第十七話 ネバーウェアへの道

 母の実家が崩壊ほうかいするのを目の当たりにした私たちは、悪い予感が的中して、思わず立ちつくしてしまった。それは地震じしんのように建物がれてくずれたのではなく、不自然に、上からしつぶされるようにこわれたのだった。しかも、隣接りんせつした家にいたってはなんの被害ひがいもないのである。どうやったらこのように家が壊れるのだろうか。これは自然災害などでは決してない。

「おい、マジかよ……」

「本当にオカンの実家が壊れちまった……」

「さっきの壊れ方見たか? 老朽化ろうきゅうかして崩れたっていうより、何かの力で一気に押しつぶされたって感じだったな。これはやっぱりATP能力なんじゃないのか? だとしたら、多分ネバーウェアはまだ近くにいるぞ。まれるのはゴメンだぜ?」

 そういって光成はとなりの家のへいに身を寄せて身をかくした。

「おいおい、なにかくれてんだよ」

「お前がここにいるのは何も不審ふしんな点がない。もしこの事件が校長先生の耳に入ってもだ。ここはお前の母の実家で、叔母おばさんからたのまれてここに来てんだからな。だがおれちがう。俺は校長先生からマークされているからな。ここでネバーウェアなんかが出てみろ。テイクオフなんてなおさらできやしない」

「いやいや、なにいってんの……」

 私がここまでいいかけると、瓦礫がれきの一部が動き出した。

「まずい!」

 光成はそういうとへいにピタッと背をつけて身をかくしてしまった。

「ATPリンクでの通話に切りえるぞ」

 光成がそんなことをいい出すうちに、瓦礫がガラガラと動き出して、その下から男が立ち上がって姿をあらわすではないか! しかも、私たちがおそれていたように、なんと、その男は全裸ぜんらだったのだ!

「マジでネバーウェアじゃねえか!」

 その男は私に気がつくと、あからさまにおどろいた様子をみせ、そして、それを取りつくろうようにトボケた様子で私に声をかけてきたのである。

「や、やあ! ビックリしたよ、家が突然とつぜんこわれるんだからね。君、いつからそこにいたんだい?」

 青柱せいちゅう正磨せいまは思った。「くそっ、なんでこんなタイミングで人がいんだよ! ヤベえ! 最悪だ! だが相手がガキだったのは幸運か? テキトウにごまかすか、それともちょいとばかりビビらせて、口止めでもしてやろうか?」と。そして、さらにトボケた様子で続けるのだった。

「いやあ、驚いたよ。シャワーを浴びていたらね、急に家が壊れるんだから」

「シャ、シャワーを浴びてたって?」

 正直いって私はビビっていた。

「そうなんだよ。こんな真っ昼間から堂々とはだかになってるヤツなんているかい? いないだろう? 服を着たいから一緒いっしょに探してくれないか? 脱衣所だついじょいだからこの付近にあるはずなんだ」

 青柱せいちゅうはそういいながら、腹の中で「近づいてみろよ。近づいたところをおれのATP能力で地面にし付けてやる」と考えていた。

彩豪さいごう、近づくなよ。能力持ちの可能性大なんだからな」

 光成がATPリンクでいってきた。いわれるまでもない。家がこわされるのをさっき見たばかりだ。いったいどんな能力なのかわからなかったが、私は単独で能力持ちのネバーウェアとたたかったことなどないのだから、ビビらせないでほしい。正直いってすでにビビっているのだから。

「シャ、シャワーを浴びてたなんてウソだろ?」

「何をいってるんだい? シャワー以外で裸になんか、普通ふつうならないだろ? お兄さんは裸だから恥ずかしいんだよ。だから服を探すのを手伝ってくれないかな?」

 青柱は相手が近づくまでビビらせまいとして、ニコニコ笑顔を取りつくろい、らしくないしゃべり方をした。

「ウソだ! ここはお前の家なんかじゃない!」

「何をいってるんだ? 自分の家じゃなかったらこんな裸になんかならないだろう?」

「だからいってるんだ! お前は光合成人間だ! ネバーウェアだ! だからはだかなんだろう!」

 青柱せいちゅうはカチンときた。この全裸ぜんらでいる状況じょうきょうを今すぐだっしたいというあせりがあった上に、ガキのくせに大人のいうことを聞かないところにもイラついたが、自分が光合成人間だといわれたこと、特にネバーウェアだといわれたことには心底カチンときた。そして、「ガキ相手だ。このままブチのめしてやろうか? これだけ晴れた日だ。一瞬いっしゅんで方をつけてやる」と考えたのだった。

