第七話 国会とテストと校長先生 その一

 次の日、一学期のまとめとなるテストがあった。あいも変わらずこの日もよく晴れていて、教室の窓からむ日差しがまぶしかった。

 そのころの私は、勉強がきらいで遊んでばかりいたものだから、テスト勉強などまったくやっていなかった。それにもかかわらずいつも百点近い点数を取れていたのは、私のATP能力によるところが大きかった。どうやって百点近い点数を取っていたのかというと、テスト中、学校のWi−FiにATPリンクで接続し、そこからインターネットで検索けんさくして解答を得ていたのだ。ネットで検索していたのだから百点満点取っても不思議でないところ、いつも百点に「近い」点数だったのは、当時の私の検索技術が高くなかったこともあるが、ネットでは間違まちがった情報やデマ、フェイクなど、偽情報にせじょうほうに満ちあふれていることもあった。そのため、どういうわけか一度も百点満点を取れたことがない。しかし、勉強の優先度を著しく低く設定していた私は、テストの結果に十分満足していたため、百点満点を取るための工夫などまったくしてこなかった。そういうわけで、この日も一切の勉強をせずテストにのぞんでいたのだった。

 私はいつものようにWi−Fiへの接続を試みた。しかし、どういうわけか接続がうまくいかない。アクセスポイントからの応答がまったくないのだ。アクセスポイントが設置してある天井てんじょうを見てみると、通常であれば何かしらのランプが点いていてもおかしくないところ、一見したところでは何のランプも点いている様子もない。これは一体どういうわけか。さらによく見てみると、電源コードがアクセスポイント付近で垂れ下がっているではないか。つまり、アクセスポイントに電源が入っていないのだ。

 これではWi−Fiへ接続できるわけがない。今までこんなことがあっただろうか。いささか不審ふしんに思うところがあったものの、私はとなりのクラスにいる明智あけち光成みつなりへATPリンクの接続を試みた。

「光成、聞こえるか」

「ああ、なんだよ。これからテストなんだから邪魔じゃますんなよな」

「悲報w。くっそぴえんなことが起きてるw。Wi−Fiがつながんないんだ」

 当時の私は本当にここまでひどいネットスラングを使っていたのだろうか。光成にいちいち指摘してきされるので仕方なく修正しているのだが、正直いってまったく納得できていない。

「Wi−Fi? そうかよ。普通ふつうにテスト受ければいいじゃないか」

「それが困るんだよ」

「勉強してなかったのか」

「そうなんだよw」

「あきれたヤツだな」

「それでお願いなんだが、お前は教科書を見るだけで全部覚えられるだろう。テストの答えをATPリンクで転送してくれると助かるw」

 光成はATP能力によって「見る」能力が異様に高い。一度見たものを詳細しょうさい記憶きおくし、ラーニングすることができるため、教科書や問題集を一読すれば、すべて覚えてしまうのだ。だからテストでは私とちがっていつも百点満点を取っていた。

「そんなことできるわけないだろ」

「そこをなんとか頼みたいんだが、ちょっと待て、なんだ?」

 教室では担任の先生がカーテンを閉めているところだった。

「今日は日差しが強いからカーテンを閉めましょうね」

 先生はそういって、教室を暗くするための黒いカーテンまで閉め始めていた。

「おい、ちょっと待てよ。黒いカーテンまで閉めなくてもよくね?」

おれの教室でもカーテンを閉め始めたぞ」

「マジで? どうゆうこと? お前も光合成できなくなんのか?」

「ああ、だが、俺には影響えいきょうないな。ラーニングする時にはある程度光合成が必要だが、一度覚えてしまえば、テストを受けるのに光合成は必要としない。いつも通りテストを受けるだけだ。まったく影響ない」

「俺には影響大ありなんだよ。これからどうすればいいんだ?」

普通ふつうにテスト受ければいいだけだろ」

「いや、マジで無理! ヤベえって! ぜんぜん勉強してないんだよ!」

「自業自得だろ。勉強やってなかったんだから。それがお前の実力だろ?」

「聞いてないって! マジかよ! 今までこんなことあったか?」

「いいや。ないな」

「どういうこと? なんでだよ、ちくしょう! カンニングが疑われているってことか?」

「そうだな。学校も馬鹿ばかじゃないってことかもな」

「でもよ、もしそうだとしたら、これはひょっとして、おれたちが光合成人間だってことが、学校にバレてんのか?」

「ああ、その……も……かもな」

 音声が聞き取りにくくなってきた。ATPリンクは蛍光灯けいこうとうの明かりでも使える。しかし、別クラスの光成とは壁をはさんでいるため、クリアに通話するにはもっと強い光が必要なのだ。

