第三十話 トンビの鳴く時に
トンビがタカを産むということわざがある。
このことわざの意味は、どこにでもいる月並みな親から、やたらと
トンビのこんないわれようを若干気の毒に思いつつも、この
こんな話を聞いたことがある。私の友人の話であるが、コンビニでアイスクリームを買って食べようとしたところ、後ろからトンビが飛んできて、まさにこれから食べようとしているまだ口もつけていないアイスクリームをうばっていったのだとか。なんと
ピィヒョロロロロロ。
トンビはこのように鳴く。この度スザクが
スザクがメロンズ教授をカフェに置いてホテルを出ていったちょうどその頃、サンズマッスルの事務所では、理事長と
「そう考えると、何か
理事長はそういってウインクをした。
「だからそれ、さっき私がいったことじゃないですか」
「おおっと、失礼。私もやっと話にキャッチアップできたところなのだよ」
「
「ほう。ヤツめ
「その通りっす。比留守は常に
「ゴボ、ゲフ……」
「よし。わかった。ヤツとはもっと腹を割ったコミュニケーションが必要そうだな。その時には二人とも、よろしく
「ゴフゴフ……、ゴホ! ゴエッホン!」
ホテルから出てきたスザクは、メロンズ教授が出てくるまで、ホテル入口が見える場所にかくれて待機することにしていた。
スザクにとっては
しかし、そうはいっても、ホテルで流れているBGMをジャックして任意の曲を流すなど、はたしてそんなことができるのだろうか。
それができるのだから
さきほど、スザクはメロンズに違う歌の歌詞を教えたが、問題はヤツがこの機密事項を知っていたということだ。ヤツを生かしておくわけにはいかない。スザクは切れ長の目を細め、真っ赤に染めた
「おほほほ。これでやっとのことヤツを切り刻めるわ」
スザクはメロンズを切り捨てる
「おほほほほほ。今日はたくさんの人を切れそうね。後始末は
彼らというのはスザクのクライアントのことであった。
さて、メロンズが出てくるところを楽しみに待っていたスザクであったが、ヤツが出てくる気配がまったくない。かわりにというわけではないだろうが、
この男たちはあからさまに
「失礼。さる事件について
トレンチコートの男がいった。有無をいわせぬ物いいである。
「署まで来てもらう。
「いいわよ。ここじゃ目立つものね?」
スザクは口元を手でかくした。笑ったのである。しかし、トレンチコートの男は彼女の意味深な返事に何の反応も示さず、コートからピストルを取り出すと、スザクの顔に
「まずはその
「おほほほ。こんな
スザクが日傘を差し出すと、一人がそれをぶん取ってトレンチコートの男にわたす。男は日傘に
この日傘には日本刀が
「さて、両手を上げてもらおうか」
スザクが両手を上げながら
トレンチコートの男はあいかわらず何の反応も見せずにアゴをしゃくって合図を出すと、三名がスザクに
「よし。今度は両手を前に出せ」
スザクがいわれた通り両手を前に差し出すと、一人が
「これって
彼女の問いに
「話が通じないのかしら。あなたたち、そろいもそろって体が大きいだけの頭の悪そうな男どもにしか見えないものね……」
スザクは微笑みながら続ける。
「
これにトレンチコートの男は反応せずに続ける。
「よし。ではこっちへ来い」
そして、ピストルをコートにしまいながら歩き始めた。
「あなたたちみんな死んじゃうから、これから俺がどんなにあなたたちの人格を否定したって構わないって、あなたたちもそう思うでしょう? ねえ?
「
機動隊の一人が口をはさんだところを、トレンチコートの男が片手を上げてそれを制止した。
「くほほほほほ。さぞ
「てめえ、黙ってろっつってんだろ!」
「いわせておけ。さあ、この車に乗るんだ」
向かった先は八人乗りの大きな車で、スザクは二列目の真ん中の席に座らされた。その
「
「おほほほ。ごめんなさいね。思ったことがそのまま口に出ちゃったんじゃなくて、ちゃんと冷静に考えた上で、あなたたちを
「ああ?」
トレンチコートの男が手を上げて男たちを制止する。
「警告しておく。そういった
「おほほほほほ。そうなの? あなた
運転手の男は横目でルームミラーを見た。スザクが笑っている。この
「くほほほほほ。いい線行ってるでしょう? それで、ハゲ上がって額の広いあなたには『ツヤ光り』なんかどうかしら? ずんぐりむっくりのあなたは『短足子グマ』」
「テメエ! いい加減にしろ!」
「短足子グマ」といわれた男がたまらずいい返した。
「うふふ。そうあせらずに最後までいわせてちょうだい? 鼻の大きなあなたは『はなくそほじ太郎』。あら、これはそのまんますぎて面白くなかったかしら? それならそうね、腹の出たあなたは『
トレンチコートの男がルームミラーでスザクを見ると、ヤツは目を細め口元を手でかくしていた。笑っているのである。これを見て男はハッとした。
話が急に変わって
こんなタイミングでどうして忍者屋敷の話などするのか、話が飛びすぎて申し訳ないのだが、何卒ご
忍者屋敷というものは、どんでん返しや落とし穴など、アトラクション
忍者が
それが車の中だったらどうだろう?
答えは簡単だ。
スザクは車ごと切ったのだ!
まるで絹ごし
しかし、どうやったらあの
それはスザクのATP能力だった!
スザクのATP能力、それはあらゆるものを「切る」能力なのだ!
はじめにスザクは指に巻きついた
この道路の左側は草木が
続けざまにスザクは左側、つまり助手席側の車体を二度三度と切り払うと、車から外へ飛び出した!
