第十四話 校長室の隠し部屋 その二

 その真っ暗な部屋の中では、パソコンのモニターだけが青白く光っていた。モニターの光に顔を照らされた男たちが、三人も集まって身を寄せ合い、モニターを見つめている。

「やけに文字が小さいな。これはなんなのかね?」

「これ……は……、ゲホン! ゲホン!」

「なんだって?」

「なにかの一覧のようだといってます」

「それくらいのことは私にだってわかるよ。なんの一覧なのか、そこが重要ではないのかね?」

「ゴフッ、ゴフゴフ!」

「なに? なんだって?」

「えっとですね、名簿めいぼじゃないかとのことです」

「名簿? ほほう。生徒の名簿なんてのは、普通ふつうは職員室にあるものじゃないのかね。それが、こんなかくし部屋にあるなんて、ずいぶんとあやしいじゃないか。実に興味深い。それで、なんの名簿なのかわかるのか? まさか本当にただの生徒名簿ではあるまい」

「ゲフッ、ゴッ、ゴホン! ゲホン!」

 理事長はなんとか聞き取ろうとして耳をかたむけてみたが、やはりただのせきにしか聞こえず、あきらめて太満ふとみつの顔を見た。

「ええっとですね。ごめん、もう一回いって?」

 今のは太満でも聞き取れなかったようである。

「ゲホッ、ゲホゲホ! ゴェッホン!」

「ああ、なるほど。光合成人間の名簿めいぼだそうです」

「なんだって?」

 モニターの光に照らされた理事長の顔がおどろいた表情にかわった。

「そいつはすごいぞ! 光合成人間の名簿だって? あっははははは! アイツめ、面白いものをかくしておったもんだな! 自分の学校の生徒から光合成人間をリストアップしておったか!」

「ゴフッ」

 この比留守ひるすせきは短かった。相づちでも打ったのだろうか。

「いや、なんか地域の光合成人間じゃないかって話です。年齢ねんれいも書いてあって、子どもたけじゃなく大人もいるそうです」

「なんだって? 今の咳はやけに短かったぞ? 本当にそこまでいってたのかね?」

「ゴェッホン! ゴェッホン!」

 比留守ははげしく咳こみながらも首を縦にった。

「そうか、そうか! 面白い! この地域の光合成人間をリストアップしてあるのか! 親の情報もあるのかもしれんな。こいつはかなり機微きびな個人情報だよ? 実に有意義な名簿めいぼだ! よし! そいつはもらっていくぞ!」

「オホッ、ゴホッ、グッゴホン!」

 ヘッドマウントディスプレイをつけた比留守ひるすは、キーボードをパチパチと打ちはじめ、名簿の複製操作を始めた。

「あ、理事長。何度もすみませんが、ちょっとトイレ行っていいですか」

 太満ふとみつがニコニコエクボでいった。

「なんだって? さっきも行ったばかりじゃないか。ちょっと頻尿ひんにょうなんじゃないのかね?」

「いや、今度はウ○コの方で」

「おぅ……、それはそれは。行ってきたまえ」

 理事長はあきれたように首を左右にってみせた。


 その頃、私と光成は慎重しんちょうに気配を消しながら校長室に近づいているところだった。校長室に近づけば近づくほどせきは大きくなっていき、目の前に差しかかると、他にもだれかがいて話し声まで聞こえてきた。

「誰かいるな」

 光成が小さな声でささやいた。

「ああ、間違まちがいねえ。まさか校長先生が休日出勤してたか?」

「このせきは女じゃない。話し声も男の声だぞ?」

だれだ? 警備システムの業者か? そうだったらマズいぞ」

「三人だな。咳をしてるヤツもふくめて少なくとも三人の男が中にいる」

 光成は光合成していなくなくても耳がいい。声色で一人一人の声を聞き分けていたのである。

 その時だった。突然とつぜん、校長室のドアが開いて男が出てきたのだ! その男はヘッドライトをつけていて、急にライトを当てられた私たちにはそのまぶしさにドぎもかれた!

「うわぁぁああ! な、なんだ?!」

 男の声だった。私たちもおどろいたが、その男の方でも驚いて、勢いよくドアを閉めると中にもどっていった。

「マズい!」

 突然のことで私たちもあわてふためいたものの、反射的に通用口へ向かって走りだした!

