第十九話 ワクワク自然学習村

 私と光成が通う小学校では、夏休みが始まって間もないタイミングでサマーキャンプが行われる。

 この日はその初日だった。私たちは朝早くから学校に集合する予定になっていたが、キャンプ委員は他の生徒たちよりも早く集合する必要があった。ちなみにキャンプ委員は生徒から選出され、委員長はなんと私が務めていたのである。

 さて、全員が集合したことをキャンプ委員が確認すると、クラスごとにバスへ乗車し、いざキャンプ場へ向かうことになる。移動中には各クラスのキャンプ委員から最終的な説明が行われるのだが、このタイミングで初めて生徒たちに知らされることがあった。

 今回のキャンプには地元のテレビ局が取材で同行するのである。しかし、これはキャンプ委員からすでにダダれで、生徒で知らぬ者はほぼいないというありさまだった。

 私のクラスでは委員長の私が説明をする役割になっていたので、バスの最前部からマイクを使って、事前に用意した手書きのきたないメモを見ながら説明を始めた。

「えー、それでは皆様みなさまご存知の通り……」

 ここまでしかいいかけていないのに、担任の先生からツッコミが入った。

「おいっ、これからみんなの知らないことを説明するのに『皆様ご存知の通り』はないでしょ!」

 爆笑ばくしょうが起きた。

「あ、そうでしたw。すみません。えー、皆様はご存知じゃありませんよね? 今回のキャンプでは、なんと、テレビ局が取材に来ます」

「うっそー! マジでw?」

 白々しいリアクションが返ってくると、またしても爆笑が起きた。

「ゴメン! 知ってたw」

「おいコラ、男子たち! ちゃんと説明聞きなさい!」

 先生がふり返って注意する。

「えー、つきましては、スムーズな取材に協力するとともに、小学生としてずかしくないいをお願いしますw」

「オメーがいうなよw」

「先生、円座えんざくんが一番ふざけると思います」

 女子たちからも厳しい指摘してきが入ると、また爆笑が起きた。


 さて、私からのグダグダな説明が一通り終わると、続いて女子たちによる朗読会の出番になった。

 バスの移動時間が相応にあったため、その時間をどうやって過ごすか、生徒たちによってあらかじめ企画きかくが練られていたのである。マイクが担当の女子にわたされると朗読会が始まった。

「それでは朗読会を始めたいと思います。これから読むのは『悪の十字架じゅうじか』というこわい話です。この話はホントに怖い話なので、苦手な方は耳をふさいでください。それでは始めます。ある街にAちゃんという女の子がいました。Aちゃんは、SNSで話題になっているゲームを買いたいと思っていました。なぜそのゲームが話題になっていたかというと、そのゲームを深夜二時にクリアすると、制作者の意図しない十字架が画面にあらわれて、それを見た人が一週間後に死ぬといわれていたからです。Aちゃんがなぜそんなおそろしいゲームを欲しがっていたかというと、実際にクリアして確かめたいと思ったからです。しかし、友だちのBちゃんはやめた方がいいと考えていました。BちゃんはAちゃんを説得しましたが、Aちゃんはまったく聞く耳を持ちません。そうしているうちに、とうとうそのゲームの発売日になってしまいました。Aちゃんは待ちに待った発売日でしたので、その日は朝早くに起きてしまいました。あせる気持ちをなんとかおさえながら家を出ると、家の前でBちゃんが待っていました。Bちゃんは最後の最後にAちゃんをなんとか引き止めるつもりだったのです。AちゃんとBちゃんは言い争いになりました。Aちゃんは何かにとりつかれたようにそのゲームを欲しがりましたが、Bちゃんも負けてはいません。全身全霊ぜんしんぜんれいをかけてAちゃんの説得にあたりました。しかし、AちゃんはそんなBちゃんの説得をり切って行ってしまい、とうとう家電量販店かでんりょうはんてんに着いてしまったのです。それはちょうど朝の九時半のことでした。Bちゃんも息を切らせながら追いつくと、Aちゃんは店の前で、まるで死人のようにがっくりとかたを落として立ちつくしていたのです。Bちゃんがおそる恐る話しかけると、Aちゃんはひどく取り乱してこう答えました。『この店、開くの十時か……』」

 ここで読み手の女子は朗読を一旦いったん止めた。そして、再びこう続ける。

くの十時じゅうじか……。あくのじゅうじか……。あく十字架じゅうじか? ひえ!」

 それまで静まり返っていたバスの中に爆笑ばくしょうが巻き起こった。

「悪の十字架ってそういうことかよ!」

「『あくのじゅうじか』っていうダジャレかw」

「くっそウケるw」

「ホントにこわいから耳ふさいでとか、あおってたのウケるw」

「結局Aちゃんはそのゲームしいままじゃんw」

「Bちゃん涙目なみだめw」

「実際、そのゲームをクリアしたら死ぬんか?」

「思ったんだが、発売されたのがその日なのに、なんですでにクリアして死んだヤツがいるんだよw」

 などなど。冷静なツッコミが入りつつも、バスの中は大盛り上がりだった。

 こういった生徒たちによるレクレーションが続いて、バスはあっという間にキャンプ場に着いたのだった。


 そのキャンプ場は行ってみるとわかるのだが、キャンプ場というのは名ばかりで、実際は都市公園のような整備された施設しせつだった。

 到着とうちゃくしたのは私たちのクラスが最後だったようで、すでに他の生徒たちでにぎわっていた。さらに、テレビ局の取材班も到着していて、カメラマンや音声さんが生徒たちの様子を撮影さつえいし始めているところだった。

