第八話 国会とテストと校長先生 その二

 明智あけち光成みつなりが校長室に呼び出された。

 これは小学生だった私たちにとっておそるべきことだった。担任の先生から職員室に呼び出されることはあるかもしれないが、それだって十分に恐ろしいことである。注意されたりおこられたりする以外に、職員室へ呼び出されることなどありはしないのだから。それが校長室となれば、どれだけ深刻な問題が待ち受けているのか、想像もできないほどである。光成は何をしでかしたのだろう。思い当たる節はいくつかあった。しかし、いったい何がバレたのだろうか。

 私はATPリンクで明智光成に声をかけた。

「おい光成、聞こえるか。お前、校長先生に呼び出されてんだってな?」

「ああ。今、ちょうど校長室の目の前だ」

「マジかよ。なんかあったのか?」

「さあな。主月しゅげつ先生から校長先生が呼んでるっていわれただけだ。それ以上のことは何もわからない」

「あの校長先生のことだ。気をつけろよ。今日はWi―Fiが切られたことといい、カーテンが閉められたことといい、何かおかしい。ひょっとすると、おれたちが光合成人間だってバレてんのかもしらねえ」

「ああ。かもな。昨日、主月先生が後をつけてたのも気になる」

「それな。おれはいつでもATPリンクで通話できるようにしておくから、何かあったらすぐに連絡してくれ」

「ネバーウェアとバトルするわけじゃないんだし、お前の出番はないかもよ」

「そんなぴえんなこというなよw。Wi―Fiは復活したようだし、ネットで検索けんさくするくらいなら手伝えるから、なんかあったらいってくれ」

「悪いな。じゃあ、おれは行くぜ」

「ああ、気をつけろよw」


 明智あけち光成みつなりは校長室の前に立ち止まり、一瞬いっしゅん息を吸ってからドアをノックした。光成も緊張きんちょうしていたのである。

「失礼します」

 しかし、中から返事はない。光成は再度ノックした。

「失礼します」

 やはり返事がない。ATPリンクで様子を逐一ちくいち観察していた私は、光成に話しかけた。

「おい光成。返事ないのか? ヘンだな。スマホの位置情報的には校長先生は中にいる。待たせて緊張きんちょうさせる作戦かもしれねえ。気をつけろ」

「ああ、だとしたら俺は先手を取る。二回ノックしたんだ。鍵がかかってなかったらこのまま開ける」

 光成はドアノブに手をかけた。

「失礼します!」

 すると、ドアノブに内側から力がかかって回ったかと思うと、突然とつぜん開き、すき間から微笑ほほえみをたたえた校長先生の顔がのぞき込んできた。

「あら、明智あけちさん、放課後なのにお呼びしてごめんなさいね。どうぞお入りください」

 ドアが開け放たれ、中に入るといだことのないかおりが部屋に充満じゅうまんしていた。背後で校長先生がドアを閉める。なんだこのにおいは?

 校長先生はヒールのあるくつをはいているため、歩くとコツコツという音がする。窓際の自分の席に移動すると、かえって、光成に応接用のソファーへ座るようにうながした。

「どうぞ、おかけください?」

 校長先生は疑問形のように語尾を上げていった。

 光成は入口側から見て手前のソファーにこしを下ろした。窓からむ日差しはそこまで届かず、部屋の明かりが点いていないからか、なんとなく薄暗うすぐらい。それに対して校長先生は、窓際で直射日光が当たる自分の机の席にこしを下ろした。

 光成が座った応接用のソファーには、テーブルをはさんだ向かい側にもソファーが置いてある。話をするのだったら普通ふつうはそこに座るのではないだろうか。しかし、校長先生は光成とはなれた窓際の、直射日光を浴びる自分の席に座った。光成はこのことにかすかな違和感いわかんを持った。

 先ほどから部屋に立ちめているにおいもそうだ。今までこのような匂いをいだことがあっただろうか。この匂いは一体何だ?

彩豪さいごう、聞いてるか?」

「ああ、なんだ?」

「校長室でみょうにおいがする。何だかわかるか? おれ嗅覚きゅうかく情報を転送する」

「俺の出番だなw。まかせろ。って、なんだこれは? アルコールが検出されてんぞ?」

「アルコール? 校長先生は酒を飲んでたのか?」

「いや~ちがうなw。それだったらおもしれえけどなw。たぶん香水こうすいじゃねえか」

「香水? 香水にアルコールが入ってんのか?」

「入ってんだよ」

「お前よく知ってるな」

「ああ、うちのオカンがたくさん持ってんだ」

「確かにあのお母さんは香水つけてそうだな」

「そうなんだよ。くっそいっぱい持ってんだw」

「けど、ヘンだな。テスト中、校長先生が教室に来た時には、香水こうすいにおいなんてしなかったぞ?」

「お前の教室にも来てたのかよw。ウケるw。おれの教室にも来てたんだが、確かにそうだな、香水の匂いはしてなかった」

「ということは、たった今つけたってことか? さっき、ノックしてもなかなか出なかっただろう。あの時に香水をつけてたのか?」

「そうかもな。けどよ、校長先生って香水つけてもいいのか? しらんけどw」

 今日も雲一つない快晴だった。窓の外がまぶしい。カーテンも閉めず、直射日光を背後から浴びる校長先生は、窓の外がまぶしすぎるためその姿は黒いかげとなり、逆光のせいで宗教画の聖人のように後光が差しているように見えた。

「今日は放課後にお呼びしてごめんなさいね。さきほどのテストはどうでした? 今回は難しかったのかしら。いつもだったら百点近い点数を取っているのに、今回に限っては0点だった子もいらしたのよ? 明智あけちさんはどうでした?」

 ATPリンクで話を聞いていた私は、自分のテスト結果についていわれたのかと思い、衝撃しょうげきをかくせず光成に話しかけた。

「光成、聞いてたぞ。いつも百点近い点数取ってるのに0点だった子って、ひょっとしておれのことか?」

「かもな。今回に限ってそこまで点数下げるヤツは他にいないだろう」

「マジかよ! あんなに苦労して全部埋めたのに!」

 ATPリンクでの通話が聞こえない校長先生は話を続けた。

極端きょくたんに点数を下げた子がいるというのに、明智あけちさん、あなたはいつもの通り今回も百点満点でしたのよ」

「ほほぅ。聞いたぞ。お前、百点満点なのか。よかったな。お前だけ百点で。テスト中になんで答え教えてくんなかったんだよ」

「しょうがないだろ。だけどヘンだな。採点がやけに早い。おれとお前のだけ先に採点したのか? テストはさっき終わったばかりだぜ? 全員分の採点はまだ終わってないはずだ。いくらなんでも早すぎる」