この時、トレンチコートの男も切られたことはいうまでもない。このまま行けば後部座席にいる機動隊員たちも海に落ちてしまうだろう。スザクの右側に座っていた男は、運転手が切られた時に刀が届いてしまっていて、座席ごと体を切られすでに絶命していた。残りの隊員たちは
自動小銃を所持した隊員はすぐさま正確な
「おほほほほほ! なんと、なんと心地いいことか!」
スザクはそう
「レロレロレロレロ! むふうん! おいしい! おいしいわ! あらあら、ごめんなさい? 気の利いた食レポもできなくって!
なんなんだ? この女は! その様はまさに
スザクは舐め終えた刀を着物から取り出した手ぬぐいでふき取ると、ひらりと
ホテル正面エントランスへ続く道路はたった今通ってきた道路しかなく、メロンズが帰るとすればこの道しかない。トレンチコートの男たちに連行された後にこの道路を通った車や人はいなかったから、メロンズはまだホテルにいるはずだった。
この日はよく晴れた光合成日和で、強い日差しを浴びたスザクは、緑色の着物が光合成に必要な光を
ホテルにはなるべく近寄らないように注意しながら、ガラス張りのカフェの中を確認してみたところ、スザクが座っていた窓際のテーブル席には
「ヤツめ、もういなくなったか。どこへ行った? まさか、お土産なんて買ってないわよね」
スザクは念のためエントランスに入ってみた。しかし、フロントに係の女もなければ、土産物売り場にも誰の姿もない。
スザクは注意深くエントランスを歩いて、客室へ向かうエレベーターホールのある方へ向かった。そして、はたと立ち止まる。メロンズが客室に
エレベーターホール
ヤツはどっちへ行ったのだろう。右へ進むべきか、左に進むべきか。ここへ来て、スザクはメロンズの
ただ、左側にあるやや
コンクリートでできた展望台にたどり着くと、階段をのぼってみる。てっぺんへ出てみれば四方が胸の高さほどの
スザクはかつてこの展望台に来たことがあった。ここで赤い灯台を背景にアキラの写真を
ホテルの建つこの
海からの風が
ピィヒョロロロロロ。
トンビの鳴き声が聞こえ、何羽かの
なんと、それは虫などではなかった!
しかも、それは一発ではなかった! 二発、三発と続いてくる! さらに、それぞれが別方向から飛んでくるのだ! スザクは
「くそっ!
何発かは弾き返せたが、一発が太ももをかすめた!
「どこから撃たれているのかわからない! まずいぞ!」
スザクは後ずさりながら
これはどういう角度で狙撃しているのだ?
展望台は高い所にある。展望台の外からこの角度で撃つことは不可能だ。
スザクは理事長の自宅プールでメロンズから見せられた女の写真を思い出した。確かATP能力で
ピィヒョロロロロロ。
上空でのんきに飛んでいるトンビが見え、また
まさか、トンビが
しかし、次の
スザクが着ている緑色の着物には、背中に純白の
丹頂鶴は大きな白い鶴であるが、首から顔にかけては黒く、その
丹頂鶴の「丹」とは、
スザクが着ている緑色の着物には、純白の美しい
「や、やられた……」
風に
「やはりトンビから
左側の胸を見ると、緑色の着物がみるみる血に染まっていく。
「くそっ……、止血をせねば」
スザクは痛みをこらえながら傷口を
「もうダメか。いや……、エージェントが近くにいるはずだ。俺に警告のメッセージを送ってきたのだから……、救助を求めるしか……ない」
意識が遠のきながらも、スザクは着物からスマートフォンを取り出し、電源を入れた。この数日間、どこにいるかバレぬよう電源を切っていたスマートフォンだった。
「ゲホッ! ゴホ! ゴエッホン!」
「何だね急に!」
サンズマッスルの事務所では、
「なんだって! マジか!」
「なんだ? 何が起きたんだ!」
理事長はわけがわからず
「スザクがスマホの電源を入れたそうです」
「なんだって? 本当か! でかしたぞ!」
比留守はパソコンをパチパチと操作し始めた。
「それで、ヤツはどこにいる! どこで何をやっているんだ!」
引き続き比留守がパチパチとやっていると、画面に地図が表示された。
「どこだここは?」
比留守がパソコンを操作して地図を縮小して見せる。
「なんだここは? ずいぶんと遠いところだな。なんでスザクはこんなところにいるんだ?」
「ゲホゲホ、ゴフン、ゴホッ! ゴホォン!」
理事長は画面から目を
「スザクのヤツ、どこかに電話してるそうです」
「電話? どこに電話をしてるというのかね」
比留守がカチャカチャカチャンとキーボードを
「なんだこれは?」
「英会話スクールっすかね?」
「ヤツは英会話スクールに電話してるのか?」
「ゴッゲ、ゲホン! ゴホン!」
「そうです」
「何を話してるのかわかるのか?」
カチャカチャ、カチャ、カチャン!
「ゴフゴフ、ゴホ! ゴフェッヒョン!」
理事長は通話内容が音声で流れるか、画面に文字で表示されるかを期待していたが、何も起きないので
「あ、通話が終わったそうです」
「終わった?」
「ええ」
「そうか。長電話をしそうなヤツではないしな」
「アイツ、英会話
「ああ。確か、外国語ができるはずだ。何語かは覚えてないがな。ヤツめ、我々にかくれて裏で何かやってるのは
「ただ、正直いって、ヤツが正体現してきたら、ウチら殺されないっすかね? あの能力はマジで危険っすよ。アイツ平気で人を殺しそうじゃないっすか。勝てますかね?」
「そうだな……。ヤツと
「そうっすね」
理事長は
さて、
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