第十話 メロンズ教授 その一
そこは
テーブルの上に置かれたスマートフォンが先ほどから鳴っていて、白い秋田犬が前足をテーブルに乗せ、何事かとのぞき
ちなみに、稲荷静香が誰なのか念のために補足をしておくと、光合成スイマーとのバトルの時に白い秋田犬を連れていた、
「お母さん。お父さんのスマホ、また
「
稲荷の母がそういうと、スマートフォンは鳴り止んだ。ちなみに、この母親も初登場ではない。なぜなら、この女性は
リリリーン、リリリーン。
今度はリビングの固定電話が鳴った。稲荷の母はいら立ちをかくさず、舌打ちをして電話に出た。
「はい、もしもし」
「あ、お
「
「ああ、はい。少々お待ちになって」
「あなた! 電話よ!」
「電話?
「太満!」
「おお、そうか、そうか。スマフォからかけ直す。すまんが持って来てくれんか?」
稲荷の母はこみ上げる
「
稲荷静香はおとなしく母の命令に従った。テーブルからスマートフォンを持ち、リビングから外に出る。
夏の日差しを浴びて青々しく育った
静香はなるべく父を見ないようにした。
「これ、持ってきたよ」
「おお、お前が持ってきてくれたのか。すまん、すまん。今日は本当にいい天気だな。どうだ? お前も
父はサングラスの
「いい」
「ふん、あれで昔はずいぶんと可愛かったもんだったがな。おおっと、今でもまだまだ可愛いか。さてと」
理事長はスマートフォンで
「私だ」
「あ、お
「こちらこそすまんな。それで、何かあったか?」
「先ほどメロンズのヤツから電話がありまして」
「なに? メロンズから? それで?」
「はい、今すぐ理事長に会って話がしたいそうです」
「今すぐ? 用件は」
「何か直接会って確認したいことがあるそうで」
「まいったな。今夜は仕事だというのに、日光浴はまだかかりそうだ。かといってヤツは大口の
「できるっちゃできますが、お連れしてもいいんですか?」
「構わん」
「こういっちゃなんですが、アイツは相当ヤバいヤツっすよ? ご自宅を知られて
「構わんよ。NPOの代表をやってる時点で、住所なんぞ調べようと思えばすぐにわかる。それに、我々を
「確かにそうっすね。じゃあ、ヤツを連れていきますよ」
「ちょっと待て。お前の他にもシニアプレイヤーを呼んでくれ」
「
「全員だ」
「全員っすか?」
「ああ、お前もヤツのことは知っているだろう?」
「そうなんですが、スザクは理事長から呼び出してもらっていいですか? アイツは私からだと、ゆうこと聞かねえんですよ」
「しょうがないヤツだな。わかった。私から
「承知しました。それでは連絡待ってます」
理事長は電話を切ると、すぐに別の電話をかけた。
「スザクか? 私だ。
「ええ」
「急な話で悪いんだが、今から私の家に来れるか?」
「なるほど、
「そうだ。なるべく
「ありがとう。わかったわ」
「すぐ来れるか?」
「そういう用件だったら、今すぐにでも向かうのに」
「すまんな。ただ誤解しないでくれよ? 大口の
「おほほほ。わかったわよ。今すぐ向かうわ」
「では、よろしく頼んだよ?」
理事長はサングラスの
その日は土曜日で学校が休みだったものの、テストで0点を取った私は、補習を受けるために登校させられていた。補習の後にプールへ行く約束があったため、光成を昇降口で待たせていたのであるが、補習がなかなか終わらないでいたため、光成は一人、昇降口で待ちぼうけをくらっていたのである。
「この平面図だと、やっぱり校長室と放送室の間に部屋なんかないな……」
光成は校長室に呼び出された時のことがずっと気にかかっていて、
「あの時、
バタバタと何人かが
「おう、
「なんだよ明智、お前も補習だったのか?」
補習を受けていた生徒たちだった。
「ちげえよ。
「
円座というのは私のことだ。ちなみに、私のフルネームは
「なんだよ、まだ補習終わってなかったのかよ」
「いやぁ、だってアイツ0点だったんだぜw」
「聞いたか? 円座のヤツ、0点だったんだってよ! まじでウケねえ?」
「くっそウケんだけどw」
「
「そこが円座w。けっこうバカだったんだなw。