「光成、ちょっと待てくれ! おれは通用口のドアロックパネルを元に戻して、パソコンを撤収てっしゅうしなきゃならねえ! 今、ヤツらが追ってきたら間に合わねえから、スマンが時間かせぎをしてくれねえか?」

「なんだって? マジかよ?」

「アイツらぜったい追ってくる! スマンが今来た廊下ろうかもどって、おとりになってくれ!」

「マジかよ! こんな真っ暗じゃ光合成もできないんだぞ? 三人の大人相手に勝てっこねえ! 無理だ!」

大丈夫だいじょうぶだ! おれ中央監視ちゅうおうかんしシステムを操作して、ヤツらをなんとかする! お前は今来た廊下を戻ってとなりの校舎にいってから、こっち側のわたり廊下を通って通用口に戻ってきてくれ! 俺たちがたどってきたルートを逆に回ってくればいい! お前は足が速い! ぜったい大丈夫だ!」

「くそ! マジかよ! わかった!」

「わりいな!」

 光成はたった今来たばかりの廊下を戻っていった。ちょうど校長室の前を走りけた時に、再び校長室のドアが開いた。

「おお! いたぞ! そこの君! 待ちたまえ!」

 ヘッドライトをつけた男が二人出てきて光成を追い始めた。あれはなんであろう、私の見間違みまちがいだろうか。校長室から出てきた男たちはどう見てもはだかだった。

「アイツらネバーウェアだったのか? まさか、こんな真っ暗で光合成なんかできねえと思うんだが。裸になる意味なくねえか? どう見ても業者じゃねえな! アイツら何者だよ? これはひょっとしてヤベえことになってんじゃねえのか?」

 私は急いで通用口へ行き、置きっぱなしにしていたパソコンから学校中の監視かんしカメラの映像をモニターした。光成は西側の階段を上り終え、作戦通りわた廊下ろうかからとなりの校舎に移動しているところだった。

おれがなんとかしねえとマジでヤベえ……」

 私はパソコンを操作しながら光成のスマホに電話をした。

「お願いだ。それどころじゃねえだろうが出てくれ……」

 私は電話の呼び出し音を聞きながら、セキュリティシステムを作動させ始めた。

「はぁはぁはぁ、なんだ?」

「おお! 光成! マジですまねえ! 走りながら聞いてくれ!」

「ああ、わかった」

「今、俺は監視カメラでお前をモニターしてるから安心しろ! これからセキュリティシステムを作動させてヤツラをわなにはめる! だから、お前はげることだけに集中してくれ!」

「わかった、たのんだぞ!」

「それからもう一つ。おどかすわけじゃないんだが、お前にも状況じょうきょうを理解してもらうためにいっとく。アイツらネバーウェアだった!」

「なんだって? だが、この暗闇くらやみじゃ俺と同じで光合成はできなさそうだな?」

「そうなんだが、どういうわけかヤツらはだかだ! かなりヤベえヤツらかも!」

「光合成できないのに裸なのか! どんな変態だよ!」

 私は同時に別のカメラの映像を出して、ヤツらもモニターした。

「なんだあれは? おんぶしてんのか?」

 ちょうどヤツらは光成を追って二階のわたり廊下を通っているところだった。奇妙きみょうなことであるが、裸の男がもう一人の裸の男を背負って走っているのである。しかも、太った男が筋肉ムキムキの男を背負っているのだ。普通ふつうは逆ではないだろうか。体をきたえた男が背負って追いかけた方が速そうなものであるが、逆に運動不足でたるんだ体の男が背負っているのである。しかも、めちゃくちゃ速い。まるで光合成しているかのように速いのだ!

「光成! なんかわからんがアイツら光合成してるみてえにめちゃくちゃ速い! すぐ追いつかれちまうぞ!」

「はあ、はあ、はあ、なんだって……、こんなに暗いのにか?」

 光成は階段を上り終えて三階に出たところだった。

「マジで全力で走ってくれ! 三組の前まででいい! そこでヤツラをわなにはめる!」

 光成は階段を上り終えて息が切れているところを、さらに全力疾走しっそうで走った。すると、背後からペタペタとものすごいスピードでかけてくる音が聞こえてくる。光成が後ろをり返ると、はだかの男がもう一人を背負って追いかけてくるところだった。ヘッドライトがまぶしくて顔は見えなかったが、背負っている男は太っているように見えた。

「なんだあれは! マジでヤベえ!」

「待ちたまえ君! 乱暴なマネはせんよ! さあ! いい子だからこっちに来なさい!」

 明智あけち光成みつなりは光合成をしていなくても、校内で有数の足の速さだった。運動会のリレーともなれば何人もごぼうきするほどである。はっきりいって並の大人より光成の方が速かった。それが、たるんだ体の男がもう一人を背負っているのにもかかわらず、まるで光合成をしているネバーウェアのように、みるみる光成との距離きょりをつめる速さで走ってくるのだ!

