きな拍手がわき起こっていた。

「それではここで、皆様にお知らせがございます。皆様もご存知の通り今の国会で大活躍中だいかつやくちゅうの大臣、この地元から選出されたあの明智大臣が、この祭りのためにけつけてくださいました! 国会のいそがしい中ありがとうございます! それでは大臣! 早速でおそれ入りますが、ご挨拶あいさつをいただきたいと思います! 皆様みなさま盛大な拍手はくしゅをお願いいたします!」

 参加者から拍手が巻き起こった中、祭り本部のテント前に歩み出た明智あけち大臣にマイクがわたされた。

「皆様、お暑い中お集まりいただきましてありがとうございます!」

 そういい始めた大臣は、周りの聴衆ちょうしゅうをやや大げさに見わたして見せた。

「それにしても人多すぎませんか? なんですかこのにぎわいは! 我が国は人口が減っているというのに、これだけの人出があるってことは、この地域に元気があるってことですよ!」

「ありがとう!」

「いよ! 光合成大臣!」

「なんですって? 今、光合成大臣とおっしゃいました? 皆さん聞きましたか? 私は初めてお聞きしましたよ! 私はそう呼ばれてるんですか?」

「国会でもそのうちそう呼ばれるぞ!」

「国会中に祭りなんかに来て大丈夫だいじょうぶなのかw!」

「いやいや、ご心配おかけしてすみません! 確かにおっしゃる通り国会中ではございますが、この祭りはですね、重要な予定として私の手帳に赤字で書かれているんですよ! 間違まちがっていましたか!」

「間違ってねえ! その通りだ!」

「よく来てくれた!」

 盛大な拍手はくしゅがわき起こった。この地域では老若男女を問わず明智あけち大臣を知らぬ者はいなかった。テレビやネットニュースでその顔を見ない日がないほどで、すっかり時の人になっていたのである。

「私も小さいころからこの祭りには毎年欠かさず参加してきました! 今日この場に来て、この活気にれて、確信しましたよ! こういった活気やにぎわい、我が国で本当に必要なのはこういうことだと! 祭りってのはこうでなくてはなりません! それもこれも、この祭りのためにご尽力じんりょくされた皆様みなさまのおかげでございます! 祭り実行委員の皆様、実行委員には地域の様々な人が関わっていますけれども、まあ、時にはケンカの一つや二つもあるかもしれませんが、この街のために一丸となって力を合わせているからに他なりません! そしてですね、これがもっとも重要なことですが、これだけ大勢の人出、お祭りに参加してくださった皆様がいてこそ、お祭りないしは街に活気がわきあふれるというものなのです! これもひとえに集まってくださった皆様のおかげでございます! 男も女も、老いも若いも、特にですよ、子どもたちには最高に楽しい思い出になってほしいと思います! たった今終わった金管バンドの皆さん! 素晴らしい演奏ありがとうございました! 後はお小遣こづかいもらって楽しんでね!」

 そういって、明智大臣が金管バンドの方へ手をると、子どもたちはきゃあきゃあとさわぎ始めた。

「こうやって今年もお祭りが開催かいさいできるのはみなさまのおかげでございます! 今日も暑いですが、暑さをき飛ばすくらい楽しんでください! ただ、ほんとうに熱中症ねっちゅうしょうにだけは気をつけてくださいよ! 十分にビール、ああ、すみません! 間違まちがいました! 水分ですね! 十分に水分補給をお願いします! せっかくの祭りが熱中症になっては台無しですから! それではこの祭りが今年も開催かいさいできたことをお祝い申し上げたいと思います! そして、来年も再来年も、未来永劫みらいえいごうこのお祭りが続き、この街が発展することをおいのり申し上げます! 皆様今年もご参加いただきましてありがとうございました! それではこの後、存分にお楽しみください!」

