第六話 ATP能力 その三

「ターゲットはあの少年をずっと見ていますね。まさか、来日の目的はあの少年だったのでしょうか」

「ふうむ、来日の目的とは思えんが、確かにヤツが少年に関心を持っていることは間違まちがいないな。それにしてもあの植物の仮面、以前にも見たことがある。確か女だったか。あの女にこの少年は会ったことがあるのかもしれん。光合成人間であれば、植物を急激に成長させることは多少の練習をすればだれでもできそうなことではあるがな」

「あのような光合成エネルギーの使い方もあるのですね」

「なかなか面白い少年だ。おぬしはどう思う?」

「はっ、光合成ブレードの使い手としてはエネルギー出力の乱れが気になります。野草からブレードを出せば、あのようになることもいたしかたありません。私としては野草を使うことをやめさせたいところではあります」

「うむ。もし、おぬしが教える機会があればそう教えてやってくれ。それで、まさかそれだけではあるまい」

「はっ、いくつものATP能力を使う光合成人間は初めて見ました」

「ワシもだ。それに、あの音を消す能力もこの場で真似しよった。真似をする能力。非常に興味深い。光合成ブレードやシールドのようなパワー型の能力とちがって、おそらく真似をする能力自体のエネルギー消費は少ないだろう。そこに見どころがある。しかし、残念なのは、真似をしている能力がパワー型の能力という点だ」

「光合成ブレードの使い手としては耳の痛い話です」

「おぬしも心してかかれ。光合成ブレードばかりにたよってはならんぞ。世界は多様な法則に満ちあふれておる。それに気づき、持続的に利用できることが重要なんだ」

「承知いたしました」

「光合成仮面。初めて見たが、見どころのある少年じゃないか。なかなか面白い」


 スポポスポッポ、スキャニイン!

「くぅっそ! ボイパなんかやってる場合じゃねえ! ガキだと思ってたが、とんでもねえヤツだ! こんなん相手じゃ勝てっこねえ!」

「いい加減こいつのボイパもウザくなってきたなw。はじめはくっそウマくてウケたけどなw。よし! 光成、ヤツにできることはもうねえ! おれたちの勝ちだ! 一気に行くぞ!」

 光成が完全に勝利したかに見えたその時だ。プラズマの閃光せんこうが走った!

「はっ!」

 明智あけち光成みつなりはすんでのところでそれをかわした!

「なんだ! 光合成プラズマか!」

「光成! やっぱネバーウェアが他にもいるぞ!」

 光合成プラズマが次々と飛んでくる! 光成はボイパ男からはなれてそれらをかわした!

「助けてくれえ! おれ一人じゃ無理だ!」

 ボイパ男がさけぶと、並木のかげから全裸ぜんらの男が飛び出してきた。それは奇妙きみょうな動きで、まるでロボットや人形のような動きだった。そして、突然とつぜんバレエダンサーのように高くジャンプすると、着地もせずそのまま転がってアクロバティックなパフォーマンスを披露ひろうした。

 ズイズイスキャッチャ、スピスピバァーン!

 ボイパにあわせダンサーがポーズを決めた!

「OH! YEAH! オメェのダンスはいつでも最高だぜえ!」

 新たに登場したネバーウェア、この男を私たちは見たことがある。この男はつい先日、小学校に現れた、あのプラズマ男だった!

 光合成プラズマが乱射される! 光成はそれを光合成ブレードではじかえし、すきを見て接近、プラズマ男にりかかる! しかし、男は上半身をのけぞらせて光成の斬撃ざんげきをかわしてしまった!

「なに? なんだこの動きは? この足の向き、イナバウアーか!」

 イナバウアーとは、フィギュアスケートのオリンピックメダリストである荒川あらかわ静香しずかさんが、トリノオリンピックで金メダルを獲得かくとくした時の必殺技である。上半身をありえないほどのけぞってすべるその美しい姿は、日本国民のみならず世界中の人々を魅了みりょうした。イナバウアーは上半身をのけぞる技と思われがちであるが、それは間違まちがいである。正確には、アキレスけんばすポーズのように足を前後に開き、つま先は左右反対に向けて、そのまま横方向にすべる技のことを指すのだ。上半身ののけぞりはまったく関係がない。重要なのは下半身のフォームなのだ。実際にこのプラズマ男も足のつま先を反対に向けていた!