「それな。やはり俺たちが光合成人間だって疑われてんのかもしらねえ。けどよ、よりによって俺の0点をねらちで採点することなくね?」

 校長先生に私の皮肉はもちろん聞こえていない。逆光でかげになった姿のまま、微動びどうだにせず話を続けた。

明智あけちさん、あなたはいつもトップ成績で、しかも毎回百点満点ですよね? 私も長年教員を務めてきましたけれど、毎回百点を取る生徒は初めてですのよ? これまで優秀ゆうしゅうな生徒にはたくさんお会いしてきましたが、一度や二度は、一問か二問くらい間違まちがうことがあるものです。それが一度も欠かさず百点満点という子は、今まで私が教員をしてきた限りでは会ったことがありませんのよ? 今日のテストも百点でした。おめでとう。本当に素晴らしいの一言です。今日はですね、明智あけちさんを特別におめしたくてお呼びしたのですよ?」

「聞いたぞ。よかったな。光成」

「はあ、そうですか。ありがとうございます」

 光成は私の嫌味いやみを無視した。

「本当にあなたは素晴らしい。教員としてあなたのような生徒に出会えたことをほこりに思います。それでね? 学校としては生徒みんなの成績を上げたいと思っているでしょう? 明智さんが家庭でどんな勉強をしているのか、もしよかったら参考にお聞きできないかしら」

「よかったな。光成。教えてやれよw。お前がATP能力持ちだってことをよw」

「いや、べつに教科書を読んで問題集に目を通しただけですよ。学校のテストは教科書に書いてあることしか出ないじゃないですか」

 光成までもが私の言葉に反応してくれなくなった。

「本当かしら? それが本当でしたら、超人的ちょうじんてき記憶力きおくりょくですよ? 他に何かあるんじゃありませんか? 無理にはお聞きしませんけど、できれば教えてもらえないかしら」

「『超人的に』だってよw。遠まわしに光合成人間じゃねえかっていってんじゃねw?」

 その時、光成から見て右側から小さな物音がした。しかし、部屋の右側には書類しょるいだながあるだけで、他には何もない。かべがあるだけである。確か、となりにある部屋は放送室だったか。

 小学校の壁は厚い。隣の音が聞こえるようなことがあるだろうか。教室でも隣のクラスから何か聞こえてくることはあるにせよ、壁を通って聞こえてくるというよりは、廊下ろうかを通って聞こえてくるものではないだろうか。今の音は廊下を通ってきた音ではなかった。壁を通ってきた音だ。しかも、大きな音ではない。何かがきしむような、かすかな音だった。

彩豪さいごう、隣から何か音がした。おれ聴覚ちょうかくが何か音を拾ってないか確認できるか?」

「俺の出番か! ちょっと待てよ、う~ん? 特に何もないようだが」

「気のせいだったか……」

「んん? 確かに今、なんか音がしたな。この音は、そうだな、オフィスとかにあるキャスターがついたイスのきしむ音だ。んんん? まただ。音がした! お前のいう通りだ! 間違まちがいねえ、だれかイスに座ったヤツがいる!」

となりは放送室だろ? 誰がいるんだ?」

「どうかしましたか? 何か気になりますか?」

「いえ、音がしたような気がしたので……、誰かいるのですか?」

 校長先生はこれに答えなかった。光成は校長先生の表情を見たかったが、逆光のせいでよく見えない。

「光成。お前の視覚情報を明るく補正して見てるんだが、校長先生、くっそこえー顔して音がした方見てるw」

「なんだって? やっぱだれかいるんだな……。誰だ?」

「はっ、そうでした。そういえば、明智あけちさんにお聞きしたいことがありましたのよ」

 突然とつぜん、校長先生は光成の音がしたという主張を無視して、わざとらしく何かを思い出したかのような素振そぶりをした。

「家庭学習のことはまた今度お聞かせいただけたらと思います。話が変わってしまいますけど、明智さんはご存知かしら? 昨日、ちょっとした事件がありましたのよ?」

 光成は校長先生が話をそらしたと思った。

「あの、となりに誰かいるのですか?」

「隣には誰もいません」

 校長先生は毅然きぜんとして答えた。おかしい。絶対に誰かいるはずなのだが。

「話を続けましょう? もしかしたらと思って明智あけちさんにお聞きしたいのですけど、昨日の放課後はどこにいらっしゃいました?」

「昨日ですか? さあ、何かあったのですか?」

「実は、光合成人間の事件があったのです」

「光合成人間の?」

「そうです。大事にはいたらなくてよかったのですが、最近、光合成犯罪が多発していますでしょう? 明智さんも危険ですから気をつけてほしいのですれど、昨日もありましたのよ。それで、関係のない話であればよいのですが、昨日の放課後はどこにいらっしゃったのか、差し支えなければお聞きできるかしら?」

「そうですね、確か……」

 昨日の放課後といえば、主月しゅげつ先生に後をつけられていた。あの時のことか? もしそうだとすれば、下手なウソをつくのは得策ではない。

「田畑がある方の、桜並木があるところに行ってました」

「桜並木……。そう。それで、何をしに行ったのでしょう」

「そうですね……」

 光成はセミが鳴いていたことを思い出した。

「セミですね。セミを取りに行ったんです」

 校長先生は口元に手を当てて考えるような仕草をした。

奇遇きぐうですね。事件といいますのはね、明智あけちさん、ちょうどその場所であったのですよ? 昨日の放課後、警察から学校に連絡れんらくがありましたの。かねてより現場周辺では光合成犯罪が多発していたのですが、主月しゅげつ先生がまれてしまったのです。明智さんはこの件、何かご存知ないかしら?」

「さあ、ぼくはなにも知りませんね。主月先生が事件に巻き込まれたって、大丈夫だったんですか? 今日の様子では何もなかったように見えましたが」

「ええ、すぐにUOKwウアックゥが出動して主月しゅげつ先生は無事でした。警察の話では、UOKwの到着前とうちゃくまえまで、光合成仮面がたたかっていたそうなのです」

「はあ。そうだったんですね」

明智あけちさん。光合成仮面はご存知?」

 今日の本当の目的はこれか? 光合成人間であることだけでなく、光合成仮面であることまで疑われているとは。光成は慎重しんちょうに答えた。

「光合成仮面ですか……、聞いたことはあります」

「話では植物の仮面をかぶった少年とのことです。ちょうど明智さんと同じくらいの年格好の」

 校長先生はわざとらしく「明智さんと同じくらいの」といういい方をした。ここは小学校で光成はそこの生徒なのだから、同じくらいの年格好をした子どもなどいくらでもいる。それをわざわざ「明智さんと同じくらいの」といういい方をしたのだ。ピンポイントで光成が疑われていることは間違まちがいない。校長先生はどこまで知っているのだろうか。慎重しんちょうに答えなければ。

