第二十三話 アカシックレコードD.E.大学
宮内先生はUOKwの創設時に副長官を務めたほどの人物であったが、現在では引退して、
車は
車が停められると長官が口を開いた。
「個室とテーブル席を予約してあります。すみませんが、お二人はテーブル席でもよろしいですか」
お二人というのは、明智大臣の秘書と運転手のことである。これに秘書はすぐに答えた。
「承知いたしました。私たちの分までご予約いただいて
話は少しそれるが、
さて、明智大臣と長官がうどん店に入り、店員に案内されて個室に向かうと、個室の中では黒いスーツを着た男がしゃがんでテーブルの下をのぞいているところだった。
この男は
男は明智大臣と長官の到着に気がつくと、大臣に
「長官、チャック開いてますよ」
これを聞いた長官は、男がせっかく小さい声で耳打ちしたにもかかわらず大きなリアクションをした。
「なに? おおっ、すまん、すまん」
そして、その場で何もはばからずにチャックを閉めたのだった。
「さっき
これを聞いて
実は、明智大臣の秘書はその
席につくとすぐに
「いやっしゃいませ。ご注文はどうします? 後にしますか?」
「いや、今注文します。おすすめは?」
「ええっとですね、夏限定の冷たいおうどんに、トッピングで季節の山菜天ぷらなんかどうですか」
店員の女は
「ああ、じゃあ私はそれにします。明智さんはどうされますか?」
「私もそれで」
「冷やしうどんに山菜天ぷらを二人前ですね。ありがとうございます。デザートやお飲み物はどうされますか? 冷たいビールもご用意できますよ」
「いや、結構。これから人と会う約束があってね。また今度にするよ。あまり時間がなくてすまんね」
「ああ、わかりました。それでは少々お待ちください」
注文を聞き終えた女はすたすたと去っていった。
「いやあ、先日は例のグランピング
店員がいなくなると、長官はおしぼりで手をふきながらこう話し始めた。
「いえいえ、
「それにしても、光成くんは光合成人間を前にしても
「いやいや、そのうち痛い目にあうぞと注意しておきました。世の中には
「まったくです……」
こういうと長官は小さな声話し始めた。
「さっそくで恐れ入りますが、光合成法案につきましてはご存知の通り国外勢力の
長官は冷たいお茶を一口飲んで続けた。
「失礼ですが、この大学についてどの程度ご存知ですか?」
長官がこんな事を聞いてくるということは、大臣の耳に入れる内容は最小限にしたいと考えているのだろう。
「ほぼ知りません。ご存知の通り、先日初めて総理から聞かされた程度です」
「
「その大学の関係者が来日していて、サンズマッスルを通して光合成法案への
「大学については?」
「
「総理は他にも何かおっしゃってましたか?」
「後はそうですね……、ご存知の通り、私の息子がその大学関係者に
「以上ですか?」
「そうですね……」
「他には何も聞いていませんね。会合の後に呼び止められて小耳にした程度なんです」
「そうですか。承知いたしました。まず大学に関してですが、実は我々もほとんど情報を持っていないのです。私がこの大学の名前を初めて聞いた時にパッと思ったのは、アメリカの首都であるワシントンD.C.ですね。『D.C.』と『D.E.』が似ているなと。ワシントンD.C.の『D.C.』は、ご存知の通りDistrict of Columbiaの略で、日本語訳はコロンビア特別区です。アメリカのどの州にも属していない独立した首都であることなど、あらためてご説明する必要もないと思います。それに対してアカシックレコードD.E.大学の『D.E.』は、District of the Earthの略だそうです。これに日本語訳があるわけではありませんが、コロンビア特別区という日本語訳にならっていえば、地球特別区とでもいうのでしょうか。地球上のあらゆる国に属していない首都を
「なんですって? そんな情報で
「ええ。ですが今現在、実際にその関係者が来日しているのですよ。さらに、過去にも来日していたという情報もあるのです」
ここで店員がうどんを
「お待たせしました。冷やしうどんと山菜の天ぷらです。注文は以上でよろしかったですか?」
「はい。おお、うまそうですな」
「ではごゆっくりどうぞ」
店員は
「以前にも来日していたというのは?」
「それはですね、私が宮内先生の下で働いていた時代に聞いた話なんですが、メロンズ教授という人物を先生が
「メロンズ教授?」
「ええ、今来日している大学の関係者もメロンズ教授と名乗っているのです」
「メロンのような服を着ているという人物ですか」
「そうです。ですが、宮内先生から聞いていた人物と、今来ている人物の
「記録は残っていないのですか?」
「記録はありません。我々も色々調べてみたのですが、宮内先生の
「なるほど。承知しました」
「それと、現在来日しているメロンズ教授の目的ですが、我々は光合成人間を目的としていると考えています」
「法案ではなくてですか?」
「そうです。法案については、
「ちょっと待ってください。光合成人間は人間ですよ? 人間を利権の対象だとお考えなのですか?」