「先生も早く帰れなくて大変じゃね?」
「俺たちはこれからプール行くから、わりいけど先帰るよ!」
「マジで? 俺と彩豪もこれから行くんだよ」
「そうだったの? そしたらプールでまた会おうぜ! じゃあな!」
そういって、
ヒドいいわれようだ。確かに今となってかえりみれば、0点を取るなど
しばらくすると、パタパタと走る足音が
「わりい、わりい! 待たせてすまん!」
「なんだよ遅えよ」
「いや〜、わりい。最後、
「この前、校長室に呼び出された時のことを思い出してたんだよ」
「ああ、あん時のことか」
私も昇降口に
「知ってるか? 今の校長先生になってから、学校がけっこう改造されてんだぜ?」
「ああ、
「いやぁ、それがな。そうともいえるが、不審者対策だけかといえば、そうともいえねえんだよ。だってな、防犯まわりはちょっとやり過ぎじゃねえかってくらいマジですげえんだ。例えばだな、これ、ここ見てみろよ。小せえ穴が開いてんだろ」
私は
「ほんとだな」
「こっから赤いレーザーが出んだw」
「マジかよ」
「これだけじゃねえ。周りよく見てみろよw。特に
「うわ! けっこう穴開いてんな!」
「くっそウケんだろ? こんなもんただの小学校に必要か? 必要なくね? なんかさあ、あの校長先生には秘密があんじゃねえかと思うんだよねえw。そうだ、そういえばお前に見せたいものがあったんだ。一回スマホ取りに帰ろうぜ」
「ああ、わかった」
私と光成は
「いやあ、あの校長先生になってからさあ、今の学校はマジで
「防御機能?」
「そうだ。これはマジでスゲえ。マンガかアニメかよって感じなんだけどなw。あの校長先生は何をしようとしてんだろうな」
「どんなのなんだ?」
「ま、それはおいおいなw。前の校長の時はいい意味でも悪い意味でも超アナログだったんだがw。用務員や警備員のおじさんがいるだろう? 前の校長の頃、あのおじさんたち、めっちゃ厳しかったの覚えてるか?」
「ああ、よく
「そうなんだ。校長先生が生徒を怒るなって注意してるのもあんだが、今のセキュリティシステムが
「そうなのか。おい、着いたぜ」
ちょうど私の家の前に着いたところだった。
「あ、わりい、ちょっとここで待ってて」
私は光成を外で待たせ、プールセットとスマホを取るため家に入った。
連日の晴天で記録的な
「ちょっと、どこいくの!」
母の声が外にいる光成にまで聞こえてきた。
「ああ? これから光成とプールに行くんだよ」
「なにいってんの? あんた、補習だったんでしょう? もっと勉強しなさい!」
外にまで聞こえる
「はあ? 今やってきたし」
「なに? もうやらないつもり? あんた、家で勉強してるの見たことないんだけど! もっとやんなさい!」
「光成を待たせてんだからしょうがないだろ!」
「じゃあ、
「はぁ? そんなことできっかよ! うっせーな、待たせてるからもう行くよ!」
「帰ってきたら絶対やりなさい!」
私はこれに返事をせず家を飛び出した。
「わりい、わりい、待たせたな」
「いいのか? 勉強しなくて」
「かまわないって。あのオカンうっせえんだよ」
「
「いやいや、お前まで何いってんの。もう補習受けてきたんだから、かんべんしてよ。またオカンがなんかいい出すかもしらねえから、さっさと行こうぜ。それよりさあ、これ見てくれよ」
私は歩きながらスマホを取り出して、光成に一枚の写真を見せた。
「なんだこの写真?」
室内で四人の大人が写った写真だった。
「この右から二番目の人、この人は前の校長先生だ」
「ちょっと待て、よく見せて? ああ、本当だな」
「この写真はな、ある
「へえ」
「だが、
「じゃあなんだよ」
「いいか? この四人がいる部屋、これがどこだかわかるか?」
「さあ。俺が知ってる場所なのか?」
「そうなんだよ。これな、うちの小学校の校長室なんだ」
「なんだって? 今とぜんぜん
「そうなんだよ。何が違う?」
「まずは部屋の大きさだな。これ、後ろの窓を見てみろよ。二枚組の窓が二組あるだろう。俺が呼び出された校長室の窓は、二枚組の窓は一組しかなかった」