「ははは、大人相手にずいぶんと失礼な物言いじゃないか。自宅でシャワーを浴びてた人に対してネバーウェアはないよね?」

「ここはお前の家なんかじゃないっていってんだろ!」

 私がビビっていたにもかかわらずここまで強気に出ていたのは、光成がなんだかんだいってテイクオフしてくれるだろうという打算があったからなのだ。

「ものわかりの悪いクソガキだな! 大人を愚弄ぐろうするのもいい加減にしろ! 痛い目にあいてえのかこのクソガキが! ただじゃすまねえぞ! 証拠しょうこがあっていってんだろうな!」

「マズい!」

 急に光成がATPリンクでそんなことをいい出したので、そちらの方をチラッと見ると、なんと、光成が曲がり角を曲がってかくれてしまうではないか!

「おい! なんでげんだよ! 最悪お前がテイクオフしてくれると思ってたからおれは強気の発言してたんだぞ!」

だれかが来る! 反対側を見てみろ!」

 そういわれて私が反対側をり返って見ると、服をぎながら走ってくる者がいた。シャツの中から見えてきたのは緑色のボディースーツ、光合成スーツを着たUOKうまるこwだった!


「サクラ! お前はここで待機していろ!」

「ですが、太門だもんさん! 青柱せいちゅうの能力はすでにわかっています! 能力持ちかどうか様子を見る必要はありません! 二人で行きましょう!」

「だがな、ヤツの能力は思っていたよりも強力だ! 初めは自分まで重くなってしまって使えない能力だと思っていたが、ヤツは自主的にトレーニングをしていて、体力だけでなく光合成パワーも相当にきたえている! それは並大抵なみたいていの光合成人間では敵わんほどだ! 今のヤツは他の光合成人間が立ち上がれないほどの重力でも自由に動き回ることができる! ヤツの能力、あの重力の前では私もそうだが、サクラ、お前も光合成ブレードが届く距離きょりまで接近することはできないぞ!」

「そ、そうなのですか?」

「ああ、だからまず私が一人で行く! 私は能力持ちではないから、ヤツの性格を考えればぜったいにナメてかかってくる! ヤツを油断させるから、サクラ、お前はそのすきをつけ!」

「わかりました……。十分にお気をつけください!」

大丈夫だいじょうぶだ! ヤツのためにもこれ以上の馬鹿ばかな真似はさせん!」

太門だもんさん……」


 サクラは知っていた。青柱せいちゅうの才能に太門がほれんでいることを。

 太門が青柱に限らず後進の育成に身をにしていることは、UOKうまるこwであればだれもが知っていることであった。とはいえ、そうだったとしても青柱に対してだけは傍目はためからしてもいささか熱心すぎるところがあったのである。太門は数え切れないほどの隊員を育成してきた。しかし、未だかつてこれほど心をおににして育成にあたったことがあっただろうか。まるで太門の人生をかけているかのようでもあったのだ。

 太門がほれ込んでいたのは青柱のATP能力ではない。めざましい成長をとげるその若々しく青くさい向上心にあった。若気のいたりとでもいうものか、青柱にはいささか精神のゆがんだ部分があって、そのコンプレックスにも似た向上心と自己鍛錬じこたんれん、急激な成長には目をみはるものがあった。太門はそれを評価したかったのだ。しかし、精神の歪みは人を悪い方へ進ませるおそれがある。だから、青柱が道を間違まちがわないように、厳しくきたえる必要があると太門は考えていたのだ。

 しかし、向上心ならばサクラにだってある。太門だもん青柱せいちゅうにあれほど厳しい訓練を課していたことを、サクラは内心うらやましく思っていた。

「青柱君。あなたは今、身をほろぼすほどのことをしでかしたのよ。なんてことをしてしまったの。普通ふつうだったらだれも助けてくれない。だけど、太門さんは決してあなたを見捨てたりはしないわ」