「お、委員長、今到着?」

 私を見つけた明智光成あけちみつなりが声をかけてきた。

「おう、今着いたとこだよ。すげえw、もう撮影始まってんの?」

「後で編集するんだろうけど、いろんな場面をっておくんだって」

 カメラマンの周りにはピースをしたり、モフモフ探偵たんていの真似をしたりする子どもたちが、入れわり立ち替わり集まっていた。ちなみにモフモフ探偵とは、子どもたちに人気のマッチョなモフモフが主人公のテレビアニメで、そのモフモフな主人公が事件の推理をする時に、ボディービルのポーズを次々にキメながら推理を発展させるシーンが見どころになっているため、子どもたちがその真似をするのだ。

「なあ、あのカメラマン見てみろよ」

 光成がそういうのでカメラマンを見てみると、そのポーズや動きはなかなか目を引くものだった。

「なんだあれ? くっそウケんだがw」

 そのカメラマンは背筋を反らしてしりをクイっと後ろにき出し、相撲すもうの力士のようにあしを開いたポーズをしていたのである。それがカニ歩きのような歩き方で動くのだからよりいっそう気持ちが悪い。

「あれは、たぶん光合成人間だ」

「マジで?」

「ああ。しかもな、おそらくはATP能力持ちだ」

「ウソだろw? 単にキモいヤツにしか見えねえんだがw」

「いいか、カメラをよく見てみろ。あれだけ動いても一切カメラがれていないんだ」

 そのカメラマンは、何人もいる子どもたちを撮影さつえいするためにちょこまかと動いて、いろんな向きにカメラを向けている。

「確かにそういわれて見ると、カメラがどんな向きになっても水平を保っているように見えんな」

「いや、水平っていうだけじゃない。いわゆる手ブレっていうヤツは細かい振動しんどうでも起きちまうだろう? お前にはわかりにくいかもしれないが、あれだけ動いているのにカメラは振動すらしてないんだ」

 光成は「見る」能力が異様に高い。私が見てもそこまではわからないのだが、光成にはカメラが振動していないところまで見えているのである。

「手ブレ補正ってやつ?」

「そうだ。だがヤツの場合はデジタル処理じゃなくて、物理的にヤツ自身が補正してるんだけどな」

「ATP能力っつうからおどろいたが、手ブレ補正かよw。役に立たない能力でウケるw」

「いや、役に立たってるだろ。仕事に活かしてるんだから」

「確かにw」

 私と光成がこんな話をしていると、主月しゅげつ先生がテレビ局の人を連れてきた。

円座えんざくん、ちょっといい?」

「あ、そろそろ開村式ですか?」

「いや、テレビ局の方がキャンプ委員長にインタビューしたいんですって」

 主月先生がこういうと、テレビ局の人がハイテンションにしゃべり出した。

「そうなんです! おいそがしいところにすみません! 私は番組のディレクターをやってやってる者です!」

「い、インタビューっすか?」

「そうなんです! 先生にお話うかがってましたら、生徒さんがキャンプの委員長をされてるって話じゃありませんか! ぜひお話をうかがってみたいと、そう思ってる次第なんです! そんなにお時間取りません! 一言二言でもかまいませんから!」

「ええっと、先生、いいんですか?」

 主月しゅげつ先生は明らかにテンパっていた。実は主月先生はキャンプの主担当だったのである。開村式を前にして取材対応どころではなかったのだ。

「え、ええ……。開村式がそろそろだから手短にしてね」

「マジっすか!」

 私は正直いってビビった。テレビのインタビューなんて受けたことなど一度もない。もうちょっと事前に聞いていればよかったものを、心の準備というものがあるだろう! 何をいえばいいというのだ!

「オッケー! カメラさん! マイクさん! ちょっとこっち来て! 委員長さんのインタビュー始めちゃうよ!」

 するとあのカメラマンが例のキモい動きでこっちに向かって来るではないか! それに続いてマイクさんも小走りで後を追ってる。このマイクさんもなかなかキャラがい。グセのついたおそろしくボーっとした男だった。

 カメラマンとマイクさんが移動し始めたので、生徒たちもそれに反応した。

「インタビューだってよ!」

だれ? 誰?」

円座えんざじゃねえかよw! ウケるw」

「そうだ、あいつがキャンプの委員長だったw」

「どんなアホなこというんだよw」

「期待マシマシでお願いしますw」

 ディレクターは、カメラマンとマイクさんを呼ぶとさっそく続けた。

「委員長! ご協力ありがとうございます! あ、先生も引き続きよろしくお願いします! それではさっそく始めさせていただきますよ! よろしいですか? オッケー! キュー!」