「なにやってんだ! 本気で走れ! 追いつかれちまうぞ!」

 光成はこれに答えない。それどころではなかった! もうあと少しで追いつかれるところなのだ!

 私は光成の位置を画面へ食い入るように見つめた! もう少しだ! あと一息! がんばれ!

「君! 我々からげられるとでも思っているのかね? ほらほら、もう追いついてしまうぞ? 観念したまえ!」

「くそ、ダメか! 光成! べ!」

 光成は走り幅跳はばとびのように跳躍ちょうやくした! その瞬間しゅんかん、私はセキュリティシステムのスイッチをした!


 この学校の二階と三階の廊下ろうかは、ゆかが一部落とし穴になっていて、私はそれを作動させた。さらに一階のレーザー照射器も作動させ、床一面にレーザーを張りめぐらさせた。三階にいたヤツらを、落とし穴から一気に一階へ落として、落下ダメージで動けなくなったところを、赤いレーザーで追い打ちをかける算段だったのである。これでヤツらを撃退げきたいできるはずだった。

 ジャンプした光成は落とし穴をのがれ、着地と同時に床を転がった。すぐさま後ろをり返ると、そこにネバーウェアの姿はなく、廊下の床までもが消えていた。目の前から階段のおどり場までの床が消えてなくなっており、暗く底のない空間が広がるばかりである。光成は立ち上がって、空洞くうどうになった廊下の底をのぞきこんだ。三階といえばそれなりに高い。その眼下で一階廊下の赤いレーザーが張り巡らされているのが見えた。この暗闇くらやみの中、赤く光る無数の筋は、まるで霊的れいてきなエネルギーで光る、赤い毛糸のようだった。


 二人のネバーウェアは赤いレーザーが張り巡らされた一階の廊下に落ちているはずだった。しかし、どういうわけかヤツらの姿はそこにない。

「なんだあれは!」

 なんと、ヤツらは一階と二階の間で、かべに張り付いていたのだ!