 まさかのUOKうまるこwの登場で、私は一気に強気になり始めた。

「自宅でシャワーを浴びてただって? ウソばっかいってんじゃねえよ! このネバーウェアが!」

 青柱はくちびるをわなわなとふるわせた。もはや我慢がまんの限界だった。

「てめえ、おれのことをネバーウェアっていったのかあ? 下手したてに出てればいい気になりやがってこのクソガキが! ナメたこといってんじゃねえぞ!」

「お前こそ何いってんだ! 自分の姿を見てみろよ! ぱだかじゃねえか! だからネバーウェアだっていってんだよ!」

「てめえ……、まだそれをいうのか! ネバーウェアだって? ああ? 俺のことをいってんのかあ? 俺のことをネバーウェアっていってんのか!」

「そうだよ! ネバーウェアだからネバーウェアっていってんだよ!」

「だまれ! だまれ! だまれ! てめえ何様のつもりでいってんだ! ネバーウェアっていうんじゃねえ!」

 次の瞬間しゅんかん青柱せいちゅうは私の目の前まで距離きょりめると、あのATP能力を発動させた!

「ぐぁっ!」

 すさまじいGだった! 私はたたきつけられたように地面にした!

「どうだ! おれの力を思い知ったか! 非力のクソガキが! 子どものくせして大人相手に生意気いってんじゃねえぞ!」


「そこまでだ! 青柱!」


「ああ? だれだ! 俺の名をよぶのは……って、ハッ! あ、あんたは!」

 青柱が声のする方を見ると、そこには仁王立ちをした太門だもんの姿があった!

「青柱! こんなことはやめろ! 今すぐその少年を開放するんだ!」

「だ、太門さん?」

 なんでこんなところに太門さんが? 太門に見られてしまった! よりによって一番見られたくない太門にだ!

「な、なんで? なんで太門さんがこんなところに?」

 青柱はパニックにおちいった! これは大変なことになってしまった! 俺の人生はおしまいだ! さっきまでこんなことになるだなんて想像もしていなかったのに、それが、こんなつまらないことで人生のおしまいをむかえるだなんて! 一巻の終わりだ!

 いやいやいや、ダメだ! あきらめるのはまだ早い! 冷静になるんだ! おれにはまだウソをつける余地が残っている! 最終的にはバレるウソかもしれないが、この場はなんとしてでもにげれなければ! さっきまでこのクソガキにいったウソをいい張るんだ! 今の俺にできることはそれしかない!

太門だもんさん、誤解しないでください! ここは俺の家なんです! 家でシャワーをびてただけなんです!」

「なんだって? そんなウソは調べればすぐにわかるぞ!」

「太門さん! ウソだなんて頭ごなしに決めつけないでください! いつもそうやってなんでもかんでも決めつけて人の話を聞こうとしない! 太門さんの悪いところですよ!」

「なに?」

 青柱せいちゅうは太門の弱いところをいた。太門は頑固者がんこもの堅物かたぶつで知られている。太門もそのことを承知していて、これをいわれると決まりが悪いのだ。

「ぬぬ……。だが、お前の家はこんなところにあったか?」

 さすがの太門も青柱の住所までは把握はあくしていなかった。

「いや、しかし、確か、お前は一人暮らしのはずだった!」

「実家っすよ! ここは俺の実家っすよ!」

「ウソだ!」

 ここまで聞いていた私は、地べたにし付けられたまま声を張り上げた!

「こいつの実家だなんてウソだ! ここはおれのオカンの実家なんだからな! オメェみてえなヤツは親戚しんせきにもいねえ! オメェはいったいだれだよ!」

「なに? 本当か? 青柱せいちゅう! この子はこういっているぞ!」

太門だもんさん! こんな知りもしねえ子どものいってることと、俺の話のどっちを聞くんですか! 信じてくださいよ!」

「まずは青柱! 今すぐその子を自由にしてやれ! いつまで地べたにはわせるつもりだ!」

「これは違うんです! 太門さん!」

 青柱がATP能力を解除すると、私は体を動かせるようになった! このタイミングであわててげ出す!


 その瞬間しゅんかんだった!


 サクラ隊員が飛び出してきて、青柱に光合成ブレードで切りかかった! 同時に太門も青柱に飛びかかる!

 すると突然、ズドンという音がしたかと思うと、サクラ隊員と太門が地面にたたきつけられた! 青柱がATP能力を発動させたのだ!

 私は逃げ出すことができたが、そのせいでUOKうまるこwの二人が地面に押し付けられてしまった!