 ディレクターはこのテンションで合図を出したくせに、いざインタビューになると急に声のトーンを変えてきた。

突然とつぜんのインタビューでおそれ入ります。今日がキャンプ初日ということですが、まず、このキャンプが生徒たちにとってどういったイベントなのか、お聞かせいただけますでしょうか」

「あ、はい」

 カメラの後ろにアホな同級生たちが集まっている。カメラを向けられるということはこんなにも緊張きんちょうするものなのか。私は固まった笑顔をかべて答え始めた。

「えーと、このキャンプはぼくたちにとって、とても楽しみなイベントの一つです。いつもの授業は正直いって勉強ばかりであまり面白くないのですが、ワク村は友だちとまるのでとても楽しいです」

 ちなみに「ワク村」というのは「ワクワク自然学習村」の略称りゃくしょうで、私たちの小学校で行われる自然体験学習のプログラムのことであり、その一つとして今回のサマーキャンプがあるのである。

「なるほど。宿泊しゅくはくが楽しいわけですね? 具体的には泊まって何をするのが楽しいですか?」

 かしこまった聞かれ方をすると緊張きんちょうする。さっきのハイテンションは何だったのか。急に声のトーンを変えないでほしい。真面目くさったもののいいようなので、余計に緊張するではないか。

「えーと、そうですね、夜ふかしするのが楽しいです」

 これを聞いて主月しゅげつ先生はあきれたように首を左右にった。

「夜ふかし? ほほう。夜遅よるおそくまで何をしたいのですか?」

 カメラマンの後ろで生徒たちがモフモフ探偵たんていの真似をやって私を笑わせようとしている。それはいい。はっきりいってそれほど面白くもないのだから。だが、問題はこのカメラマンなのだ。インタビューなのだからじっとしていればいいものを、なぜこのようにちょこまかと動くのだろう。あのあしを開いてしりをクイッと後ろにき出したポーズで、面白すぎて仕方がない。こっちは緊張して答えているというのに、笑ってしまうではないか。私はなんとか笑いをこらえて答えた。

「ええっと、先生の前ではいいにくいんですが、カードゲームや雑談なんかをやりたいです」

「ほほう。夜遅よるおそくまでカードゲームや雑談を。雑談というのは具体的にはどんな話ですか?」

「いや、別にぼくたち男子はくだらない話ですが、女子たちはこいバナをしたいといってました」

 カメラマンの後ろで女子たちがきゃあきゃあとさわぎ出す。これを主月しゅげつ先生が人差し指を口に当てて静止していた。

「なるほど、女子たちは恋バナ。恋バナって男子の話ですよね。同級生ですかね? 委員長である君の話なんかもされると思いますか?」

 な、なんだって? このディレクターはなんということを聞いてくるのだ! 当時の私はまだ小学五年生だぞ!

「いやいや、僕なんかはぜんぜんモテないので、僕以外の男子だと思います」

 私がこんなずかしいことを答えさせられていると、カメラマンの動きが激しさを増していった。こしを落してあしを開いたまま、大きくうずを巻くようにカメラを動かし始めたのである。これを見ていたディレクターもシンクロしてテンポを取るように首を動かし始めた。なんだコイツら? ノッてきてんのか? きゃあきゃあしていた女子たちもこれにはツボってしまい、主月しゅげつ先生も思わず失笑するほどだった。私もなんとか笑うのをこらえるしかない。

「はは~ん。本当でしょうか。それは楽しそうですね」

 このディレクターは何か誤解している。私がニヤついているのは恋バナのことではない。お前らが可笑しいのだ! ちょっといくらなんでもこのカメラマンは、面白い動きをし過ぎではないだろうか。続けざまにヤツはカメラで何かをすくい上げるような形でウェーブをえがき始め、それでいてこしをクイッ、クイッっとひねってしりき出すのだ! それがどんなに動いても、光成のいう通り、カメラは一切ブレずに私をとらえているのである。ますます動きが大きくなりつつも、ゆっくりと横に移動をし始め、ついには私を中心にしてぐるりと周り始めたのだった。ヤツが視界から外れていったため、笑いをこらえていた私は一息つくことができた。

「さて、それでは最後に、これから始まるキャンプの意気込いきごみをお聞かせください」

 ノリにノったディレクターがテンポを取るようにアゴをクイッ、クイッっと出しながら最後の質問に入った。

「い、意気込みですか? えっと、これから始まるキャンプはぜったいに楽しいものにしたいです……」

 一息つけたのもつかの間、このカメラマンがグルっと周って私の前方にもどって来た時には、まるでドジョウすくいのようなキレのある腰つきで走り出していたのだ!

「プッw」

 これには思わずき出してしまった。

「あw、えっと、すみませんw。キャンプ委員としてレクレーションの準備もしてきましたのでw……」

 マジでもう限界だった! 私の正面に立ったヤツは、高い位置からりたかったのか、まるで魚が飛びねるようにビクン! ビクン! と体をふるわせながらジャンプをしたのだ! しかも、おどろくほど高く、滞空時間たいくうじかんの長い跳躍ちょうやくだった! これは取材としてやり過ぎではないのか?