「あれは市民プールで見た能力だぞ! 壁にくっつくのはATP能力じゃないか! なんでこんな暗闇くらやみで光合成ができてるんだよ!」

「光成! なにやってんだ! 今はそれどころじゃないだろ! 今すぐそこからげろ!」

「はっ、そうだった! わかった!」

 光成は全力で走り出して、その場を立ち去った。


「あっぶねえ! クソ! あのガキめ! 何しやがったんだ!」

 太満ふとみつが悪態をついた。なんとか壁に張り付いた太満に、理事長も密着してくっついていた。

「あぶなかったぞ! もう少しでレーザーにれるところだった! 何が起きたんだね!」

「わかんねえっすよ!」

「しかし、なんだね? くさいぞ、太満君! 何だねこのにおいは!」

「すいません。さっきトイレに行けなかったもんで、はずみで、つい」

「つい? ついってなんだね? まさからしたんじゃなうだろうね君!」

「まさか、オナラですよ。です、屁」

「いくらなんてもひどい臭いだよ君? 何を食べたらこんな臭いになるのかね?」

「ちょっと餃子ぎょうざを」

「ちょっとだって? このにおいはちょっとでは済まされないよ君! 何人前食べたのかね!」

「ええ、ちょっと三人前くらいです」

「三人前? だからこんな腹になるのだよ!」

 そういって理事長は太満ふとみつの腹をつかんでみせた。

脂質ししつや糖質ではなく、タンパク質をとりたまえ。おお? なんだ? あつ!」

 太満の腹をつかんだはずみで、理事長の足がレーザーにれてしまった。

「熱い! 熱いぞ太満君! なんでこんなものが作動しているんだ! 比留守ひるすが何かやったのか!」

「まさか。アイツに限ってこんなヘマは……」

 太満は例によって脇腹わきばらにスマホをくっつけており、マイク内臓の骨伝導イヤホンをつけていて、これで比留守と通話ができる。

「おい! 比留守! こりゃあどういうことだよ!」

「ゲホッ、ゲホン!」

「ああ? こっちは急にゆかけて、一階にき落とされてんだ! 赤いレーザーも出てんぞ! あやうく丸焼きになるところだった!」

「ゲホゲホ、ゲホンゲホン!」

「ああ? わかった。理事長、警備システムを作動させたのは比留守ひるすじゃないそうです」

「じゃあだれなのかね!」

「今調べてるそうです」

「急いでもらいたいものだな! ヤツを見失ってしまったではないか!」

「ゲホッ、ゴホゴホ、オホン、ゴホン!」

「職員室わきの通用口が今開いてるそうです。さっきのガキはそこを目指してるんじゃないかって、比留守がいってます」

「通用口は一階だったな! 我々が先回りできるかもしれん! 太満ふとみつ君! 急ぎたまえ!」


 廊下ろうかに張りめぐらされたレーザーはゆか付近に集中しており、天井てんじょう付近には照射されていない。普通ふつう侵入者しんにゅうしゃは床の上を歩くからこれで問題ないのだが、太満はかべや天井をはい回ることができる。かれび移って天井に張り付くと、理事長を背中にくっつけたまま逆さまの四つんいになって、もうスピードで天井をペタペタと進み始めた!

 私はこの様子を逐一モニターしていた。

「おいおい、くっそキメえヤツらだな! これは一体どういうわけなんだよ? ヤツはなんでATP能力が使えんだ! くそ! これじゃあレーザーがまったく効かねえ!」

 赤いレーザーが張りめぐらされた廊下ろうかの天井を二人のネバーウェアがペタペタと、もうスピードで進んでいき、あっという間にわたり廊下にたどり着いた。しかし、渡り廊下に出るとびらが閉じられていた!

太満ふとみつ君! これはどういうわけかね! 扉が閉まっているじゃないか!」

 一階の渡り廊下は外にあるため、夜間は扉を閉じ、施錠せじょうされていたのである。

比留守ひるす! 一階の渡り廊下の扉を開けてくれ!」

「グホッ! ゴ、グエッホン!」

「ああ? なんだって? マジかよ!」

「太満君! どうしたのかね! 極めて急いでいるところなのだよ!」

「理事長、この扉はオートロックじゃなくて、物理的にかぎで施錠されてるだけだそうです」

「どういうことかね? 比留守では開けられないのか?」

「そうっす。この扉は中央監視ちゅうおうかんしシステムで制御せいぎょしてないから、鍵をここに持ってきて開けるしかないそうです。二階の渡り廊下から行ってくれって、比留守がいってます」

「我々は遠回りしたってわけか! おろか者めが! 急いで二階に上りたまえ!」


 そのころ、光成は二階のわた廊下ろうかを走っているところだった。これを渡った先にある階段を降りれば、通用口がある職員室の目の前に出られる。あともう少しだった。

彩豪さいごう! もう少しで通用口だ! 準備は終わったか!」

「いや、まだドアロックパネルをはめてない! これには多少時間がかかるが、もうはめてもいいか? パネルをはめちまうと後は中央監視ちゅうおうかんしシステムを操作できなくなるぞ!」

「ああ! 大丈夫だいじょうぶだ! もう階段を降りれば通用口だ!」

 私は監視カメラで二人のネバーウェアを確認した。ヤツらは道を間違まちがって、一階渡り廊下のとびら前で立ち往生しているところだった。今からパネルをはめれば間に合うか。

「よし! これから撤収てっしゅうの準備にかかる! 後はサポートできなくなるから、全力でげてくれ! たのんだぞ!」

「ああ! わかった!」

 光成が渡り廊下を渡り終えたその時だった。

 音楽室や家庭科室のある三階から、重いものが走って近づいてくる音が聞こえてきた。特別室の三階を巡回じゅんかいしていた人体模型が異変に気づいてこちらに向かって来たのである。光成が立ち止まってかべに身をよせると、階段の上にヤツが姿を現したところだった。その走る動作はまるで人間のようで、こうやってあらためて動く姿を見てみると、なんと不気味な姿であろうか。光成は背中を壁にピタリとつけたまま息を飲んだ。


