第十三話 校長室の隠し部屋 その一
どこの小学校でもよくあるように、私と光成が通う小学校では、学校の
このような噂がどのように生まれたのか、はっきりしたことはわからないが、子どもたちからすれば、小学校の校舎というものは、昼間は日常的で慣れ親しんだ空間だったとしても、夜ともなれば誰もいなく、明かりもついていない真っ暗な建物であるため、
あの
市民プールへ行ったあの日の夜、私は大変なことを思い出して光成にスマホのメッセージを送った。
午前中に受けていた補習で宿題があったのだが、見事、そのプリントを学校に忘れてきたのである。提出は月曜の朝までだったから、日曜中に宿題を終わらせるには、土曜日である今日中にプリントを取りに行かねば間に合わない。そういった次第で、私は急ぎスマホでメッセージを光成に送ったのだった。
「光成、ヘルプ!」
私はあせっていた。あせってメッセージを送ったにもかかわらず、なかなか
「あ?」
私のあせった気持ちとは反対に、光成の返事はなんと簡素なものだったことか。待ちかまえていた私は
「マジでヤバい! 助けてくれ!」
「?」
「今日、補習で宿題があったんだが、プリントを教室に忘れてきちまったんだよ!」
私は
「なんだ」
「そんなことか」
「月曜で」
「よくね?」
こっちはあせっているというのに、光成は短いメッセージをパラパラと送ってきてイライラする。
「それじゃ間に合わねえんだ! 月曜の朝一で提出しなきゃなんねえんだよ!」
「自業自得」
「じゃね?」
ああもう! 「自業自得」でメッセージを区切るあたりがわざとらしい!
「そうなんだけどさあ! わりいんだが付き合ってくれよ!」
「付き合うって」
「なにに?」
「学校にプリント取りに行くことだよ!」
「今から?」
「そう!」
「ムリ」
「そこをなんとか
「もう夜だし」
「学校」
「閉まってんだろ」
ああ、もう、らちが明かない上にイライラする。私はメッセージを打つことをあきらめ、電話をした。
電話で私は光成を説得することに成功した。
昼間の市民プールで、光成を助けるためにリア
光成は二つ返事でこれから学校へ行くことを
私は光成と学校の手前で落ち合った。
人通りも少なく、すでに夜であったから辺りは暗い。街灯がついているのみである。この静けさと暗さによって私はいくらか冷静になっていた。先に
「おう、わりい、わりい。夜に呼び出しちまってスマンかったw」
「よう、今日は昼間からいろいろあったしな。さっさと済ませようぜ」
「それでだな、光成。
「おいおい、急になんだよ。さっきまでの勢いはどうしたんだ?」
「お前のいう通り、月曜でいいって思ってきたんだ。先生には
「マジで? 本気でいってんの?」
「ああ、侵入自体は
光成はむりやり私に付き合わされているのだから、私が行かないといえば終る話だと思っていた。
「いや、それじゃお前が困るんだろ?」
「いや~、すまなかった。学校の前まで来てもらって、ほんとスマン。お前のいう通りだわ。月曜にするよ」
これで
「いやいや、いいよ。行こうよ」
「は? なんで?」
「なんでって、お前がいい出したんだろうよ」
「そうだけどさあ、あれ? マジで? いや、だから
「だって、校長室にも行くんだろ? 俺は近いうちに確かめたいと思ってたんだよ。
「そうだけどさあ、別に今日じゃなくてよくねえ? なんかあったのかよ」
「お前も知ってるだろ。俺が校長室に呼び出された時のことを」
「ああ」
「校長先生は俺が光合成仮面じゃないかって疑ってる」
「まあ、あの校長はなかなかするどそうだからな。けど決定的な
「ああ。だがな、少なくとも光合成人間だということはバレてる。俺は
これまでのエピソードでもわかる通り、光成は
「俺が光合成仮面だということはまだ決定的じゃない。だが、ほぼほぼ確信しているだろう。俺はアイツに弱みを握られちまったんだ。だから、アイツの正体を暴く必要があるんだよ」
「ああ、あの校長はぜったい裏がある。けどよ……」
私がそこまでいいかけた時、めずらしく光成が私の話をさえぎった。
「まあ聞けよ。お前のハッキング力を
「あたりまえだ。いっちゃ悪いが、この学校のセキュリティシステムは
学校のセキュリティシステムは確かに脆弱であったが、それ以上に、私がおだてられることに極めて脆弱だった。夜間の学校へプリントを取りに行くなどという、おろかな行動を
もともと私は学校のセキュリティには関心があって、地道な調査活動を続けていた。何か目的があって調べていたわけではなく、今の校長先生が
まずは侵入経路であるが、学校の敷地内へは校庭側から侵入する。校舎側、特に正門前の監視は厳重なのに対し、校庭の監視カメラは広域を写した一台のみで、死角が存在するからだ。監視カメラに写る
校舎へは教員の通用口から
だが、この通用口には監視カメラがあって、絶対に姿が映ってしまう。これについては後で映像の改ざんをすることで対処するしかない。
この計画通り私と光成は通用口にたどり着いた。私たちは
「あれが監視カメラか」
光成がのんきにカメラをのぞいていた。
「よし、中央監視システムに侵入できた。まずはこのカメラの映像をしばらくの
「そんな簡単にできて
「それなw。あれ? ヘンだな。すでにロック解除されてる。このドア開いてるぞ?」
「最後に帰った先生がロックし忘れたんじゃないのか?」
「そうかもな。ちょっと待て。マグネットセンサーも作動してないな。よし、開けてみるぞ」
私は
カチャッ。
「開いたぞ」
「やっぱ
