第十三話 校長室の隠し部屋 その一

 どこの小学校でもよくあるように、私と光成が通う小学校では、学校の怪談かいだんや七不思議といったようなものが、生徒たちの間でまことしやかにうわさされることがあった。だれがいい出したのかはわからないが、大方はネットなどで見聞きしたものをそのまま真似ただけのもので、夜になると人体模型が歩き出すとか、二宮金次郎にのみやきんじろうが動き出すなど、どこからかそのままパクってきたような、一般的いっぱんてきなネタがいくつかあった。しかしながら、出所が不明のものも一部あり、たとえば廊下ろうかに張りめぐらされた赤い毛糸だとか、透明とうめいになって消えてしまうゆかなど、他では聞いたこともない怪奇かいき現象げんしょうふくまれていたことも、強いていえば興味深いことだったかもしれなかった。

 このような噂がどのように生まれたのか、はっきりしたことはわからないが、子どもたちからすれば、小学校の校舎というものは、昼間は日常的で慣れ親しんだ空間だったとしても、夜ともなれば誰もいなく、明かりもついていない真っ暗な建物であるため、おそろしいものに感じられたのかもしれない。

 あのころの私がこういった話を耳にしたのは、半年あるいは一年ほど前のことだったろうか。その時には、まさか自分と光成の二人がこれらの現象を目の当たりにして、そのなぞを解き明かすことになろうとは想像だにしていなかった。


 市民プールへ行ったあの日の夜、私は大変なことを思い出して光成にスマホのメッセージを送った。

 午前中に受けていた補習で宿題があったのだが、見事、そのプリントを学校に忘れてきたのである。提出は月曜の朝までだったから、日曜中に宿題を終わらせるには、土曜日である今日中にプリントを取りに行かねば間に合わない。そういった次第で、私は急ぎスマホでメッセージを光成に送ったのだった。

「光成、ヘルプ!」

 私はあせっていた。あせってメッセージを送ったにもかかわらず、なかなか既読きどくがつかない。既読がついて返事が返ってきたのは、実に十五分も後のことであった。

「あ?」

 私のあせった気持ちとは反対に、光成の返事はなんと簡素なものだったことか。待ちかまえていた私は即座そくざに返した。

「マジでヤバい! 助けてくれ!」

「?」

「今日、補習で宿題があったんだが、プリントを教室に忘れてきちまったんだよ!」

 私は矢継やつばやにメッセージを送った。

「なんだ」

「そんなことか」

「月曜で」

「よくね?」

 こっちはあせっているというのに、光成は短いメッセージをパラパラと送ってきてイライラする。

「それじゃ間に合わねえんだ! 月曜の朝一で提出しなきゃなんねえんだよ!」

「自業自得」

「じゃね?」

 ああもう! 「自業自得」でメッセージを区切るあたりがわざとらしい!

「そうなんだけどさあ! わりいんだが付き合ってくれよ!」

「付き合うって」

「なにに?」

「学校にプリント取りに行くことだよ!」

「今から?」

「そう!」

「ムリ」

「そこをなんとかたのむ!」

「もう夜だし」

「学校」

「閉まってんだろ」

 ああ、もう、らちが明かない上にイライラする。私はメッセージを打つことをあきらめ、電話をした。


 電話で私は光成を説得することに成功した。

 昼間の市民プールで、光成を助けるためにリアじゅう水着カップルへ話しかけさせられたことを、ネチネチと恩着せがましくうったえこともあったが、もっとも効果があったのは、校長室にあると考えられる、かくし部屋のことだった。光成はこのことに大変な興味を示した。昼間に校長室を調べることはできないからであろう。光成は学校の警備システムのことを心配したが、それについては私がすでに調査済みであることを伝えた。これはもう完璧かんぺきだった。絶対に、何の痕跡こんせきも残さず侵入しんにゅうすることができる。