 「不気味の谷」と呼ばれる現象がある。「不気味の谷」とは、1970年にロボット工学者の森政弘もりまさひろ氏が唱えた現象で、ロボットは人間に似せて作ると、ある程度までは好意的に見られるようになるのだが、微妙びみょうなリアルさになってくると、逆に不気味でキモく見えてくる現象のことをいう。変にリアルだと、人間味のなさが逆に強調されて気味が悪いのだ。このリアルさと好感度の相関関係をグラフにした時に、好感度のグラフが急降下する様子が谷に見えることから、「不気味の谷」と名付けられたのだった。つまり、中途半端ちゅうとはんぱに人へ似せたロボットは、極端きょくたんにキモくて不気味な存在に見えるのだ。


 この人体模型の見た目は決してリアルではなく、オモチャのようなチープ感のある出来栄えだった。しかし、その重い体重をバランスよく支え、なめらかに二足歩行する様は異様に人間に似ており、それがオモチャのような見た目と相まって「不気味の谷」へと完全にはまりこんで見えるのだった。人体模型はキモいほど正確に一段一段、もうスピードで階段を降りてきた。

 ヤツは動くモノに反応する。そのため光成はかべに背をつけたまま動くことができなかった。さっきは教室で確かにこちらの存在に気づかなかったが、今度のヤツは目の前にいる。本当に気づかないだろうか。気づかれたらげることなどできない。一巻の終わりだ。近づいて来るのを息を飲みながら見つめ続けるほかない。ヤツはゆっくりと近づいて、目と鼻の先までその顔を近づけて来た。本当に気づいていないのだろうか? チャチなつくりの顔であったが、半分は教頭先生そっくりの顔で、半分は皮膚ひふのない筋肉がむき出しの顔である。ヤツは光成の顔を見ているようで、見ていないようでもあった。まるで生きている感じがしない。しかし、まばたきもできない光成の方では目がもう限界だった。あと少しでまばたきをしてしまうところだったその時、わた廊下ろうかの方からペタペタと何かが近づいて来る音が聞こえてきた。

「いたぞ! あそこだ!」

「なんか、人体模型もいますね」

「おお、なんだねあれは? おそろしくキモいな! 太満ふとみつ君、あんなのは無視して少年をつかまえるぞ!」

 理事長を背負った太満が突進とっしんしてくるところを、動くものに反応する人体模型が立ちはだかった! 太満は片手でヤツをはらいのけようとしたが、想像していたよりもずっと重い! ヤツはびくともせず、反対に太満の脇腹わきばらにミドルキックを打ちこんだ! これはカウンターでモロに決まり、太満は理事長を背負ったままもんどり打ってき飛ばされた!

太満ふとみつ君! 何をやってるのかね!」

「ぐほぅっ!」

「マズいぞ! 早く立ち上りたまえ!」

 人体模型は容赦ようしゃなくおそいかかってくる! 太満が苦悶くもんの表情で立ち上ったところを、すかさずワンツーパンチからボディーブローにつなげ、さらに重いローキックのコンビネーションを打ちこんできた! 太満はワンツーまではガードできたものの、そこから対角線に打ちこまれるボディーブローとローキックには反応できなかった! 非人間的な重量とパワーで打ちこまれたローキックは強烈きょうれつで、太満はもろくもくずれ落ちてしまった!

「ぐぁぁあああっ!」

「なんだねコイツの動きは! まるでプロの格闘家かくとうかじゃないか! しっかりしろ、太満君!」

 人体模型は攻撃こうげきをゆるめることなく、たおれた太満の右腕みぎうでを取って、腕ひしぎ十字固めを決めにかかった! 太満はかろうじて左手で右手をつかみ、これを防ごうとしたが、左手をはなされてしまえば、技が完全に決まって右腕をへし折られてしまう!

「ぐおおおおお!」

 階段のおどり場で息をひそめていた光成は、この様子を見て、げ出せる絶好のチャンスだと判断し、階段をかけ降りた。

「おい、こら! 待て! 太満ふとみつ君! 少年が逃げてしまうぞ!」

「理事長、すんません……、今それどころじゃないっす……」

「こら! 待てといってるだろう!」

 理事長は光成を追いかけようとした!