 光成は校長先生の質問には答えず、逆に質問で返すことにした。

「でも、ヘンですね。主月しゅげつ先生があの桜並木にいたなんて。なんであんなところにいたんでしょうか?」

 主月先生は後をつけていた時、慎重しんちょう距離きょりを取っていた。ということは、そのことを光成にはバレたくなかったからだからだろう。つまり、主月先生が桜並木にいた理由は答えにくいはずだ。

 校長先生はこれに答えなかった。

「なるほどね……。そのとしで質問に質問で返すなんて。うふふふ」

 本当に笑っていたのか、校長先生の顔を見ても逆光でその表情を確かめることはできなかった。

 心なしか、香水こうすいかおりが変わったような気がした。


 国会では光合成基本法についての議論がまだ続いていた。古地ふるち議員の次に質問へ立ったのは、人権派で知られる倫藤りんどう議員だった。

「総理。あなたは多様性という言葉をよくお使いになりますが、聞くところによると所信表明でも十二回ほど使われたそうですよ。これを私がどれだけうれしく思ったか総理はご存知ないでしょう。やっと多様性を大切にする総理が現れた、やっとすべての国民の幸せをかなえてくれる総理が登場した、私はうれしくて、どれほど感動したかおわかりでしょうか?」

 倫藤りんどう議員は一旦ここで一息ついた。そして、伊達指だてさし総理が何の反応も見せないところを見ると、質問を再開した。

「それが先ほどの議論はいったいなんですか! 私があの議論をどれほど苦々しく聞いていたかおわかりですか? 光合成人間も我が国の国民ですよ? それがかれらに対する数々の蔑称べっしょうや差別的な発言、耳をふさぎたくなるほどでした! 国会としてあるまじき議論ですよ! どんなおつもりでこの法案を出したのですか! 総理! お答えください!」

伊達指だてさし総理大臣」

 議長に指名されると総理は手を上げて答弁台に立った。

「えー、先ほどの議論につきましては、私としても倫藤りんどう議員のおっしゃる通り、多様性や平等という立場で答弁した次第であります。ですが、どうもですね、一部の方が光合成人間をきらっているようでして……」

「何いってんだ! 私は光合成人間が嫌いだなんていってないぞ!」

 古地ふるち議員が野次を飛ばした。

「私は治安が悪くなっていることを問題にしているんだ! そうやって誤解されるような話にすり替えるんじゃないよ!」

 この野次に倫藤議員が割って入った。

だまらっしゃい! 私はあなたのことをいっているんですよ! はじを知りなさい! このおろか者めが! 総理! あなたもですよ! 先ほどまでの差別的な議論に付き合って、真摯しんしな態度とはいえません! ずかしくないのですか!」

 倫藤りんどう議員の叱責しっせきはまるで機関銃きかんじゅうのようだった。彼女かのじょは人権派でも知られていたが、たとえ相手が総理であってもおくすることなく、歯に衣着きぬきせぬ発言をすることでも知られていた。こうして倫藤議員による激しい追求が幕を開けたのだった。

「それではまず、総理にお聞きしておきたいことがございます。光合成人間が生活をする上で正体をかくしていることは、総理もご存知のことと思います。なぜ正体をかくしているのか、総理、おわかりでしょうか」

伊達指だてさし総理大臣」

 総理は少し間を置いてから答弁台に立った。

「えー、それぞれの方が、様々なことを考慮こうりょしてですね、ご自身の立場でそう判断されているのだと思います」

 倫藤りんどう議員は即座そくざに手を上げた。

「総理! 『それぞれ』とか『そう』とかばかりで何をおっしゃっているのかまったくかわかりません! 実際問題としては差別があるからなのですよ! 総理だってご存知でしょう! 総理にはその現実に対して真摯しんしに向き合っていただきたいのです! 曖昧あいまいな言葉を使っているということは、真摯に向き合っているとはいえませんよ! 私は様々な人権問題に関わっている立場上、光合成人間に関した相談がたくさん寄せられています! 光合成人間だということが会社にバレて解雇された、昇進できない、上司や同僚どうりょうからハラスメントを受けた、そういった相談が数えられないほど寄せられているのですよ! 差別があるから正体をかくしているのです! 光合成人間だなんて公表できるわけありませんよね! 総理! なんとかしてもらえませんか! この現状を!」

伊達指だてさし総理大臣」

「えー、おっしゃる通り極めて問題との認識であります。光合成人間という理由でですね、人事評価に不利益が発生する、こういったことはあってはならないことであります。ですから、本法案では、光合成人間への理解を増進してですね、光合成人間の皆様みなさま活躍かつやくできる社会を目指すことが趣旨しゅしとなっているわけです」

「総理! こういうことは社会人だけの話じゃありませんよ! 学生や子どもたちの間にもあるのです! 進学を取り消された、仲間はずれにされた、不登校、記録会で失格になったというケースもあるのです! こんな社会じゃ自分が光合成人間だなんて、おいそれと口にできませんよね! 総理、子どもたちもこのような差別や不平等に直面しているのですよ! なんとかならないのですか! 総理!」

伊達指だてさし総理大臣」

 総理は手を上げて答弁台に立った。

「えー、そもそも差別やいじめといったものは許されないことであります。ですが、先ほどの議論にもありましたように、光合成人間ははだかになる必要のある場合もありますから、国民の中でも歴史的・文化的な価値観がありまして、なかなか容易に受け入れられるものではないということも、これもまた事実としてふまえておく必要があるわけです。ですから、本法案はそういった背景にもとづいてですね、国民の理解を増進させるために議論してきたものであります。また、記録会で失格になったという件につきましては、これ、平等という観点では逆に難しい問題でございまして、たとえばATP能力を持った光合成人間と、光合成人間ですらない普通ふつうの人間が、同じ土俵で記録を競えるかといいますと、なかなか難しい問題でありまして、たとえばパラリンピックにように別枠べつわくとして記録会を開催かいさいするなどの案もありますが、関係部門に対してしっかりと議論をつくすよう、指示を出しているところであります」

「パラリンピックのようにって、それはつまり、自分が光合成人間だって公表することですよね? だからそれができないっていっているんですよ! 最近ですね、仮面をかぶった光合成人間が、光合成犯罪の逮捕たいほ貢献こうけんしていることを、総理はご存知ですか? 警察は光合成人間ではありませんから、光合成犯罪にはなかなか対応しきれないところがあります。ですから、善意や正義感で行動されている方だと思いますが、普通ふつうだったら警察から表彰ひょうしょうされてもおかしくない行為こういですよ? それが仮面をかぶって正体をかくさなければならないのですよ! 総理! もちろんご存知ですよね! この人物がなんて呼ばれているのか! 総理にお聞きします!」