「おっと、待て。光成、お前に注意しておきたいことがある。こっから先はセンサーだらけだ。ドアというドアにセンサーがついてる。センサーは
「わかった」
「よし、じゃあ行こうか」
そういって私は少しだけ開けていた扉をすべて開けた。
「あれ? ヘンだな。
「真っ暗だぞ」
私と光成は、それぞれ持ってきた
「ちょっと待て。
私はオートロックパネルに接続したPCで、
「
「マジで?」
「ああ、こりゃあ
「ちょっと待て。パソコンは置きっぱなしでいいのか?」
「ああ、スマホでコイツと通信して中央監視システムにアクセスするから、コイツはここに置いてく」
「なるほど」
「ただ、Wi−Fiが
この時、
「真っ暗だな」
光成は
「お前
私は足を止めていった。
「お前先に行ってくれよ」
「何いってんだ? お前はさっきセンサーがあるから絶対に先に行くなっていってたじゃないか」
そういって光成が
「…………。バカかよ。さっさと行くぞ」
なぜ子どもというものは、
「お、おう。やっぱ俺が先に行くのか……。マジで暗いな。本当だったらこの
私は
「
「いいや、センサーじゃない。レーザーなんだ」
「レーザーって、体に
「ああ、だから触れると火傷するんだよ」
「マジで?」
「マジだよ。あの校長先生は何考えてんだろうな。
「やり過ぎだろ」
「それなw」
そんな話しをしながら階段を上っていくと、私たちは二階の
「彩豪。お前も学校の
「やめろよ、こんな時にw。お前もビビってんのか?」
「まさか。あれはただの
「確かにw。けどな、この学校のセキュリティを調べてる内に、いくつかわかったことがあるんだ」
私たちは北側の校舎に移って、教室がある三階へ向かって階段を上り始めた。
「ほう。ほんとに
「まさかw。セキュリティの話だよ。たとえばだが、
「マジかよ。ネタっぽいセキュリティだな」
「それなw。あの校長先生のセンスはマジでヒデえw。正門わきの二宮金次郎はな、あれは
私たちは三階にたどり着いた。ここまで来れば後は私の教室へ向って進むのみである。
「あと、夜になると人体模型が歩き出すって
「あれも動くのか?」
「そうなんだよw。くっそウケんだろ? こっちは
「マジかよ!」
「あれは二足歩行ロボットなんだ。しかもAI
「そんなロボット、高いんじゃないのか?」
「高いなんてもんじゃねえ。しかも、めちゃくちゃ重い。あれを生徒が
「そんなのに見つかったらヤバいな」
「ヤバい。真っ昼間のネバーウェア相手でもたたかえる
ここまで話すと、ついに私の教室の眼の前までたどり着いた。
「よし、教室に着いたぞ」
「
「え? なにいってんの?」
「だって、人体模型がこっち来るかもしれないんだろ? 見張ってるよ」
「いやいや、俺一人で教室に入んの? カンベンしてよ。マジで
「しょうがないな」
私は光成について来てもらいながら自分の机に行って、中から宿題のプリントを探し始めた。
「これか? いや、
「なんだお前、机の中にプリント多すぎないか? ちゃんと持って帰れよ。だから今日も忘れるんだよ」
「スマン、スマン。あった! これだ! よし、それじゃ行こうか!」
その時だった。
遠くから何か重いものが歩くような音が聞こえてきたのは。
「マズい……、ヤツだ。ライトを消せ!」
二人とも
ウィー、ドシン。ウィー、ドシン!
ヤツはこの教室の前で足を止めると、顔をこちらに向けて教室の中を
姿勢を低くしていたとはいえ、相手が人間であれば子どもが教室にいることに気づいただろう。しかしながら、やはりというか事前に調査していた通り、ヤツは私たちにまったく気づかなかった。ほどなくしてヤツは
ウィー、ドシン! ウィー、ドシン。
「行ったな。
「クツを脱ぐ? ひょっとしてヤツの後をつけるのか?」
「そうだ。ヤツの
「なるほど」
「ヤツと一定の
私たちは
「なあ、思ったんだがあの人体模型、教頭先生に似てないか?」
「ぷっ!」
音を立ててはならないというのに、思わず私は
「ヤバい!」
私たちは息を止めて遠くの人体模型を見守った。するとヤツは足を止め、その場ですぐ
「アブねえw。やめろよこんな時にw。くっそウケるw。確かにすげえ似てんだがw。そういわれると、なんかもう教頭先生にしか見えねえw」
「ああいうふうに教室の中をのぞいてまわるんだな。
「ああ。だが、さっきもいったが、ヤツは音と動くものにしか反応しねえ」
「俺がいいたいのはそういうことじゃない。後でヤツに録画された映像を校長先生が見たらバレるんじゃないかってことだ」
「ああ、それだったら
「見た目以上に
「見た目は教頭先生だからなw。しかし、くっそ似てんなw」
確かにヤツは教頭先生に似ていた。念のための補足であるが、この人体模型はわざわざ教頭先生に似せて作られたわけではない。たまたま教頭先生がこの人体模型に似ていただけなのだ。
私たちは
「よし。行ったな。後は校長室に行くだけだ」
「そうだな。だが、
「ああ。ヤツは校長室には入ってこねえ。校長室に入っちまえば、後は物音さえ立てなきゃ大丈夫だ」
「そうか。じゃあ、ゆっくり探せそうだな。
ちょうど私たちは階段を降りて一階の踊り場に出たところだった。
「
「ホントだな……」
「あれは放送室か校長室のあたりだ」
「誰かいるな……。最初からセキュリティ入ってなかったのが気になってたが、ひょっとして、俺たちの他に誰かいんのか?」
他に
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