第九話 面接

「スザンヌが家に来ただって? 何をしに来たんだ!」

 明智あけち大臣は険しい表情をしてじいに問いかけた。

「私がスザンヌ様に直接お会いしたわけではないので、何をしにいらっしゃったのかはわからないのですが、目撃者もくげきしゃがいるのでございます」

「目撃者?」

「ええ、旦那様だんなさまはこの地域で光合成おじさんと呼ばれている人物をご存知でしょうか」

「ああ、あのおじさんか。もちろん知っている」

「昼過ぎに私が家の前で掃除そうじをしていましたところ、かれがちょうど通りかかりまして、その際、『今日は奥様おくさまが戻られたんですね』といったのです。私もおどろきましてくわしく話を聞いたのですが、彼も姿を直接見たわけではないそうで、たまたま午前中に家の前を通りかかった折、スザンヌ様が家にもどられていることに気づいたそうでございます。ご存知でしょうか? 彼はATP能力で目に見えない生き物も探知できるのでございます。人間の場合、知っている人物であればそれがだれなのかまで判別できます」

「その能力のことなら私も知っている。私が子どものころからあのおじさんは有名だったからな。あのおじさんがいっていたのなら、スザンヌがいたことは間違まちがいなさそうだな。それで?」

「はっ、スザンヌ様がいらしたのは午前十時くらいのころだったとのことで、その時分、私は家におりましたが、まったく気づいておりませんでした。気配などまったくございません。さすがはスザンヌ様でございます」

「そうか。いくらスザンヌといえども、光合成おじさんには見つかっていたというわけか。それで、家の中に何か変化はあったか?」

「家中を調べて見ましたが、何の痕跡こんせきもございませんでした」

「ふうむ……。そうか、ありがとう。仕事に関したものは家にはないはずだが、そもそもスザンヌが日本に来ていること自体が問題だな」

 明智あけち大臣は、物思いにふけりながら部屋の中を歩き出した。

「いったい何をしに来たんだ。私の家に来たということは、私に関係したことにちがいない。なんだ? いったい何が目的なんだ?」

 行ったり来たりしていた大臣の足が止まった。

「ひょっとして、光合成基本法か?」

 じいも秘書も、今一つ要領を得ない面持ちだった。

「光合成基本法に何かあるのか? これは純粋じゅんすいに我が国の問題だぞ? 日本の内政に干渉かんしょうするためスザンヌが来日しているとは考えにくい。この法案に何か他の国の思惑おもわくがあるというのか? 私は担当大臣だぞ? その私が知らない思惑が、どこかにあるというのか?」

 明智あけち大臣は考えんだ。

「何者かがまぎんでいるのかもしれないな。関係者を洗い出す必要がありそうだ」

「大臣。時間が……」

「よし、わかった。じい、教えてくれてありかとう。いつもすまんが後はたのむ。では、行こうか」

 明智あけち大臣はそういうと、秘書を連れて家を出ていった。


 さて、話は変わるが、今からさかのぼること一ヶ月ほど前、さるNPO法人では事務局に欠員が発生したため求人を行っていた。NPOとは、金もうけを目的とせずに、社会貢献こうけん活動をする民間の団体のことをいう。ちょうどその日の夕方、そのNPO法人では中途ちゅうと採用さいようの面接をするところだった。

 国会での議論にもあったように、光合成人間の就職活動は困難を極めるのが実情である。それがどういったものなのか、実際に見ていきたいと思う。


「やあ、初めまして。おいそがしいところにすまんね」

「いえ、逆にこんなおそい時間になってしまって申し訳ありませんでした」

「いやいや、構わんよ。あなたも今の仕事がありますからね。さあ、どうぞ、おかけください」

「それでは、失礼いたします」

「まずは自己じこ紹介しょうかいからとしますか。私は理事長をしている稲荷いなり紳三しんぞうという者です。よろしくたのむよ?」

 理事長はそういってウィンクをした。

 この理事長は、かみをフワッとしたオールバックにしていて、口元にはひげをたくわえていた。まるで紳士服しんしふくのチラシに出てきそうな、い顔のダンディーな男である。

「それから、こちらの者はシニアプレイヤーをしている太満ふとみつといいます」

 そういってとなりにすわっている太り気味の男を紹介した。

 シニアマネージャーやシニアアナリストなどの肩書かたがきはよく聞くが、シニアプレイヤーというのは初めて聞く。会社などの役職名で「シニア」いう場合、普通ふつうは「上級の」という意味であろうが、シニアプレイヤーということは、つまり、「上級のプレイヤー」ということだろうか。こいつはスポーツ選手なのか? しかも上級の? NPOで? まったく意味がわからない。理事長に紹介しょうかいされたシニアプレイヤーは挨拶あいさつをした。