「理事長! はなれないでください! 光合成パワーがなくなったらマジでヤバいっす!」

「くそ!」

 理事長は渾身こんしんの力でもって人体模型のうでをたたいた!

「なんて頑丈がんじょうなヤツだ! びくともせんぞ!」

 太満は全力の光合成パワーで腕をつかんでいるだけでなく、くっつく能力もフル稼働かどうさせて腕をはなすまいとした! しかし、人体模型のパワーと重量がすさまじく、腕ひしぎ十字固めが完全に決まるのも時間の問題のように見えた!

「太満君! 想定以上に光合成パワーを消費しているぞ! これではもうもたん! もう少し省エネにできないかね!」

「ぬあああああ! なにいってんすかこの状況じょうきょうで! もうダメだ! 比留守ひるす! ヤバい! 助けてくれ!」

 太満は骨伝導イヤホンで比留守に助けを求めた!

「ゴフッ、ゴフッ」

「今、人体模型に関節技決められそうになってんだよ!」

「ゲホン! ゲホン!」

「ああ? コイツは自立型ロボットだあ? 中央監視ちゅうおうかんしシステムからは制御せいぎょできないって? マジかよ!」

「グフッ、ゴホッ、ゴホゴホン!」

「そうだよ! 理事長も一緒いっしょだよ! とっくに光合成パワーは使ってる! それでもとんでもねえパワーでヤベえんだ!」

「ゲフ! ゲホ! ゴェッホン!」

「ああ? なに? もう一回いってくれ!」

「ヒュゥルルル、ゴホッ、ゴホゴホン!」

「わかった! 理事長! コイツの後頭部にスイッチがあるから、それしてください!」

「なに? 後頭部だな? しかしだよ、太満ふとみつ君! ヤツは君のうでをへし折ろうと体重を後ろにかけているところなのだよ? この体勢を見たまえ! 私の位置から後頭部なんぞ見れんぞ!」

「ちっくしょぉぉお!」

 太満は太った体中に血管がき出るほどの全力をりしぼって体勢を変えようとした!

「太満君! だから、もっと省エネにしたまえ!」

「ぬおおおおお……、理事長……、これで……どうっすか……」

「おお! 確かに赤いボタンが見える! これをせばいいんだな! よし! どうだ! 押してみたぞ!」

「ダメだ! 全然弱まんねえ! おい! 比留守ひるす! どういうことだよ!」

「ゲホ! ゲホン!」

「理事長! もっと強く押してくださいって!」

「もっと強く? どれくらい強くだね?」

「わかんねえっすよ! ボタンがおくにいくまで強く押してください!」

「わかった、わかった。さっきもそこそこ強く押していたのだがね? かなり強く押してみるよ? おっ、おお?! 奥まで押しこめたぞ! ふん! これでどうだ!」

 ブブーブブーブブー!

「うわぁああ! なんだね急に! びっくりするじゃないか!」

 理事長が後頭部の赤いボタンを深く押しこむと、急にブザー音が鳴り出した!

「シュウリョウシマス。ゴチュウイクダサイ」

 女性のような音声が流れて、あれほど強く重く太満ふとみつうでを引っ張っていた人体模型の動きが止まった!

「止まった!」

「止まったぞ!」

「いや、マジで今のはヤバかったっすよ理事長!」

「よし! それでは少年を追うぞ! 太満ふとみつ君!」

 理事長は太満とはなれ立ち上がった。

「いつまでその人体模型とくっついているつもりなのかね!」

「いや、それが、動きは止まったんですが、腕をがっちりつかまれていて離れねえんすよ! しかも、コイツめちゃくちゃ重いっす! あと、さっきのローキックもまともにくらっちまって、効いちまいました! 起き上がれねえっす! 理事長一人で追っかけてください!」

「しかたのないヤツだな! そこで待っておれ!」

 理事長は光成を追ってかけだし、階段を降りていった。ところが、一階の廊下ろうかが見えてくると、一面に赤いレーザーが張りめぐらされているのが見えてきた。理事長は足を止めて呆然ぼうぜんと辺りを見渡みわたす。赤く光る幾筋いくすじものレーザーが廊下を真っ赤に照らしていた。これでは通用口には行けない。理事長はしかたなくり返って、階段を上りはじめた。

