第十五話 校長室の隠し部屋 その後
私たちが夜の学校に
「ああ、主月さん。お
この警備員さんが他の教員たちと話すことはほとんどないのだが、主月先生だけは違ってよく声をかけられていた。
「お疲れ様です。ほんとに暑いですねえ」
「今日の授業は終わりですか? こう暑い日が続くとかなわんですな。子どもたちはもうすぐ夏休みですから、うらやましいもんです」
「そうですね。私も子どもの
「いや〜、まったくですな。私らの頃なんかは、なんもない時代でしたからねえ、それでも楽しかったもんですよ。まあ、今の子たちと違って、ずいぶんと悪さをしたもんですが」
主月先生がひかえめに笑ってみせると、警備員さんは気をよくして話を続けた。
「今はもうこんな
警備員さんはそういって、主月先生に小さな紙きれを見せた。
「なんですか? これは」
「これはですね、私が昔からやってる警備の手法で、
「そうなんですね」
「そうしておくことによってですよ、私が帰った後に
「なるほどですね。警備システムがなくても、誰かが
「そう。そう。そうなんです」
警備員さんはうれしそうに続けた。
「その通りなんです。警備システムなんかなくてもわかるんですよ。それで今朝方私がいつも通り通用口を
「土曜日は補習があったと聞いてます」
「それは私も知ってましてね、というのも、土曜日は私も出勤したんですよ。夕方に私が
「そうですか……。私の方でそれ以外は
「それが、ちょっと、私の方ではあの人がどうも苦手で……」
そういって、警備員さんは察してほしそうに苦笑いをした。
「ああ、承知しました。それでは私の方から話しておきましょうかね。この紙きれはもらってもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ。そんなもん、いくらでも用意できますから。いつもすみませんね」
「いえいえ、こちらこそいつも教えてくれてありがとうございます」
「それじゃあ、よろしく
そういって警備員さんと主月先生は別れた。
主月先生は職員室に
「お
「主月先生? ほんの少しだけ待ってくださる?」
この校長室にはすんなり入れた試しがない。校長先生が
「どうぞお入りになって」
やはり、すぐに声がかかった。
「失礼いたします」
主月先生はドアを開けて中をのぞいてみると、そこには教頭先生もいた。
「ちょうど授業が終わったところかしら? 一日ご苦労様でした」
校長先生は
「教頭先生もいらしてたんですね。ご相談中申し訳ございません」
「いえいえ、いいのよ。それで、何かあったのかしら?」
「ええ、先ほど警備員さんから報告を受けたのですが、土曜日の夜から今朝にかけて、
校長先生の顔から
「教頭先生はご存知?」
「いえ、土曜日には補習がありましたが、それ以外は承知してないですね」
「警備員さんからの報告なんですね?
「こちらです」
主月先生は校長先生に近づいて、先ほど警備員さんからもらった紙きれを差し出した。
「これは?」
「警備員さんは
校長先生の表情が険しくなった。
「あの警備員がそういったことをコソコソとやっているとは知りませんでした。この小学校にはしっかりした警備システムが導入されていることを、あの人はまだ理解できていないようね? 何度いったらわかるのかしら。
「いえ。私も今初めて聞きました」
「まったく……、何度いえばいいのかしら」
こういうと、校長先生は気持ちを切り
「わかったわ。主月先生。報告してくれてありがとう。他にもありますか?」
「いえ、ありません」
「そう。それではもう結構よ」
「は、はい。それでは失礼いたします」
そういうと主月先生はおじぎをして校長室を出ていった。
校長先生は少しの間様子を見て口を開いた。
「行ったわね……。教頭先生、警備システムに異変はなかったのですか?」
「いえ、先ほど見たときには特になかったと思うのですが……。何かあるとパソコンにメッセージが出るはずなのです」
「警備システムのログと
校長先生は立ち上がって
その
信じられるだろうか? 小学校にこんな部屋がかくされていたのだ。校長先生は一体何を目指しているのだろう。
ここで一つ疑問がある。おとといの夜、理事長と
思い出していただきたいのだが、理事長と校長先生は夫婦なのである。仲が悪いとはいえ住居をともにしているのだから、理事長が校長先生の
