第十九話 ワクワク自然学習村
私と光成が通う小学校では、夏休みが始まって間もないタイミングでサマーキャンプが行われる。
この日はその初日だった。私たちは朝早くから学校に集合する予定になっていたが、キャンプ委員は他の生徒たちよりも早く集合する必要があった。ちなみにキャンプ委員は生徒から選出され、委員長はなんと私が務めていたのである。
さて、全員が集合したことをキャンプ委員が確認すると、クラスごとにバスへ乗車し、いざキャンプ場へ向かうことになる。移動中には各クラスのキャンプ委員から最終的な説明が行われるのだが、このタイミングで初めて生徒たちに知らされることがあった。
今回のキャンプには地元のテレビ局が取材で同行するのである。しかし、これはキャンプ委員からすでにダダ
私のクラスでは委員長の私が説明をする役割になっていたので、バスの最前部からマイクを使って、事前に用意した手書きのきたないメモを見ながら説明を始めた。
「えー、それでは
ここまでしかいいかけていないのに、担任の先生からツッコミが入った。
「おいっ、これからみんなの知らないことを説明するのに『皆様ご存知の通り』はないでしょ!」
「あ、そうでしたw。すみません。えー、皆様はご存知じゃありませんよね? 今回のキャンプでは、なんと、テレビ局が取材に来ます」
「うっそー! マジでw?」
白々しいリアクションが返ってくると、またしても爆笑が起きた。
「ゴメン! 知ってたw」
「おいコラ、男子たち! ちゃんと説明聞きなさい!」
先生がふり返って注意する。
「えー、つきましては、スムーズな取材に協力するとともに、小学生として
「オメーがいうなよw」
「先生、
女子たちからも厳しい
さて、私からのグダグダな説明が一通り終わると、続いて女子たちによる朗読会の出番になった。
バスの移動時間が相応にあったため、その時間をどうやって過ごすか、生徒たちによってあらかじめ
「それでは朗読会を始めたいと思います。これから読むのは『悪の
ここで読み手の女子は朗読を
「
それまで静まり返っていたバスの中に
「悪の十字架ってそういうことかよ!」
「『あくのじゅうじか』っていうダジャレかw」
「くっそウケるw」
「ホントに
「結局Aちゃんはそのゲーム
「Bちゃん
「実際、そのゲームをクリアしたら死ぬんか?」
「思ったんだが、発売されたのがその日なのに、なんですでにクリアして死んだヤツがいるんだよw」
などなど。冷静なツッコミが入りつつも、バスの中は大盛り上がりだった。
こういった生徒たちによるレクレーションが続いて、バスはあっという間にキャンプ場に着いたのだった。
そのキャンプ場は行ってみるとわかるのだが、キャンプ場というのは名ばかりで、実際は都市公園のような整備された
「お、委員長、今到着?」
私を見つけた
「おう、今着いたとこだよ。すげえw、もう撮影始まってんの?」
「後で編集するんだろうけど、いろんな場面を
カメラマンの周りにはピースをしたり、モフモフ
「なあ、あのカメラマン見てみろよ」
光成がそういうのでカメラマンを見てみると、そのポーズや動きはなかなか目を引くものだった。
「なんだあれ? くっそウケんだがw」
そのカメラマンは背筋を反らして
「あれは、たぶん光合成人間だ」
「マジで?」
「ああ。しかもな、
「ウソだろw? 単にキモいヤツにしか見えねえんだがw」
「いいか、カメラをよく見てみろ。あれだけ動いても一切カメラが
そのカメラマンは、何人もいる子どもたちを
「確かにそういわれて見ると、カメラがどんな向きになっても水平を保っているように見えんな」
「いや、水平っていうだけじゃない。いわゆる手ブレっていうヤツは細かい
光成は「見る」能力が異様に高い。私が見てもそこまではわからないのだが、光成にはカメラが振動していないところまで見えているのである。
「手ブレ補正ってやつ?」
「そうだ。だがヤツの場合はデジタル処理じゃなくて、物理的にヤツ自身が補正してるんだけどな」
「ATP能力っつうから
「いや、役に立たってるだろ。仕事に活かしてるんだから」
「確かにw」
私と光成がこんな話をしていると、
「
「あ、そろそろ開村式ですか?」
「いや、テレビ局の方がキャンプ委員長にインタビューしたいんですって」
主月先生がこういうと、テレビ局の人がハイテンションにしゃべり出した。
「そうなんです! お
「い、インタビューっすか?」
「そうなんです! 先生にお話うかがってましたら、生徒さんがキャンプの委員長をされてるって話じゃありませんか! ぜひお話をうかがってみたいと、そう思ってる次第なんです! そんなにお時間取りません! 一言二言でもかまいませんから!」
「ええっと、先生、いいんですか?」
「え、ええ……。開村式がそろそろだから手短にしてね」
「マジっすか!」
私は正直いってビビった。テレビのインタビューなんて受けたことなど一度もない。もうちょっと事前に聞いていればよかったものを、心の準備というものがあるだろう! 何をいえばいいというのだ!