太満ふとみつです。よろしこお願いします」

 この男はかつぜつが悪いのか、本来なら「よろしく」というべきところ「よろしこ」といった。

 このことについては一旦いったん置いておくとして、次に気になったのが身だしなみのだらしなさだった。ダンディーな理事長と比べると、その身なりの差が際立っていたのだ。

 クールビズというビジネス習慣がある。クールビズとは、省エネや脱炭素だつたんそを図るために、過剰かじょう冷房れいぼうをひかえ、その代わりに服装は薄着うすぎでOKとするビジネス習慣をいう。しかし、この男の服装はいくらなんでもクールビズ過ぎるように見えた。確かにこの日は真夏日で暑かった。うでをまくりたくなるのもわかる。しかし、そのまくり方についても、大人だったらもうちょっと几帳面きちょうめんにまくれるのではないかと思うものだった。まるで、だらしのない子どもがまくったようにグシャグシャなのである。腕まくりだけではない。ワイシャツのボタンも一つどころか二つも開けていた。いや、開けていたというよりは外れていたといった方が正しいか。胸元がよれよれで単にだらしないだけなのである。イケメンであればセクシーかもしれないが、この男にいたってはそんなことはない。クールビズにも礼儀れいぎありというのが、一般的いっぱんてきな見解であろう。しかし、この男の場合はクールビズを通りして、単にだらしないだけといった方がふさわしかった。

 この男のだらしなさはクールビズだけではなかった。髪型かみがたも無造作ヘアといえないこともないかもしれないが、おそらくはグセといった方が実態に合っているように見え、体格についても、中年であればいささか太目でワガママな体型であることはいたし方ないとしても、それが度を過ぎたクールビズのせいで、なおさらワガママに見えるのだった。

 しかし、だらしのない身だしなみとは裏腹に、ニコニコした顔にはエクボがあって、なかなか愛嬌あいきょうのある人物のようにも見えた。この顔と表情で「よろしこお願いします」といわれると、どこかにくめないように感じられなくもない。とはいえ、上下高そうなスーツに身を包んでいるダンディーな理事長に対して、そのギャップは著しかった。

「それから、こちらはCTOをしている比留守ひるすという者です」

「比留守で……、ゴホッ、ゴホゴホ!」

 この男は先ほどからずっとせきをしていた。実は、部屋に入った瞬間しゅんかんから、目を疑うほどの異彩いさいを放つ存在でもあった。というのも、この男はヘッドマウントディスプレイをつけていたのである。

 ヘッドマウントディスプレイとは、目をおおうように装着する機器で、そこに映像やゲームの画面などを映して見ることができる、いわば、ヘッドホンの視覚版といったようなものだ。この男が着けているヘッドマウントディスプレイはかなり大型なタイプのもので、この男がみょうにやせていることもあって、それだけが異様に大きく見えた。

 先ほどの太満ふとみつといい、このヘッドマウントディスプレイといい、このNPO法人は服装の自由な社風らしい。

 さらに、この男の肩書かたがきはCTOだそうである。CTOとは、Chief□Technology□Officerの略で、日本では最高技術責任者という意味で訳される。大きな会社であれば極めて重要な役職であるが、中小企業ちゅうしょうきぎょうの場合では、単に「IT担当者」ないしは「独り情シス」というのが一般的いっぱんてきではないだろうか。NPOでCTOというのはいささか大袈裟おおげさに聞こえる。