「くそ! 深く切りんだはずだ! いくら上半身をのけぞってもかわせないはずだったぞ!」

「いや、ムーンウォークだ! のけぞっただけじゃなくて、実際には後ろにも下がってんだ! くっそウメえ! ウケるw」

 ムーンウォークとは、80年代を代表するキング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンさんが得意とした、前へ歩く動きをしながら後ろへすべるように移動するダンス技法である。

 つまり、プラズマダンサーが何をしたのか説明すると、光成の斬撃ざんげきをのけぞってかわし、左右の足を反対向きにしたイナバウアーでムーンウォークをしていたのだ! その結果として、見た目とは裏腹に、いつの間にか距離きょりをとっていたのである!

 またプラズマの乱射がはじまった!

「光成! プラズマはこのままかわしきれそうか? あの調子で乱射してれば、いくらこの炎天下えんてんかでも力つきるのは時間の問題だ!」

「かわせることはかわせるが、光合成ブレードの剣先けんさきが安定しない! その辺に生えてる草だからな! けんが乱れちまって何発かくらっちまうかもしれない! それに、ブレードを出したままってのはけっこうなエネルギー消費量だ! できれば早くかたをつけたい!」

 光成は再度接近してりかかった! するとヤツはフィギュアスケートのようなジャンプをり出して高くい上がった! 光成は攻撃こうげきをとめて思わず身をかわすしかない!

「4回転半! クワッドアクセルか! こんなこともできるとは! なんて身体能力だ!」

 光成は「見る」能力が高いとはいえ、こんな状況じょうきょうでアクセルジャンプの回転数まで数えているとは、なんとおそろしい能力なのだろうか。

 光成はちらっとボイパ男の様子も確認した。ヤツは必死になって耳に入った土をとろうとしているところだった。プールで耳に水が入ったときのように、片耳を下にして片足ジャンプをり返す。

「マズい! ヤツの耳に入った土が取れちまう! 急がねば!」

 光成がジャンプの着地点をねらってりかかったその時、男は全身からプラズマを放出して爆発ばくはつがおきた!

「ぐぉ!」

 光成はとっさにシールドを張って身を守ったものの、そのあまりの衝撃しょうげきき飛ばされてしまった!

「はあ、はあ、はあ……、なんて威力いりょくだ……」

「おい光成! お前、息が上がってんのか?」

「ああ、光合成ブレードを出しっぱなしだからな。いってみりゃ水を勢いよく出しっぱなしにしてるようなもんだ。そこにシールドも張って、あの爆発、すごい威力いりょくだった。あれだけの爆発を防ぐのにかなりのエネルギーを使っちまった!」

 光合成人間は光合成によるエネルギー生産によって身体能力を向上させたりATP能力を使ったりすることができる。しかし、エネルギーを使いすぎて光合成が間に合わなくなると、呼吸によってエネルギーを生産しなければならなくなる。つまり、光合成人間の息が上がるということは、エネルギーが切れて限界に達したことを意味するのだ。

「くっそ、あれだけプラズマをらかしてんのに、ヤツはエネルギー切れにならないのか? とっくに切れていてもおかしくないだろ!」

 セミが騒々そうぞうしく鳴きわめき続ける中、プラズマ男は反撃はんげきに転じ、き飛ばされた光成をねらってプラズマを吐き出した!

「マジかよ! どんだけプラズマき出せんだ! いい加減にしろよ!」

 光成がブレードではじき返えそうとしたが、剣先けんさきが安定せず正確に返すことができない!

「なに? ヤバい!」

 ぎりぎりで光合成シールドを張ったが、かたをかすめてしまった! そしてその時、急激なめまいにおそわれた!

 ボイパ男が背後からめまい攻撃こうげきをしていたのだ!

「なんだ? どういうことだ? セミはき続けてるのに、ヤツの気配はなかったぞ!」

 ギュイィィ〜ンベラリラビュイィ〜ン!

 それはまるでエレキギターの激しいソロのようだった!

「OH! YEAH!」

 ヤツは身をもだえるようなキモい動きをしてさけんだ! り返すが全裸ぜんらの男がだ!