 光成は二つ返事でこれから学校へ行くことを了承りょうしょうしてくれた。残念ながらリア充水着カップルの件については歯牙しがにもかけてくれなかったが。


 私は光成と学校の手前で落ち合った。

 人通りも少なく、すでに夜であったから辺りは暗い。街灯がついているのみである。この静けさと暗さによって私はいくらか冷静になっていた。先に到着とうちゃくしていた私は、暗がりの中、一人で光成の到着を待つうちに、先ほどまであれほどあせっていた気持ちの灯火ともしびき消され、やはり夜間に学校へ侵入しんにゅうすることなどやめた方がいいのではないかと思い始めていたのである。

「おう、わりい、わりい。夜に呼び出しちまってスマンかったw」

「よう、今日は昼間からいろいろあったしな。さっさと済ませようぜ」

「それでだな、光成。おれから呼び出してわりいんだけどさ、今日はやっぱりやめとこうかと思うんだ」

「おいおい、急になんだよ。さっきまでの勢いはどうしたんだ?」

「お前のいう通り、月曜でいいって思ってきたんだ。先生にはおこられるだろうけどな」

「マジで? 本気でいってんの?」

「ああ、侵入自体は完璧かんぺきにできる自信はあるんだが、悪いことではあるからな。そこまでする必要あるかって思い直してきたんだ」

 光成はむりやり私に付き合わされているのだから、私が行かないといえば終る話だと思っていた。

「いや、それじゃお前が困るんだろ?」

「いや~、すまなかった。学校の前まで来てもらって、ほんとスマン。お前のいう通りだわ。月曜にするよ」

 これで嫌味いやみの一つや二つをいわれれば終わりだと思っていた。しかし、そうではなかった。

「いやいや、いいよ。行こうよ」

「は? なんで?」

「なんでって、お前がいい出したんだろうよ」

「そうだけどさあ、あれ? マジで? いや、だからおれは月曜でいいっていってんだけど……。どうしたんだよ急に」

「だって、校長室にも行くんだろ? 俺は近いうちに確かめたいと思ってたんだよ。かくし部屋があるのか、そこに何があるのか。お前も興味持ってたじゃないか」

「そうだけどさあ、別に今日じゃなくてよくねえ? なんかあったのかよ」

「お前も知ってるだろ。俺が校長室に呼び出された時のことを」

「ああ」

「校長先生は俺が光合成仮面じゃないかって疑ってる」

「まあ、あの校長はなかなかするどそうだからな。けど決定的な証拠しょうこはないだろう?」

「ああ。だがな、少なくとも光合成人間だということはバレてる。俺は催眠術さいみんじゅつにかからなかったからな。あの時、校長先生は何度も息をしているか確認してきた。逆にいえば、おれが呼吸じゃなくて光合成をしてるんじゃないかって確認してたわけだ。そうじゃなきゃ催眠術にかからないわけの説明がつかないからな。あの一件で、校長先生は俺が光合成人間だってことを確信してるにちがいない」

 これまでのエピソードでもわかる通り、光成は徹底的てっていてきに身バレをけてきた。

「俺が光合成仮面だということはまだ決定的じゃない。だが、ほぼほぼ確信しているだろう。俺はアイツに弱みを握られちまったんだ。だから、アイツの正体を暴く必要があるんだよ」

「ああ、あの校長はぜったい裏がある。けどよ……」

 私がそこまでいいかけた時、めずらしく光成が私の話をさえぎった。

「まあ聞けよ。お前のハッキング力を信頼しんらいしてるってこともあるんだ。俺だって危険をおかしてまでこんなマネはしたくない。だけどお前だったらできるって、信用してるんだよ。完璧かんぺき跡形あとかたも残さず侵入しんにゅうできるんだろう?」

