第十六話 夏休みの始まり
その日は私たちが待ちに待った終業式の日だった。これが終われば夏休みの始まりである。子どもたちがどれだけこの日を待ち望んでいたかなど、あらためて説明するまでもないだろう。この日は授業など一限もなく、朝から終業式をやってホームルームを終えれば、晴れて自由の身になれるのである。ホームルームにいたってみれば、通知表が配られるという最悪のイベントがあったにもかかわらず、それを差し引いても有り余る夏休みへの期待の方があまりにも大きく、もはやソワソワして先生のいっていることなど耳に入ってくるはずもない。ホームルームが終わった
いつもだったら私もその一人だった。
しかし、この日の私はいつもと
「おい、
「これから夏休みだっつうのに、なんかおとなしくねえか? らしくねえぞ!」
私はゆっくりと通知表をランドセルにしまっているところだった。
「どうしちゃったの? 円座君だったらもっとはしゃいでそうじゃないw?」
女子たちもクスクス笑いながら話に入ってきた。
「ああ? そうか? くっそうれしいけどな?」
「成績悪かったからじゃねえのかw? お前この前のテスト0点だったんだろ?」
「それいうなよw。ちょっとは落ちこんでんだからw」
「お前がこれから勉強するんだったら無理には
「勉強なんかするわけねえだろw。けどよ、わりいな。光成と約束があって、これからちょっと用事があんだよ」
「おめーらホントに仲いいな。それだったら
「え、明智君も? そうだよ。明智君も誘って一緒に行こうよ」
「いやあ、それがなあ、
「なんだよ、そういうことか。しょうがねえな」
「俺も映画行きたいんだけどさあ、映画ってあれだろ? 『モフモフ
「ええ? 今度? どうする?」
「明智君も来れるの?」
「でも、今日はこの後何して遊ぶのよ」
「そうだよ。することねえし、やっぱ映画行こうぜ」
「だな」
「じゃあ、わりいけど映画は
「ああ、せっかく
「今度は
「いやあ、アイツが来るかどうかはわかんねえけどなw。それじゃあ、俺はいくよw」
そういって私はランドセルを背負って教室を出ていった。
ちなみに『モフモフ
私が明智光成がいる教室の前に行くと、入口のところで一人で帰ろうとする
すると、それを見ていた他の生徒たちが笑い出した。
「くっそウケる!
「アイツに聞くだけムダw」
「円座君知らないの? あの子ぜんぜんしゃべらないんだよ?」
「お前らうるせえなw。別にいいだろw。そんで、光成ってまだ中にいるw?」
「ああ、あそこにいるよ」
「ああ、ホントだ。あざっすw」
「おお、うわさをすれば
「円座君のせいで明智君が午後に遊べないんだって!」
「おお、そうなんだ。わりい、わりいw。お前らどっか遊びに行くの?」
「映画だよ」
「あれ、マジで? ひょっとして『モフモフ
「そうだよw。他にあるかよw」
「あれ
「円座君が予定変えればいいんじゃない」
「そうだよ。そうすればみんなで行けるのに」
「いや、それがさあ、
「そんなの、一人で行けばいいじゃない」
「そんなきびしいこというなよw。ほら、最近ニュースでやってんだろ? 空き家が
「ああ、誰も住んでねえ家がぺしゃんこになってるってヤツだろw?」
「そうそう、それなんだ。
「そんなの
「いやいや、俺一人でやるよりみんなでやった方が早くね?」
「なんで俺たちまでやることになってんだよw」
「草むしりなんてぜったいしたくない」
「そうだよ、そうだよ」
私が女子たち
「まあ、いいよ。俺は草むしり手伝っても」
「ほら、光成はこういってくれてんだよ」
「ええ? ホントなの?」
「草むしりだよ?」
「
「
「明智君人良すぎ」
「いやいや、
「円座君のママって、ファッション・ブランドのあのENZAなんでしょう?」
「え? そうなの?」
「知らなかったの? 円座君のママって、あのENZAなんだよ?」
「ええ? ウソでしょ?」
「それがホントなの。ステキじゃない? ママがファッション・デザイナーって」
「そうかw? ヒステリックでうっせえだけだぜw? マジでうぜえw」
…………。実の母に対してひどいいいようである。私は本当にこんなことをいっていたのだろうか。明智光成がこの時のことを
「じゃ、昼食ったら
「いやいや、だから草むしりには行かないってw」
「私たちは映画に行くの。
「そうだよ。そうだよ」
こうしてみんなからの大変なヒンシュクを一通り買ってから、私は光成を連れて
その日、
光合成犯罪は晴れた日の昼間にしか起きないと思われがちであるため、UOKwに夜勤などあるのだろうかと疑問に思う人は意外と多い。それはそうであろう。明るくなければ光合成などできないのだから。しかし、都市部では真夜中であっても
すでに日が
光合成人間が、
青柱はこのまま家に帰る気にもなれず、いつものトレーニングをすべく、自宅とは
しかし、
「今日はこの家にするか」
この家は、いわゆる古民家と呼ばれるような
そして、予想外なことであるが、彼は落ち着いた様子で堂々と服を
「ああ! なんという
「はっ、はっ、はっ!」
これは何かの
「はっ、はっ、はっ。自重トレーニングには、限界があるって、
「ふうっ! き、きっついぜ……。最高にきついぜ!」
なんと、彼は自分の体重を極限まで重くし、腕立て伏せをよりキツくするため、重力を強めるATP能力を使い始めていたのだ! この炎天下で、空き家の屋根の上で、しかも、全裸でだ!