「さっきはよくもやってくれたなあ! 耳ん中の土は完全にとれたぜえ! ざまあねえな! ああ? 音が聞こえてんのかって? んん? 耳がよぉ〜く聞こえてんのかって? 聞こえてるぜ! めっちゃ聞こえてる! 耳がよく聞こえるってことはよう! こんなに気持ちのいいことなんだなあ! 最高に気持ちのいいことだぜ! OH! YEAH!」

「ヤツの能力が復活したのか? どういうことだ? 音は消えてないぞ? セミはずっとき続けてる!」

「オーマイガッ! 君は忘れちまったのか! さっき俺はいったよなあ? あはん? セミの鳴き声なんか消さずに、おれの足音だけを消す方がぜんぜん楽だってよぉ! 何倍も簡単だってことをなあ!」

 光成が激しいめまいにおそわれたところにプラズマの連射がくる! 光合成シールドで防ごうにも、シールドは体を硬直こうちょくさせるため動くことができない! めまい攻撃こうげき執拗しつように続く!

 かつてテイクオフした光成がこれほどまでピンチになったことがあっただろうか。もはやプラズマのエネルギー切れを待つしかない。しかし、ヤツのエネルギーはつきなかった。

「こいつはやべえ! 光成を助けに行きてえところだが、おれはぴえん過ぎるほど弱いんだよ! どうする? 俺に何ができる? ちくしょう! 俺もはだかになってたたかうしかねえか!」

 私は急いで服をぎ始めた。しかし、光成がテイクオフするように一瞬いっしゅんで服をぎ捨てることなど私にはできない。光成のテイクオフは見事としかいいようがないのだ。あれはある意味かれ傑出けっしゅつした才能ともいえるだろう!

「マズい! ひよっちまって服がうまくげねえ! 光成、もうちょっと持ちこたえてくれ!」

 パインパイン、スポポキャイ~ン!

「あぁっははははは! なんだそのザマは! おれたちの勝ちだ! 思い知ったか、このクソガキが! 俺たちは最強だ! YOU SAY! 最強なんだぁぁあ!」

 私がもたつきながら、ちょうどズボンをぎかけたところだった。緑色の人影ひとかげが飛び出してプラズマをはじき飛ばした!

 赤いボンベを背負い、緑色の光合成スーツに身を包んだそのUOKうまるこw隊員は、小学校で主月しゅげつ先生を救った光合成ブレードの使い手、サクラ隊員だった!

「おお! ウ○コうまるこwじゃねえか! 助かったぜ!」

 サクラ隊員は光成に声をかけた。

「危ないところだったぞ! 君が光合成仮面か! こんなところで何をやっているんだ! 君はまだ子どもじゃないか! 危ない真似はやめなさい!」

 私はこのセリフを聞いて嫌な予感がした。

「ああ? なにい?」

 光成の様子が豹変ひょうへんした。光成は子どもあつかいされることがきらいだったのだ。特にうまくできなかった時やピンチの時に子ども扱いされると、なぜだかいつもキレる。今はまさに、光成がピンチにおちいっているその瞬間しゅんかんではないか!

「今なんつった? くっそぉ、子ども扱いしやがって! おれはまだ負けちゃいねえぞ!」

状況じょうきょうがわかっているのか! 後は私にまかせて、君は安全なところにかくれなさい!」

「状況はわかってるよ! 確かに状況は悪い! だがな! 俺が今やられてんのは子どもだからじゃねえ! あいつらが予想以上だったからだ! お前だって一人じゃ勝てっこねえぞ! それに俺はまだ負けちゃいねえ! 子どもあつかいするんじゃねえよ!」