「マジかよ! ヤベえって! おい! 聞こえるか! 光成!」

「………り聞こえないな……。テスト始まるから、もう…………」

 光成との通話が途絶とだえた。なんということだ。この現実を目の前にして私は呆然ぼうぜんとした。Wi−Fiも使えず、ATPリンクも難しくなった今、一切の勉強をしてこなかった私は絶望のふちに一人ぼっち取り残されてしまった。今回のテストはひどい結果になるにちがいない。これからどうすればいいのだろう。あせるばかりで良い知恵ちえがまったくかばない。ただ黒いカーテンのすき間からむ光だけが、私の目にうらめしく写っていた。


 ちょうどそのころ、時を同じくして国会では新しい法律の制定に向けて議論がされているところだった。質疑に立っていたのは、保守派で知られる野党の議員、古地ふるち議員だった。


「えー、伊達指だてさし総理。私はあなたの所信表明を聞いた時にですね、うそがないことを前提にすればですが、総理、あなたが嘘をまったくついていなければの話ですよ? いや〜、立派な総理が誕生したものだと大変な感銘かんめいを受けました。それが今回のこの法案!」

 古地議員は法案が書かれた紙の束をかかげ、バンバンとたたいた。

「これはいったいなんなんですか? こんなのでね、今きてる問題の解決にはまったくなりませんよ!」

「そうだ! そうだ!」

「この前、私の地元でですね、小学生の保護者の方々がですよ、近頃ちかごろは天気のいい日に子どもたちを外で遊ばせることができないとおっしゃるんです。育ち盛りの元気な子どもたちがですよ? 全裸の人間がそこら中で悪さをしていてこわいとおっしゃるんです。総理、これは問題ですよ! 我が国の治安は実に悪くなっている! 子どもたちが天気のいい日に外で遊べない! 問題だとご認識ないんですか! 一刻を争う事態ですよ! どうお考えなんですか! 総理!」

伊達指だてさし総理大臣」

 伊達指総理は議長に指名されて答弁台に立った。

「えー、私も古地ふるち議員のおっしゃる通り一刻を争う事態との認識でありまして、ですから、この問題についてしっかりと議論をくしてですね、速やかに本法案を成立させたい所存であります」

「総理、今回のこの法案、光合成基本法ですね。ネットではネバーウェア法案なんていわれていますよ。これ、どういうことかといいますとね、この法案はネバーウェアみたいなね、全裸ぜんらの人間がですよ、市井しせい闊歩かっぽできることを合法化するための法案だっていわれているわけですよ! 治安を良くするどころか、まったく逆ではありませんか! 全裸の人間が自由にっている世の中で、子どもたちが安全に暮らすことができるとお考えですか? まずはその辺どうなのでしょうか総理! 総理にお聞きします!」

伊達指だてさし総理大臣」

 総理が手をあげて答弁台に立った。

「えー、この法案につきましては、光合成人間にかかる基本的な方針を定める法案でありまして、光合成人間もですね、憲法で人権が認められているわけですから、自由と平等が認められているという前提のもとで検討したものであります。それがですね、古地ふるち議員がおっしゃるネバーウェアという表現ですね、この言葉にはどうも差別的なニュアンスがございまして、そういう観点から申し上げますと、本法案は差別を排除はいじょし、多様性を重視した、光合成人間も活躍かつやくできる社会作りを趣旨しゅしとした法案ということであります」

「総理、総理は今多様性とおっしゃいました。私も多様性は重要だと考えていますよ。ですが多様性だからといって、全裸ぜんらの人間が普通ふつうに歩いている社会を安全安心な社会といえますか? そんなことをですね、社会が許容できるのかって話なんですよ! 人間ってものはですね、社会的に文化的に古くから服を着ていたわけで、それが当たり前といいますか、常識的な習慣なわけですよ。それがですね、法案の中で使われている『光合成全能態』ってなんですか? こういうわかりにくい言葉を使ってですね、話をごまかそうとしても国民はだまされませんよ! 『光合成全能態』なんて書いていますけど、これ、ネバーウェアのことですよね? なんていうんですかね、結局全裸ぜんらってことでしょう? ただのぱだかですよ! わかっていますか総理! こんなのいっちゃ悪いですけど、ただのフルチンってことですよ!」

