第二十一話 黄金の価値体験
私は芸術や音楽の
この論文は、
この幼少期の
私は食後のコーヒーを楽しみながら、あのサマーキャンプを思い出していた。私が通っていた小学校では、自国をより深く学ぶために四季折々の自然体験学習があったが、私が覚えているものといえば、夜ふかしして
コーヒーを飲み終えた私は、この論文に
主月先生はサマーキャンプの報告書を書き終え、先ほど校長先生に提出したところだった。
昨日はサマーキャンプの反省会いう飲み会が
今回のキャンプでは色々なことがあった。まず、テレビ取材の件であるが、校長先生は相当にあの取材班が気に入らなかったらしく、大部分が恥ずべき内容だったとして、おそらくほとんどがカットされることになるだろうとのことだった。キャンプ期間中、すでに他の教員たちはあのカメラマンから映像を見せてもらっていたのだが、それはそれは素晴らしい出来栄えだったそうで、まるで映画のようであったと後に
続いて児童にケチャップがかけられた件については、各クラスの担任から保護者へ
そして、ネバーウェア
最後に、あの現場になぜ
報告書の提出を終えて一息ついていた
容疑者が少年だった
そのうち容疑者も成長して大人になり、それ以降はあの場所に関心など持っていなかったのだが、気がついてみればいつの間にか工事が始まっていて、きれいな門構えの施設が出来上がっており、外から中を
容疑者の父や近所の人から聞いた話では、それは都会の人が利用するキャンプ
容疑者は初めから
そこで見たものは、自分が遊んでいた野山とはまるで違う、旅行パンフレットでしか見られないような美しい自然風景だった。彼が遊んでいた野山は
この施設は非常に広い。初めのうちは人がいない場所で過ごしていたのだが、次第に彼は
そして、もっと重大なことにも気づいてしまう。この場所は彼らのものであって、自分の場所ではないということを。このことに気づいた彼の心には
「それにしても見事な
「はい、主月です」
「あら、お
校長先生からだった。
「報告書の作成ご苦労さまでした。その件で二三確認したいことがありまして、今少しお時間いいかしら?」
「はい。
「校長室でお話聞かせてもらっていい? お忙しいところごめんなさいね?」
「承知いたしました。今お
主月先生は
主月先生は校長室の前に着くとノックをした。
「主月です」
「あら、ごめんなさい? 少々お待ちになって?」
主月先生は呼び出されたにもかかわらず待たされることになった。しかし、今回はいつもと
「
ドアが開くと部屋から
この日、校長先生は緑色のジャケットを着ていた。私がテストで0点を取った時と同じあの緑色のジャケットである。そして、いつものように
「お
そううながされたのは、以前に
「今回の主月先生はキャンプの主担当でしたから大変だったんじゃありませんか? ご苦労さまでした。さあ、どうぞ、おかけになって?」
「それでは失礼いたします」
主月先生はソファーに
「報告書の作成ありがとうございました。あんな事件があって主月先生も
「ええ、でも、去年から続いていた事件だったと考えると、解決してよかったと思います」
「そうね。それに
「その件につきましてはご報告申し上げた通り、警察にも知らされていないそうで、みだりに口外しないで欲しいとのことでございました。ただ、UOKwは今回の容疑者を以前からマークしていたのではないかとのことではございましたが」
「そうね。警察のいう通り、あの容疑者をマークしていたのかもしれませんね。ただ、一つ気になっていることがありましてね? あの光合成人間が
「教頭先生からそう聞いております。会議で教頭先生からもご報告していると思いますが」
「もちろん聞いておりますよ? 報告では、教頭先生が
「ご報告で申し上げている通り、
「このあたりが
「そうですか? 何も曖昧な点はないように思いますが」
「この事件は昨年から続いていて、
「さあ。光合成人間は教頭先生のように自然に
「でも、あの光合成人間は教頭先生と
「ぞうですね」
「それでね? 疑問なのですけど、ATP能力で存在をかくしていた光合成人間に、なぜ明智さんは気づいたのでしょうか」
「すみません。正直いって私にはわかりません。また明智さんが光合成人間なのではないかという話ですか? たとえ
校長先生は
「そう。この話はもう済んでいますので良しとしましょうか。これと合わせてもう一つあってね? 報告ではうちの
これについては主月先生も気になっているところだった。主月先生が
「確かに、おっしゃる通りに私も思いましたが、静香さんからは、ネバーウェアに
主月先生はなんだか意識が遠のいていくのを感じた。お酒に
「教頭先生が到着する前、何があったのか静香から聞いていませんか?」
「はい。聞きいております。ですが……、
「明智さんと同じかどうかではなく、
「そうですね。
「そう。その光合成人間はどんな姿でしたの?」
「さあ……。それは聞いていません。
「その時、明智さんが何をしていたのか静香はいっていましたか?」
「さあ……。ケチャップをかわしたとのことです」
「本当かしら? 本当は他にもあったんじゃないのですか?」
校長先生は何もいわず、しばらく
「あの光合成人間か、明智さんか、いずれかにせよ私の静香に何かをしたのでしたら、私は
主月先生から何かを聞き出そうとしているのだろうか? それとも何かをいわせようとでも? これを聞いた主月先生の中に校長先生に対する
「母親だからわかるですって? だったらなぜ私に聞くのですか!