「なんだ? もう帰んのか!」

「これだけのために来たのかw!」

「そうなんです! すみません! 来て早々に申し訳ないのですが、国会の準備がございまして! もう行かないと総理にしかられてしまいます!」


 明智あけち大臣の挨拶あいさつが終わりをむかえようとしていたちょうどそのころ、人でごった返したメインストリートに私たちがたどりついたところだった。

「うわっ、すげえ人! ウケるw」

「ちょっと待って? 金管バンド終わってない?」

「え? マジ? ミヨちゃんが出てたのに!」

「ほんとだ! 円座えんざおくれたからじゃねえのか?」

「いやいや! まだやってる時間でしょ!」

円座えんざくん! どうしてくれるの! ミヨちゃんに絶対見に行くからって約束してたんだよ!」

「いやいや、おかしくね? だってまだ時間あるじゃん! どうゆうこと?」

「なんか予定かわったのか?」

 するとだれかが私たちに声をかけてきた。

「金管バンドはね、今日は暑いから早く終わりになっちゃったんだよ」

「あ! 先生! 先生も来てたんですね!」

 声をかけてきたのは主月しゅげつ先生だった。

「みんなが悪ふざけしてないか見て回らないといけないでしょう? とういのはウソだけど、先生も金管バンド見に来てたんだよ。早めに来てたからギリギリ見れたけど、ちょうどさっき終わったところだったよ」

「ええ? そうだったんですか!」

「やっぱおれのせいじゃなかったんじゃん! 先生! ありがとうございます!」

「じゃあ先生はあと少しぐるっとまわったら帰るけど、みんなもあまりおそくならないようにね。あと、熱中症ねっちゅうしょうには気をつけるんだよ。それじゃあ、みんな楽しんで」

 そういって先生は話を切り上げると人混みに消えていった。

「じゃあしょうがないかあ。ミヨちゃんには後で話しておこうかな」

「そうだな。そしたら早速出店で買い物しようぜ」

「あれ? ちょっと待って? あれって明智あけちくんのパパじゃない?」

「ほんとだ! 光成のお父じゃん!」

「そうなんだよ。さっきまで家にいたんだ」

「明智のお父は政治家なんだから、お金めっちゃくれんじゃねw? お前、ちょっと行ってこいよw」

「そうだよw、一万円札とか何枚も持ってそうじゃねえのw?」

「いや、だから、さっき千円しかくれなかったんだって」

「マジかよ〜、意外と政治家ってケチくさいんだなw」

「でもさ、円座えんざくんのママなんかあのENZAなのに、五百円しかくれなかったんだよ? 意外だよねw。なんかめっちゃゴージャスそうじゃんw」

「ホントだよ! 自分は香水こうすいだとかワインだとかくっそ高えもん買ってるくせしてさあ! マジでケチくせえんだよw」

 私たちがこんなことをいっていると、明智あけち大臣の挨拶あいさつがお終わったようで女性のアナウンスが始まった。

明智あけち大臣ありがとうございました! それでは皆様みなさま、盛大な拍手はくしゅをお願いいたします!」

 拍手の中、大臣は深々とお辞儀じぎをすると、手をって祭り会場を後にした。

「さあ、それではこのあとの三十分後には本日のメインイベントである神輿渡御みこしとぎょが始まります。この神輿渡御は各地域からお神輿が集結して、この街ににぎわいをもたらします。その活気あふれる様子は祭り一番の見どころとなっていますので、ぜひご覧くださいますよう、皆様のご参加をお待ちしています。それまではどうぞご自由にお祭りをお楽しみください」


 私たちは目の前に立ち並ぶ出店を前にして早速何かを買うために物色し始めた。まず目についたのは千円以上もするお面のたくさん並んだお店だ。今年はなんといってもモフモフ探偵たんていのお面が人気で、通りを見ればこれをかぶっている子どものなんと多いことか。続いてたくさんの景品が立ち並んだ射的やスーパーボールすくいといった祭りが終われば不要になりそうなもののお店や、定番の焼きそばからかき氷、わたあめ、ベビーカステラ、チョコバナナなどはいわずもがな、以前は見なかったものの近頃ちかごろはよく見るようになったケバブなども立ち並んでいた。五百円しか予算のない私は当初の予定通り飲み物を買うべくそういった店は無視して歩いていたのだが、それにしてもなんと人通りの多いことか。人をかき分け、みなとはぐれぬよう注意しながら歩いていると、ほどなくしてジュースを出すお店が目に入ってきた。