「おい! フルチンは不適切だろ!」

「ぶっちゃけ過ぎだ!」

「国会だぞ!」

「国会を侮辱ぶじょくする気か! 撤回てっかいしろ!」

「私の発言中じゃないですか! 野次をやめてくださいよ! 議長! 野次を止めてください!」

 ダン、ダン。

静粛せいしゅくに」

「なんですか、議長! フルチンは不適切じゃないですか! 議長からも注意してください! ここは国会ですよ!」

「不適切な発言はひかえてください」

「そうだそうだ!」

撤回てっかいして謝罪しろ!」

「そうだ!」

静粛せいしゅくに!」

 ダン! ダン!


 国会の議論が紛糾ふんきゅうしていたちょうどそのころ、私は真っ白な答案用紙を目の前にして絶望に打ちのめされているところだった。そのさなか、カツーンカツーンと廊下ろうかひびく音が近づいてきたかと思うと、私がいる教室の前でそれが止まった。そして、後ろのドアが静かに開けられると、校長先生が中に入ってきた。

 この校長先生はいつもエレガントな衣装を身にまとっていて、身だしなみにかりがない。この日は上下エメラルド色のブレザーとスーツスカートという出で立ちで、胸には花をモチーフとした同じ色のブローチがついていた。彼女かのじょ微笑ほほえみをたたえながらテストに集中する生徒を見て回り、時には答案用紙をのぞきむなどして、生徒たちの様子を見て回った。

 彼女はヒールのあるくつをはいていたため、歩くとコツコツという音がする。それが突然とつぜん、私の背後で止まったのだ。私の背筋に緊張きんちょうが走った。

 マズい! 何かを書かなければ! 私は必死になって答えを書こうとした。しかし、問題に集中することがまったくできない。校長先生が何を見て、どんな表情をしているのか気になって仕方がないのだ。微笑ほほえんでいるのか、それともおにのような形相で真っ白な答案用紙を見つめているのか。しかし、その顔をかえって見るわけにはいかない。ただ立ち止まっている気配がそこにあるだけだった。これは一瞬いっしゅんだったのかもしれない。しかし、私には永遠ともいえる永い時間に感じられた。

 ほどなくして、何ごともなかったようにコツコツと歩き出す音がしたので、私もホッとして鉛筆えんぴつを休めた。答案用紙に何も書けていない現在の状況じょうきょうを考えれば、鉛筆を休めている場合ではないのだけれども。

 校長先生は教室を一回りすると、静かに会釈えしゃくをして教室を出ていった。カツーンカツーンと廊下ろうかひびく音が次第にはなれていった。


 ダン、ダン。

静粛せいしゅくに。古地ふるち議員」

「えー、私の表現に一部不適切な点がございましたこと、おび申し上げます。まあ、私が申し上げたいことはですね、公然とですね、全裸ぜんらになれることを社会が許容できるのかってことなんですね。どうお考えなんですか総理」

伊達指だてさし総理大臣」

「えー、本法案につきましては、もっぱら全裸ぜんらになれるという法案ではありません。状況じょうきょうによってですね、例えば、UOKwウアックゥが着ている光合成スーツのような衣類ですね、そういった光合成可能繊維せんいによる衣類の着用なども想定してですね、時と場合を考慮こうりょして、いたずらに全裸にはなれない内容となっております」

「総理、ですがね、法案には全裸になれることが明記されてるんですよ。ちゃんと法案読んでますか? どうなんですか総理!」

伊達指だてさし総理大臣」

「えー、法案はちゃんと読んでおります。ご指摘してきの部分につきましては、必要な場合は、適切な管理の元で『光合成全能態』になることは不可能ではないということであります」

「また出ましたね総理! あなたのいい方は実にわかりにくい! こんな説明で国民が納得できますか! 『光合成全能態』なんて意味不明なことをおっしゃっていますが、『不可能ではない』ってのもなんですか? それって可能だってことですよね? 全裸ぜんらになることは可能だってことですよね! 総理!」