「ゴホン! ゴホン! ゴエッホン!」

 CTOはマスクも着けていない。自己じこ紹介しょうかいもできず、これだけひどいせきをしているにもかかわらず、理事長は何一つ注意しなかった。気にもとめていないようである。エチケットにうるさそうに見えるが、咳エチケットには無頓着むとんちゃくなのだろうか。理事長は手元にある履歴書りれきしょに目を落として話を続けた。

「さて、それでは、えーと……」

 目を細め、履歴書を手元からはなしてながめる。

「字が小さいな」

 上級プレイヤーが横からのぞきんで、エクボ顔で耳打ちした。

「えっと、若流わかるさんです」

「ゴフ! ゴホッ、ゴフゴホン!」

「ああ、そうだった、若流さんだった。失礼。実は、こんなさわやかでイケメンな男子が応募おうぼしてくれるなんて、正直いっておどろいていたのだよ。履歴書りれきしょの写真より実物の方がずっとイケメンじゃないかね。ほれぼれしてしまうよ。けっこうモテるんじゃないのかね?」

「いえいえ、そんなことありませんよ」

「まあまあ、そう謙遜けんそんなさるな。武勇伝ぶゆうでんでもお聞きしたいところだが、これは採用面接だしね? あまりプライベートなことにはみこまないでおきましょう。それでは自己じこ紹介しょうかいをお願いできますかな?」

 理事長はそういってウィンクをした。

「ゴフン! ゴホッ、ゴフン!」

 CTOのせきをどういうわけかだれも注意しない。若流わかるは気になっていたものの自己じこ紹介しょうかいをはじめた。

「それではあらためまして、私は若流わかる賢人けんとと申します。よろしくお願いいたします。本日はおいそがしい中お時間頂戴ちょうだいしてありがとうございました。現職は総合商社で営業をさせていただいております」

「ゴフ、ゴフ……」

「ほほう。総合商社のお仕事を。我が法人の事業とはだいぶ業種が異なっているようですが、どういった訳で今回の求人に応募おうぼされたのかな?」

「ええ、実は、私も光合成人間でございまして、以前から御法人おんほうじんの事業、つまり光合成人間の就労しゅうろう支援しえんに大変興味を持っておりました」

「ほほう。こんなイケメンなのに、あなたも光合成人間でしたか! 今の会社はよくやとってくれましたな?」

「ゴフッ、ゴフン! ゴエッホン!」

 若流わかる迷惑めいわくそうな眼差しをCTOに向けた。

「…………。いえ、今の会社にはだまっております」

「なるほど。あなたもイケメンなりに苦労されているわけですな。わかるよ? 我々も光合成人間の就労しゅうろう支援しえんをやっておりますからな。正体をかくしてらっしゃる方は実に多い」

「ゴフッ」

「我々もですな、まあ、これはかくしている訳ではないんだが、君もだいたい察しがついているだろう? 我々もね、光合成人間なのだよ。私含ふくめ、この二人、太満ふとみつ比留守ひるすもね?」

 そういって、理事長はウィンクをした。

「ゴホッ、ゴホッ」

「君も光合成人間ならわかるだろうが、社会は実に差別で満ちあふれておる。光合成人間というだけで変質者あつかいだからね? だから、我々のような光合成人間の就労しゅうろう支援しえんをする団体が必要なわけだ。そうか、君もそういう経験があって我が法人の事業に共感してくれたのか……」

 理事長は感慨深かんがいぶかい面持ちだった。

「こんなイケメンの男性が共感してくれるなんて、うれしい限りだよ。そうか、君も社会にうらみがあるわけか。なるほど。動機としては実にわかりやすい」

「ゴホッ、ゴホッ」

「いえ、えっと、恨みというほどのものはありませんが、実は私の場合、生まれてから一度も公表したことがないんですよ。光合成人間だということは。ずっと一般人いっぱんじんとして育ってきました」

「ゴフッ、ゴホン! ゴホン!」

「なんだって? それじゃあ、どういうわけで応募おうぼしてきたというのかね? 実際問題として我が法人に雇用こようされれば、世間は君を光合成人間だと思うだろうよ? 直接口でいわれることはなくても、少なくともそういった目で見られる。今の同僚どうりょうや上司だけでなく、初恋はつこいの人や初めて付き合った人、おっと、今もお付き合いされている方がいらっしゃるかな? そういった人たちから後ろ指を指されるわけだ。君、確認だが、そういった覚悟かくごはおありかな? これはおたがいにとって重要なことだよ?」