 総理は後ろの政府担当者から話を聞いていた。

「総理がお答えください! 知らないんですか! 総理!」

伊達指だてさし総理大臣」

 総理は手を上げて答弁台に立った。

「光合成仮面と呼ばれていると報告を受けております」

 総理はそそくさと席にもどった。

「それでは総理、どんな仮面をかぶっているかご存知ですか?」

 総理はまた後ろの政府担当者の話を聞いた。

「もう結構です! 総理はご存知ないのですね! 植物ですよ! 植物の仮面をかぶっているのです! もっと勉強してください! 総理! 勇敢ゆうかん行為こういをしているのにもかかわらず、なぜ仮面をかぶっているかおわかりですか? これを機にぜひ総理にもわかっていただきたい! 身元がバレたら不当な差別を受けるからですよ! 光合成仮面に限らず光合成人間というものはですね、たとえ善良な市民であっても、正体をかくすことを余儀よぎなくされているのです!」

 倫藤りんどう議員は手のひらで質問台をバンとたたいた。

「光合成人間は、皆、仮面をかぶって生きなければならないのですよ!」


 国会での議論が白熱するさなか、薄暗うすぐらい校長室では校長先生と光成との面談が続いていた。部屋に充満していた香水こうすいかおりは、心なしか、先ほどと比べ変わったように感じられた。

明智あけちさん。もう一つおうかがいしようかしら。ごめんなさいね、いくつもお伺いして。ちょうど他にも聞きたいことありましたのよ?」

 校長先生は机の上に置いてあった書類を開いて何かを取り出した。そして、それを机の上に置くと、そっと差し出した。

「こちらに来て、近くでご覧いただけません?」

 明智あけち光成みつなりはいわれた通り机のところへ行き、置かれたものを見た。

 それは、プラズマ男が校庭に現れた時に、倉庫の裏で光成がくわえた草だった。

「これが何だかおわかりになりますか?」

「さあ、なんでしょう。見たところイネ科の植物のようですが」

「イネ科? そう、よくご存知ね。これはイネ科のメヒシバという草です。ただ、こんなに大きくはないので、明智さんも気づかなかったのかもしれませんね? メヒシバはご存知でした?」

「いいえ、知りません。こういう雑草にも名前があるんですね」

「そうです。その辺に生えている野草にもすべて名前がついているのですよ。おどろきましたか? ただ、メヒシバはこんなに大きくはないのですが。くわしい方が見たら、ちょっとメヒシバには見えないくらいの大きさなのです。なのに私がこれをメヒシバと呼んでいるのは、周りに生えている草がメヒシバだったからなのですね。でも、他と比べてこの草だけが不自然に大きい。それはどうしてでしょう? 本当は別の植物なのかもしれませんよね? でも、私はこれをメヒシバとするのが妥当だとうだと考えているのですよ。たとえば、こう考えることはできないでしょうか。この草だけが集中的に光合成エネルギーを吸収したとして、そういうことがあれば、あるいは異様に成長することもあるのではないか、そう考えることもできると思いません?」

 校長先生はそういうと、体を前のめりにして光成の顔をのぞきんだ。校長先生との距離きょりが近づいてわかったのだが、このにおいは間違まちがいない、校長先生から出ている匂いが変わったのだ。

 光成は、どういうわけか頭がボウっとし始め、その草は自分が口にくわえた草だと、うっかり答えそうになってしまった。そう気づいてハッとした。

彩豪さいごう、聞こえるか」

「ああ、なんだ?」

「何かヘンだ。校長先生の質問にうっかり答えそうになっちまった。香水こうすいにおいが変わったんだが、何か関係ないか? おれ嗅覚きゅうかくを調べてくれ」

「ああ、それはな、香水ってのはつけた瞬間しゅんかんから時間が経つと匂いが変わるもんなんだ」

「そうなのか? くわしいな」

「さっきもいったが、オカンがくっそハマってんだよw。けどな、ちょっと待てよ? 催眠さいみん効果のある物質が検出されてんな」

「なんだって? 香水こうすいにそんなもんが含まれてんのか?」

市販しはんの香水にそんなもん入ってるわけねえだろ。しらんけどw。校長先生が調合したのか? けど、やべえな。このままだとお前は洗いざらいしゃべっちまうぞ」

 頭がボウっとする光成は、自身の体に起きた異変を理解して身の危険を察知した。このままだとマズい。光成は息を止めた。

「そうか、香水こうすいが原因だとすると息ができないな。呼吸をやめて光合成にえる」

 念のため補足であるが、ATPリンクでの通話は、口でしゃべっているわけではないので息を吸う必要はない。

「光は足りてんのか?」

おれが座ってる位置は日影ひかげだが、カーテンは閉まってないし、部屋に光は入っている。呼吸の代わりくらいなら大丈夫だいじょうぶだ」

「どうしました? 明智あけちさん? 気分が悪いのですか?」

「いいえ。なんともありません」

 こう返事すると一息吸ってしまった。校長先生は光成を凝視ぎょうししている。

「校長先生のやつ、気分が悪いかとか心配してるようなこと聞いて、本当は催眠術さいみんじゅつが効いてんのか確認してんじゃねえのかw」

「そうかもな。けどヘンだな。香水こうすいが原因だとすると、校長先生には効かないのか?」

「確かになヘンだな」

「それと気になってるんだが、校長先生はおれ日影ひかげに座らせて、自分は直射日光を浴びている。さらに校長先生の服……」

「緑色のヤツだろw?」

「そうだ。ひょっとするとこれはウ○コうまるこwの光合成スーツと同じ素材なんじゃないのか?」

「校長先生も光合成人間なのかもなw。くっそヤベえぞ。校長先生も息してねえのかも」

明智あけちさん、どうしました? 本当は気分が悪いんじゃありませんか?」

「いえ、ぜんぜん大丈夫だいじょうぶです……、ごほっ」

「おい! 大丈夫か! しゃべると息吸っちまうぞ!」

「まずいな……。さっきよりにおいが強烈きょうれつになってる。むせ返るほどだ。校長先生は平気なのか? これは、しゃべったら負けだな……」

「大丈夫かしら? 話を続けますよ? 体調が悪かったらいつでもいってくださいね? このメヒシバについて明智あけちさんは何かご存知ないかしら。これはね、先日、校庭に光合成人間が現れた事件がありましたでしょう? あの後、倉庫の裏に落ちていたものなんです。あの時、明智さんは倉庫裏にかくれていらっしゃいましたよね? 何かご存知ないかしら?」