伊達指だてさし総理大臣」

「えー、必要な場合は、適切な管理の元で、『光合成全能態』になることは、不可能ではないということであります」

「それ、可能だってことじゃないですか! 可能かどうか、イエスかノーでお応えください総理!」

伊達指だてさし総理大臣」

「イエスかノーかといわれましてもね、これ、様々な条件があるわけですから、一概いちがいにイエスかノーかというのは誤解が生まれますので、ですから、適切な管理の元ですね、不可能ではないと申し上げているのであります」

「総理! 私はイエスかノーかで聞いているんですよ!」

「なにいってんだ! 総理はちゃんと答えただろう! 日本語通じねえのか!」

 ダン、ダン。

静粛せいしゅくに」

「イエスかノーで答えられない。総理、これは説明責任を果たしているとはいえませんよ!」

「そうだそうだ!」

「説明してるだろ!」

 ダン! ダン!

静粛せいしゅくに!」


 国会の議論が再び白熱し始めたその頃、私は依然いぜんとして真っ白な答案用紙を目の前に苦悩くのうしているところだった。このままではどうにもならない。ATPリンクは光合成ブレードやプラズマとちがってエネルギー消費が極めて少ない。蛍光灯けいこうとうだけでもなんとかならないか。あるいは、全裸ぜんらになればもっと強い接続ができるかもしれない。そんな突拍子とっぴょうしもない考えが私の脳裏によぎったものの、クラスのみんながいる前でそんなことができるはずもなかった。蛍光灯けいこうとうの明かりのみとはいえ、全力をふりしぼるしかない。光成とATPリンクするため、私は祈るように強く念じた。

 光成はテストに集中している真っ最中だった。それが私からのATPリンクを受信したせいでさえぎられてしまい、イラつきをかくさなかった。

「ああ? なんだ? テスト中だぞ? 邪魔じゃますんなよな」

 電波の状況じょうきょうはかなり悪い。私は続けて次のようにいったつもりだった。

「くっそヤベえ。ぜんぜん分からなくてぴえんw。マジでお前のヘルプしか勝たんw」

 しかし、光成には次のように聞こえていた。

「くっそ………。ぜん…………らな……ぴえんw。マジで………………しか勝たんw」

「なに? なにいってんだ? ぜんぜん聞こえないぞ?」

「だから、…………で、くっそ…………。…………ぴえんw」

「なに? 『くっそ』とか『ぴえん』ばっかでぜんぜんわかんねえな」

 マズい。あせっていささか早口になっていたか。落ち着け。もっと落ち着け。落ち着いてもっとはっきりと、滑舌よく話すんだ!

「くっそヤバいんだ! 助けてくれ!」

 私はできるだけ滑舌よくこういったつもりだった。しかし、光成にはこう聞こえていた。

「くっそ……いんだ! ………くれ!」

「なに? ふざけてんのか? お前、ずいぶんと余裕よゆうあるじゃないか」

「…………! …………w」

「なんだって?」

「ゆうて…………勢? ……ひよって…………w」

「ああ?」

「………えぐw。………てくれ、……む!」

「まったく聞こえねえぞ? テスト中なんだから邪魔じゃましないでくれるか?」

「………………? …………! ……………w」

「なに? 『?!w』だけでぜんぜんわかんねえぞ? なんか無駄むだにあせってることだけは伝わるけど」

「…………………………! ………!」

「ぜんぜん聞こえねえし」

「………? ……………?」

「なにいってんだ? まったくわかんねえな。おれはテストに集中するぞ。じゃあな」

「………? ………………………w。…………? …………!」

 私の必死なうったえもむなしく、無情にも光成の応答はなくなった。

「………! …………………!」

 みんながカリカリと答えを記入する中、私は真っ白な答案用紙を前に何も書けずにいた。もはや、わかるわからないはどうでもいい。何かしら書くしかない。私もみんなと一緒いっしょになって、カリカリという音「だけ」を立てるしかないのだ!


 ダン! ダン!

静粛せいしゅくに! 古地ふるち議員、続けてください」

「えー、それでは、こんな場合はどうでしょうか。例えばですよ、キャンプ場で大勢の家族が遊んでいたとします。その中で、一人のお子さんが川でおぼれてしまったとしますよ。川の流れが速くてだれも助けることはできません。消防もすぐに来れないとします。そこにたまたま居合わせた光合成人間がいたとしますよ。天気はいいし、かれならば助けられるかもしれない。ただし、全裸ぜんらにならなければならない。何世帯もの家族がいる前でですよ? こういう場合、総理、どうなんですか。全裸になれるのですか? この状況じょうきょうは適切な管理下といえますか? 総理、お答えください」

「まず、光合成人間に限った話としてではなくてすね、一般いっぱん論として申し上げますと、河川の救難救助という行為こうい、これは危険なわけですから、推奨すいしょうはできません。ですが、この勇敢ゆうかんな行動をですね、例え全裸ぜんらになったとしてもですよ、緊急きんきゅう事態でありますから、違法性いほうせいが問われるこというようなことはないと思います」

「違法性はない? 総理は一般いっぱん論として全裸になっても違法性が問われることはないとお考えなんですね? 聞きましたかみなさん! 総理は一般的に全裸になってもいいとおっしゃった! これは大問題ですよ!」

 伊達指だてさし総理は納得がいかないといった表情をかべながら、後ろの政府担当者の話を聞いた。

「我が国の総理がこんなにハレンチだったとはおどろきました! これからはネバーウェア総理と呼びたいものですよ! どうなんですか総理!」

 すると、総理のとなりにいる議員が手を上げて答弁台に立とうとした。

「総理! 総理! 私はあなたに聞いてるんですよ! げないでください!」

「そうだ! そうだ! 総理が答えろ!」

 それでも隣の議員は答弁台に立った。

「えー、この件につきましては……」

「私は総理に聞いてるんですよ! 議長! 議長! 総理に答えさせてください!」

伊達指だてさし総理大臣」

 伊達指総理は納得のいかない顔をしながら手を上げて答弁台に立った。

「えー、個別の具体的な事例につきましては、担当大臣である明智あけち大臣からお答えいたします」

「なんだよ! 逃げるんじゃないよ! 私は総理に聞いているんだ! 議長! 総理に答えさせてください!」

「そうだそうだ!」

 ダン、ダン。

静粛せいしゅくに。個別の事例については担当大臣からお答えください。明智あけち大臣」

 総理のとなりに座っていた議員、明智大臣が再度手を上げて答弁台に立った。

「えー、個別の具体的な事例につきましては、担当大臣である私よりお答えさせていただきます。まず、先ほどの総理のご発言についてですが、全裸ぜんらになることに違法性いほうせいがないという趣旨しゅしではなくてですね、起訴きそされるかどうかという点ですね、そういう視点で申し上げれば、起訴されないのではないかといった趣旨のご発言だったと思います」

「何いってんだ! 違法じゃないっていっただろ! 国家元首なんだぞ! 発言に責任を持て!」

「そうだ! そうだ!」

「野次をやめなさい! まだ私の発言中ですよ!」

 ダン、ダン。

静粛せいしゅくに。明智あけち大臣」

「えー、発言の方を続けさせていただきます。古地ふるち議員のご質問の趣旨しゅしは、適切な管理下とは考えにくい緊急きんきゅう事態の状況じょうきょうでですね、本法案のもとで全裸ぜんらになれるのかというご質問だったと認識しております。これについてですが、まず本法案の趣旨は、光合成人間が活躍かつやくできる社会を目指すことでございますので、一定条件の元で全裸になれることを認めることが目的となっております。ですから、まさにこういった事例では、光合成人間の皆様みなさまにですね、ぜひともその能力を発揮できるような、そういった社会作りをしたいと考えているところでございます」

 古地議員が手を上げた。

「皆さん! 聞きましたか! 全裸を認めることが本法案の目的だそうですよ! 明智あけち大臣はそうおっしゃいました! これは大問題ですよ! 総理! あなたはどうなんですか! 総理にお聞きしますよ!」

伊達指だてさし総理大臣」

 伊達指総理は後ろの政府担当者から話を聞いていた。

「総理! 私は総理に聞いてるんです! 早くしてください!」

「伊達指総理大臣」

 伊達指総理は二三度うなずくと、手を上げて答弁台に立った。

「えー、本法案につきましては、光合成人間にかかる基本的な方針を定める法律でありますから、具体的な条件等は本法案では定めておりません。基本的な方針としましては、先ほど明智あけち大臣からも申し上げました通り、光合成人間が活躍かつやくできる社会を目指すことでございます。どうもですね、古地ふるち議員の発言を聞いておりますと、光合成人間が嫌いなんですかね、全裸ぜんらが悪という議論に誘導ゆうどうされがちですが、そうはいってもかれらは能力が高いんですね。これがどういうわけか我が国にしかいない。これはですね、我が国の国益にとっても極めて重要なことなんですよ。特にATP能力を持った者は非常にポテンシャルが高い。世界をリードするイノベーションを起こせる可能性もあるわけですよ。しかしながらですね、光合成人間は全裸ぜんらにならないと最大限のパフォーマンスを発揮できないわけです。ですから、光合成人間の皆様みなさまにご活躍かつやくいただくには、これ、ある程度全裸ぜんらになることを認めなければならないわけですよ」