彩豪さいごう! 大丈夫だいじょうぶか!」

おれは大丈夫だ! だが、う○こうまるこwの二人がさえつけられちまった! 光成! テイクオフしてくれ!」

「ああ、だがあれは一体なんだ? 何が起きてるんだ? ヤツのATP能力なのか?」

「たぶん重力だ! 重力を強める能力だ! アイツが能力を発動させるとすさまじいGで立ってられねえ!」

「なんだって? それじゃあ、俺がテイクオフしても、あの二人と同じになっちまうんじゃないか?」

 確かに光成のいう通りだった。テイクオフしたとて、近づくことができなければ成すすべもない。地面に押し付けられたUOKうまるこwの二人を見てみれば、そのことは明白だった。このまま指をくわえて見ているしかないのか?


 青柱せいちゅうは勝ちほこって高笑いを上げた。

「あぁっはははははははあ! おしかったなあ! よく考えたもんだよ! 子どもを開放しろとかいって、俺が重力を弱めたところをねらってくるなんてよお! なあ! 太門だもんさん!」

青柱せいちゅう! こんなことはやめろ! これ以上罪を犯すんじゃない!」

「無様だなあ! 太門だもんさんよう! サクラ! テメエもだ! おれをブチのめしてえだろうが、そんな地べたにはいつくばってんじゃできねえなあ! この貧弱者めが! 鍛錬たんれんが足りねえんだよ! 俺はこんな自由に動けんだぜ?」

 そういって、青柱は機敏きびん反復横跳はんぷくよことびをしてみせた。

「おら! おら! おら! 見てみろこの俺を! それに対してオメエらのなんと無力なことか! 俺は最強だ! 最強すぎる! あっはははははあああ!」

 太門は渾身こんしんの力をしぼって立ち上がろうとした。

「こんなこと……、やめろ……、青柱……」

「おお? 立ち上がれんのか?」

 しかし、青柱がズシンとさらに重力を強めると、あえなく太門は地面にしてしまった!

「弱いぜ太門さん! 弱すぎる! 俺はこんなに余裕よゆうで動けるというのに、君たちのなんたる貧弱なことか!」

 そういって、青柱は気取った歩き方をしながら太門に近づいた。そして、はいつくばって動けない太門を上から見下ろした。

「高いとこから失礼しますよ? 太門さん?」

「青柱君! はじを知りなさい!」

「ああ? サクラ! 今なんつった! テメエこそ今どんな格好してんのかわかってんのか! はいつくばった無様な姿のくせによ! いいながめじゃねえか! テメエこそ恥を知りやがれ!」

「なんというおそるべきパワーだ! この能力は想像以上だ!」

太門だもんさん! こいつはもはやモンスターです!」

「ほざいてろよ。さあてと。君たちは弱すぎるから、おれはこのまま悠々ゆうゆうげてしまうとするかな?」

青柱せいちゅう! 貴様、いつまでも逃げられると思うなよ!」

「うるせえな! 俺はこのまま逃げてやる! そもそも、こんなタイミングでやって来たテメエらが悪いんだよ! なんだってこんなタイミングで来やがったんだ! オメエらのせいで、俺の人生がメチャクチャになっちまったじゃねえか!」

「いいやちがう! 聞け、青柱! 私たちがここに来たのは、たまたまじゃない! お前はすでに監視対象かんしたいしょうだったのだ! 空き家がこわされる一連の事件の容疑者としてな!」

「なんだって?」

「警察やUOKwウアックウをナメるんじゃない! この場は逃げられたとしても、お前はいつか逮捕たいほされる! 社会は絶対にお前を制裁するだろう! だから自首してくれ! 罪をつぐなってくれ! そして、更生こうせいの意思を示してほしい! お前の才能が素晴らしいことは、私が一番承知している! お前に期待しているんだ! その力を社会のために使ってくるとな! 私はお前をぜったいに見捨てたりしない! だから、私と一緒いっしょに行こう!」

 青柱せいちゅうは初めて太門だもんから評価されているようなことをいわれて動揺どうようした。

「き、期待してるだって……?」

 一瞬いっしゅん、青柱は警察に自首することも頭によぎった。しかし、警察の厳しい取り調べや刑務所けいむしょに入ることなどを想像して、すぐさまその考えをはらった。

「いいや、そんなことをいって警察につかまったら、おれの人生はおしまいだ!」

「青柱君! 太門さんがあなたを絶対に見捨てないといったのはウソじゃない! あなたはまだ知らないの? 太門さんの優しさを! 鋼鉄のような優しさを!」

「うるせえ! うるせえ! うるせえ! 俺は絶対に警察なんかに捕まんねえ! そうやって俺をだます気だろ! だまして俺を逮捕たいほするつもりだろうが! そうなったら俺はおしまいだ! 俺は絶対にこの場からげてやる! テメエらのせいだ! テメエらのせいで俺の人生がメチャクチャになっちまったんじゃねえか!」