「ゴホゴホ! ゴフッ、ゴホ! ゴエッホン! ヒュヒィィ、ゴフ! ゴエッホン!」

 CTOのせきがいくらなんでもひどい。若流わかるはさすがに気になって聞いてみた。

「あの、体調は大丈夫だいじょうぶなのですか?」

「私は覚悟かくごがおありかと聞いているのだよ。質問に質問で返さんでくれんか?」

 理事長はすごみのある顔でいった。

 いや、だってせきしてるだろ? なんだ、この会話のかみ合わなさは。若流わかるは理事長のすごみにされて答えるほかなかった。

「え、ええ……。もちろんですよ。この求人に応募おうぼしてるのですから、そういった覚悟かくごのつもりです」

「つもり? つもりでは覚悟とはいえんな。こういうセンシティブな内容はだね、極めて重要なことなのだよ。わかるだろ?」

「ゴフ、ゴフッ」

「私の悪いところなんだが、どうも疑り深い性分でね。簡単には人を信用できんのだよ。我々はもっと腹を割って話す必要があるかもしれんな。そこで提案なんだが、もっとおたがいをよく知るためにだね、おどろかないでくれよ?」

「ゴフ……」

「おたがはだかになってみないかね?」

「ゴホン! ゴホン! ゴエッホン!」

 なんだって?

 裸になれだって? 本気でいっているのか? 裸で面接なんて聞いたこともないぞ? これはハラスメントどころの話ではない。若流わかる戸惑とまどっているところをよそに、上級プレイヤーの太満は、はだけていたワイシャツのボタンをさらに開け始めた。顔はニコニコとエクボをたたえていたものの、目が笑っていないことに今さらながら気がついた。マジだ。

遠慮えんりょはいらんよ? おたがい光合成人間なんだしね?」

 理事長はそういってウィンクをすると、上着をぎ始めた。

「ゴホ! ゴホッ! ゴホォオ!」

 太満はすっかり全裸ぜんらになってしまった。ニコニコとエクボ顔のまま席に座る。理事長もワイシャツをいで、上半身があらわになった。

「おおっと。私の筋肉を見られてしまいましたな。実はジムに通っていましてね。別に自慢じまんしたい訳じゃないんだ。わかってくれるよね?」

 理事長の胸毛の生えたその肉体は見事にきたえ上げられていた。ズボンのベルトにも手をかけ、躊躇ちゅうちょすることなくぎ捨てる。かれが着けていた下着は、競泳水着のようにピチピチとした、紫色むらさきいろのパンツだった。

「おや? 失礼、私が下着にまで気を配っていることがバレてしまいましたな?」

 理事長はそういってウィンクをした。

「ゲホッ! ゲホン! ゴエッホン!」

 なぜかCTOだけは服をがなかった。やはり体調が悪いのだろうか。しかし、そんなことはどうでもいい。今や、理事長と太満はすっかり全裸ぜんらになってしまったのだから!

 なんだこの状況じょうきょうは? 眼の前で起きていることを見てみろ! 筋肉ムキムキのダンディーな男と太った男が全裸ぜんらになっているのだ! 圧迫あっぱく面接めんせつどころか、正気の沙汰さたとは思えない! 悪い夢でも見ているかのようだ!

「さあ、君もいつまで服を着ているつもりかね? 遠慮えんりょはいらんよ! 我々と一緒いっしょになって、腹を割って話そうではないか!」

 理事長は大胸筋だいきょうきんをビクンビクンとふるわせ、太満ふとみつは相変わらずニコニコとエクボをたたえながら、笑っていない目で若流わかるをガン見していた。

 若流は身の危険を感じた。これ以上、ここにいたらヤバい。おそろしくなって席を立った。

「せっかくですが、私はこれで失礼させていただきます」

「おやおや、どうしたのかね?」

 若流わかるは理事長を無視した。ドアを開けて部屋から出ようとしたが、なんと、ドアが開かない! かぎがかかっているのだ!