「オッケー! カメラさん! マイクさん! ちょっとこっち来て! 委員長さんのインタビュー始めちゃうよ!」
するとあのカメラマンが例のキモい動きでこっちに向かって来るではないか! それに続いてマイクさんも小走りで後を追ってる。このマイクさんもなかなかキャラが
カメラマンとマイクさんが移動し始めたので、生徒たちもそれに反応した。
「インタビューだってよ!」
「
「
「そうだ、あいつがキャンプの委員長だったw」
「どんなアホなこというんだよw」
「期待マシマシでお願いしますw」
ディレクターは、カメラマンとマイクさんを呼ぶとさっそく続けた。
「委員長! ご協力ありがとうございます! あ、先生も引き続きよろしくお願いします! それではさっそく始めさせていただきますよ! よろしいですか? オッケー! キュー!」
ディレクターはこのテンションで合図を出したくせに、いざインタビューになると急に声のトーンを変えてきた。
「
「あ、はい」
カメラの後ろにアホな同級生たちが集まっている。カメラを向けられるということはこんなにも
「えーと、このキャンプは
ちなみに「ワク村」というのは「ワクワク自然学習村」の
「なるほど。
かしこまった聞かれ方をすると
「えーと、そうですね、夜ふかしするのが楽しいです」
これを聞いて
「夜ふかし? ほほう。
カメラマンの後ろで生徒たちがモフモフ
「ええっと、先生の前ではいいにくいんですが、カードゲームや雑談なんかをやりたいです」
「ほほう。
「いや、別に
カメラマンの後ろで女子たちがきゃあきゃあと
「なるほど、女子たちは恋バナ。恋バナって男子の話ですよね。同級生ですかね? 委員長である君の話なんかもされると思いますか?」
な、なんだって? このディレクターはなんということを聞いてくるのだ! 当時の私はまだ小学五年生だぞ!
「いやいや、僕なんかはぜんぜんモテないので、僕以外の男子だと思います」
私がこんな
「はは~ん。本当でしょうか。それは楽しそうですね」
このディレクターは何か誤解している。私がニヤついているのは恋バナのことではない。お前らが可笑しいのだ! ちょっといくらなんでもこのカメラマンは、面白い動きをし過ぎではないだろうか。続けざまにヤツはカメラで何かをすくい上げるような形でウェーブを
「さて、それでは最後に、これから始まるキャンプの
ノリにノったディレクターがテンポを取るようにアゴをクイッ、クイッっと出しながら最後の質問に入った。
「い、意気込みですか? えっと、これから始まるキャンプはぜったいに楽しいものにしたいです……」
一息つけたのもつかの間、このカメラマンがグルっと周って私の前方に
「プッw」
これには思わず
「あw、えっと、すみませんw。キャンプ委員としてレクレーションの準備もしてきましたのでw……」
マジでもう限界だった! 私の正面に立ったヤツは、高い位置から
「ププッw」
着地は見事だった! しかもそれだけではない! カメラの水平を保ちつつ、あの
そして、ヤツは
私が必死に笑いをこらえているというのに、ヤツは
「ええっとw、みんなとですね……、協力して最高の思い出を作れたらと、ププw、思いますw」
私が最後にこう
「オッケー! カット!」
ディレクターは右手を
「最高だよ! めちゃくちゃいい
は? 天才ってマジか? カメラマンもカメラマンだが、このディレクターもどうかしている。こんなもの、私にとっては黒歴史のネタにしかならないじゃないか!