「ププッw」

 着地は見事だった! しかもそれだけではない! カメラの水平を保ちつつ、あのあしを開いてしりをクイッとき出した姿勢で着地の衝撃しょうげきを吸収し、一切の手ブレを補正したのだ!

 そして、ヤツは一旦いったんそのまま二三歩後ろに下がった。

 私が必死に笑いをこらえているというのに、ヤツは攻撃こうげきの手をゆるめることなく、今度は姿勢を低くしたかと思うと、そのまま私の方に突進して来るではないか! カメラが一切ブレず、まっすぐと私をとらえたままズンズンと近づいて来る!

「ええっとw、みんなとですね……、協力して最高の思い出を作れたらと、ププw、思いますw」

 私が最後にこうめくくった時には、目と鼻の先にカメラがあった!

「オッケー! カット!」

 ディレクターは右手をき出し、にぎこぶしをつくってうつむいていたかと思うと、パッと顔を上げてこういった。

「最高だよ! めちゃくちゃいい絵面えづられちまったじゃねえか! どんだけだよ! 高さに変化つけながら委員長のまわりを周ってさ、さらに高さが欲しいからってジャンプまですんのなかなかできねえぜ! 着地もバシッと決めやがってよ! その後、二三歩下がってめ作るあたり、緩急かんきゅうが自由自在で絶妙過ぜつみょうすぎじゃね? そのままズームアップでシメやがって、お前、天才かよ!」

 は? 天才ってマジか? カメラマンもカメラマンだが、このディレクターもどうかしている。こんなもの、私にとっては黒歴史のネタにしかならないじゃないか!


 後日談になるが、この取材が放映された時には私もテレビで見ていて、あれだけディレクターがエキサイトしていたにもかかわらず、私のインタビューはまるっとカットされていたのだった。カットされたのは何も私だけではない。ピースサインやモフモフ探偵たんていのポーズをしていた生徒たちも全部映っていなかったし、この後に行われる開村式での村長挨拶そんちょうあいさつもカットされていたのだ。

 これも後から聞いた話なのだが、最終的には校長先生の検閲けんえつが入っていたそうで、この小学校として好ましくない様子はすべてカットされたのだとか。私としては公共の電波で黒歴史が放映されることがなく、本当はホッとすべきだったところを、なぜだか心の底からがっかりしたのを覚えている。後から考えて見れば、あのカメラマンとディレクターは確かにいい絵面えづらっていたはずなのだ。


 さて、いよいよキャンプの開村式が始まりをむかえていた。この様子はもちろんあのカメラマンが撮影さつえいしていて、引き続き生徒たちの失笑をさそっている。

 ワク村では形式的ではあるが村長というものを立てていて、五年生が行うサマーキャンプの村長は、教頭先生が務めることになっていた。この日の教頭先生の服装はいつもとはちがっており、それを見た女子たちが何やらザワつき始めた。

「ねえ、ねえ。教頭先生のかっこう何あれ? ヤバくない?」

「ヤバい、ヤバいw」

「エグぅ。ちょうガチなんだけどw。ウケるw」

 超ガチとはいかなるものか。その日の教頭先生の服装は、なんというかいい方かもしれないが、確かにガチな格好だった。上下迷彩柄めいさいがらのコーデに、ポケットがたくさんついたベストを合わせ、頭にはベレーぼうをのせていたのである。何やら歩き方まで堂々としていて、まるで特殊部隊とくしゅぶたいの隊長のようなのだ。

「諸君!」

 教頭先生の顔は笑顔だったものの、いつもとちがって威厳いげんを持たせた言い方をした。

「これからワクワク自然学習村の開村式を始める! 村長はこの私、教頭先生が務める! ワク村の間、私は教頭先生ではなく村長だ! いいかね? わかったか!」

 子どもたちはザワついた。

「何キャラだよw」

「くっそウケるw」

 主月しゅげつ先生や他の先生たちが人差し指を口に当てて注意をしていたが、教頭先生の方では子どもたちにウケているのがうれしそうだった。実は、教頭先生はサマーキャンプの村長を務める時には毎回この格好をしていて恒例行事こうれいぎょうじとなっていたのである。


 さて、キャンプに限った話ではないのだが、教頭先生の話はあきれるほど長い。

 数日前のことである。主月しゅげつ先生がキャンプ当日のスケジュール調整をするために、教頭先生に相談しに行った時のことだった。当日の行事が盛り沢山だくさんであることから、主月先生は村長挨拶そんちょうあいさつの時間を五分にしたいと考えていたのである。しかし、主月先生が説明したにもかかわらず、話を聞いていなかったのか、はたまた空気を読まなかったからなのか、教頭先生はなんと三十分もの時間を逆に要求してきたのだ。なんでも教頭先生は、これまでのキャンプでは時間優先で満足の行く説明ができなかったのだという。しかし、よく考えてほしい。そもそも子どもたちが三十分もの長話にえられるだろうか。耐えられるわけがない。他にも時間をけずらなければならない予定がたくさんあるというのに、挨拶だけで三十分だ? 主月先生はいきどおりすら覚えた。しかし、教頭先生は、サマーキャンプが単に宿泊して遊ぶためだけのものではなく、自然学習としての目的や意義を説明する必要があるし、自然環境しぜんかんきょうへのマナーや安全面について最低限の行動規範こうどうきはんを示しておくことも必要であると主張した。確かに教頭先生のいうことももっともなことなので、主月先生は一定の譲歩じょうほを見せ、五分多い十分を提案した。しかし、それにもかかわらず教頭先生は、十分はいくらなんでも短すぎるとして、一定の譲歩は見せつつも二十分を要求したのである。だが、どうであろう。普通ふつうに考えて、子どもたちが二十分も教頭先生の話を聞いていられるだろうか。主月先生にはやはり長く感じられ十分を主張したが、教頭先生も二十分をかたくなにゆずらなかったので、この日の議論は平行線のまま終わったのだった。