「はっ、はっ、はっ」
服を着ている時にはわからなかったが、全裸になった彼の筋肉はすごかった。それが異様に強まった重力のなかで
「サザレさんもいってたじゃねえか。『健全な光合成は、健全な肉体に宿る』ってよお。まさに
「くっそう、ムカつくぜ!」
いろんな人の顔が
「
「おう、青柱じゃないか。どうよ最近。
「ええ、日々成長してますよ」
「ほう。すごいじゃないか。毎日成長できるなんて。なかなかできることじゃないぞ?」
「精神的に向上心のないものは
このセリフは
「そういやお前さあ、最近、体大きくなってないか?」
そういって若流が
「おお? マジで? すげえな! めっちゃ筋肉ついてんじゃん! こいつはゴウさんと並ぶんじゃねえのか? いや、それ以上かもな……」
「ええ、自主的にトレーニングしてますから」
「へえ、それじゃあ、ジムとか行ってんの?」
「いえ。あくまで自分の考えでやってますから」
「自分の考え? へえ。そういや、最近コンビニでもプロテイン売ってんじゃん? お前もプロテインとか飲んでんの?」
「まあ、飲まないことはないっすけど、食事もストイックに管理してますよ。見せかけだけの筋肉つけるためじゃねえっすから」
「けどよ、短期間でこんなに筋肉つくか? なんかあんじゃねえのか? そういや、お前さあ、報告書で見たぜ。能力持ちなんだってなあ?」
「報告書? なんすかそれ? そんな報告書なんてあんすか?」
「ああ、そうだった。お前ら
青柱は内心本当にムカついた。「何が『すまん』だあ? てめえの方が職位上で、俺が見れねえ報告書見れるからってマウント取ってるつもりかよ?」と。
「あれは
「太門さんすかあ? そんなことねえっすよ。最近なんすかね。やたら
「おいおい、パワハラだなんて
青柱は、自分が能力持ちだということがわかってからというもの、太門のことが
「お前、物事を悪くとらえ過ぎだぞ? そういや太門さんの報告書にも書いてあったな」
「ああ? なんだって? 太門さんが俺にかくれて何報告してんすか?」
「お前、言い方な。
これを聞いた
ポーカーフェイスにできない新人の青柱が取り乱しているところを、
「まあまあ、そんな顔すんなよ。そうだ、俺がお前に声かけたのはな、これから女子たちと飲みにいく約束なんだけど、お前も来ないかって
「そんなの、別に自分は行かなくていいっすよ」
「いやいや、むこうは女子三人なんだが、男子は俺一人なんだよ。だからお前もどうかなって思ってな」
青柱は、女子三人から誘われているという若流のモテ
「あ、若流さんこんなとこにいた!」
そこへ女子職員が三人やってきた。
「探したんですよ! こんなとこにいたんですか!」
「わりい、わりい。青柱もどうかなと思って誘ってたんだよ」
「ええ? 青柱君は誘ってませんよ?」
「四人席で予約してますから、
「一人くらい増えたって
「いや、あのお店、人気店なんで無理です」
「そうなの? わりいな青柱。
「ゴメンね? 青柱君」
そうはいったものの、女子たちは内心、青柱などぜったいに誘わぬと思っていた。
「別にいいっすよ。てゆうか、俺は最初から行かないっていったじゃないですか。なんすかこれ? 俺が
「青柱、言い方な? でもまあ、俺が誘っちまったのが悪かった。すまねえ。マジ今度な」
若流はこういうと、女子職員三人と行ってしまった。女子たちは内心「若流さんが謝るとこじゃないのに、ほんと大人。それに対してアイツ何なの?」と思っていた。
ミシミシミシ!
「くっそぉぉお! マジで許せねえ! なんで
青柱は
「はっ、ふぅぅ。はっ、ふぅぅ」
「くそぉぉ、太門のヤツめ! なんであんなヤツがみんなから
青柱は血走った目をカッと見開き、歯を食いしばりながら訓練中に太門からいわれたことを思い出した。
「『お前は
「ふっ、はぁぁ! ふっ、はぁあん!」
青柱は腹筋をやめた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
そして、よろめきながら立ち上がると、今度はスクワットを始めた。
「どこまで重くできる?
その時だった!
メキメキと古民家が音を立て始めたかと思うと、家全体が上からズドンと
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ! またしても! またしても
青柱は息を切らせながらも清々しい
「次は鉄筋コンクリートのビルでも探してみるか」
その
「いやあ、マジですまねえな。これから夏休みだってのによw」
「まあ、いいよ。
「そうなんだよ。けっこうニュースになってんじゃん? あの空き家が
「あれは思うんだが光合成人間の仕業なんじゃないかな」
「だろうなw。ニュースの映像みたけど、
「それでちょっと気になってんだが、
「それなw。
「確かに、家でゲームやってるよりはマシなんじゃないのか?」
「それいうなよw。まあ、オカンの実家にネバーウェアがたまたま現れるとは限らねえし、手短に済ませてさっさと帰ろうぜw」
「ああ。ぜんぜんいいよ。付き合うよ」
「けどな、草むしりも、やってみると意外と面白いもんだぜ? スマホのカメラに写すだけでなんていう草かわかるしな。今日は種類別に分けてみようかと思ってるんだが協力してくれるか?」
「ああ、いいよ。それ写真に
「それいいなw。マジで一石二鳥じゃんw。さっそく宿題一個終わりかよw。あ、そろそろだ。あそこの角があるだろう? あそこを曲がったらすぐそこがオカンの実家な」
私たちはそのまま歩いて行き、その角を曲がったちょうどその時だった。母の実家がメキメキと音を立てたかと思うと、私たちの目の前で
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