 そのジュースは子どもたちにとってなんと魅惑的みわくてきなジュースであっただろうか。ジュースの色が青や赤、緑、黄色など、人工的にカラフルで色鮮いろあざやかというだけでなく、ひときわ目を引いたのは、電球の形をしたプラスチックのボトルの中からLEDが光って、ジュースを七色に、まるでイルミネーションか何かのように光らせていたのである。私は比較的ひかくてき優柔不断ゆうじゅうふだんなたちであったが、これには即決そっけつして値段を確認すべくり紙を見たところ、そこにはなんと、千円と書いてあるではないか。

「高え!」

「うわ、千円ってマジか……」

円座えんざはムリだなw」

「私もギリ買えるけど、これだけで全財産なくなっちゃうw」

「これはやっぱ明智あけち大臣に買ってもらうしかねえw」

「いや、だからもう帰ったって」

 こうして私たちは、すっぱいブドウのキツネのような、負けおしみやいい訳すらいうこともできず、すごすごとその店の前を去るしかなかったのだった。

 祭り本部の近くには本部のいわば公式の店とでもいうのだろうか、開催かいさい委員会が出している店もあって、そこには比較的ひかくてき良心的な価格でジュースやわたあめ、ポップコーンなどが売られていた。そこではなんと、五百円でラムネだけでなくポップコーンのSサイズも買えたのである。

円座えんざ、やったじゃんw」

「ヤバ! マジ、あざっすw」

 このリーズナブルな価格設定には他のみんなもお得感があって買っていた。しかし、ポップコーンはSサイズということもあって、紙コップに入っているだけの小さなものではあったのだが。

「うわ、大きい声ではいえんけど、けっこう小さくねw?」

「ゴメン、私はフリフリポテトも買っていいw?」

「いいなあw」

「何味買うの?」

「そりゃあ、やっぱりコンソメかなあw」

「やっぱコンソメだよなあw」

「おお、あそこにフリフリポテトあるぞ!」

「ホントだ! よし、行こうぜ!」

 私たちは反対側の歩道に見えるフリフリポテトの店に向かって、人混みをうように道をわたった。

「フリフリポテトおいしいよ! フリフリ、フリフリ、おいしいよ!」

 ハッピ姿にねじりはちまきをした太ったおじさんが、ニコニコえくぼ顔でフリフリポテトを売っていた。

「フリフリするほどおいしいよ! フリフリ、フリフリ、おいしいよ!」


 私と光成はこの男に二度ほど会ったことがある。この男はまごうことなくあの太満ふとみつだったのだ。しかし、おたがい気がついていたのかというと、意外とそんなこともなく、実は今まで、お互いがそれぞれの顔をはっきり見たことはなかったのだ。

 最初に見たのはドキドキ☆ゲリラプールinサマーが行われたあの市民プールであった。この男のATP能力はくっつく能力で、超撥ちょうはっすい男をさらってプールから簡単に逃走とうそうしてみせたのだったが、あの時は太満が水中メガネをしていたので顔まではわからなかったのだ。

 二度目は夜の小学校であったが、あの時、私はほとんど通用口でパソコンを操作していたから、ヤツらをモニターしにしか見ることができず、ほとんど顔の確認はできていなかった。光成の方でも、理事長と太満ふとみつがヘッドライトをつけていたために、完全に逆光で顔までは見えていなかったのである。

