第十四話 校長室の隠し部屋 その二
その真っ暗な部屋の中では、パソコンのモニターだけが青白く光っていた。モニターの光に顔を照らされた男たちが、三人も集まって身を寄せ合い、モニターを見つめている。
「やけに文字が小さいな。これはなんなのかね?」
「これ……は……、ゲホン! ゲホン!」
「なんだって?」
「なにかの一覧のようだといってます」
「それくらいのことは私にだってわかるよ。なんの一覧なのか、そこが重要ではないのかね?」
「ゴフッ、ゴフゴフ!」
「なに? なんだって?」
「えっとですね、
「名簿? ほほう。生徒の名簿なんてのは、
「ゲフッ、ゴッ、ゴホン! ゲホン!」
理事長はなんとか聞き取ろうとして耳をかたむけてみたが、やはりただの
「ええっとですね。ごめん、もう一回いって?」
今のは太満でも聞き取れなかったようである。
「ゲホッ、ゲホゲホ! ゴェッホン!」
「ああ、なるほど。光合成人間の
「なんだって?」
モニターの光に照らされた理事長の顔が
「そいつはすごいぞ! 光合成人間の名簿だって? あっははははは! アイツめ、面白いものをかくしておったもんだな! 自分の学校の生徒から光合成人間をリストアップしておったか!」
「ゴフッ」
この
「いや、なんか地域の光合成人間じゃないかって話です。
「なんだって? 今の咳はやけに短かったぞ? 本当にそこまでいってたのかね?」
「ゴェッホン! ゴェッホン!」
比留守ははげしく咳こみながらも首を縦に
「そうか、そうか! 面白い! この地域の光合成人間をリストアップしてあるのか! 親の情報もあるのかもしれんな。こいつはかなり
「オホッ、ゴホッ、グッゴホン!」
ヘッドマウントディスプレイをつけた
「あ、理事長。何度もすみませんが、ちょっとトイレ行っていいですか」
「なんだって? さっきも行ったばかりじゃないか。ちょっと
「いや、今度はウ○コの方で」
「おぅ……、それはそれは。行ってきたまえ」
理事長はあきれたように首を左右に
その頃、私と光成は
「誰かいるな」
光成が小さな声でささやいた。
「ああ、
「この
「
「三人だな。咳をしてるヤツも
光成は光合成していなくなくても耳がいい。声色で一人一人の声を聞き分けていたのである。
その時だった。
「うわぁぁああ! な、なんだ?!」
男の声だった。私たちも
「マズい!」
突然のことで私たちも
「光成、ちょっと待てくれ!
「なんだって? マジかよ?」
「アイツらぜったい追ってくる! スマンが今来た
「マジかよ! こんな真っ暗じゃ光合成もできないんだぞ? 三人の大人相手に勝てっこねえ! 無理だ!」
「
「くそ! マジかよ! わかった!」
「わりいな!」
光成はたった今来たばかりの廊下を戻っていった。ちょうど校長室の前を走り
「おお! いたぞ! そこの君! 待ちたまえ!」
ヘッドライトをつけた男が二人出てきて光成を追い始めた。あれはなんであろう、私の
「アイツらネバーウェアだったのか? まさか、こんな真っ暗で光合成なんかできねえと思うんだが。裸になる意味なくねえか? どう見ても業者じゃねえな! アイツら何者だよ? これはひょっとしてヤベえことになってんじゃねえのか?」
私は急いで通用口へ行き、置きっぱなしにしていたパソコンから学校中の
「
私はパソコンを操作しながら光成のスマホに電話をした。
「お願いだ。それどころじゃねえだろうが出てくれ……」
私は電話の呼び出し音を聞きながら、セキュリティシステムを作動させ始めた。
「はぁはぁはぁ、なんだ?」
「おお! 光成! マジですまねえ! 走りながら聞いてくれ!」
「ああ、わかった」
「今、俺は監視カメラでお前をモニターしてるから安心しろ! これからセキュリティシステムを作動させてヤツラを
「わかった、
「それからもう一つ。おどかすわけじゃないんだが、お前にも
「なんだって? だが、この
「そうなんだが、どういうわけかヤツら
「光合成できないのに裸なのか! どんな変態だよ!」
私は同時に別のカメラの映像を出して、ヤツらもモニターした。
「なんだあれは? おんぶしてんのか?」
ちょうどヤツらは光成を追って二階の
「光成! なんかわからんがアイツら光合成してるみてえにめちゃくちゃ速い! すぐ追いつかれちまうぞ!」
「はあ、はあ、はあ、なんだって……、こんなに暗いのにか?」
光成は階段を上り終えて三階に出たところだった。
「マジで全力で走ってくれ! 三組の前まででいい! そこでヤツラを
光成は階段を上り終えて息が切れているところを、さらに全力
「なんだあれは! マジでヤベえ!」
「待ちたまえ君! 乱暴なマネはせんよ! さあ! いい子だからこっちに来なさい!」
「なにやってんだ! 本気で走れ! 追いつかれちまうぞ!」
光成はこれに答えない。それどころではなかった! もうあと少しで追いつかれるところなのだ!