「そうなんだよ。これはあん時のお前の視覚情報をJPEG化した画像なんだが、あれ? 画質わりいな、圧縮し過ぎちまったw。なんか心霊写真みてえでウケんだけどw」
「逆光で校長先生が幽霊みたいだな」
「くっそウケるw。わりい、わりいw。けどよ、後ろの窓はぎりぎりわかんだろ? 二枚組の窓は一組しかないんだよ」
「この会社の写真の方で考えると、校長室は今より広かったってことだな。
「そうなんだよ。そう考えるとさあ、あの校長先生、校長室の真ん中に
「そうだな。だが、
「だから、くっそ怪しいんだよw」
「気になるな。一度調べてみないか?」
「ああ。さっきもいったが、今の学校はマジで
「そうか。そろそろ終業式だし、今年は楽しい夏休みになりそうだな」
「ちげえねえw」
遠くに入道雲がそびえ立つ
ちなみに翠色とは、日本古来の伝統色で、緑色のことを指す。着物の色を表すためには緑色という月並みな言葉を使うよりも、翠色という古くからある和名をわざわざ使った方がふさわしいと、私は考えたためあえて用いたのである。
この女は
プールサイドには理事長の他に、もう一人の男がいた。その男は、先日セミの鳴く並木道で
「やあ、待っていたよ。
プールサイドチェアで
「ああ、お前ら男と
「おお、そうだったか。
理事長はサングラスの
「さて、これで
「ええ」
「これからヤツを太満が連れて来るが、今回の用向きはよくわからん。直接会って確認したいことがあるのだそうだ。この前の国会を見れば、オーダー通りに進んていることはわかるはずなんだがな。直接会って確認することなどないはずなのだ。だが、ヤツは直接会いたいといっている。それでだな」
理事長はサングラスを少し下げ、上目使いにスザクを見上げた。
「我々は用済みになったのかもしれん。そう思わんかね?」
そして、下げたサングラスからのぞき
「それで
「そいつはATP能力者なの?」
「それがな、
「ふん。じゃあ、大勢で来るのかしら」
「一人で来るらしい。念のため比留守に周辺を
「
「スザク。あまりヤツをナメない方がいい。会ってみればわかるんだが、ヤツには何かヤバい
ちょうどその時、車が来て停車する音がした。
「おや? ちょうど来たようだ」
「やあ、こんな暑い日にご足労いただいて
ビキニパンツ姿の理事長が立ち上がって
「こんな
「なるほど。光合成人間というのも意外と不便だな。ご苦労なことだ」
「ああ? なんつったテメェ!」
スザクが割って入った。
「こちらのご婦人は?」
男は
「まあ、まあ。
「ふん。
「なんだってえ? テメェ! ふざけたことぬかすと殺すぞ!」
スザクは
「
スザクが差している傘は、中棒が太く
「日本の伝統工芸品なのか? ちょっと見せてくれたまえ」
「これはな、テメェが知る必要のねえ代物なんだよ。見せ物じゃねえんだ」
「ふん。ただの
校友会とは卒業生の集まりのことをいう。教授は
この男の手からはまったく体温を感じられなかったのだ。冷たいというものでもなく、生温かいというものでもない。体温を感じないのである。
珠切朱雀は教授の顔を見上げた。相変わらず心の底から
「それから、こちらの男もシニアプレイヤーをしている
近堂石火は軽く
「こいつも上級職の光合成人間というわけか?」
「そういうことになりますな」
理事長はそう答えてウィンクをした。三人のシニアプレイヤーで取り囲み、圧力をかけているのである。
「ふん。よろしく頼むよ」
メロンズ教授は値踏みするような眼差しで
「早速だが、確認したいことというのはだね、この写真のことなのだよ。ちょっと見てもらえるかな?」
そういうと、メロンズ教授は胸ポケットから写真を取り出した。その写真には黒い眼帯をした、
「スザンヌという女だ。実は手元に写真がなくてね。この写真はAIに生成させたものなのだよ。ひょっとすると、君たちの中でこの女と
「ほほう、美しい女ですな。機会があればぜひお会いしてみたいものだ。黒い眼帯をしているところなど、実にミステリアスですな?」
「整形をしたのだよ。訳あって私が始末したんだが、一命を取り留めていたのだ。この女は手強くてね。少々やり過ぎて二目と見れない顔にしてしまったのだが、