「あたりまえだ。いっちゃ悪いが、この学校のセキュリティシステムは脆弱過ぜいじゃくすぎるw。まかせとけ!」

 学校のセキュリティシステムは確かに脆弱であったが、それ以上に、私がおだてられることに極めて脆弱だった。夜間の学校へプリントを取りに行くなどという、おろかな行動を一旦いったんは思いとどまったものの、結局は、うまい具合にのせられてしまって、光成の強い意志に付き合う形で学校に侵入することになってしまったのだった。


 もともと私は学校のセキュリティには関心があって、地道な調査活動を続けていた。何か目的があって調べていたわけではなく、今の校長先生がみょうにセキュリティを固め始めたのがきっかけだった。前の校長先生のころは、警備システムなどは設置されておらず、用務員さんと警備員さんの二人体制で、せいぜいとびらや窓の施錠せじょうをするくらいのことしかしていなかったから、興味の持ちようもなかった。それが今の校長先生になってからは、監視かんしカメラがそこかしこに備え付けられ、それまでなかったセンサーのようなものが設置されるなど、あれはなんだろうかと調べてみるうちに、赤外線探知機であることがわかったり、レーザー照射機が設置されていることがわかったりして、ますます興味を持つようになっていったのである。だから、この時にはすでに学校のセキュリティをほとんど調べつくしていたのだった。そういうわけで、プリントを取りに行くなどというつまらぬきっかけであっても、簡単に侵入しんにゅう計画を立てられたのである。

 まずは侵入経路であるが、学校の敷地内へは校庭側から侵入する。校舎側、特に正門前の監視は厳重なのに対し、校庭の監視カメラは広域を写した一台のみで、死角が存在するからだ。監視カメラに写る範囲はんいはマップアプリに反映済みで、この死角に沿って校舎に接近する。

 校舎へは教員の通用口から侵入しんにゅうする。この通用口のオートロックパネルは中央ちゅうおう監視かんしシステムにつながっていて、パネルのカバーを外し、中にあるLANケーブルをPCにつなげれば、中央監視システムに侵入することができるのだ。

 だが、この通用口には監視カメラがあって、絶対に姿が映ってしまう。これについては後で映像の改ざんをすることで対処するしかない。


 この計画通り私と光成は通用口にたどり着いた。私たちは手袋てぶくろをして、持ってきた工具を使って慎重しんちょうにパネルを取り外し、PCから中央監視システムに侵入をこころみた。

「あれが監視カメラか」

 光成がのんきにカメラをのぞいていた。

「よし、中央監視システムに侵入できた。まずはこのカメラの映像をしばらくの間誰だれも映ってないものに差しえる。それで、ちょっと待ってろよ、今、通用口のロックを解除する」

「そんな簡単にできて大丈夫だいじょうぶなのか?」

「それなw。あれ? ヘンだな。すでにロック解除されてる。このドア開いてるぞ?」

「最後に帰った先生がロックし忘れたんじゃないのか?」

「そうかもな。ちょっと待て。マグネットセンサーも作動してないな。よし、開けてみるぞ」

 私は慎重しんちょうとびらを少しだけ開けてみた。

 カチャッ。

「開いたぞ」

「やっぱかぎを閉め忘れたんだな。じゃあ、行こうか」

「おっと、待て。光成、お前に注意しておきたいことがある。こっから先はセンサーだらけだ。ドアというドアにセンサーがついてる。センサーはおれが切るが、お前はこの学校のセキュリティにくわしくない、絶対に俺より先に行かないでくれ」