 校長先生はこれだけしゃべっても影響えいきょうないようだった。光成はだまっている他ない。

彩豪さいごう、やはりヘンだ。校長先生はしゃべってるのに効いてない」

「自分には効かねえのかもしらねえな。ひょっとすると香水こうすいじゃなくて……、ATP能力か?」

「その可能性高いな……」

「だとすると、校長先生は直射日光を浴びてんのに対してお前は日影ひかげにいる。しかも、着てる服は光合成スーツかもしれねえ。圧倒的あっとうてきに不利だぞ」

「お返事いただけませんの?」

 光成は校長先生の問に答えなかった。いや、答えられなかった。

「ヘンね……。これだけ上げているのに……」

 校長先生はそうつぶやいた。上げている? 何を上げているというのだ? この意味深いみしんな言葉はほとんど聞こえないほどのつぶやきだった。


「それでは本題に入らせていただきたいと思います」

 国会では倫藤りんどう議員の質問が続けられていた。

「我が国の国民は、海外へ渡航とこうする自由が等しく認められていますが、光合成人間に限っていえば、事実上パスポートが発行されていないことを、総理、ご存じでしょうか」

伊達指だてさし総理大臣」

 総理は議長に指名されると、手を上げて答弁台に立った。

「えーと、我が国の国民に対して、差別的な理由でパスポートを発行しないということは、当然あってはならないことであります」

 総理はこう回答すると、そそくさと席にもどった。これを聞いた倫藤りんどう議員は素早く手を上げて発言した。

うそおっしゃいなさい! 実際にはパスポートを発行してないでしょう! ご存知ないんですか! 総理!」

伊達指だてさし総理大臣」

 総理は後ろにいる政府担当者から話を聞いていた。

「総理に聞いてるんですよ! 官僚かんりょうの耳打ちなんかに耳を貸さないでください! 総理、あなたは把握はあくしていないんですか? どうなんですか! 総理!」

 伊達指総理は政府担当者に二三度うなずくと、手を上げて答弁台に立った。

「えーと、倫藤りんどう議員がご指摘のことは、光合成全能態の犯罪者に限ったケースとの……」

「えっと、すみません!」

 倫藤議員が強引に総理の答弁をさえぎった。

「光合成全能態? 犯罪者? なんのことでしょう? もっと国民にもわかる言葉でご説明いただけないでしょうか!」

「ネバーウェアのことだろ!」

 議場に笑い声が上がった。

倫藤りんどう議員にもネバーウェアっていわねえと伝わんねえんだよ!」

 倫藤議員は一瞬いっしゅん戸惑とまどった顔をしたものの、何か合点したらしく、野次を飛ばした議員をするどくにらみつけた。

「このおろか者めが! 下劣げれつな言葉をやめなさい! 議長! 野次をやめさせてください!」

静粛せいしゅくにお願いします。伊達指だてさし総理、続けてください」

 伊達指総理は苦笑をかべながら答弁台に立った。

「えー、ですから、倫藤りんどう議員がご指摘してきされている件につきましては、光合成全能態の犯罪者のケースであるとの報告を受けております。犯罪者につきましては、光合成人間とういことではなくてですね、これ、そもそもパスポートを発行していないわけであります」

うそをおっしゃいなさい! パスポートの発行申請しんせいをした光合成人間が、全員犯罪者なんてことがありますか! 光合成人間が全員犯罪者といっているようなものですよ! ヒドいへんけんじゃありませんか! あなたが把握はあくされていないだけではないのですか! それでは逆に聞きますよ? 光合成人間にパスポートを発行したことはありますか?」

伊達指だてさし総理大臣」

 しかし、総理は指名されてもなかなか立ち上がらなかった。議長は再度声をかけた。

「伊達指総理大臣」

 総理は仕方なく手を上げて答弁に立った。

「えー、パスポートの発行についてですね、私がすべてのケースを把握はあくすることは、これ、無理なわけですから、その点につきましては、どうかご理解願いたいところであります」

「把握されていないのですね? これは人権問題ですよ? あきれてものもいえませんよ! 総理は人権じんけん侵害しんがいを把握できていない! 総理失格といわざるをえませんよ! それでは無能な総理ではなく、担当の明智あけち大臣にお聞きすることにします! あなただったら知っていますよね? 本件の様々な会議に出席しているんですから! 明智大臣、光合成人間にパスポートを発行したことはありますか!」

「明智大臣」

 明智大臣は指名されると答弁台に立った。

「えー、光合成人間にパスポートを発行した事例につきましては、残念ながら記録上はございません。ですが……」

 すかさず倫藤りんどう議員は明智大臣の発言に割って入った。

「聞きましたか! やはり光合成人間にパスポートを発行していないのですよ! これは重大な人権じんけん侵害しんがいです!」

「まだ発言中ですよ! 途中とちゅうでさえぎらないでください!」

「そうだ! 最後まで話聞け!」

「これがだまっていられますか! とんでもない人権じんけん侵害しんがいですよ!」

「そうだ! 人権侵害だ!」

「ちょっと議長! 最後まで発言させてください!」

倫藤りんどう議員、発言をさえぎることはひかえください。明智あけち大臣、続けてください」

「どうか最後までお聞き願えないでしょうか。これは光合成人間だと判明しているケースに限って申し上げればの話です。現状としてはですね、光合成人間かどうかという事実は機微きびな内容でございますから、警察の捜査そうさで立証された人しか光合成人間だと公的には認められていないわけですね。したがって、公的にですよ? 公的に把握はあくされている事例だけで申し上げれば、光合成人間だと判明しているケースは全員が犯罪者ということになってしまうのですよ。ですが、正体をかくしている光合成人間の場合は、これ、わからないわけですから、把握のしようがないのです」

おどろきました! やはり把握できていないんですね? みなさん聞きましたか? 人権じんけん侵害しんがい把握はあくできていない! これは由々しき事態ですよ! 明智あけち大臣! どういうことかわかっているんですか!」

「そうだ! これは差別だぞ!」

「だから『記録上は』って大臣はいってんじゃないか!」

把握はあくできないのは怠慢たいまんだろ!」

「正体かくしてんだぞ! 把握なんかできるわけないだろ!」

 ダン、ダン!

静粛せいしゅくに! 明智あけち大臣」

「えー、おっしゃる通り、光合成人間だからという理由でパスポートを発行しないということは、これ、あってはならないことでございます。ですが、正体をかくされている場合は把握はあくのしようがないことはご理解いただけないでしょうか。現状把握しているケースでは、差別的な理由でそういったことはございません」

「ですが明智あけち大臣、本法案にかかる有識者会議の議事録を見ますとですね、海外への渡航とこう制限せいげんについて議論していますよね? これはあなたも参加している会議ですよ! なんでこんなことを議論する必要があるのですか! 本当は光合成人間に対する差別的な意図があるんじゃないでしょうか!」