私は光成の位置を画面へ食い入るように見つめた! もう少しだ! あと一息! がんばれ!
「君! 我々から
「くそ、ダメか! 光成!
光成は走り
この学校の二階と三階の
ジャンプした光成は落とし穴を
二人のネバーウェアは赤いレーザーが張り巡らされた一階の廊下に落ちているはずだった。しかし、どういうわけかヤツらの姿はそこにない。
「なんだあれは!」
なんと、ヤツらは一階と二階の間で、
「あれは市民プールで見た能力だぞ! 壁にくっつくのはATP能力じゃないか! なんでこんな
「光成! なにやってんだ! 今はそれどころじゃないだろ! 今すぐそこから
「はっ、そうだった! わかった!」
光成は全力で走り出して、その場を立ち去った。
「あっぶねえ! クソ! あのガキめ! 何しやがったんだ!」
「あぶなかったぞ! もう少しでレーザーに
「わかんねえっすよ!」
「しかし、なんだね?
「すいません。さっきトイレに行けなかったもんで、はずみで、つい」
「つい? ついってなんだね? まさか
「まさか、オナラですよ。
「いくらなんてもひどい臭いだよ君? 何を食べたらこんな臭いになるのかね?」
「ちょっと
「ちょっとだって? この
「ええ、ちょっと三人前くらいです」
「三人前? だからこんな腹になるのだよ!」
そういって理事長は
「
太満の腹をつかんだはずみで、理事長の足がレーザーに
「熱い! 熱いぞ太満君! なんでこんなものが作動しているんだ!
「まさか。アイツに限ってこんなヘマは……」
太満は例によって
「おい! 比留守! こりゃあどういうことだよ!」
「ゲホッ、ゲホン!」
「ああ? こっちは急に
「ゲホゲホ、ゲホンゲホン!」
「ああ? わかった。理事長、警備システムを作動させたのは
「じゃあ
「今調べてるそうです」
「急いでもらいたいものだな! ヤツを見失ってしまったではないか!」
「ゲホッ、ゴホゴホ、オホン、ゴホン!」
「職員室わきの通用口が今開いてるそうです。さっきのガキはそこを目指してるんじゃないかって、比留守がいってます」
「通用口は一階だったな! 我々が先回りできるかもしれん!
私はこの様子を逐一モニターしていた。
「おいおい、くっそキメえヤツらだな! これは一体どういうわけなんだよ? ヤツはなんでATP能力が使えんだ! くそ! これじゃあレーザーがまったく効かねえ!」
赤いレーザーが張り
「
一階の渡り廊下は外にあるため、夜間は扉を閉じ、
「
「グホッ! ゴ、グエッホン!」
「ああ? なんだって? マジかよ!」
「太満君! どうしたのかね! 極めて急いでいるところなのだよ!」
「理事長、この扉はオートロックじゃなくて、物理的に
「どういうことかね? 比留守では開けられないのか?」
「そうっす。この扉は
「我々は遠回りしたってわけか!
その
「
「いや、まだドアロックパネルをはめてない! これには多少時間がかかるが、もうはめてもいいか? パネルをはめちまうと後は
「ああ!
私は監視カメラで二人のネバーウェアを確認した。ヤツらは道を
「よし! これから
「ああ! わかった!」
光成が渡り廊下を渡り終えたその時だった。
音楽室や家庭科室のある三階から、重いものが走って近づいてくる音が聞こえてきた。特別室の三階を
「不気味の谷」と呼ばれる現象がある。「不気味の谷」とは、1970年にロボット工学者の
この人体模型の見た目は決してリアルではなく、オモチャのようなチープ感のある出来栄えだった。しかし、その重い体重をバランスよく支え、
ヤツは動くモノに反応する。そのため光成は
「いたぞ! あそこだ!」
「なんか、人体模型もいますね」
「おお、なんだねあれは?
理事長を背負った太満が
「
「ぐほぅっ!」
「マズいぞ! 早く立ち上りたまえ!」
人体模型は
「ぐぁぁあああっ!」
「なんだねコイツの動きは! まるでプロの
人体模型は
「ぐおおおおお!」
階段の
「おい、こら! 待て!
「理事長、すんません……、今それどころじゃないっす……」
「こら! 待てといってるだろう!」
理事長は光成を追いかけようとした!
「理事長!
「くそ!」
理事長は
「なんて
太満は全力の光合成パワーで腕をつかんでいるだけでなく、くっつく能力もフル
「太満君! 想定以上に光合成パワーを消費しているぞ! これではもうもたん! もう少し省エネにできないかね!」
「ぬあああああ! なにいってんすかこの
太満は骨伝導イヤホンで比留守に助けを求めた!