「ああ、そのドアはだね、スタッフが外から鍵をかけたよ。私の許可がなければ開かんよ?」

「クックックッ」

 太満ふとみつがニコニコエクボで笑い始めた。もはやまともな面接ではない。今すぐこの場からげなければ! 若流わかるはガチャガチャと強くドアノブを動かしたがまったく開かない。だが、そこは若流も光合成人間である。ありったけの光合成パワーを使って、ドアをやぶれるかもしれない。全力をふりしぼってドアに体当たりをしたその時だった。

 全裸ぜんらの太満が素早く立ち上がって若流わかるうでをつかんだ! 若流はりほどこうとしたが、その腕ははなれない! 握力あくりょくが強くて振りほどけないのではない。力が強いこともあったが、くっついていたのだ! 腕に太満の手が強力にくっついて離れないのだ!

がすかよ。クックックッ」

 後ろをり返えると、理事長も素早く立ち上がっていて、なんと、太満ふとみつと手をつないでいるではないか! 全裸ぜんらの太った男とムキムキの男がだ!

「おっと、うちの設備をこわされては困るよ?」

 若流わかる太満ふとみつはなすために、もう片方のうででボディーブローをいた!

「ぐおぉ!」

 この一撃いちげきはクリーンヒットした! 太満ふとみつ悶絶もんぜつしてくずれ落ちたが、つかんだ手をはなさなかった。いや、くっついて離れなかったのだ。しかも、それだけではない! ボディーブローを打ったうでまでもが、くっついてしまったのだ! 太満が悶絶もんぜつして暴れるものだから、両手がくっついた若流もバランスを崩してしまい、たおれこんで胸や顔までもがヤツの太ましい体にくっついてしまった!

 密着してまったく身動がとれない。あせばんだその脂肪しぼうやわらかく、ひんやりとして冷たかった。身の毛のよだつ思いとはこのことである。

「今のはいいパンチだったよ君? 実に見事なボディーブローだった」

 理事長もつないだ手がはなれないのか、バランスをくずして姿勢を低くしていた。三人の男の距離きょりが近い、近すぎる! 全裸ぜんらの男が二人も密着する距離にいるのだ! なんとキモいことだろう!

「これは総合商社の営業なんかにはできん一撃いちげきだよ! さすがによく訓練されているな? ええ? う○こうまるこwの隊員さんよ!」

 若流わかる一瞬いっしゅん聞きちがいがあったかと思った。

「我々が気づかんとでも思っていたか! このマヌケが! 我々はATP能力持ちのエリート集団なのだよ! ナメるんじゃない! 君がスパイ目的で面接に来てることは初めからわかっていたのだ! それをのこのこと我々の事務所にやって来て、飛んで火に入る夏の虫とはまさに貴様のことだな!」

 若流の表情が変わった。

「な、なんだって? 何をいってるんだ? 人違ひとちがいじゃないのか? こんな面接をしておいて、いや、これは面接なんかじゃない! 監禁かんきんだぞ! 許されることじゃない!」

「どんなにシラを切ろうが、ただで帰れると思わんことだな! 我々は確実な情報をにぎっているのだよ! 太満ふとみつ!」

 太満は理事長と手をつないだまま、片手だけで若流わかるを軽々と持ち上げると、密着したままかべたたきつけた。

「ぐあぁ!」

 外はすでに暗くなり始めていて、光合成をするための光源は室内の蛍光灯けいこうとうしかない。そのせいで若流わかるは力ずくでけ出そうにも全開の光合成パワーが出せないでいた。だが、それは太満ふとみつも同じことである。ところがヤツはまるで直射日光を浴びているかのように強靭きょうじんなパワーでおさえてくるのだ。あまりの力強さにびくともしない。それどころかしつぶされそうだった! これは一体どういうわけだ? ヤツは全裸ぜんらとはいえ、蛍光灯けいこうとうの光だけで、なぜこれだけの光合成パワーを出せるのだ!

 太満ふとみつ圧倒的あっとうてきな力で若流わかるかべし付け、ニコニコエクボ顔でこういった。

「ナメてると殺すよ?」

 しかし、目はまったく笑っていない!