後日談になるが、この取材が放映された時には私もテレビで見ていて、あれだけディレクターがエキサイトしていたにもかかわらず、私のインタビューはまるっとカットされていたのだった。カットされたのは何も私だけではない。ピースサインやモフモフ
これも後から聞いた話なのだが、最終的には校長先生の
さて、いよいよキャンプの開村式が始まりを
ワク村では形式的ではあるが村長というものを立てていて、五年生が行うサマーキャンプの村長は、教頭先生が務めることになっていた。この日の教頭先生の服装はいつもとは
「ねえ、ねえ。教頭先生のかっこう何あれ? ヤバくない?」
「ヤバい、ヤバいw」
「エグぅ。
超ガチとはいかなるものか。その日の教頭先生の服装は、なんというかいい方かもしれないが、確かにガチな格好だった。上下
「諸君!」
教頭先生の顔は笑顔だったものの、いつもと
「これからワクワク自然学習村の開村式を始める! 村長はこの私、教頭先生が務める! ワク村の間、私は教頭先生ではなく村長だ! いいかね? わかったか!」
子どもたちはザワついた。
「何キャラだよw」
「くっそウケるw」
さて、キャンプに限った話ではないのだが、教頭先生の話は
数日前のことである。
後日、これを聞いた飯ごう
しかし、油断はできない。あの教頭先生のことだ。開村式本番になってしれっと長話をする
「君たちは今日から厳しい大自然の中で生活しなければならない! 自然の中では安全な都会と
教頭先生は左右に行ったり来たりしながら話を続けた。これにあわせてカメラマンもあのキモい動きでついていたのだが、教頭先生の方では意に
「それにはまず、我が国の
主月先生は長くなる話をし始めたことに気づいて、するどい眼差しを教頭先生に向けた。
教頭先生は本当のところ、日本には四季があって、今回のサマーキャンプの目的となる夏の森林について話すことから始めたかったのである。それにはまず、日本が地球のどういった位置に存在しているのかというところから説明する必要があった。
日本の四季を説明するには、
季節風の話をするには、ユーラシア大陸と太平洋の一年を通した温度と気圧の変化を説明する必要があった。冬では大陸の地表が冷やされ、海に対して気圧が高くなると、いわゆる西高東低の冬型の気圧配置になって、北西からの冷たい空気が雪を降らせる。反対に、夏では大陸の地表が温められて海よりも気圧が低くなると、南からの暖かく
この降水量のおかげで日本は
子どもたちにもわかる身近な話として、
本当は、こういった日本の風土を理解した上で、山林という
さらにいうと、季節の話をするという意味では、鳥類の
「君たちが山林に入る上で、安全とマナーについてぜひ知っておいて欲しいことがある! まず森に入る時は必ず
「先生、本当なんですか?」
近くの生徒にそう聞かれた
カメラマンは教頭先生のノリと合わないのか、私の時のようなダイナミックな動きをせず、
「それから、キャンプのしおりにも書いておいたからいないだろうが、サンダルしか持ってきてない者なんていないだろうな! 山の道が
「マジで?」
「エグ!」
さらに生徒たちがザワついたので、
「それからぜったいに一人では行動しないように! さっきもいったが、一人でいる時に
時間が
「それから最後にマナーについての注意だ! 自然の中にあるものを
「教頭先生、質問です」
「教頭先生ではない! 村長だ!」
「あ、すみません。村長。質問していいですか」
「なんだ! なんでも聞いていいぞ!」
教頭先生は生徒から質問が入って
「たとえばなんですが、カブトムシなんかもとっちゃダメですか?」
「いい質問だ」
は? これはいい質問か? 何もいい質問には聞こえなかったが、ともかく教頭先生は気に入ったようだった。
「君ら子どもたちの大好きなカブトムシ! それを
ここまでいうと急に声のトーンを変え、やわらかい、優しげな声でこう続けた。
「捕まえた後は放してやるんだぞ? いいね?」
子どもたちがザワつき始めた。
「何キャラw?」
「ヤバい、ヤバいw。
「くっそキメえw」
「村長先生、質問いいですか」
「村長先生? んん? 先生はいらん! 村長だけでいいぞ!」
「あ、すみません。村長、質問してもいいですか」
「いいぞ! なんでも聞きなさい!」
「えっと、小川くんはサンダルで来てますがいいんでしょうか」
「今はまだサンダルでも構わんが、まさかシューズを忘れてないだろうな?」
「あ、すみません。忘れてました」
「なんだって? だからしおりに書いてあっただろう!