 青柱せいちゅうが逃げ出そうとしたその時、ちょうど私がATPリンクで光成に作戦を伝え終えたところだった。

たのんだぞ光成! 今、軌道きどうのシミュレーションを転送する!」

「よし、わかった!」

 光成は道端みちばたに生えていた草、ノボロギクという名の草をつみ取って口にくわえた。

「テイクオフ!」

 相変わらず光成のテイクオフは見事だった。どうやったらこんなにスパッと服をげるのだろう。まあ、半袖はんそで半ズボンだったので、脱いだのはシャツだけだったのだが。口にくわえたノボロギクはものの見事に成長して、みるみる光成の顔をおおくした!

太門だもんさん! 見て下さい! 光合成仮面です!」

「なに? あれが光合成仮面か! ちゃんと見るのはこれが初めてだ!」

「ああ? なんだってえ?」

 青柱も光成の方を向いた。

「なんだテメエ! 光合成仮面の登場だってえ? ハッ、ウワサは聞いてるぞ! オメエ強えんだってなあ? いいだろう! げようと思ってたが面白え! ちょっとだけ相手してやるよ! かかってこい! ほら! ほら! どうした? もっと近くに来いよ! まさかビビってんじゃねえだろうな!」

「光成! 先にいっておくが、ヤツが子どもあつかいしてもキレんじゃねえぞ!」

「わかってるよ」

「光合成仮面ってこんな子どもだったんだなあ? どうしたんだよ、おぼっちゃん? かかって来いよ? ビビってんのか?」

「ああ? 今なんつった?」

「バカヤロウ! キレんなっつってんだろ! 冷静におれの作戦通りにやれ!」

「うるせえな! わかってるって!」

 光成は素早くこわれた家の瓦礫がれきを両手に拾って、思い切り投げ放った! 一個目は力んだせいか、あろうことか、青柱せいちゅうのはるか上の方に外れてしまった! しかし、二個目は正確に青柱へ向かって飛んで行く! 光成は子どもとはいえ光合成人間だ! 投げ放たれた瓦礫はもうスピードで青柱めがけて飛んでいった!

 これなら重力の範囲外はんいがいから命中させることができるかもしれない。しかし、青柱はせまりくる瓦礫を見てうすら笑いをかべた。

「近づくことができねえから、重力の範囲外から攻撃こうげきしてきたってのかあ? よく考えたなあ? だがウマくいくかな?」

 投げ放たれた瓦礫はその勢いのまま、青柱に近づくにつれて軌道きどうが低くなり、青柱のはるか手前でズドンと落ちてしまった! なんというおそるべき能力であろうか! 青柱を中心にあらゆるものが重くなって、あらゆるものがたたきつけられるように落ちてしまうのだ! もはや成すすべがない! この能力は無敵か!

「あぁっはははははああ! いいアイデアだったがおしかったなあ! 子どもにしてはよく考えたものだよ! ほめてやる!」

「テメエ、子どもあつかいすんじゃねえっつってんだろ!」

「子どもだから子ども扱いしてんだろ! おぼっちゃんにしては上出来だったよ! なあ? お坊ちゃんよう! あっははははは!」

 青柱せいちゅうが勝ちほこって高笑いしたその時、最初に投げた、はるか上空に外れたと思われたあの瓦礫がれきが、青柱めがけて落ちてきて、もろに直撃ちょくげきした!

「ごふぅ!」

 これは単に落下した瓦礫が直撃しただけではない! 青柱自身が強めていた尋常じんじょうでない重力が加わっていたのだ! その威力いりょくたるやすさまじく、青柱はたまらずくずれ落ちた!

「ぐぉぉおお……、ヤベえ、やられた! おれの能力が……、俺の能力が逆に利用されたのか!」

 すると、これと同時に重力が弱まる!