「よくもまあ、学校の金を使ってここまで
これは
ロココ調の調度品で統一されたこの部屋の中で、机の上に置いてある
そのパソコンを教頭先生がモニターをつけて操作を始める。
「見てください。この通り何もメッセージは出ていないんですよ。何か異変がある場合は、画面右下のアイコンから黄色や赤の小窓が出てくるんですが」
「だから、それはすでに聞きました。警備システムのログと
「警備システムのログですか。承知しました……。ただですね、ログっていうのは、なんていうんですかね、私が見てもちょっとわからなくてですね、
「佐藤君にですって? あなた、このシステムにどれだけ
このシステムは警備目的だけでなく、教員の
「ただ、異常がある場合はですね、右下にメッセージが出るので、それが出てないということは異常ないということだと思うのですよ。業者からもそのように説明を受けておりまして……」
この弁明を校長先生はさえぎった。
「私が受けた説明では、何か
「それは右下のアイコンにメッセージは出ないんですか?」
「そんなこと、私に聞かれてもわかるわけないでしょう!」
「そうしましたら、申し訳ないんですが、業者を呼びましょうか?」
「あの業者を?」
校長先生はこのシステムの納品前後に、その品質について度重なる
「
「はっ、承知しました、が、
「なんですって、あなた? 主月先生の報告を聞いていなかったの! 通用口のカメラに決まってるじゃない!」
「ははっ、すみません!」
教頭先生はもたつきながら監視カメラの映像をモニターに映し出すと、業者に電話をかけはじめ、校長先生はその通用口が映っているだけの映像を食い入るように見つめた。
その
シロはその名の通り真っ白な秋田犬で、両親にはまったくなつかなかったものの、稲荷静香にだけはとてもよくなついていた。稲荷の方でもシロのことが大好きで、毎日エサやりと散歩をして、
稲荷静香は学校で特におとなしい生徒で知られていた。いや、おとなしいというよりは、
稲荷には友だちなど一人もいない。そのためなのか、あるいは、あの校長先生の
しかし、今年の担任である主月先生はこれまでの先生と
とはいえ、いじめというものは先生の見ていないところで生まれるものである。担任の先生がかわったところで
それは
この場所は台風が去った後に明智光成と出会ったあの道である。
「覚えてる? ここで出会った男の子のこと」
「
学校での稲荷とは違って、彼女はさらにしゃべり続ける。
「彼がいるだけでね、クラス全体の
真っ白なツバの広い
「見て。日差しが強いと、いろんなものが色あざやかに見えるね。まぶしくて目がくらみそう」
シロはハッハッと舌を出して息をしていた。
「暑いね。あそこの
二人は直射日光を
「知ってる? ほら、地面に草が生えてるでしょう? こういうどこにでも生えている草って、もとから日本にあった草じゃなくて、ほとんどが外国から来た草なんだって。でも、不思議じゃない? 草って歩いたり走ったりできるわけじゃないでしょう? それなのに、こんな遠い国まで来れたんだよ? どうやってだと思う?」
柳の枝がそよ風で
「ぜんぶ人が運んできたんだって。人って外国からいろんなものを輸入したり、輸出したりするでしょう? シロのご飯も外国から輸入してきたものなんだよ。他にもいろんなものを輸入したり輸出したりするから、そういうのに小さな種がついていたり、混ざりこんでいたりするんだって。きれいな花なんかはわざわざ外国から取り寄せて、それを庭に植えてね、種ができると風に
この日も真っ青な晴天で、
稲荷は
シロツメクサは、クローバーの別名でよく知られた植物であるが、
ヒメジョオンは、北アメリカ原産で、江戸時代に観賞用として移入されたことから、おそらく当初は花が美しいとされていたのだろう。しかし、現代の花屋をのぞいてみても売られていることはなく、ただの
この草花たちのなんと
「私もこの草花のように、見ず知らずの国で、
シロはハッハッと息をするのをやめ、やさしく横顔をなめ始めた。稲荷がシロの方を向くと、その真っ黒な両目は真正面で稲荷を見つめていた。
シロは先ほどからずっと稲荷の顔を見ていたのだ!
言葉を話さぬこの大きな犬は、悪意や
「シロはぜったい
稲荷はシロを強く
結局、
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