「ゴフッ、ゴフッ」
「今、人体模型に関節技決められそうになってんだよ!」
「ゲホン! ゲホン!」
「ああ? コイツは自立型ロボットだあ?
「グフッ、ゴホッ、ゴホゴホン!」
「そうだよ! 理事長も
「ゲフ! ゲホ! ゴェッホン!」
「ああ? なに? もう一回いってくれ!」
「ヒュゥルルル、ゴホッ、ゴホゴホン!」
「わかった! 理事長! コイツの後頭部にスイッチがあるから、それ
「なに? 後頭部だな? しかしだよ、
「ちっくしょぉぉお!」
太満は太った体中に血管が
「太満君! だから、もっと省エネにしたまえ!」
「ぬおおおおお……、理事長……、これで……どうっすか……」
「おお! 確かに赤いボタンが見える! これを
「ダメだ! 全然弱まんねえ! おい!
「ゲホ! ゲホン!」
「理事長! もっと強く押してくださいって!」
「もっと強く? どれくらい強くだね?」
「わかんねえっすよ! ボタンが
「わかった、わかった。さっきもそこそこ強く押していたのだがね? かなり強く押してみるよ? おっ、おお?! 奥まで押しこめたぞ! ふん! これでどうだ!」
ブブーブブーブブー!
「うわぁああ! なんだね急に! びっくりするじゃないか!」
理事長が後頭部の赤いボタンを深く押しこむと、急にブザー音が鳴り出した!
「シュウリョウシマス。ゴチュウイクダサイ」
女性のような音声が流れて、あれほど強く重く
「止まった!」
「止まったぞ!」
「いや、マジで今のはヤバかったっすよ理事長!」
「よし! それでは少年を追うぞ!
理事長は太満と
「いつまでその人体模型とくっついているつもりなのかね!」
「いや、それが、動きは止まったんですが、腕をがっちりつかまれていて離れねえんすよ! しかも、コイツめちゃくちゃ重いっす! あと、さっきのローキックもまともにくらっちまって、効いちまいました! 起き上がれねえっす! 理事長一人で追っかけてください!」
「しかたのないヤツだな! そこで待っておれ!」
理事長は光成を追ってかけだし、階段を降りていった。ところが、一階の
「太満君!
私と光成は校舎から無事
「くそっ! 結局校長室には入れなかったな! 他に
「まあ、そういうなよ。
「それにしてもアイツら何者だ? あの太ってたヤツはプールにもいたヤツだろう?」
「ああ、そうだな。しかもATP能力まで使ってた」
「それだよ。あの
「思ったんだが、あの太ったヤツはもう一人を背負ってただろ? 筋肉ムッキムキのヤツ」
「あれ、なんでおんぶなんかしてたんだろうな。暗くてよくわからなかったんだが、もう一人はムキムキだったの?」
「そうなんだよw。くっそキメえだろw? 太ったヤツがムキムキマッチョをおんぶしてたんだぜ? 思うんだが、マッチョの方に秘密があるんじゃねえのかな」
「確かにそうかもな。たがどういうことだ? 光がなくても光合成ができるATP能力なのか? もしそんな能力があったらラーニングしたいな。光合成人間の弱点を
「なにかヒントになる不自然な点はなかったか?」
「まあ、不自然といえば、アイツら二人とも
「確かにw。マジでキモかったw」
ちょうどここでそれぞれの家へ向かう分かれ道に着いたところだった。しかし、光成は何かを思い出して立ち止まった。
「そうだ。さっきお前がヤツらを落とし穴に
「ああ、人体模型はマジでヤバかっただろうw」
「ヤバかった。
「なるほど。確かに。学校の怪談ってのは、意外と
「いや、俺がいいたいのはそういうことじゃない。すでに
「ほう」
「つまり、誰かが実際にあれを見たことがあるんだよ」
「なるほど。透明になる床と赤い毛糸ってのは、他の怪談にはないネタだからな。確かにあれを実際に見たと考えられるな。そいつが学校でいいふらして、人伝いに話が広まるうちに
「そうだ。さらにいうと、そいつが
「
「そうかもな。だが、他の目的だったとしたらなんだと思う? あの校長室があやしくないか? さっきのネバーウェアも校長室にいただろう?」
「確かにな」
「あの校長室には何かある。いつかもう一度行ってみたいな」
「ああ。だがな、今回の件が学校にバレてるのか
「そうだな。しばらくはおとなしくしてた方がよさそうだ。今日は
「そうだな。それじゃあまたな」
私と光成はここで別れた。一人で歩く帰り道、私は光成のいっていたことを思い返していた。いわれてみれば確かにその通りなのだ。生徒には秘密にされている落とし穴と赤いレーザーの話が生徒たちの間で広まっているということは、生徒の誰かが、それを見たか話を聞いた者がいるということなのである。先生たちは学校のセキュリティを知っているだろうが、それを生徒にもらすことは、あの校長先生が厳しく禁じているに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます