第七話 国会とテストと校長先生 その一
次の日、一学期のまとめとなるテストがあった。あいも変わらずこの日もよく晴れていて、教室の窓から
その
私はいつものようにWi−Fiへの接続を試みた。しかし、どういうわけか接続がうまくいかない。アクセスポイントからの応答がまったくないのだ。アクセスポイントが設置してある
これではWi−Fiへ接続できるわけがない。今までこんなことがあっただろうか。いささか
「光成、聞こえるか」
「ああ、なんだよ。これからテストなんだから
「悲報w。くっそぴえんなことが起きてるw。Wi−Fiがつながんないんだ」
当時の私は本当にここまでひどいネットスラングを使っていたのだろうか。光成にいちいち
「Wi−Fi? そうかよ。
「それが困るんだよ」
「勉強してなかったのか」
「そうなんだよw」
「あきれたヤツだな」
「それでお願いなんだが、お前は教科書を見るだけで全部覚えられるだろう。テストの答えをATPリンクで転送してくれると助かるw」
光成はATP能力によって「見る」能力が異様に高い。一度見たものを
「そんなことできるわけないだろ」
「そこをなんとか頼みたいんだが、ちょっと待て、なんだ?」
教室では担任の先生がカーテンを閉めているところだった。
「今日は日差しが強いからカーテンを閉めましょうね」
先生はそういって、教室を暗くするための黒いカーテンまで閉め始めていた。
「おい、ちょっと待てよ。黒いカーテンまで閉めなくてもよくね?」
「
「マジで? どうゆうこと? お前も光合成できなくなんのか?」
「ああ、だが、俺には
「俺には影響大ありなんだよ。これからどうすればいいんだ?」
「
「いや、マジで無理! ヤベえって! ぜんぜん勉強してないんだよ!」
「自業自得だろ。勉強やってなかったんだから。それがお前の実力だろ?」
「聞いてないって! マジかよ! 今までこんなことあったか?」
「いいや。ないな」
「どういうこと? なんでだよ、ちくしょう! カンニングが疑われているってことか?」
「そうだな。学校も
「でもよ、もしそうだとしたら、これはひょっとして、
「ああ、その……も……かもな」
音声が聞き取りにくくなってきた。ATPリンクは
「マジかよ! ヤベえって! おい! 聞こえるか! 光成!」
「………り聞こえないな……。テスト始まるから、もう…………」
光成との通話が
ちょうどその
「えー、
古地議員は法案が書かれた紙の束をかかげ、バンバンとたたいた。
「これはいったいなんなんですか? こんなのでね、今
「そうだ! そうだ!」
「この前、私の地元でですね、小学生の保護者の方々がですよ、
「
伊達指総理は議長に指名されて答弁台に立った。
「えー、私も
「総理、今回のこの法案、光合成基本法ですね。ネットではネバーウェア法案なんていわれていますよ。これ、どういうことかといいますとね、この法案はネバーウェアみたいなね、
「
総理が手をあげて答弁台に立った。
「えー、この法案につきましては、光合成人間にかかる基本的な方針を定める法案でありまして、光合成人間もですね、憲法で人権が認められているわけですから、自由と平等が認められているという前提のもとで検討したものであります。それがですね、
「総理、総理は今多様性とおっしゃいました。私も多様性は重要だと考えていますよ。ですが多様性だからといって、
「おい! フルチンは不適切だろ!」
「ぶっちゃけ過ぎだ!」
「国会だぞ!」
「国会を
「私の発言中じゃないですか! 野次をやめてくださいよ! 議長! 野次を止めてください!」
ダン、ダン。
「
「なんですか、議長! フルチンは不適切じゃないですか! 議長からも注意してください! ここは国会ですよ!」
「不適切な発言は
「そうだそうだ!」
「
「そうだ!」
「
ダン! ダン!
国会の議論が
この校長先生はいつもエレガントな衣装を身にまとっていて、身だしなみに
彼女はヒールのある
マズい! 何かを書かなければ! 私は必死になって答えを書こうとした。しかし、問題に集中することがまったくできない。校長先生が何を見て、どんな表情をしているのか気になって仕方がないのだ。
ほどなくして、何ごともなかったようにコツコツと歩き出す音がしたので、私もホッとして
校長先生は教室を一回りすると、静かに
ダン、ダン。
「
「えー、私の表現に一部不適切な点がございましたこと、お
「
「えー、本法案につきましては、もっぱら
「総理、ですがね、法案には全裸になれることが明記されてるんですよ。ちゃんと法案読んでますか? どうなんですか総理!」
「
「えー、法案はちゃんと読んでおります。ご
「また出ましたね総理! あなたのいい方は実にわかりにくい! こんな説明で国民が納得できますか! 『光合成全能態』なんて意味不明なことをおっしゃっていますが、『不可能ではない』ってのもなんですか? それって可能だってことですよね?
「
「えー、必要な場合は、適切な管理の元で、『光合成全能態』になることは、不可能ではないということであります」
「それ、可能だってことじゃないですか! 可能かどうか、イエスかノーでお応えください総理!」
「
「イエスかノーかといわれましてもね、これ、様々な条件があるわけですから、
「総理! 私はイエスかノーかで聞いているんですよ!」
「なにいってんだ! 総理はちゃんと答えただろう! 日本語通じねえのか!」
ダン、ダン。
「
「イエスかノーで答えられない。総理、これは説明責任を果たしているとはいえませんよ!」
「そうだそうだ!」
「説明してるだろ!」
ダン! ダン!