「わかった」

「よし、じゃあ行こうか」

 そういって私は少しだけ開けていた扉をすべて開けた。

「あれ? ヘンだな。廊下ろうかには赤いレーザーが張りめぐらされてるはずなんだが」

「真っ暗だぞ」

 私と光成は、それぞれ持ってきた懐中かいちゅう電灯でんとうをつけた。

「ちょっと待て。状況じょうきょうを確認する」

 私はオートロックパネルに接続したPCで、中央ちゅうおう監視かんしシステムの状態を調べた。

おどろいた。セキュリティシステムが全部作動してない」

「マジで?」

「ああ、こりゃあだれだかわかんねえが、セキュリティシステムを入れずに帰ったな。潜入せんにゅうするには最高のタイミングだぜw。よし! 行こうか!」

「ちょっと待て。パソコンは置きっぱなしでいいのか?」

「ああ、スマホでコイツと通信して中央監視システムにアクセスするから、コイツはここに置いてく」

「なるほど」

「ただ、Wi−Fiがおれの教室までは届かねえんだ。予定ではここで全部のセンサーを切ってから行く予定だったんだが、その手間がはぶけたぜ。じゃあ、行こうか」

 この時、とびらにはさまっていた小さな紙片が通用口のすみへ落ちたことに、私と光成は気づいていなかった。


 懐中かいちゅう電灯でんとうを持ってきたとはいえ、校舎は真っ暗だった。普段ふだんは子どもたちの元気な声がひびく学校であったが、夜ともなれば打って変わってだれもいなく、暗黒空間が広がるのみである。暗闇くらやみというものはなぜこうもおそろしいものなのだろう。ビビりの私は早くも家に帰りたい気持ちになっていたが、光成の方では何食わぬ顔でいつも通りの様子だった。

「真っ暗だな」

 光成はすずしい顔でいった。

「お前こわくねえのか? スゲえな。お前を呼んでマジで正解だったわ。おれ一人だったらムリだった……。マジで怖ぇ……」

 私は足を止めていった。

「お前先に行ってくれよ」

「何いってんだ? お前はさっきセンサーがあるから絶対に先に行くなっていってたじゃないか」

 そういって光成がり返ると、私はアゴの下から懐中かいちゅう電灯でんとうで顔を照らしているところだった。

「…………。バカかよ。さっさと行くぞ」

 なぜ子どもというものは、肝試きもだめしなどで懐中電灯を持つと必ずこれをやるのだろう。普通ふつうはウケるのだが、光成にはまったくウケなかった。

「お、おう。やっぱ俺が先に行くのか……。マジで暗いな。本当だったらこの廊下ろうかには赤いレーザーが張りめぐらされているんだが、今日はラッキーなことに真っ暗だぜ」

 私は暗闇くらやみの中を先頭になっておそる恐る歩き出した。すぐ近くにある職員室の前から階段を上れば二階のわたり廊下に出られる。

彩豪さいごう、さっきからお前がレーザーっていってるのが気になるんだが、センサーの間違まちがいじゃないのか?」

「いいや、センサーじゃない。レーザーなんだ」

「レーザーって、体にれたら危ないんじゃないのか?」

「ああ、だから触れると火傷するんだよ」

「マジで?」

「マジだよ。あの校長先生は何考えてんだろうな。侵入者しんにゅうしゃをマジで殺しにきてるw」

「やり過ぎだろ」

「それなw」

 そんな話しをしながら階段を上っていくと、私たちは二階のわた廊下ろうかに到着した。この先に進めば教室がある校舎に行ける。

「彩豪。お前も学校の怪談かいだんって聞いたことあるだろ?」

「やめろよ、こんな時にw。お前もビビってんのか?」

「まさか。あれはただのうわさだろ? なんかこうやって夜の学校を歩いてると、思い出しちまったんだよ。ああいうのって誰がいい出すんだろな」

「確かにw。けどな、この学校のセキュリティを調べてる内に、いくつかわかったことがあるんだ」

 私たちは北側の校舎に移って、教室がある三階へ向かって階段を上り始めた。

「ほう。ほんとに幽霊ゆうれいが出るとか?」

「まさかw。セキュリティの話だよ。たとえばだが、二宮金次郎にのみやきんじろうが動くって噂があんだろう。あれ、マジでホントなんだ」

「マジかよ。ネタっぽいセキュリティだな」

「それなw。あの校長先生のセンスはマジでヒデえw。正門わきの二宮金次郎はな、あれは監視かんしカメラが内蔵されていて、周囲を見渡みわたすためにゆっくりと向きを変えてんだ。だから、ぱっと見には動いてないように見えんだが、少し時間経ってから見ると向きが変わってて、それに気づくとけっこうビビるんだよ。『さっきと向きがちがう!』ってな。残念ながら歩いたり走ったりはしないんだがw」