 後日、これを聞いた飯ごう炊飯すいはん担当や寝具しんぐ担当、朝のラジオ体操担当など、五年生の他の先生たちが激怒げきどして教頭先生にめ寄り、やっとのことしぶしぶ十分を受け入れさせることができたのだった。

 しかし、油断はできない。あの教頭先生のことだ。開村式本番になってしれっと長話をするおそれがある。主月しゅげつ先生並びに他の先生たちは、この村長挨拶そんちょうあいさつで教頭先生が長話を始めないか、神経をとがらせながら聞いていたのだったのだ。


「君たちは今日から厳しい大自然の中で生活しなければならない! 自然の中では安全な都会とちがって、一歩間違いっぽまちがえれば大怪我おおけがでは済まないほどの危険と隣合となりあわせであることを心得ておく必要がある!」

 教頭先生は左右に行ったり来たりしながら話を続けた。これにあわせてカメラマンもあのキモい動きでついていたのだが、教頭先生の方では意にかいしていないようだった。

「それにはまず、我が国の自然環境しぜんかんきょうがどういったものなのか知っておく必要がある!」

 主月先生は長くなる話をし始めたことに気づいて、するどい眼差しを教頭先生に向けた。主月しゅげつ先生だけではない。他の先生たち全員が非難の眼差しを向けた。教頭先生はこれに気づいて、いいかけた話をやめた。


 教頭先生は本当のところ、日本には四季があって、今回のサマーキャンプの目的となる夏の森林について話すことから始めたかったのである。それにはまず、日本が地球のどういった位置に存在しているのかというところから説明する必要があった。

 日本の四季を説明するには、緯度いどの関係、気温や降水量、季節風という、季節によって風向きが変わる風について話す必要があった。本当は陸地と海流の関係についても言及げんきゅうしたかったのだが。

 季節風の話をするには、ユーラシア大陸と太平洋の一年を通した温度と気圧の変化を説明する必要があった。冬では大陸の地表が冷やされ、海に対して気圧が高くなると、いわゆる西高東低の冬型の気圧配置になって、北西からの冷たい空気が雪を降らせる。反対に、夏では大陸の地表が温められて海よりも気圧が低くなると、南からの暖かく湿しめった空気が日本に流れんで大量の雨を降らせるのだ。

 この降水量のおかげで日本は砂漠化さばくかすることがない。日本の国土というものは、人が何もせず自然のままに放って置けば、やがて最終的には森になっていく地域なのだ。ここで強調しておきたいのは、針葉樹の森ではなく落葉広葉樹の森になるということだ。落葉広葉樹はドングリを大量につくり、冬には葉を落とす。下草も生え、実に生物多様性の高い森になるのであった。

 子どもたちにもわかる身近な話として、花粉症かふんしょうの話はしておきたかった。現在、日本国民をなやませているスギやヒノキの花粉であるが、本来これらの針葉樹は北海道や一部の標高の高い地域に分布する植物だった。しかし、現在では標高の低い山林でもこれらの針葉樹が見られるのは、人間が植えたからなのである。つまり、これら花粉症の原因となっているスギやヒノキの林は人工的な林なのだ。日本の本来の姿でいえば、古来より続く原風景というものは、落葉広葉樹の森なのである。

 本当は、こういった日本の風土を理解した上で、山林という環境かんきょうや植生分布、我が国の夏という季節の特性を教えて、子どもたちが今日から体験学習するサマーキャンプの意義を伝えたかった。

 さらにいうと、季節の話をするという意味では、鳥類の繁殖分布はんしょくぶんぷ越冬分布えっとうぶんぷの話もしたかった。しかし、教頭先生は他の先生たちからの痛すぎる視線につらぬかれ、断腸の思いでこれらの話をすべて省略したのだ!