「太満君! 比留守ひるす君を呼びたまえ!」


 私と光成は校舎から無事脱出だっしゅつすることに成功した。来た時と同じルートを通って校庭の外に出ると、学校を後にし家路についた。

「くそっ! 結局校長室には入れなかったな! 他に侵入者しんにゅうしゃがいたのは想定外だった!」

「まあ、そういうなよ。おれのプリントは取ってこれたんだし、まったくの手ぶらってわけじゃないだろう」

「それにしてもアイツら何者だ? あの太ってたヤツはプールにもいたヤツだろう?」

「ああ、そうだな。しかもATP能力まで使ってた」

「それだよ。あの暗闇くらやみの中で、なんでATP能力が使えたんだ?」

「思ったんだが、あの太ったヤツはもう一人を背負ってただろ? 筋肉ムッキムキのヤツ」

「あれ、なんでおんぶなんかしてたんだろうな。暗くてよくわからなかったんだが、もう一人はムキムキだったの?」

「そうなんだよw。くっそキメえだろw? 太ったヤツがムキムキマッチョをおんぶしてたんだぜ? 思うんだが、マッチョの方に秘密があるんじゃねえのかな」

「確かにそうかもな。たがどういうことだ? 光がなくても光合成ができるATP能力なのか? もしそんな能力があったらラーニングしたいな。光合成人間の弱点を克服こくふくできる」

「なにかヒントになる不自然な点はなかったか?」

「まあ、不自然といえば、アイツら二人ともはだかで密着してたよな」

「確かにw。マジでキモかったw」

 ちょうどここでそれぞれの家へ向かう分かれ道に着いたところだった。しかし、光成は何かを思い出して立ち止まった。

「そうだ。さっきお前がヤツらを落とし穴にき落とした時に思ったことがあったんだ。学校の怪談かいだんの話でお前がいってただろう、二宮金次郎にのみやきんじろうと人体模型の話は本当だって」

「ああ、人体模型はマジでヤバかっただろうw」

「ヤバかった。おれがいいたいのはそれだけじゃなくて、透明とうめいになるゆかとか赤い毛糸とかって話もあっただろう。あれもさっきの落とし穴と赤いレーザーのことなんじゃないかって思ったんだ」

「なるほど。確かに。学校の怪談ってのは、意外と心霊現象しんれいげんしょうとかじゃなくて、タネを明かせばそんなもんなのかもな」

「いや、俺がいいたいのはそういうことじゃない。すでにだれかがこの小学校に侵入しんにゅうしたことがあるんじゃないかってことだ」

「ほう」

「つまり、誰かが実際にあれを見たことがあるんだよ」

「なるほど。透明になる床と赤い毛糸ってのは、他の怪談にはないネタだからな。確かにあれを実際に見たと考えられるな。そいつが学校でいいふらして、人伝いに話が広まるうちに怪談かいだんになっていったってことか」

「そうだ。さらにいうと、そいつがだれで何の目的があって学校に侵入しんにゅうしたかって話でもある」

おれみてえにプリント忘れたんじゃねえのかw」

「そうかもな。だが、他の目的だったとしたらなんだと思う? あの校長室があやしくないか? さっきのネバーウェアも校長室にいただろう?」

「確かにな」

「あの校長室には何かある。いつかもう一度行ってみたいな」

「ああ。だがな、今回の件が学校にバレてるのか一旦いったん様子を見たい。俺たちの証拠しょうこは残してないが、ネバーウェアのヤツらがどう後始末をつけたかが気になる」

「そうだな。しばらくはおとなしくしてた方がよさそうだ。今日はおそいしもう帰ろう」

「そうだな。それじゃあまたな」

 私と光成はここで別れた。一人で歩く帰り道、私は光成のいっていたことを思い返していた。いわれてみれば確かにその通りなのだ。生徒には秘密にされている落とし穴と赤いレーザーの話が生徒たちの間で広まっているということは、生徒の誰かが、それを見たか話を聞いた者がいるということなのである。先生たちは学校のセキュリティを知っているだろうが、それを生徒にもらすことは、あの校長先生が厳しく禁じているにちがいない。そこをあえて先生のだれかが秘密をもらしたということは考えられるだろうか。そうでなければ、あるいは光成のいった通り、私たちよりも先に学校へ侵入しんにゅうした生徒が、すでにいたということになる。いずれにせよ、それは一体誰なのかという話なのだ。(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る