 私たちは三階にたどり着いた。ここまで来れば後は私の教室へ向って進むのみである。

「あと、夜になると人体模型が歩き出すってうわさもあんだろう?」

「あれも動くのか?」

「そうなんだよw。くっそウケんだろ? こっちは二宮金次郎にのみやきんじろうと違ってマジでスゲえ。歩いたり走ったりできんだw」

「マジかよ!」

「あれは二足歩行ロボットなんだ。しかもAI搭載とうさいの。中央ちゅうおう監視かんしシステムとは独立した自立型のロボットなんだ」

「そんなロボット、高いんじゃないのか?」

「高いなんてもんじゃねえ。しかも、めちゃくちゃ重い。あれを生徒が間違まちがってたおして下敷したじきになったら、大怪我おおけがじゃすまないくらい重いんだ。重いくせに、走ってバック転までできる。さらに、総合そうごう格闘家かくとうかの動きをAIがディープラーニングしていて、人並外れた重いパンチやキックだけじゃなく、サブミッションまでてきんだ」

「そんなのに見つかったらヤバいな」

「ヤバい。真っ昼間のネバーウェア相手でもたたかえる戦闘せんとう能力のうりょくだ。ただ、ヤツには熱センサーがついてなくてな、実はじっとしてれば見つからないんだ。カメラとマイクもついてはいるんだが、音と動くものに反応するから、じっとしていれば攻撃こうげき対象たいしょうにならない。ヤツは校舎の中を巡回じゅんかいしていて、そのうちこっちにも来る。その時は絶対に動くなよ?」

 ここまで話すと、ついに私の教室の眼の前までたどり着いた。

「よし、教室に着いたぞ」

おれ廊下ろうかで待ってる」

「え? なにいってんの?」

「だって、人体模型がこっち来るかもしれないんだろ? 見張ってるよ」

「いやいや、俺一人で教室に入んの? カンベンしてよ。マジでこわいんだから」

「しょうがないな」

 私は光成について来てもらいながら自分の机に行って、中から宿題のプリントを探し始めた。

「これか? いや、ちがうな」

「なんだお前、机の中にプリント多すぎないか? ちゃんと持って帰れよ。だから今日も忘れるんだよ」

「スマン、スマン。あった! これだ! よし、それじゃ行こうか!」


 その時だった。

 遠くから何か重いものが歩くような音が聞こえてきたのは。


「マズい……、ヤツだ。ライトを消せ!」

 二人とも懐中かいちゅう電灯でんとうを消し、かたずを飲んで姿勢を低くした。辺りは真っ暗であったが、廊下ろうかにはちょうど非常口の誘導灯ゆうどうとうがあって、目が慣れてきた私たちには、緑色に照らされた廊下の様子が次第にはっきりと見えるようになった。他に物音のしない校舎で、その重い足音はますます近づいて大きくなってきた。

 ウィー、ドシン。ウィー、ドシン!

 ヤツはこの教室の前で足を止めると、顔をこちらに向けて教室の中を凝視ぎょうしし始めた。緑色に照らされたその姿は、さながら内臓が飛び出したネバーウェアのようだった。

 姿勢を低くしていたとはいえ、相手が人間であれば子どもが教室にいることに気づいただろう。しかしながら、やはりというか事前に調査していた通り、ヤツは私たちにまったく気づかなかった。ほどなくしてヤツは廊下ろうかの方を向き、重い足音を立てながらはなれていった。

 ウィー、ドシン! ウィー、ドシン。

「行ったな。おれたちも行こう。絶対に音を立てるなよ。念のためクツはいでおこうか」

「クツを脱ぐ? ひょっとしてヤツの後をつけるのか?」

「そうだ。ヤツの巡回じゅんかいルートは、これから西側の二階わたり廊下からとなりの校舎に行く。そこから階段を上って音楽室や家庭科室がある三階へ行くんだ。反対に俺たちは階段を降りれば校長室と職員室がある一階に行けるというわけだ」

「なるほど」

「ヤツと一定の距離きょりをたもって行くぞ。机やイスに気をつけろ。絶対に音を立てるなよ」

 私たちは慎重しんちょうに教室から廊下に出た。遠くにヤツの姿が見え、不意に光成が小さな声でささやいてきた。

「なあ、思ったんだがあの人体模型、教頭先生に似てないか?」

「ぷっ!」

 音を立ててはならないというのに、思わず私はき出してしまった。

「ヤバい!」

 私たちは息を止めて遠くの人体模型を見守った。するとヤツは足を止め、その場ですぐわきにある教室の方を向くと、しばらくそのままでいた。そして、何事もなかったように再び歩き始めた。

「アブねえw。やめろよこんな時にw。くっそウケるw。確かにすげえ似てんだがw。そういわれると、なんかもう教頭先生にしか見えねえw」

「ああいうふうに教室の中をのぞいてまわるんだな。おれたちも映ってたんじゃないのか?」

「ああ。だが、さっきもいったが、ヤツは音と動くものにしか反応しねえ」

「俺がいいたいのはそういうことじゃない。後でヤツに録画された映像を校長先生が見たらバレるんじゃないかってことだ」

「ああ、それだったら大丈夫だいじょうぶだ。ヤツには録画機能はないんだよ。監視かんしというよりはバトル専門だなw。侵入者しんにゅうしゃ撃退げきたい目的もくてきでヤツは巡回じゅんかいしてるんだ」

「見た目以上に物騒ぶっそうだな。そうか。それを聞いて安心した」

「見た目は教頭先生だからなw。しかし、くっそ似てんなw」

 確かにヤツは教頭先生に似ていた。念のための補足であるが、この人体模型はわざわざ教頭先生に似せて作られたわけではない。たまたま教頭先生がこの人体模型に似ていただけなのだ。


 私たちは慎重しんちょう距離きょりをとりながらヤツの後をつけ、二階のわた廊下ろうかけた。ヤツは巡回じゅんかいルートを守って階段を重い足音をひびかせながら三階に上っていった。

「よし。行ったな。後は校長室に行くだけだ」

「そうだな。だが、かくし部屋への入り方はわかってないんだろう? 調べるのに時間かかりそうだ。あんなのがうろついていて大丈夫だいじょうぶか?」

「ああ。ヤツは校長室には入ってこねえ。校長室に入っちまえば、後は物音さえ立てなきゃ大丈夫だ」

「そうか。じゃあ、ゆっくり探せそうだな。おれは隠し部屋に入れるのは校長室からだとにらんでるんだ。隠し部屋なんか普通ふつうは作らねえ。中で何をやってるのか、ぜったいに正体を暴いてやる。ちょっと待て、なんだ? 何か聞こえるぞ」

 ちょうど私たちは階段を降りて一階の踊り場に出たところだった。

せきだ。だれかが咳をしてるぞ」

「ホントだな……」

「あれは放送室か校長室のあたりだ」

「誰かいるな……。最初からセキュリティ入ってなかったのが気になってたが、ひょっとして、俺たちの他に誰かいんのか?」

 他に侵入者しんにゅうしゃがいるなどということはまったく想定していなかった。私たちは音を立てないよう慎重しんちょうに校長室へ近づいて行くと、その咳はだんだんとはっきり聞こえるようになっていった。(続く)

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