「あのう、大変な誤解をされているようで、これだけははっきりと申し上げさせてください。差別的な意図は一切ございません。現状、公的な記録上は光合成人間が海外にわたったという記録はございません。ですが、逆に申し上げますと、光合成人間であることをかくしている人が、海外へ渡航とこうしている事例は相当数あるのではないかと考えられるわけです。実はこれが人材の流出という観点では問題をはらんでいるわけですね。光合成人間はどういうわけか我が国にしかいません。これは我が国の国益にとって極めて重要なことと考えられるわけです。我々としては光合成人間の皆様みなさま活躍かつやくできることを目指しているわけですが、光合成人間、とりわけATP能力の保持者は、我が国の技術・産業に大きな貢献こうけんをする可能性を秘めているわけですよ。もともと我が国の人材や技術は海外から注目されていることは皆様もご存知のことと思いますが、これらの流出が後をたたないこともまた事実でございます。ご存知かもしれませんが、光合成人間たちは国際社会の水面下で実に注目を集めているのですよ。我々はこれを国益の脅威きょういととらえているのです。しかしですね、倫藤りんどう議員のおっしゃる通り光合成人間は人間でございますから、モノや情報ではありません。渡航とこうや就労の自由が認められているわけです。片一方では光合成人間の自由と平等を尊重しようとしたいと思う反面、国益を考えれば光合成人間の不透明ふとうめいな流出も一定の規制が必要なのではないか、そういったジレンマのある問題なのですよ。そこで人権問題にくわしい先生や危機管理の有識者などを交えてですね、議論をお願いした次第でございます。それが倫藤議員がご指摘してきされている会議のことでございます」

 明智あけち大臣はこう答えると席にもどった。倫藤りんどう議員が手を上げる。

「えー、明智大臣の考えはよくわかりました。問題を我が国のたぐいまれな努力と技術の産物であるイチゴやブドウなどと同じに考えているわけですね。私も大好きですよ。特に皮まで食べられる種なしブドウは私の大好物です。これが海外に流出している事実については、私も重大な問題としていきどおりをかくせません。明智大臣は人間を農産物と一緒いっしょに考えていらっしゃるのですね? そうですか、あきれましたよ! どこまで人間を侮辱ぶじょくするつもりですか! これこそ人権問題ですよ! 我が国の国民は渡航とこうの自由や海外で働く自由があるのです! それを制限するというのですか!」

「そうだ、そうだ!」

「これは人権じんけん侵害しんがいだぞ!」

「何いってんだ! 国益の脅威きょういだろ!」

「どんだけ我が国の技術や情報がぬすまれてんのかしらねえのか!」

 ダン、ダン!

静粛せいしゅくに! 明智大臣」

「えー、倫藤りんどう議員のご指摘してきはまったくあたりません。結論として申し上げますと、本法案、光合成基本法はですね、具体的な渡航とこう制限については明文化しないという結論にいたっております。倫藤議員も法案を読まれましたよね? どこにも書いてないはずです。我々は光合成人間の皆様みなさまにご活躍かつやくいただきたい、そう思っているわけですから、就労や渡航についても他の国民と同様、自由にしてもらいたい、そう思っているわけです。ところが、現状では光合成人間の皆様は正体をかくしていらっしゃる。実際問題、光合成人間がどれくらいいるのか、それすらわかっていないのが現状なのですね。つまり、不透明ふとうめいな人材流出が水面下で行われても、これ、わからないわけですよ。実際にですね、そういった情報は、非公式ながらすでにございます。そういったことをまえますと、まずは本法案でしっかりと光合成人間の権利を保護した上でですね、今後につきましては、光合成人間の把握はあくを目的として、光合成基本台帳などの整備が検討されているわけです」

「光合成基本台帳、確かに有識者会議の議事録に書いてありますね。光合成人間だけが台帳に登録される。これは平等とはいえませんよね? まるで犯罪者あつかいではありませんか!」

「そうだ! 不当な差別だ!」

「管理には台帳が必要だろ! 馬鹿ばかなのか!」

「何いってんだ! 差別だろ! お前こそ馬鹿なんじゃないのか!」

「そもそもネバーウェアは犯罪者だろ!」

 明智あけち大臣が何度も手を上げた。

 ダン、ダン。

静粛せいしゅくに。明智大臣」

「えー、まさにそういったことに注意しなければならない問題でございます。管理する上では台帳の作成は必要になりますが、これが倫藤りんどう議員のおっしゃる通りでなかなか難しい問題でございます。どういった形が適切なのかまだ検討も始めていない状況じょうきょうでございまして、専門家の皆様みなさまに検討をお願いする予定になっているところでございます。かえし申し上げますが、本法案につきましては、まずは光合成人間の権利をしっかりと守ることが趣旨しゅしとなっているのでございます」

「ですが、大臣。結局は台帳を作るおつもりなのですよね? 不平等で差別的な台帳の作成は、断じて容認できません! 大臣にはもっと人の立場に立って考えてもらいたいのですよ! 仮にですよ? ご自身の子どもが光合成人間だったら、大臣はどう思うのですか? そういった視点で考えていただけないでしょうか? あなたにも息子さんがいらっしゃいましたよね? 要管理対象者として、息子さんが管理されるわけですよ? まるで犯罪者ではないですか! 現在の社会は光合成人間を犯罪者や変質者を見るような目で見ているのですよ! 就職活動や会社の人事評価でも不利にはたらいているのが現状です! そういった光合成人間を取り巻く現状のなか、ご自身の息子さんが犯罪者のように管理されることを想像してください! あなたの子どもだったらですよ? 大臣、どう思うのですか!」

明智あけち大臣」

 しかし、大臣は目を閉じたまま、答弁に立たなかった。

「明智大臣」

 議長に再度指名されてやっと立ち上がった。

「えー、仮定での話にお答えすることはひかえたいと存じますが、一人の父としての率直な意見を申し上げれば、自分の子どもには自由で平等に成長してもらいたい、そう思うのが親というものではないでしょうか。そして、まさに倫藤りんどう議員がご指摘してきされている現状を変えるためにですね、本法案では国民の理解を進め、光合成人間たちも活躍できる社会になることを目的としているのでございます」

 明智あけち大臣はそう答えると席にもどった。

「大臣! いっていることやっていることが逆じゃありませんか!」

 倫藤りんどう議員は質問台を両手でバンとたたいた。

「差別的な台帳を作ったり渡航とこう制限せいげんをしたり、やってることが逆ですよ! これでは国民は政府を信用できません! 大臣はもっと人の立場にたって考えてほしいのです!」

「そうだ、そうだ!」

「犯罪者あつかいじゃないか!」

「犯罪者だろ! ネバーウェアは!」

全裸ぜんらのヤツが税関通れるわけないだろ!」

だまらっしゃい! 馬鹿者ばかものが! 税関を通る時にはだかになるわけないでしょう! それこそひどい偏見へんけんですよ!」

「光合成人間は裸にならないと能力発揮できないんだろ? 海外で就労して、現地で全裸になってほしいのか! それこそはじさらしだ!」

「海外でも全裸は違法なんじゃないのか!」

「何をいっているのですか! 多様性の問題ですよ! 多様な人間で構成されているのが現代社会ではありませんか!」

「なんでもかんでも多様性とおっしゃいますが、全裸が多様性ってのは無理があるんじゃないでしょうか!」

「さっきから光合成人間の保護ばかりで話が違うんじゃないのか! まずは国民の安全を守ることが先だろ!」

「だから光合成人間も国民です! 誤解と偏見へんけんを解く必要があるのですよ!」

「いいや! ネバーウェアは犯罪者だろ!」

「議長! 野次を止めてください!」

 ダン、ダン。

静粛せいしゅくに」

「ネバーウェアの親がどうなってるか知ってるのか! 地域からあやしまれて、会社もクビになって、家庭も崩壊ほうかいしてんだぞ!」

「子どもたちがかわいそうです!」

「子どもたちを最優先に考えてほしいんです!」

 ダン! ダン!