「おいおい、太満ふとみつの言葉を文字通りに受け取らないでくれよ? 君の態度によっては殺すことも辞さないといってるだけなんだ。誤解しないでくれたまえ。我々としては君を殺したいなんて、これっぽっちも思ってないのだよ。むしろその逆だ。というのもね? 実は、折り入って君にお願いしたいことがあるんだ」

「ゴホッ、ゴホン」

比留守ひるす! お前の出番だ!」

 比留守はもそもそと服をぎ始めると、ガリガリの体をさらけ出した。これで若流わかる以外の三人が全裸ぜんらになったことになる。頭にヘッドマウントディスプレイだけをつけたまま、そろりそろりと近づいて、若流のカバンからスマートフォンを取り出した。

「オホン、ゴコン!」

「おい! 何をする! こんなことをして、タダで済むと思うなよ!」

 比留守は取り出したスマートフォンを持って、またもそろりと若流に近づいた。

「スマホのロックを解除させようというのか? クソ! そんなことするわけないだろ!」

ちがう違う、君は何もしなくていいのだよ。何もしなくてもね?」

 理事長がそういうと、比留守はこともなげに暗証番号を入力してみせた。

「ウソだろ?」

 若流わかるのスマートフォンは一発でロックを解除されてしまった!

「クックックッ」

 太満ふとみつが耳元で笑った。

「なんでだ! どうやって暗証番号を盗んだんだ!」

「ゴフッ、ゴホン! ゴエッホン!」

 比留守ひるすせきエチケットなどおかまいなしである。至近しきん距離きょり若流わかるの顔にツバがかかった。

「君はなぜCTOがこの面接にいるのかわかってないようだね? かれは我が法人のCTOなのだよ? 咳をしているのは別に風邪かぜをひいているわけじゃない」

「クックックッ」

「このせき充満じゅうまんした部屋に入ってきた時点で、君の負けが確定していたのだよ。実は、私と太満ふとみつには抗体こうたいがあってね?」

 理事長はそういってウィンクをした。

「抗体? なんだ? 伝染病なのか?」

「ゲホン! ゲホッ、ゴエッホン!」

 またしても若流の顔にツバがかかった。

「くぅっそお! 何の病気だ! こんなことゆるされないぞ!」

「たから、比留守ひるすは病気じゃないといっているだろう!」

「なに? ひょっとして、このせきは、そうか、ATP能力なのか! だが、スマホのロック解除とどんな関係があるんだ?」

馬鹿者ばかものめが! 大ありなんだよ! 君はもう感染者だ! 比留守ひるすの光合成ウイルスに感染したってことは、光合成人間である君はもう比留守の支配下にあるってことなのだよ! 比留守の光合成ウイルスはだね、人間に感染するウイルスというよりは、コンピューターウイルスに近いものなのだ! 暗証番号を君の記憶きおくからぬすみ出すことだってできる! スマフォの暗証番号だけではない! う○こうまるこwのネットワークに入るIDとパスワードだってみなのだよ!」

「な、なんだって?」

「私は親切で比留守ひるすのATP能力を教えているのではないよ? 君に理解をしてもらいたいんだ。自分がどんな状況下じょうきょうかにあるのかをね?」

「ゴホゴホッ、ゴォッホン!」

「…………」

「だいぶ状況じょうきょうがわかってきたようだな。残念ながら君はすでに我々の支配下にあるのだよ。比留守CTOをみくびらないでくれたまえ。それで、さっきのお願いというものなんだが、その、きをしたいんだ。おどろかないでくれよ? 実はだね、君に二重スパイをやってもらいたいんだ」

 理事長はそういうとウィンクをした。

「オェッホン! ゴエェェッホン」

 若流わかるは耳を疑った。こいつら初めからこれを目的に面接をしていたのか。

 二重スパイとは、スパイが元々所属する組織を逆にスパイすることをいう。つまり、この場合でいえば、UOKwウアックゥの若流が、このNPOにやとわれて逆にUOKwをスパイすることを意味するのだ。