「君たちが山林に入る上で、安全とマナーについてぜひ知っておいて欲しいことがある! まず森に入る時は必ず長袖ながそで長ズボンだ! 今の諸君たちの格好ではまたたく間に虫にまれ、草や枝に素肌すはだを切りかれてしまうだろう! 暑くても長袖長ズボンは森に入る時の鉄則だ! いいな! わかったか!」

「先生、本当なんですか?」

 近くの生徒にそう聞かれた主月しゅげつ先生は、肯定こうていとも否定ともとれないうなずき方をした。

 カメラマンは教頭先生のノリと合わないのか、私の時のようなダイナミックな動きをせず、ひかえめに撮影さつえいを続けていたが、生徒たちがザワついたタイミングを見計らって、下から見上げるアングルを試し始めた。しかし、教頭先生は一切意にかいさず、何の反応も示さない。ひょっとすると、このカメラマンはいいリアクションを求めているのかもしれなかった。何かを探っているようではあるものの、うまくいかないようでもあったのだ。

「それから、キャンプのしおりにも書いておいたからいないだろうが、サンダルしか持ってきてない者なんていないだろうな! 山の道が舗装ほそうされた道路と同じだと思ったら大間違おおまちがいだぞ! 最も危険なのは滑落かつらく、すなわち足をすべらせたりつまずいたりして転げ落ちることだ! 学校の校庭で滑ったり転んだりすることと同じだと考えてはいけない! 山の急斜面きゅうしゃめんで滑落した場合、何十メートルも転げ落ちて骨折し、身動きができなくなってしまうこともあるのだ! 場合によっては救助が間に合わず、そのまま息絶えてしまうこともある! 山の中では、毎年実に多く人が滑落で遭難そうなんしている事実を心得ておくように!」

「マジで?」

「エグ!」

 さらに生徒たちがザワついたので、主月しゅげつ先生たちが人差し指を口に当てて注意する。

「それからぜったいに一人では行動しないように! さっきもいったが、一人でいる時に怪我けがをしたら、だれも助けに行けないからな! グループ行動が鉄則だぞ! わかったな!」

 時間がし始めたため、主月先生は教頭先生に見えるようにわざと腕時計うでどけいを確認して見せた。主月先生だけではない。ほかの先生たちも、全員が教頭先生の目を凝視ぎょうししながら腕時計を確認し始めたのだ。さすがに教頭先生もこれだけ非難の目を向けられては話を終わりにするしかない。なんだか少し、教頭先生が気の毒でもあった。

「それから最後にマナーについての注意だ! 自然の中にあるものを破壊はかいしたり持ち去ったりしてはいけないぞ! 自然は人間のものではないのだ! よくあるのは邪魔じゃまだからといって枝を折ったり、きれいだからといって草花をみ取ったりすることだ! いいな! 絶対だぞ!」

「教頭先生、質問です」

「教頭先生ではない! 村長だ!」

「あ、すみません。村長。質問していいですか」

「なんだ! なんでも聞いていいぞ!」

 教頭先生は生徒から質問が入ってうれしそうだった。間髪入かんぱついれずカメラマンはこしをひねってカメラワークに変化をつけたが、生徒たちの失笑をさそうだけで、教頭先生はまったく目もくれもしない。

「たとえばなんですが、カブトムシなんかもとっちゃダメですか?」

「いい質問だ」

 は? これはいい質問か? 何もいい質問には聞こえなかったが、ともかく教頭先生は気に入ったようだった。

「君ら子どもたちの大好きなカブトムシ! それをつかまえたいという気持ちはわかる! しかしな!」

 ここまでいうと急に声のトーンを変え、やわらかい、優しげな声でこう続けた。

「捕まえた後は放してやるんだぞ? いいね?」

 子どもたちがザワつき始めた。

「何キャラw?」

「ヤバい、ヤバいw。鳥肌とりはだ立ったw」

「くっそキメえw」

 主月しゅげつ先生たちもあっけに取られて注意するのを忘れていたが、途中とちゅうからハッとして、人差し指を口に当てて注意を始めた。

「村長先生、質問いいですか」

「村長先生? んん? 先生はいらん! 村長だけでいいぞ!」

「あ、すみません。村長、質問してもいいですか」

「いいぞ! なんでも聞きなさい!」

「えっと、小川くんはサンダルで来てますがいいんでしょうか」

「今はまだサンダルでも構わんが、まさかシューズを忘れてないだろうな?」

「あ、すみません。忘れてました」

「なんだって? だからしおりに書いてあっただろう! 主月しゅげつ先生! 予備のシューズの用意は?」

「ええっと、予備ですか? シューズは……、予備ないですよね?」

 急にられた主月先生は戸惑とまどって、他の先生に助けぶねを求めた。

「予備なんて用意してるわけないじゃないですか……。だって、シューズですよ?」

「でも、まあ、実際子どもたちが行動する場所は、キャンプ場の舗装された道しか通らないですし……。毎年サンダルの子いますよね……」

 これを聞いた教頭先生はがっくりと頭を垂れた。

「ぐぬぬ……、だからこんな場所でやるのはキャンプとはいえんといってるのだ! 安全優先とはいえ、なんと情けないことか! 仕方ない! 許すのは今回だけだぞ! 本当は山の中にサンダルなんかで入っちゃダメなんだからな!」

 この後、長袖ながそで長ズボンについても質問が入ったが、このキャンプ場が都市公園のように整備された場所であることから、熱中症ねっちゅうしょうを優先するとして、半袖はんそで半ズボンでもいいことになった。また、滑落かつらくについても、すべて舗装ほそうされた道であり、段差があるところには手すりも設置してあるので、転んで怪我けがしないようにという程度の話になった。教頭先生の面目丸つぶれである。