「彼らがです。つまり、アカシックレコードD.E.大学の卒業生たちがですね。彼らは自分たちとそれ以外という考え方をしていて、自分たち以外の人間を同じ人間などとは考えていません。彼らは極めて利己的です。自分たちが利益をほしいままにできれば、他者の権利など
「な、なんですって?」
「公平であれば
「そんな
「その通りです。ですが、我が国でもこれを国益の
「確かにそうですが……」
「彼らはそうやって世界を裏で牛耳っているのです。彼らは不公平さについて一切の
「そんな
「正確にはその卒業生たちです」
「卒業生たちの集まり、つまり、校友会がそんな利己的で覇権主義的な考えの集団だというのですか?」
「いいえ、校友会といった事務局や会計を持つ団体が彼らの本体なのではありません。彼らの本質は『人脈』であると我々は考えています。秘密の大学の卒業生同士がつながる『人脈』ですね。だから正体がわからないのです」
「秘密の人脈ですか……」
「そうです。
「ええ。でもまあ、総理から聞くまで存じておりませんでしたが。その後にネットで調べた程度です。この宇宙が誕生してから起こったあらゆることが記録されているというライブラリか何かのようなものでしょうか。オカルトやスピリチュアルなもののような印象を持ちましたが」
「その通りです。ですが彼らはオカルトやスピリチュアルといった集団なのではありません。彼らは現実的で合理的に世界中のあらゆる
「しかし、それにしても、どうやってそんな情報の収集ができるのですか」
「彼らは世界中の事業者や様々な要職についている者が多く、それ故、いろんな秘密を
「量子コンピューター?」
「ええ、今のコンピューターとはそもそも
「処理速度が速い……。今よりも動画や音声といった情報がクリアになるということですか?」
「いや、暗号が解読されてしまうのです。
「なんですって!」
「つまり、
「世界中の通信を
「まあ、どこまでやっているかはわかりませんがね。ただ、アカシックレコードを名乗っていることについては、あながちウソでもなさそうなわけです」
ここまで聞いて、
ひょっとして、お前はこのような者たちを相手にたたかっているのか?
今、この席で
今までのところ、
しかしながら、この話を聞いて明智大臣は
「今の話が本当だとすると、私はその大学と卒業生たちを許せません。そんな者たちが世界を不平等にして富を得ているなんて、想像するだけでも
「おっしゃる通りです。ですから我々も全力を上げて調べているのです。ですが、現状、情報がとぼしく、実際に我々の前にあるのは例のメロンズ教授という人物だけなのです」
「
「なんとか拘束したいと考えています。ですからヤツを見張っているのですが、なかなかどうして、
「なんですって? そんなことになっても
「
やはり
「生きているのか殺されてしまったのか、我々としては生きていることを願うばかりですが、ヤツは何も残さないのです。自分の
「ぐぐ……、あの理事長は確かに信用できない人物です。ですが、あのNPOの事業自体は立派なものですよ! あの事業はこれからの日本に必要です! 残さなければなりません! くそ! それが、そんな者たちに
「おっしゃる通りです。あのNPOが生き残るかどうかは、それこそ
「…………。確かに、その通りですね。なるほど。承知しました」
「我々はあの男を追います。ですが、正直申し上げて今のところヤツの方が上手です。そこで、まずはヤツの正体をもっと知りたいと考えているのですよ。ところが我々が持っている情報といえば、私がだいぶ前に宮内先生からその名を聞いただけで、しかも、
「宮内先生は、その人物や大学のことを記録として残していないのですか?」
「一切残していないのです」
「私はそういうこともあってはならないと思っているのですよ。こういったことは、たとえ機密性がどんなに高くても、もみ消すべきではありません!
「おっしゃる通りです」
「宮内先生はこの大学と例の人物についてよくご存知なのですね?」
「おそらく私よりは知っているものと考えております」
ここまでいうと、長官は
「と、まあ、以上になりますが、いやあ、このうどん。なかなかうまいですな」
「コシがあって、天ぷらも
「ええ、おいしいお店ですよ。長官はここへよく食べにくるのですか?」
「いえいえ、初めてです。ウチの若い者が予約したんですが、あいつは何といったかな、そうだ、確か
長官はチラッと
「車が店の前まで来ますので少々お待ち下さい」
秘書がそういってからほどなくすると、車が来て店の前に停められた。
「あの、長官は?」
「ああ、もうすぐ来る」
ちょうどそのタイミングで、長官が店の
「大臣。どうも宮内先生がまだ家に帰っていないようなのです。今日の午前中には
「なんですって?」
「
「承知いたしました」
「それでは参りましょう」
「長官、チャック開いてますよ」
これを聞いて長官は、これだけ
「なに? おおっ! すまん、すまん!」
そして、その場で何もはばからずにチャックを閉めたのだった。
これを見ていた明智大臣は、長官に対してそこはかとなく
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