「総理、今の発言、私には無視できない部分がありました! これだけははっきり申し上げたい! 私は決して光合成人間をきらっているわけではありませんよ! それがなんですか! まるで私が光合成人間を嫌ってるように誘導ゆうどうしているではありませんか! 話を誘導しているのは、総理、あなたですよ! 私が申し上げたいことはですね、先ほどから申し上げている通り、国民が全裸ぜんらの人間を受け入れることができるんですかってことなんですよ! 現実問題としてできるのか、いっちゃ悪いですけど、社会がネバーウェアを許容できるわけがないでしょう! だって、あなた、フルチンですよ!」

「だからフルチンは不適切だろ!」

はじを知れ! 撤回てっかいしろ!」

「なんだ! お前らも不適切だって思ってんだろ! だったら全裸ぜんらも不適切じゃないか!」

「何いってんだ! 発言が不適切なんだよ!」

ちがうだろ! 問題はね、安全安心な社会かどうかってことなんだよ!」

「総理には子どもたちを第一に考えてほしいんです!」

「考えてるからこの法案出してんだろ!」

 ダン、ダン。

静粛せいしゅくに」

「議長! 野次を注意してください!」

「謝罪と撤回てっかいが先だろ!」

 ダン! ダン!

「静粛に!」

「フルチンが不適切だったら、全裸ぜんらを認めることも不適切だろ!」

「そうだ! そうだ!」

「それとこれとは話がちがうだろ!」

「フルチンは撤回しろ!」

「そうだ!」

「議長! 野次を注意してください!」

「何いってんだ! 議長! フルチンは不適切でしょ! 不適切な発言の方を注意してくださいよ!」

 ダン! ダン! ダン!

「静粛に!」


 国会の議論がクライマックスに達していたちょうどそのころ、私は答案用紙のすべてに解答をえたところだった。問題は一つもわからなかったものの、やりとげた充実じゅうじつ感に満ちあふれていた。私はやりきったのだ。自分で自分をほめてやりたい。そして、さとりを開いたようなむやみに俯瞰ふかんした眼差しで教室を見渡みわたした。ぎりぎりまで答案用紙に書きむ者、何度も解答を見直す者、自信を持ってテストの終了を待つ者、あきらめて、私のように俯瞰した目で周りを見ている、あわれな者も数名いた。

 テストが終わりをむかえ、先生がカーテンを開け始めた。

「答案用紙は前の教壇きょうだんに集めてくださいね」

 カーテンが開け放たれ、強烈きょうれつな日差しが教室を明るくした。

 今日はこんなに晴れて明るかったんだね。今更いまさら遅いんだよ。テストが終わってからじゃさあ。

 私は教室の前に答案用紙を持って行き、しずしずと教壇の上へそっと重ねた。

 テストは終わったのだから、さっさと気持ちを切りえようではないか。家に帰ったらダンジョンの攻略こうりゃくを進めなければならないのだし、私にはいつまでもくよくよしているヒマなどないのだから。


 放課後、私は光成の教室に立ち寄った。嫌味いやみの一つくらいいってやりたかったのだ。しかし、ヤツの姿は教室を見渡みわたしてみてもどこにもなかった。しかたなく、そばにいた男子生徒に聞いてみたところ、次のような答えが返ってきた。

「ああ? 明智あけち? アイツなら校長先生に呼び出されてたぜ? 今頃いまごろ、校長室で怒られてんじゃねw」


 なに? なんだって? 光成が校長室に呼び出されているだと? どういうことだ? 今日はずっと何かがおかしい! Wi−Fiが切られていたこといい、教室のカーテンが閉められたことといい、昨日、主月先生にあとをつけられたこともそうだ! 何かおかしい!

 ひょっとしてまさか、光成と私が、光合成人間だと学校にバレているのか? (続く)

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