「しめた! 重力が弱まったぞ!」

 太門だもんは青柱をさえむべく立ち上がろうとしたが、重力が完全には弱まっておらず、その体はまだ重いままだった。しかし、それでもなお、太門は全力をしぼって立ち上がったのだ!

「ぐおおぉぉ……、青柱せいちゅう……!」

「はっ、ヤベえ!」

 青柱は再度重力を強める! しかし、先ほどまでの力は出せず、太門だもんをしゃがませるのが限界だった。

「はあ、はあ、はあ、や、ヤベえ……。まさか、おれがこんなクソガキに負けるはずがねえ……」

 青柱は息も絶え絶えになっていた! 光合成人間が息切れしているということは、つまり、光合成が限界に達しているということなのだ!

 すると、これはどういうわけであろうか。立ち上がれないでいる太門のわきを、ズシン! ズシン! と重い音を立てて、光成が歩いているではないか!

「お前は絶対に許さねえ! 覚悟かくごしろ!」

 光成がやはりキレていたのである!

「光成のヤツ、やっぱキレてやがったのか! それにしても、う○こうまるこwの隊員が立ってらんねえっつうのに、アイツはどんだけ光合成パワーが強えんだよ! ひょっとして、これはキレてるからなのか? 前からすげえキレてるとは思ってたが、まさか、ここまでだったとは!」

 光成が仮面の草から一本をき取ると、それはみるみる成長して、光合成ブレードの稲光いなびかり獲物えものねら大蛇だいじゃのようにうねり始めた!

げなければ……! くっそぉぉ、めちゃくちゃ痛え! その上おれはさっき限界まで筋トレをしてたんだぞお? 筋肉から乳酸がけ切ってねえ! この状態じゃ、もう、限界だ! はあ! はあ! はあ!」

 光成がりかぶったその時、重力が突然とつぜんなくなってバランスをくずし、ブレードの斬撃ざんげきは宙をった!

 青柱せいちゅうはきびすを返してげ出した!

「はあ! はあ! はあ! ダメだ! めちゃくちゃ痛え! これじゃ逃げ切れねえ!」

 太門だもんとサクラも動き出す! サクラのその手には光合成ブレードがき放たれていた!

 その時だった!

 突然とつぜん、何者かが飛び出して来たかと思うと、青柱を持ち上げて連れ去ろうとする! この男も全裸ぜんらで、しかも太った男だった! 素早く接近したサクラが光合成ブレードで袈裟けさがけに切りはらったが、なんと、この太った男は青柱をたてにしてこれを防いだのだ!

「ぐあああ!」

 青柱はさけび声をあげた! 光合成ブレードは肉体を焼き切ることもできる! しかし、出力を加減すれば体を麻痺まひさせるにとどめることもできるのだ! 光合成ブレードの斬撃ざんげきをくらった青柱せいちゅうはまったく身動きができなくなった! 太った男はそんなことにはお構いなしで、青柱を背負って高くジャンプすると、近くにあった電信柱にしがみつき、休むことなく次の電信柱に飛び移った! あっという間だった!

「なんだヤツは? 太門だもんさん! 私はヤツを追います!」

「わかった! まかせたぞ!」

 太門はそういってサクラを見送ると、り返って光合成仮面の方を向いた。しかし、そこにはだれもいない。くずれた家の瓦礫がれきがあるのみだった。

「しまった! ぬかったわ!」

 太門は急いでサクラとは反対の道へ向かったのだが、その先でも光合成仮面の姿はみつからなかった。

「音もなく消えたか? しかし、立ち去ったような気配はなかったぞ……」

 太門は辺りを見渡みわたしてみたもののやはり誰もいない。

「あれが光合成仮面か……。聞きしに勝るおそろしいほど能力の高いヤツだったな。あの瓦礫を一発で当てたのには正直いっておどろかされた。通常の状況下じょうきょうかなら理解できなくもないが、あの異常な重力下では軌道きどうが読めない。事前の練習もなく一発で命中させることなど、果たしてできるだろうか。あの決定力。あれは単なる能力者ではないな」

 太門は追跡ついせきをあきらめるほかなく、まずはこの全壊ぜんかいした家の現場確保をすべく応援おうえん要請ようせいした。


 サクラはもうスピードで走っていた。次々と電信柱に飛び移ってげていく全裸ぜんらの男二人を追いかけ、サクラも負けじと人間離にんげんばなれした速さで道をける。

 交差点に差しかったところだった。サクラがスピードをゆるめずに走りけようとしたところ、出会い頭に車が飛び出してきて、まさにサクラと正面衝突しょうめんしょうとつするところだった! 運転手もおどろいて急ブレーキをんだものの間に合わない! するとどうであろうか! サクラは走り高跳たかとびの選手のように、華麗かれいなフォームでこれをかわしたのだ! そして、交差点ごと車を跳びえると、着地と同時にまったくバランスをくずさず、まったくスピードをゆるめずに走りけていくのだった! なんという反射神経と運動神経だろうか!