 このような次第で開村式は無事に終わり、教頭先生は断腸の思いで本来したかった説明をしなかったにもかかわらず、結局は話がび、五分オーバーの十五分を費やして、主月しゅげつ先生や他の先生たちの神経を逆なでて終わったのだった。


 ちょうど村長挨拶そんちょうあいさつが終わったところで、おくれていた校長先生が、稲荷静香いなりしずかを連れてキャンプ場に到着した。稲荷は他の生徒とちがって、バスではなく校長先生の車で来たのである。この特別扱とくべつあつかいされた様子は全生徒が見ていた。

 校長先生は本来このキャンプ場には来ない予定だったが、テレビ局の取材が入るということで、急遽きゅうきょ予定を変更へんこうし、このキャンプ場に来ることになったのである。

 到着とうちゃくを受けて、主月先生が校長先生とテレビ局のディレクターをつなぐと、ディレクターは例のハイテンションで挨拶あいさつをした。

「お世話になっております! 校長先生! おいそがしいところに予定の変更へんこうまでいただいて誠にありがとうございます!」

「あら、おはようございます。いいんですのよ、しっかりと我が校をご紹介しょうかいいただけるのですから」

「もちろんです! しっかりと取材させていただきますよ! もう生徒さんやキャンプ委員長さんからも取材させていただいて、すでに素晴らしいものがたくさんれています! 皆様みなさまのご協力ありがとうございます!」

「おほほほ。そうでしたの。もう取材は始まっていらしたのね。おくれてごめんなさい。私もいろいろと予定が立てこんでいるものですから」

 テレビの取材ということで上機嫌じょうきげんそうである。この時点で校長先生は、私がキャンプ委員長を務めていることまでは知っておらず、ましてやインタビューを受けたのが私であることなど知るよしもなかった。

「いえいえ、こちらこそお時間頂戴ちょうだいしてありがとうございます! お忙しいところ恐縮きょうしゅくですので、早速インタビューの方を始めさせていただいてよろしいですか?」

「あら、こちらこそ急かしたみたいでごめんなさいね」

「いえいえ、とんでもありません! ありがとうございます! オッケー! カメラさん! マイクさん! 校長先生のインタビュー始めちゃうよ!」

 ディレクターのこのノリに校長先生はまゆをひそめた。さらに、あのキモい動きで接近してくるカメラマンとマイクさんを見て、怪訝けげんな眼差しをその二人にも向けたのだった。

「それでは始めさせていただきます! オッケー! キュー!」

 ディレクターの合図で校長先生のインタビューが始まった。

「本日はおいそがしい中、貴重なお時間をいただきまして誠にありがとうございます。本日は自然体験学習のサマーキャンプ初日ということでございまして、貴校では年間四回もの自然体験学習を実施じっしされていらっしゃるとお聞きしておりますが、まずはその目的と趣旨しゅしからおうかがいできますでしょうか」

「そうですね。それにつきましては、まず我が校がほこる教育方針からお話しさせていただきましょうか」

 インタビューが始まると、校長先生はあの微笑ほほえみをたたえて答え始めた。

「我が校では国内外で活躍かつやくする人材の育成を目的としてかかげております。そのため様々な教育プログラムを行っておりますが、国際的な人間というところで申しますと、まず自分の国について説明できる人材を育てなければならないと我々は考えております。その教育プログラムの一つとして、日本の津々浦々つつうらうら、四季折々の自然環境しぜんかんきょうを体験学習するために、このワクワク自然学習村という、全学年で年四回のプログラムを実施じっししているのです」

「ほほう。確かに国際交流には様々な国の方が参加しますからね。自国について説明できてこそ国際人というのは、まったくその通りでございます」

「おほほほ。そうでございましょう? でもまあ、我が国の理解を深めるという意味では義務教育の学習要領にも盛りまれてはいるのですけれどもね。ただ、そうはいっても所詮しょせんは教科書を見てテストを受けるだけの授業なのですね? 結局は受験に出る出ないだけの知識であって、生きた知識ではないのです。そこで我々は生徒たちの血と肉に知識を授けるために、体験型の学習を行うことが最良だと考えているのです」

 カメラマンが教頭先生の時とちがってノリがいいのか、私の時のようなあのキモい動きでカメラワークにメリハリをつけ始めた。すると、校長先生の顔からすぅっと微笑ほほえみが消え、露骨ろこつ怪訝けげんな顔になったのである。

「なるほどです。それでこのサマーキャンプがあるわけですね」

 ディレクターが相づちを打つと、校長先生はすぐにあの微笑みを取りもどして続けた。

「その通りですのよ。おほほほ。ただ、それだけではないのです。我が国には春夏秋冬の四つの季節がございますでしょう? サマーキャンプだけでは四季を網羅もうらしているとはいえないのです。ですから我が校ではすべての季節で一回ずつ、年に四回ですね? このワクワク自然学習村を実施しているのです。全学年でですよ? しかも、学年によって行く場所やプログラムの内容も異なっています。一人の生徒でいえば、一年生から六年生になるまでの間に、合計で二十四回もの四季折々の様々な場所で我が国の自然を体験することができるのです」