 太満の方ではどうだったかというと、ヘッドライトを照らして光成の後を追っていたとはいえ、その程度の光では顔がそれほどよく見えるわけでもなく、そもそも太満には子どもなどみな同じ顔に見えるので、今、目の前にいる光成を見ても、他の子どもと見分けがついていないのだった。

 つまり、この時の私と光成、そして太満の三名は、今までに会ったことがあったにもかかわらず、そのことにまったく気づいていなかったのである。


「フリフリするとやめられない! フリフリ、フリフリ、とまらない! さあ、みんな! フリフリポテトだよ!」

 この男が光合成人間だということも知らず、ポテトを買おうとした女子が声をかけた。

「おじさん、コンソメ味一つください」

「はい! コンソメね! まいど!」

「おい、ちょっと待てよ。六百円って書いてあるぞ?」

「え? ホントだ! ちょっと待って? 私残り五百円しかないんだけど! おじさん! ゴメンなさい! 五百円しかなくて、やっぱりいいです!」

 これを聞いた太満ふとみつは、私たちの顔を見てこういった。

「大人は一緒いっしょじゃないの?」

「ゴメンなさい。大人と一緒じゃないです」

「ああ、そしたら五百円でいいよ。はい、コンソメ味ね」

 そういって、ニコニコえくぼ顔でふくろめたポテトをわたしてくれた。

「ええ? ホントですか?」

「いいよ〜。祭り楽しんでってね」

「すみません! ありがとうございます!」

 太満は五百円を受け取ると、何事もなかったように通行人たちへ声をかけ始めた。

「フリフリ、フリフリ、いかがですか〜? フリフリポテトおいしいよ!」

「よかったじゃん!」

「ヤバ! マジあざっすじゃね?」

「ありがとうございます!」

 ポテトを受けとった女子が再度お礼をいったところ、ちょうどそこへ近づいてきた別のおじさんが声をかけてきた。

「ありがとう。おじょうさん。浴衣が実に似合ってるよ? お祭り楽しんでってね」

 ハッピ姿で口ひげをたくわえたイケオジが、そういってウィンクをしたのである。私たちはやや引き気味にこのおじさんにもお辞儀じぎをして、そそくさとその場をはなれたのだった。

「あれ、稲荷いなりのパパだったよね?」

「こわいw、ウィンクされたんだけどw」

「何キャラだよw! ウケるw」

 このやり取りを聞いていた光成は、ふと稲荷静香いなりしずかのことを思い出して、あたりを見わたした。

 友だちのいない稲荷は祭りに来ていないのだろうか。もし彼女かのじょが祭りに来るようなことがあれば、いつもとちがって、やはり浴衣を着るのだろうか。

 この場から見渡みわたしてみてもその姿が見えるはずもなく、祭りに来ているかどうかもわからない。ハッピ姿の人や浴衣姿の人、その他皆楽しそうに人混みを行き来している騒々そうぞうしい往来が目に入るのみであった。


 理事長は目を細めて子どもたちを見送ると、出店にいる太満ふとみつに声をかけた。

「太満くん、ご苦労。メール見たよ」

「あ、理事長。おつかれ様です。メール見てくれました?」

「ああ。大変なことになっているようだな」

「そうなんですよ。セッカがたまたま川で流されてる青柱せいちゅうを見つけてたからよかったものの、セッカが通りかかってなかったらアイツおぼれ死んでましたよ」

「何があったのかね?」

「わかんねえっす。かたくなに何もいわねえんですよ。ただ、青柱が見つかった場所より上流で、光合成人間が一人死んでるのがみつかってるんです。目撃者もくげきしゃがいて、光合成人間同士が素っぱだかなぐり合ってたそうなんですよ」

「青柱がやったのかね?」

「アイツは何もいわねえんですが、多分そうっすよ。殴り合ったような大ケガをしてましたから。アイツはそのうちとんでもねえ問題を起こしますよ。てゆうか、もう起こしてます」