 並の光合成人間相手であれば、サクラは逃亡者とうぼうしゃをすぐにつかまえることができただろう。しかし、今回の追跡ついせき対象である太満ふとみつは、ヘリからの追跡もかわす百戦錬磨ひゃくせんれんまのシニアプレイヤーだったのだ。

 ヤツは繁華街はんかがいの方へ電信柱から電信柱にび移って逃走とうそうしていた。そして、高いビルを見つけると、そのかべに張り付き、まるでヤモリのようにペタペタとキモいほどもうスピードでい上がるのだった。

 こうなってしまうと追いかけることができない。さらに、屋上まで登りきってしまうと、地上にいるサクラからは目視することもできないのだ。急いでビルの反対側に回ってみたものの、上方で別のビルにび移る姿が一瞬いっしゅん見えただけだった。

 その後は完全に見失ってしまった。

「なんてヤツだ! がしてしまった!」

 サクラは最後にヤツの姿が見えたビルをただながめる他なかった。

「くそ!」

 サクラはきびすを返して太門だもんの元へ向かった。

「それにしても、ヤツはなんで青柱せいちゅうを連れ去ったのだ……」


 太満ふとみつはサクラをいた場所からかなりはなれた場所まで移動すると、スルスルとビルをすべり落ち始めた。青柱は瓦礫がれき直撃ちょくげきしたダメージと、光合成ブレードの斬撃ざんげきを食らったことで身動きがとれないでいる。

「くっそお! はなしやがれ! なんか体がくっついて離れねえぞ! 何なんだこれは!」

「うるせえな。もうちょっとだからだまってろよ」

 太満は人影ひとかげのない駐車場ちゅうしゃじょうに横付けされていた車に近づくと、後部ドアを開け、中に青柱をし込んだ。そして、自身も飛び乗ると、すぐに車は走り出した。

「くそ! おれをどうするつもりだ! お前何者だよ! 何が目的だ!」

「そうわめくなよ。助けてやったんだから」

 太満ふとみつはニコニコエクボ顔でいった。

「助けただって?」

「そうだ。あのままだったら、お前は警察につかまって取り調べを受けて、裁判を受けて刑務所けいむしょ行きだ。社会復帰なんかできねえ。なんせお前はネバーウェアなんだからな」

おれがネバーウェアだって? テメエ! 何いってんだこの野郎やろう!」

「ああ? この状況じょうきょうでテメエこそ何いってんだオラァ!」

 太満は青柱せいちゅうの頭をつかんで前の座席に力強くし付けた!

「車の中でおれ一緒いっしょ全裸ぜんらすわってんのはだれだあ? ああ? テメエも全裸だろうが!」

 青柱は肉体的なダメージもさることながら、精神的な衝撃しょうげきがあまりにも大きすぎて何もいい返すことができなかった。俺がネバーウェアだって? そんな! ウソだ!

「ネバーウェアのお前を助けてやったんだぞ? 感謝されてもいいくらいだ!」

 青柱は絶望のどん底にき落とされ、がっくりとこうべを垂れた。

「元気ないな? 青柱。大丈夫だいじょうぶか?」

 青柱せいちゅう正磨せいまは自分の名前が呼ばれるのを聞いて、運転席の男を見た。

「はっ、お前は……? なんでお前がいるんだよ!」

「だからおれはいったよなあ? 太門だもんさんが心配してるってよ?」

 なんと、車を運転していたのは、UOKうまるこwの先輩せんぱいである、若流わかる賢人けんとだったのだ!

「お前の馬鹿ばかさ加減にはつくづく感心させられたよ。俺にも感謝しろよ? 俺の情報がなかったら、お前は助けてもらえなかったんだからな?」

「クッ、クッ、クッ、クッ!」

 太満ふとみつが笑った。こうして、またしても太満のヘッドハンティングはこともなげに成功してしまったのだった。(続く)

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