「ちょっとまってください? ということはですよ、学校としては毎年二十四回もやっているという話にもなりますよね? そんなにやっているのですか?」

「おほほほ、その通りでございます。その分教員に負担がかかるのですが、もちろん、その分の手当も十分に支給しておりますのよ」

 校長先生は、先ほどから気になっているカメラマンにするどい眼光を向けた。カメラマンがまるでハトやニワトリのようにカメラを前後に動かしながら、歩いたり止まったりをり返していたのだ。マズい。校長先生は明らかにあの動きへ不快感を示している。しかし、カメラマンにやめる様子はない。

「いや、おどろきました。ちなみに実施場所じっしばしょはすべてこのキャンプ場なのですか?」

「いえいえ、こういった提携施設ていけいしせつはぜんぶで六ヶ所ございまして、全学年でそれぞれちがう場所に行くようにしております。我が校の経営母体となる法人からは、これらの施設への助成も行っておりまして、ご覧の通り、歩道やさく、照明などの整備に当ててもらっていますのよ……」

 ここで、カメラマンが一旦いったんハトやニワトリのような千鳥足をやめ、地面すれすれまで姿勢を低くした。これを横目で見ていた校長先生のほおが引きつり始める。マズいぞ……。そろそろ限界か?

「ふう……」

 校長先生はため息をついて見せた。

「この施設しせつも学校ではキャンプ場と申しておりますが、一般利用いっぱんりようの場合はグランピングを目的とした施設でございます。こういったきちんと整備された場所で実施することによってですね、保護者の皆様みなさまに安全・安心な自然学習をご提供できるわけでございます……」

 校長先生がここまでいいかけたところで、カメラマンは低い位置からそのままカメラを持ち上げつつ、あろうことか私の時のように校長先生の顔にカメラを寄せ始めたのだ!

「ちょっと! あなた!」

 校長先生は邪険じゃけんにカメラを手ではらってみせた。

「そんなに近づかないで! 一旦止めてくださる? なんなのですかあなたは! カメラがこんなに動く必要なんてありますか! これはインタビューなのですよね? あなたはそこでじっと撮影さつえいしていなさい!」

「あ、すみません! コイツはコイツなりにいい絵面えづらりたくて……」

 校長先生はディレクターの弁解をさえぎった。

「エヅラ? なんですのそのいい方は! ふざけるのも大概たいがいにしなさい! これは校長である私への取材なんでしょう? 生徒たちの前ではじをかかせないでちょうだい! カメラがこんな近くまで寄ってくる必要なんてありません!」

「は、申し訳ありませんでした! オッケー! カメラさん! 引き気味でお願い!」

「ちょっと、あなた! 我が校の生徒の前で、そんな下品な言葉使いはやめていただけません? 生徒たちがあなたの影響えいきょうを受けたらどうするおつもりですか!」

「申し訳ありませんでした! 大変申し訳ありません! 承知いたしました! 大変失礼いたしました!」

「わかっていただければそれでいいのよ。では続けてください? あら、どこまで話したかしら?」

「あ、ええっと、グランピングの施設しせつでやっていらっしゃるという話をいただいたところでした」

「ああ、そうでしたね」

 校長先生は再びあのこおりつくようなおそろしい微笑ほほえみをかべて話し始めた。

「これは義務教育には真似のできないことでございますのよ。ただ、私は義務教育を否定しているわけではありません。義務教育ができた歴史的な背景を考えれば、むしろ素晴らしいものだとすら考えているのです。しかしですよ? 保護者の立場に立って考えてみればですね、我が子に対してみなと同じ、画一的で形式的な教育を授けたいと思いになるでしょうか? まあ、経済的な理由もあるでしょうが、経済的に不自由のないご家庭では、自分の子に対してはお金がかかったとしても、より良い教育を授けたいとお思いになるのが親心というものではないでしょうか。我が子に対する教育に値段なんてありません。お金にえられない教育、これこそが教育意識の高い保護者の皆様に、我が校が選ばれる理由なのです……」

 この後、校長先生の自慢じまんが長々と続いた。

 ディレクターのハイテンションは完璧かんぺき封印ふういんされ、あのカメラマンにいたっては、まったく身動きができず、棒立ちで撮影していて、なんだか可愛そうだった。

 終わってみれば、あれだけ長いといわれていた教頭先生の村長挨拶そんちょうあいさつをはるかにオーバーした時間を要していたのである。とはいえ、校長先生へのインタビューは開村式やキャンプの進行とは別に行われていたので、時間制限はもともとなかったのだが。


 さて、校長先生はインタビューが終わればさっさと帰っていく。これを知って生徒たちはホッと胸をなでおろしたのだった。楽しみにしていたキャンプにあんな人がいたのではたまったものではない。

 さあ、いよいよみんなが楽しみにしていたキャンプの始まりだ。この時点で、キャンプ場にネバーウェアが現れて、あのような事件が起きようなどとだれに想像ができたであろう。さらに、あの明智光成あけちみつなりがまさか負けてしまうことになろうなどとは、誰にも想像できないことであった。(続く)

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