「静粛に!」


 国会の議論が最高潮に達していたその頃、光成と校長先生の面談はまだ続いていた。

 香水と催眠さいみんガスが部屋に充満じゅうまんしていたため、光成は息をすることができず、長い沈黙ちんもくが続いていた。

「先ほどからだまっていらっしゃいますが、どうかしましたか?」

 校長先生は光成に息をさせて催眠ガスを吸わせたいのだろう。しかし、光成は答えなかった。

「何もしゃべらないのでしたら会話ができませんよ? 明智あけちさん、一つ確認ですが、息はしていますよね?」

 校長先生は光成の口元を見つめた。呼吸をしているのか確認しているのだ。

「おかしいわね……」

 校長先生はこうつぶやいた。

「話を続けましょうか。光合成仮面は植物を成長させ、それを頭にからみつけて顔をかくしているそうです。つまり、かれならば植物を成長させることができると考えられるわけですね? そう考えますと、このメヒシバを成長させたのは光合成仮面だと考えれば納得が行くのですよ。明智さんはどう思いますか?」

「…………」

「そう、答えないのね。もう一度確認しますけど、息はしていらっしゃいますよね? 気分が悪かったら遠慮えんりょなくおっしゃってください?」

 そういって校長先生は光成の顔をのぞきみ、息をしているのか、催眠さいみん効果が出ていないのか、執拗しつように観察し始めた。

「光合成仮面はちょうど明智あけちさんと同じくらいの年格好だそうです。先生が不思議に思うのは、本当に正体をかくす必要があるのでしたら、自分の身元がバレそうな証拠しょうことなるもの、例えばこのメヒシバのようなものですね、こういったものは現場に残さないと思うのですよ。ですが、うかつにも現場に残しているのです。そこは本当に子どもだからなのでしょうかね。だってそうでしょう? 証拠しょうこ隠滅いんめつを図らないなんて、無邪気むじゃきで子どものような行為こういだと思いません?」

「ああ?」

 光成は思わず声を出してしまった。

 校長先生はあろうことか光成を子どもあつかいしたのだ。私はマズいと思った。光成は子どもあつかいされるとキレるのだ。たのむからこの状況じょうきょうで光成を子どもあつかいしないでくれ!


 しかし、校長先生はこれを見落とさなかった。

 これは何? 今までと明らかにちがうこの反応は。何に反応したのかしら? これがわかれば、息をさせて催眠術さいみんじゅつをかけることができるかもしれません。今いったことの中にこれまでの会話にはなかったものが、何かふくまれていたはず。思い出すのよ。私は何をいったのかしら? 光合成仮面が明智あけちさんと同じくらいの年格好で、メヒシバを残したことを子どものようだ、確かそういったかしら? 相手の立場に立って考えるのよ。子どもだったら何におこる? 子ども……、子どもだったら?


「仮定での話ですよ? 光合成仮面の行動が子どものようだというのは」

「ああ?」

「別に明智さんを子どもあつかいしているのではありません。どうしたのですか?」

「なに? なんつった?」

 この反応を見て校長先生は確信した。子どもあつかいされることに反応しているのだ!

 確信を持った校長先生は容赦ようしゃなく続けた!

明智あけちさんの話ではなくて、光合成仮面の話ですよ? ご本人の前で子どもあつかいするなんてこと、先生がするわけないでしょう? だって、明智さんは必ず百点満点を取る優秀ゆうしゅうな生徒ではありませんか! こんな子どもじみたことをするわけがないでしょう?」

 光成のくちびるがいかりでふるえているところを校長先生は見逃みのがさなかった。

「おい! 光成! 落ち着け! 挑発ちょうはつに乗ったらお前の負けだぞ!」

「だって、ひどいじゃありませんか? 自分の正体がわかる証拠しょうこを現場に残すなんて! まるで未就学の子どものように幼稚ようちではありませんか! まさか、小学五年生のお兄さんがそんなことするわけありませんよね? ねえ? 明智あけちさん?」

「ああ? うるせえな! やめろよ! そうやって挑発すんのは! ごほっ」

「まずいぞ! 光成! 今のはかなり息を吸ったぞ!」

「挑発なんてしていませんよ? どうしたのですか? そんなに取り乱して」

 校長先生から笑みがこぼれた。

「明智さんの話じゃありませんよ? だって、明智さんは優秀ゆうしゅうな子ですものね?」

「うるせえ! やめろ! ごほっ、ごほっ!」

 光成はむせ返ってしまい、バランスが取れなくなってソファーから転げ落ちてしまった!

「どうしたの? 明智さん? 気分が悪かったらちゃんといってくださいね? 子どもじゃないんですから!」

「くっそぉ、この野郎やろぉ……」

 光成は立ち上がることができなくなっていた。目が回って意識が朦朧もうろうとする。いかりがおさえられない。爆発ばくはつしそうだ。そこまでいうんなら、自分が光合成仮面だってバラしてやろうか? そんな感情が破裂はれつしそうだった。そうこうするうち、光成はふるえながら異常な量のあせをかき始めた。

「どうしたの? 明智あけちさん? そんなに汗をかいて。先生は冷房れいぼうが苦手だから、ちょっと暑かったかしら?」

 しかし、それはちょっと暑い程度の汗ではなかった。尋常じんじょうではない量の汗だ。

「そうだ! 光成! 汗をかけ! 体に入っちまった催眠さいみん物質ぶっしつは汗をかいて外に出しちまうんだ! 前にデトックス能力を使ったヤツがいただろう! ラーニングしたはずだ!」

 デトックスとは、体内に入ってしまった有害物質を体外へ排出はいしゅつすることをいう。体内に入った有害物質は主にふん尿にょう、つまりウンチとオシッコとなって排出されるのだが、あせとして排出できる量についてはごくわずかしかない。しかし、光成がラーニングした能力は、汗による有害物質の排出効果を飛躍的ひやくてきに向上させる能力だったのだ。