「そうか。あの能力はなかなか強力だから、シニアプレーヤーにむかえ入れたいと思っていたんだがね」

「シニアプレーヤーですって? とんでもねえっすよ! それはないっす!」

「君は反対かね?」

「反対ですね。私がいうのもなんですが、アイツは自己中過ぎてぜんぜん人のゆうこと聞かねえし、プライドばっか高くてマジでめんどくせえヤツですよ。しかも、人まで殺しちまうなんて、マジでヤベえヤツです」

「そうか。あの能力はちょいとおしいと思ったんだがね?」

「確かにあの能力は強力ですけど、でも、ヤツは私にまであの能力使ってくるんですよ?」

 そういって太満ふとみつうでをまくってアザを見せた。

「なんだって? 本当なのかね?」

「マジっすよ。川で死んだヤツはお前が殺したのかって私がめ寄ったら、アイツぶち切れて能力使いやがったんですよ。それでこのザマです。マジで手に負えねえっすよ」

「そうか」

 理事長は祭りの人混みをながめながら少し考えていた。

「よし、わかった。青柱せいちゅうはあの超撥水ちょうはっすい男と一緒いっしょにメロンズのところへ行ってもらおう。メロンズのヤツ、最近のATP能力保持者には失望しているなどといっておるのだよ」

「理事長、もうメロンズと付き合うのやめませんか? ウチらの趣旨しゅしとあってないと思うんですよ」

「そうだな。もうそろそろで光合成基本法が可決される。それまでの辛抱しんぼうだ。私もいろいろ思うところはあるのだが、けっこうなご支援しえんをいただいているからな。すまんが、よろしくたのむよ?」

「それと理事長、私はセッカとスザクもなんかあやしいと思ってるんですよ。あの二人は信用できねえっす。裏でなんかやってないですかね?」

「それはこの前、比留守ひるすに調べさせたじゃないのかね?」

「そうなんですが、尻尾しっぽも見せません。アイツらきっとプロですよ」

「プロか。確かにな。あの二人は我々仲間相手でも一切スキがないからな」

 理事長は祭りの人混みをながめながらいった。

「よし。青柱せいちゅうについてはさっきいった通りだ。超撥水ちょうはっすい男と一緒いっしょにメロンズへ引きわたせ。セッカとスザクの件は今度ゆっくり話をしよう。それではよろしくたのんだよ?」

 そういってウィンクをした理事長は、出店からはなれて人混みに消えていった。


 サンズマッスルというNPOは、祭りで出店を出しているくらいだから、地域で素性の知れた団体であった。意外に思われるかもしれないが、この理事長は地域との付き合いを大切にしていて、祭り以外の行事にも積極的に参加し、非常に深い関係性を築いていたのである。あのキャラを苦手とする人は少なからずいたものの、逆に印象にも残りやすくもあり、事業の公益性とあいまって、意外と多方面に人脈を築いていたのだった。全国の大企業だいきぎょうのみならず中小企業ちゅうしょうきぎょうへも、光合成人間の就労支援しゅうろうしえんという事業の賛同者を精力的に集め、インターネットも活用し、全国規模の事業に成長させたことはおどろくべきものであったといえようか。そのことをこの地域で知らぬ者はいない。明智あけち大臣が光合成基本法の案を作るにあたっては、躊躇ちゅうちょなく有識者として選んだほどだったのだ。

 それがなぜアカシックレコードD.E.大学のような、あやしげな大学と関係を持ち始めたのだろうか。

 理事長の夢は直近ではサンズマッスルを公益法人化することだった。さらに中長期的には全国に拠点きょてんを設けることで、それを実現するには今まで以上に資金が必要だったのである。これにはきれい事ではおさまらないことも多々あったのだ。


 さて、祭りはいよいよメインイベントである神輿渡御みこしとぎょをむかえる。この年の神輿渡御は強烈きょうれつで、その時に起きた出来事を私は忘れることができない。私の記憶きおくにくさびを打ったこの夏祭りは、今はまだ始まったばかりなのであった。(続く)

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