 若流わかるは今までまったく会話がかみ合わないと思っていたが、自分がハメられたことに気づいて、初めて会話がかみ合った気がした。しかし、状況じょうきょうは最悪に絶望的だった。

「そ、そんなこと、できるわけないだろ!」

「わかるよ? 君にも立場があるからね? それに、さっきもいったが私は非常に疑り深くてね、君が快く引き受けてくれてもだね、簡単には人を信用できんのだよ。光合成ウイルスに感染しているとしてもだよ? 君がう○こうまるこwを裏切ったフリをして、実際には我々を裏切るかもしれないしね? わかるだろ? 二重スパイをやってもらう以上、我々としては君を絶対に信用しなければならないわけだ」

「クックックッ」

 全裸ぜんらの男三人に、密着する距離きょりで取り囲まれた若流わかるは絶望にひんしていた。

「…………。おれはだかになれっていうのか?」

「なんだって? あぁっはっはっはっは! 君、意外と面白いことをいうじゃないか! そんなことで私が君を信用できると思っているのかね? ずいぶんと低く見られたものだな! 人を馬鹿ばかにするのもいい加減にしたまえ! 比留守ひるす、見せてやれ!」

 比留守はスマートフォンの画面を若流わかるに見せた。そこには「アップロード中」というメッセージが表示されていた。

「な、何をアップロードしてるんだ……」

「全部だよ! このスマフォに入っているもの全部だ! これで君の機微きびな個人情報も手に入れることができた! やっとだよ君! これでやっと君を信用することができる! 私が欲しかったものは君の弱みだったのだよ! 君の弱みをにぎってこそ、初めて君を信用できるというものではないのかね!」

「ゴホン! ゴホォ、ゴエッホン!」

 若流わかるはあまりの衝撃しょうげきでくちびるがわなわなとふるえた。

「クックックッ」

「そんなにおどろかないでくれたまえ。私は君を信用したいだけなんだ。わかるだろ?」

 理事長がウィンクをすると、比留守ひるすがかざすスマートフォンの画面には「アップロード完了かんりょう」の文字が表示されていた。

「おや? 意外と早く終わってしまったようだね? それほど重要なデータは入っていなかったかな? 比留守、履歴書りれきしょに書いてあるうその住所ではなく、本当の住所や親の連絡先れんらくさきは入っていたか?」

「入っていまし……、ゲホン! ゲホン!」

「それだけ入っていれば結構! まあ、データは後でゆっくり見させてもらうよ。どうかね? 若流わかる君。我々の提案を引き受けてくれるかね?」

「クソぉ! 卑怯ひきょうだぞ、テメェら!」

「まあ、いいたいことをいいたまえ。これで我々は君の人生を台無しにできるようになったのだからね。君のスマフォに入っている秘密や、光合成人間だという事実。これらがネットにバラまかれたら困るだろう? 従わなければ、破滅はめつするしかない。従うか、破滅するか、簡単な選択せんたくだろ? これで君との間に完全な信頼しんらい関係かんけいができたわけだ。さあ、もういいだろう。そろそろ服を着ようか? ふとみつはなしてやれ」

 理事長がそういうと、あれほどくっついて離れなかった太満の体がフワッとはがれた。体がくっついていたのはヤツのATP能力だったのだろうか。体は自由になったものの、絶望に打ちひしがれた若流わかるは動くことができなかった。


 なんてことだ。おれの人生はおしまいだ。

 光合成人間として生まれたとはいえ、UOKwウアックゥに就職できて順風満帆じゅんぷうまんぱんに思われた若流の人生は、こんなつまらぬ面接でもろくもくずれかけていた。


 そんなかれをよそに、全裸ぜんらの男三人は仲良く服を着始めていた。

「あ、これ理事長のっすよ」

 太満がニコニコエクボでいった。

「おお、すまん、すまん」

 理事長は下着を受け取ると、何かを思い出したように動きを止めた。

「そうそう、重要なことをいい忘れるところだった」

 紫色むらさきいろのパンツを片手に、理事長はかえった。

若流わかる君。君はもちろん採用だ。今後ともよろしくたのむよ?」

「ゲホン! ゲホン!」

 理事長はそういってウィンクをした。(続く)

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