 光成のあせは止めどなく流れ、またたく間に服がびしょれになり、ゆかへポタポタと流れ落ちた。この量の汗を見て校長先生はその異常さに気づいた。

「ちょっと、明智あけちさん、いくらなんでも汗をかきすぎじゃありません? 大丈夫だいじょうぶ? 明智さん?」

 しかし、光成のあせは止まらない。かみ風呂ふろ上がりのようにびっしょりと濡れ、しずくがポタポタとしたたり、服はプールに転落したかのようにびしょれになった。

 さすがの校長先生も動揺どうようして席を立った。

明智あけちさん? 大丈夫だいじょうぶ? マズいわ、ちょっと上げ過ぎたかしら? 明智さんしっかりして!」

 校長先生はあわててかけよった。

 すると、その時である。光成の体のふるえが止まったかと思うと、さっぱりしたような顔をして立ち上がり、何事もなかったかのようにソファーへ腰を下ろしたのだ。

「あ……、明智さん?」

 校長先生は何が起きたのか理解できず、立ったまま動けなくなった。その時である。

「ふぁぁああ〜」

 光成から見て右手側のかべから、だれかのあくびが聞こえてきた。これはかすかなものではなく、はっきりと聞こえるものだった。

 校長先生はハッとして、あからさまに不機嫌ふきげんな顔で壁の方をにらむと、光成にも聞こえるほど大きな舌打ちをした。これは壁の向こうにいる人物に向けた舌打ちのようでもあった。

「す、すみません!」

 この声はかべおくからはっきりと聞こえた。やはりだれかいたのだ。校長先生はしばらく考えるとこういった。

「今日はここまでにしましょうか。明智あけちさんの具合も良くなったようですし」

 校長先生はコツコツと音を立てて歩き出し、光成の横をとおけると、部屋のドアをあけた。

「お体は大丈夫だいじょうぶ?」

 光成は短く「はい」とだけ答えた。

 校長先生はしばらく光成の様子を確認すると、部屋のおくへ行って窓を開けた。そして、ロッカーからタオルを取り出して光成にわたした。

「大丈夫そうね? これであせをふきなさい。返さなくて結構よ?」

 そして、校長先生はドアの前に立った。

「今日は暑いのにごめんなさいね? また機会があったらお話できるとうれしいわ」

 校長先生はそういうと、いつものように微笑ほほえんだ。光成は息を吸うわけにはいかないので、「失礼します」とだけ短くつぶやいて、校長室の外に出た。


「おい、光成。さっきのあくび、あれ教頭先生だったなw」

「ああ」

 光成が後ろをかえると、ドアのすき間から校長先生がこちらをのぞいていた。しかし、光成が振り返ったことに気づいてすぐにドアを閉めた。

「思うんだが、お前が催眠術さいみんじゅつにかからねえから、校長先生はやたらと催眠ガスの濃度のうどを上げちまってよ、となりの部屋にいた、まさかの教頭先生まで催眠ガスを吸っちまったんじゃねえのか? ウケんだけどw」

 光成は放送室の前に立つと、ドアの窓ガラスしに中をのぞいた。しかし、中にはだれもいない。

「ヘンだな。放送室には教頭先生どころか誰もいないぞ」

「いや~、あやしいねw。校長室と放送室の間にもう一個部屋なんてあったっけ? 秘密の小部屋でもあんのか? 気になるっちゃなるが、今日のところはさっさと帰ろうぜ。昇降しょうこうぐちで待ってる。ホシケンらが校庭で遊んでるみたいだから、ちょっと寄ってこうぜ」

「わかった。疲れてクタクタだが、すぐ行く」

 光成は昇降口に向かって歩き出した。


 その日、光成が自宅に帰ると、家の前に黒い車が一台停まっていた。その横をとおけて家に入ると、玄関げんかんの中には男物と女物のくつが置かれていた。めずらしく父が帰ってきたのだと光成は思った。

 リビングの方から大人たちの話し声が聞こえてくる。光成がランドセルを背負ったままそこへ向かうと、父と秘書の二人が、イスに座りもせず立ち話をしているところだった。

「ただいま」

 光成がそういうと、父がかえった。

「おう、光成。私たちも今帰ってきたところだ。なんだ? あせでびしょ濡れじゃないか。この炎天下えんてんかで遊んできたのか?」

「ああ」

「そうか、元気そうでよかった。すぐにシャワーを浴びなさい。水分はとったのか?」

「ああ、学校で水を飲んできたよ」

熱中症ねっちゅうしょうには気をつけろよ。学校は楽しいか?」

「ああ。それで、めずらしいね。家に帰ってくるなんて」

「いつもすまんな。今日も帰ってきて早々出なければならないのだが、お前にあやまりたいことがあって帰ってきたんだ」

「あやまる? なんだよ。別にいいよ」

「今日、国会があってな、そこで自分の子どもが光合成人間だったらどうなんだって聞かれたんだが、父さんはお前が光合成人間だとは答えなかったんだ」

「なんだ、そんなこと、当たり前じゃないか」

「いいや、そんなことはない。お前が光合成人間だということはお前の個性だ。なのに、父さんはそれをいえなかった。かくしてしまったんだ。申し訳ない。この通りだ」

 光成の父はそういって深々と頭を下げた。

「やめろよ。そんなこと、かくして当たり前だろう」

「すまなかった。ちかっていうが、父さんはお前のことをじてなどいない。お前が正々堂々と何もかくさずに暮らせる社会になってほしい、そう思っている。ゆるしてくれ」

「ゆるすも何も、かくして当たり前のことじゃないか」

 光成はそういうと、この会話からげるようにしてリビングから出て行った。

 かくして当たり前のことじゃないか。

 まだ小学生の息子がこういった。光成の父は親として胸がける思いだった。ランドセルを背負うその後ろ姿が不憫ふびんでならない。


「仮にですよ? ご自身の子どもが光合成人間だったとしたら、大臣はどう思うのですか?」

「国民が全裸ぜんらの人間を受け入れることができるのかって問題なんだよ!」

「そもそもネバーウェアは犯罪者じゃないか!」

静粛せいしゅくに!」

「実際問題としては差別があるからなのです!」

「静粛に!」

「光合成人間は、みな、仮面をかぶって生きなければならないのですよ!」

 ダン! ダン!

「静粛に!」


明智あけちさん、時間です」

 立ちつくす明智大臣に秘書が声をかけた。

「…………。わかった。それでは行こうか。じい、来て早々悪いが私は出る。後はたのんだぞ」

 おくから爺が出てきた。

「かしこまりました。旦那だんなさま、お出かけ前に一つ申し上げたいことがございます」

「なんだ? 手短に頼むぞ」

「今日、スザンヌ様がお見えになりました」

「なに? なんだって?」

 光成の父の顔色が変わった。(続く)

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