「ええっと、予備ですか? シューズは……、予備ないですよね?」
急に
「予備なんて用意してるわけないじゃないですか……。だって、シューズですよ?」
「でも、まあ、実際子どもたちが行動する場所は、キャンプ場の舗装された道しか通らないですし……。毎年サンダルの子いますよね……」
これを聞いた教頭先生はがっくりと頭を垂れた。
「ぐぬぬ……、だからこんな場所でやるのはキャンプとはいえんといってるのだ! 安全優先とはいえ、なんと情けないことか! 仕方ない! 許すのは今回だけだぞ! 本当は山の中にサンダルなんかで入っちゃダメなんだからな!」
この後、
このような次第で開村式は無事に終わり、教頭先生は断腸の思いで本来したかった説明をしなかったにもかかわらず、結局は話が
ちょうど
校長先生は本来このキャンプ場には来ない予定だったが、テレビ局の取材が入るということで、
「お世話になっております! 校長先生! お
「あら、おはようございます。いいんですのよ、しっかりと我が校をご
「もちろんです! しっかりと取材させていただきますよ! もう生徒さんやキャンプ委員長さんからも取材させていただいて、すでに素晴らしいものがたくさん
「おほほほ。そうでしたの。もう取材は始まっていらしたのね。
テレビの取材ということで
「いえいえ、こちらこそお時間
「あら、こちらこそ急かしたみたいでごめんなさいね」
「いえいえ、とんでもありません! ありがとうございます! オッケー! カメラさん! マイクさん! 校長先生のインタビュー始めちゃうよ!」
ディレクターのこのノリに校長先生は
「それでは始めさせていただきます! オッケー! キュー!」
ディレクターの合図で校長先生のインタビューが始まった。
「本日はお
「そうですね。それにつきましては、まず我が校が
インタビューが始まると、校長先生はあの
「我が校では国内外で
「ほほう。確かに国際交流には様々な国の方が参加しますからね。自国について説明できてこそ国際人というのは、まったくその通りでございます」
「おほほほ。そうでございましょう? でもまあ、我が国の理解を深めるという意味では義務教育の学習要領にも盛り
カメラマンが教頭先生の時と
「なるほどです。それでこのサマーキャンプがあるわけですね」
ディレクターが相づちを打つと、校長先生はすぐにあの微笑みを取り
「その通りですのよ。おほほほ。ただ、それだけではないのです。我が国には春夏秋冬の四つの季節がございますでしょう? サマーキャンプだけでは四季を
「ちょっとまってください? ということはですよ、学校としては毎年二十四回もやっているという話にもなりますよね? そんなにやっているのですか?」
「おほほほ、その通りでございます。その分教員に負担がかかるのですが、もちろん、その分の手当も十分に支給しておりますのよ」
校長先生は、先ほどから気になっているカメラマンにするどい眼光を向けた。カメラマンがまるでハトやニワトリのようにカメラを前後に動かしながら、歩いたり止まったりを
「いや、
「いえいえ、こういった
ここで、カメラマンが
「ふう……」
校長先生はため息をついて見せた。
「この
校長先生がここまでいいかけたところで、カメラマンは低い位置からそのままカメラを持ち上げつつ、あろうことか私の時のように校長先生の顔にカメラを寄せ始めたのだ!
「ちょっと! あなた!」
校長先生は
「そんなに近づかないで! 一旦止めてくださる? なんなのですかあなたは! カメラがこんなに動く必要なんてありますか! これはインタビューなのですよね? あなたはそこでじっと
「あ、すみません! コイツはコイツなりにいい
校長先生はディレクターの弁解をさえぎった。
「エヅラ? なんですのそのいい方は! ふざけるのも
「は、申し訳ありませんでした! オッケー! カメラさん! 引き気味でお願い!」
「ちょっと、あなた! 我が校の生徒の前で、そんな下品な言葉使いはやめていただけません? 生徒たちがあなたの
「申し訳ありませんでした! 大変申し訳ありません! 承知いたしました! 大変失礼いたしました!」
「わかっていただければそれでいいのよ。では続けてください? あら、どこまで話したかしら?」
「あ、ええっと、グランピングの
「ああ、そうでしたね」
校長先生は再びあの
「これは義務教育には真似のできないことでございますのよ。ただ、私は義務教育を否定しているわけではありません。義務教育ができた歴史的な背景を考えれば、むしろ素晴らしいものだとすら考えているのです。しかしですよ? 保護者の立場に立って考えてみればですね、我が子に対して
この後、校長先生の
ディレクターのハイテンションは
終わってみれば、あれだけ長いといわれていた教頭先生の
さて、校長先生はインタビューが終わればさっさと帰っていく。これを知って生徒たちはホッと胸をなでおろしたのだった。楽しみにしていたキャンプにあんな人がいたのではたまったものではない。
さあ、いよいよみんなが楽しみにしていたキャンプの始まりだ。この時点で、キャンプ場にネバーウェアが現れて、あのような事件が起きようなどと
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