「
国会の議論が再び白熱し始めたその頃、私は
光成はテストに集中している真っ最中だった。それが私からのATPリンクを受信したせいでさえぎられてしまい、イラつきをかくさなかった。
「ああ? なんだ? テスト中だぞ?
電波の
「くっそヤベえ。ぜんぜん分からなくてぴえんw。マジでお前のヘルプしか勝たんw」
しかし、光成には次のように聞こえていた。
「くっそ………。ぜん…………らな……ぴえんw。マジで………………しか勝たんw」
「なに? なにいってんだ? ぜんぜん聞こえないぞ?」
「だから、…………で、くっそ…………。…………ぴえんw」
「なに? 『くっそ』とか『ぴえん』ばっかでぜんぜんわかんねえな」
マズい。あせっていささか早口になっていたか。落ち着け。もっと落ち着け。落ち着いてもっとはっきりと、滑舌よく話すんだ!
「くっそヤバいんだ! 助けてくれ!」
私はできるだけ滑舌よくこういったつもりだった。しかし、光成にはこう聞こえていた。
「くっそ……いんだ! ………くれ!」
「なに? ふざけてんのか? お前、ずいぶんと
「…………! …………w」
「なんだって?」
「ゆうて…………勢? ……ひよって…………w」
「ああ?」
「………えぐw。………てくれ、……む!」
「まったく聞こえねえぞ? テスト中なんだから
「………………? …………! ……………w」
「なに? 『?!w』だけでぜんぜんわかんねえぞ? なんか
「…………………………! ………!」
「ぜんぜん聞こえねえし」
「………? ……………?」
「なにいってんだ? まったくわかんねえな。
「………? ………………………w。…………? …………!」
私の必死な
「………! …………………!」
みんながカリカリと答えを記入する中、私は真っ白な答案用紙を前に何も書けずにいた。もはや、わかるわからないはどうでもいい。何かしら書くしかない。私もみんなと
ダン! ダン!
「
「えー、それでは、こんな場合はどうでしょうか。例えばですよ、キャンプ場で大勢の家族が遊んでいたとします。その中で、一人のお子さんが川で
「まず、光合成人間に限った話としてではなくてすね、
「違法性はない? 総理は
「我が国の総理がこんなにハレンチだったとは
すると、総理の
「総理! 総理! 私はあなたに聞いてるんですよ!
「そうだ! そうだ! 総理が答えろ!」
それでも隣の議員は答弁台に立った。
「えー、この件につきましては……」
「私は総理に聞いてるんですよ! 議長! 議長! 総理に答えさせてください!」
「
伊達指総理は納得のいかない顔をしながら手を上げて答弁台に立った。
「えー、個別の具体的な事例につきましては、担当大臣である
「なんだよ! 逃げるんじゃないよ! 私は総理に聞いているんだ! 議長! 総理に答えさせてください!」
「そうだそうだ!」
ダン、ダン。
「
総理の
「えー、個別の具体的な事例につきましては、担当大臣である私よりお答えさせていただきます。まず、先ほどの総理のご発言についてですが、
「何いってんだ! 違法じゃないっていっただろ! 国家元首なんだぞ! 発言に責任を持て!」
「そうだ! そうだ!」
「野次をやめなさい! まだ私の発言中ですよ!」
ダン、ダン。
「
「えー、発言の方を続けさせていただきます。
古地議員が手を上げた。
「皆さん! 聞きましたか! 全裸を認めることが本法案の目的だそうですよ!
「
伊達指総理は後ろの政府担当者から話を聞いていた。
「総理! 私は総理に聞いてるんです! 早くしてください!」
「伊達指総理大臣」
伊達指総理は二三度うなずくと、手を上げて答弁台に立った。
「えー、本法案につきましては、光合成人間にかかる基本的な方針を定める法律でありますから、具体的な条件等は本法案では定めておりません。基本的な方針としましては、先ほど
「総理、今の発言、私には無視できない部分がありました! これだけははっきり申し上げたい! 私は決して光合成人間を
「だからフルチンは不適切だろ!」
「
「なんだ! お前らも不適切だって思ってんだろ! だったら
「何いってんだ! 発言が不適切なんだよ!」
「
「総理には子どもたちを第一に考えてほしいんです!」
「考えてるからこの法案出してんだろ!」
ダン、ダン。
「
「議長! 野次を注意してください!」
「謝罪と
ダン! ダン!
「静粛に!」
「フルチンが不適切だったら、
「そうだ! そうだ!」
「それとこれとは話が
「フルチンは撤回しろ!」
「そうだ!」
「議長! 野次を注意してください!」
「何いってんだ! 議長! フルチンは不適切でしょ! 不適切な発言の方を注意してくださいよ!」
ダン! ダン! ダン!
「静粛に!」
国会の議論がクライマックスに達していたちょうどその
テストが終わりをむかえ、先生がカーテンを開け始めた。
「答案用紙は前の
カーテンが開け放たれ、
今日はこんなに晴れて明るかったんだね。
私は教室の前に答案用紙を持って行き、しずしずと教壇の上へそっと重ねた。
テストは終わったのだから、さっさと気持ちを切り
放課後、私は光成の教室に立ち寄った。
「ああ?
なに? なんだって? 光成が校長室に呼び出されているだと? どういうことだ? 今日はずっと何かがおかしい! Wi−Fiが切られていたこといい、教室のカーテンが閉められたことといい、昨日、主月先生にあとをつけられたこともそうだ! 何かおかしい!
ひょっとしてまさか、光成と私が、光合成人間だと学校にバレているのか? (続く)
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