「もちろん静香から話は聞いていますよ? ただね? ひょっとすると、私にはいってないことを、あなたには話しているかもしれないと思っているのです。あなた、たいそう静香に近づいているそうじゃない」
「いえ、これ以上は何も聞いていません……」
「本当ですか? 私はあなたを疑っているのですよ!」
「疑う? 私が疑われるようなことをしましたでしょうか」
「大ありですよ! あなた、私にかくし事がありますよね!」
「なんのことでしょう?」
「しらばっくれる気ですか! そうね……、まずはこれ、このカバンですよ。このカバンに見覚えがあるでしょう?」
「はい」
「そういえば、このカバンはあなたが洗って
「いえ。とんでもありません」
「けどね。
「申し訳ありません。ですが、ひどい状態でしたので、あのままお返しするわけにもいきませんでした。念のため補足ですが、私は洗濯機などで洗っていません。クリーニングにお出ししました。それにこれは昨年の話ですよね? この件もすでにご報告申し上げたはずです。かくし事なんてありません」
「
「それは私がジョギング中に会うことがたまたま多かったからで、あの件とは関係ありません!」
「私はそこで静香と何を話しているのかと聞いているのです!」
「別に、なんてこともないただの
「挨拶みたいな会話ですって? あっははははは! あの子がそんなことをするはずがありません! あなたが声をかけているのですよね? なぜ、あなたは静香に近づこうとするのですか!」
ここで主月先生は先ほどいった理由、たまたまジョギング中に何度か会うことがあったという理由を、いつもだったらそう
「あの子のために決まっているじゃありませんか! 私は
「いうわね。それじゃまるで家庭でコミュニケーションが不足しているようないいっぷりじゃない! あなた! 何様のつもりですか! 私は
「いいえ! そんなことありません! 校長先生も教育者だったらわかりますよね! 静香さんが自分自身のことを極めて否定的に見ていることを! あそこまでの自己否定には、
なんというあからさまないい方であろうか。こんなことはたとえ本当だったとしても面と向かっていうべきではない。しかし、今の
「我が家に問題などありません! 何を
「ご両親の
校長先生はATP能力を使って主月先生の本心を引き出すつもりであったが、その本心を目の前にして、逆に自分の感情がむき出しになってしまうのを
「だまらっしゃい! 何を
「あなたは何も理解していません! 静香さんが学校でいじめられていることも認めようとしないんですからね!」
「あっははははは! あなた、静香がいじめられているとお考えなの?」
「その通りですよ! あの子がクラスメイトからいじめを受けていたのは明らかです!」
「静香はいじめなど受けていません!」
「なんですって? そのカバンがどこでみつかったか報告しましたよね! トイレの
「我が校にいじめなどありません!」
これを聞いた
「ああ、なるほど! そういうことですか! 確かに学校にとってはいじめがあったことなんて不都合な事実でしょうね! なんてかわいそうなの! 静香さんがあまりにもかわいそうです!」
そして、その目から
「あなた! よくもまあぬけぬけと! あなたのような
校長先生は手のひらで机をバンとたたいた。
「私は
校長先生はここまでいうと、
「最後にもう一つだけ確認させてください?
「ええ。私は聞いていません」
「そう。わかりました。報告書の内容はこれで結構です。本当に今回のキャンプは大変なことがあってご苦労さまでした」
そういうと校長先生は立ち上がり、意識が
「今日はこれでよくってよ? ご報告ありがとうございました」
そういってドアを開ける校長先生の表情は、いつも通りのあの
「あら、
「いえ、大丈夫です。少し頭がぼうっとしてしまって……」
「お
「はい。それでは失礼いたします」
校長先生は満面に微笑みをたたえ、主月先生が出ていくのを見送るとドアを閉めた。
校長先生は主月先生の足音が聞こえなくなるのを確認すると、窓の前に立って外をのぞき
「あなたにいわれなくたってわかってるわよ。あのカバンをトイレにかくしたのはリンちゃんだったわね。学校としてはもみ消しましたが、私が許すわけがないでしょう?」
校長先生は暑そうな窓の外から顔をそむけ、自分の
「ふう。結局、
校長先生は机の上の手さげカバンを手にとって
「主月先生。あなたは確実に生徒たちの心をつかんでいるようね。生徒だけじゃない。職員たちからも
校長室を出た主月先生は一人でトイレにこもり、声を
ひとしきり泣いたところで少し落ち着きを取り
この日、
そして、歩きながら学生時代に読んだ『黄金の価値体験』という論文を思い出した。この論文は、幼少期の体験というものが、黄金のように何よりも重く重要なもので、その人の人生が終わるまで決して
主月先生にとって生きる活力や仕事への情熱などといった、
主月先生が歩いていた道は、
それはシロに似ているのではなく、シロだったのだ。
シロとは何度も会っていたとはいえ、主月先生は犬の個体識別ができるわけではない。それがなぜシロだとわかったのかというと、シロよりも速くその前方を
「いうわね。私は静香の母親なのですよ? あなたなんかよりも十分にコミュニケーションは取れています!」
「あなたに何がわかるというのですか! 私ほどの静香の理解者はいません!」
「あなたのような
校長先生から浴びせられた
一日が終わろうとしていても夏の日は長い。セミが鳴く小高い土手の道には桜があり、
「そりゃそうだよね」
主月先生は知らぬ間に流していた
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