スザクは人差し指と中指で、その写真を素早くうばい取った。
「ふん。この女を見つけ出して、始末すればいいんだな?」
メロンズ教授は失礼なほど
「
「その前に、テメェがここで死ぬことになりそうだがな!」
スザクはそういうと、写真を宙に放り投げた。
しかし、次の
「ヒュゥ」
理事長は写真を受け取って、あらためて写真の女を見た。
「この女はATP能力持ちの光合成人間なんですって? 外国人の光合成人間というのは聞いたことがありませんな」
「こいつは母親が日本人なのだよ」
「なるほど」
理事長は
「この女を見たことはあるかね?」
「いいえ、ないっすね」
太満はニコニコエクボ顔で答えると、メロンズ教授に写真を返した。
「
「わかっていますよ。メロンズ教授。再度確認ですが、もし、この女を見かけたら、始末してもよろしいのですかな?」
「構わん。だが、理事長。君だけは光合成基本法と関連法案が成立するまで生きてもらわなければならん。始末するのであれば、そこにいる女にでも任せておけ。この女が死んでも我々としては構わん。構わんというのはそういう意味だ」
「同感だ。
「殺すぞ」
真っ赤に染めた
「私は貴様が死んでも構わんといっているのだよ。この場で貴様を始末したところで一向に構わんのだ。これ以上の私に対する無礼は、貴様を始末するのみならず、
ビキニパンツの理事長が教授とスザクの間に立った。
「スザク。今のところ我々が想定していた話とは違う。お前も知っているだろう? 我々は利害の
「理事長。今いった『想定していた話』とは何かね?」
「いやいや、大した話ではありませんよ。直接会いたいとおっしゃっていたので、我々もいろいろと想定していたのです。利害が一致しなくなれば、我々としても容赦はできませんからな?」
理事長はそういってウィンクをした。
「それで上級職の光合成人間を集めていたというわけか。なるほど。用心深いということは実に評価できる。理事長。君が信用に値する男だということが、あらためてよくわかった。安心したまえ。我々と
メロンズ教授はスザクに刀を向けられたことなどなかったかのようにいった。
「おおっと、用件は以上で?」
「以上だ。私もヒマではないのだよ」
「ほほう、そうでしたか。こちらこそ、ご足労ありがとうございました。
「承知しました」
「写真の女を見かけたらすぐに
メロンズ教授はそういうと
「さて、二人ともご苦労だったな。太満はこのまま
「例のヘッドハンティングか」
スザクは刀を
「そうだ。我が法人の重要な事業だからね? それにしても、メロンズのヤツ、直接会いたいというから心配になって君たちにも集まってもらったが、写真を見せるだけだったとはな。これだけのために、わざわざ直接会いにくるなんて、あの写真の女、スザンヌとかいったか。一体何者だ?」
「ふん。今どき眼帯をした女などめったに見ないわね。見つけたらその場で始末してくれる」
「ATP能力持ちのスナイパーといっていたな? メロンズがいっていたことは一理ある。はるか遠くから
「ふん、
「まあ、待て。最近実はな、AIに生成させたという写真を見せられることがある。まあ、本当に写真がなくてAIに作らせる場合もあるが、実際にはそうではない場合があるようなのだよ。AIに生成させたといっておきながらだね、本当は
理事長はウィンクをした。
「つまりだね、そういう場合は高度に
「ますます面白いねえ。だが、わかった。
「その時は仕方あるまい。私としても無理には止めんよ。それで、メロンズに会ってみてどうだ? 率直な感想を聞かせてもらえるかね」
「気に入ったわ。はらわたの底からムカついたよ。絶対に俺の手で切り刻んでやりてえ」
「そうだな。後々我々は用済みになるだろう。さっき光合成基本法と関連法案の成立までとかいっていたか。その時は、よろしく
「おほほほほ。セッカ、あんたなんかにゃ
スザクは切れ長の目を細め、真っ赤に染めた
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