 光成はヒメジョオンの花束をにぎりしめて光合成ブレードを出した。

「光合成仮面くん! そんな草でどうするつもりだ? そんなもので光合成ブレードは安定しないぞ! エネルギーを無駄むだ消耗しょうもうするだけだ!」

「うるせえ! 知ってるよそんなこと!」

「なんだ? 何を反抗はんこうしているのだ? 私は君を助けに来たのだぞ! いいか! もし君が光合成ブレードを今後も使い続けるのなら、自分の生木を持て!」

 サクラ隊員はそういって、ブレードの持ち手部分をかかげた。彼女かのじょにぎっているもの、それは木の枝だった。


 光合成ブレードとは、切り取った植物に光合成エネルギーを注入して、ホースから勢いよく水を出するように、植物から光合成エネルギーを出力する技である。原理的にはその辺の野草からもブレードを出すことは可能ではあるが、植物のくきや枝は様々な理由で曲がっているものである。その場合、光成がヒメジョオンから出したブレードのように出力が乱れてしまって、思うようにあつかうことができないのだ。そのため、光合成ブレードを使う場合はなるべくまっすぐな茎や枝を使うことが重要になってくる。しかも、生きた植物でなければならない。光合成は生命エネルギーであるから、れきった植物ではエネルギーを勢いよく出力することはできないのだ。


「HEY GIRL! イカしたブレードじゃないか! そのブレードでおれたちにいったいなんの用があるんだ? アイ・ノウ! 俺は知ってる! 俺たちのグルーヴに加わりたいんだろ? そうなんだろう? BABY!」

 ギャルギャルギュビビイィ〜ン!

「OK! 許可するぜ! グルングルンに目を回してやる! 気をつけな! ロックンロールすることをな!」

 プラズマダンサーはねらいをサクラ隊員に切りえてプラズマを連射した! しかし、サクラ隊員は、居合いあいきの達人のようなすさまじいけんさばきですべて打ち返す!

「おお! すげえ剣さばき! さすがウ○コうまるこwだぜ!」

「ああ? そんなことねえだろ! おれと大差ねえぜ! あれじゃダメなんだよ! 人のことを子どもあつかいしやがったくせに、結局やってることは俺と同じじゃねえか! プラズマに集中しながらじゃ、ボイパ男の動きに集中できねえんだ! 音がないから気配がしねえ! それがやっかいなんだ! あの二人をめない方がいい! かなり強いぞ! あの女一人じゃ勝てない! くそっ! 俺もたたかいたいところだが、めまいがひどくてまだ立ち上がれそうにねえ!」

「光成! 大丈夫だいじょうぶだ! ウ○コうまるこwが出てきたってことは、隊員がもう一人いる! アイツら必ず二人以上で行動するからな! 絶対一人で行動しねえ! お前は回復に専念してろ! 大丈夫だ! 危なくなったら、ウ○コうまるこwはもう一人出てくる!」

「わかった!」

「それともう一つ、あと残り三人がこの並木道にいるって話だったが、ウ○コwが二人だとすると、あのプラズマダンサーふくめて三人出そろったわけだ!」

「確かに、そうなるな!」

「つまり、けシャツがいってた八人はこれで全員そろったわけだ! かなりひよったが、これ以上ネバーウェアはいねえ! あの二人をやっつければ一件落着だ! お前が回復したら、ネバーウェアはウ○コwにまかせて、俺たちはずらかろう!」

「このまま逃げんのか? 俺はまだ負けちゃいねえ!」

「落ち着け! ウ○コwが出てきたんだ! 俺たちも取り調べ受けるかもしれねえんだぞ! そうなる前に、どさくさにまぎれてずらかっちまった方が面倒がねえ!」

「でも、あの隊員一人じゃ無理だろ!」

大丈夫だいじょうぶだ! もう一人出てくる!」

「いや、それが気になるんだ! なんでもう一人は出てこないんだ?」

「確かにな! アイツら相手を観察するために一人はかくれてる。能力があんのか、どんな能力なのか、それを見極めるためにな」

「もう能力はわかってるだろう!」

「それな。これ以上観察する必要はねえ。後は人数が多いほど有利なはずだ。なのになんで出てこねえんだ?」

「なんかあるんじゃねえのか? あと、もう一個気になってるんだが、そもそもなんでこんなとこにUOKうまるこwがいたんだ? 正直いってUOKwが出てきたのは意外だった」

「ゆうて、おれたちと同じく、このめまい窃盗せっとう事件の捜査そうさんでたんじゃね?」

「かもな。だが、今までそんなことあったか?」

「いいや、ウ○コうまるこwは警察ほど人数いねえから事件が起きてからじゃねえと出動しねえ。あいつら全員光合成人間だからな。警官よりも人数がそもそも少ねえ」

「何か他に任務があってここにいたのかもな? もう一人が出てこないのは、別の任務があるからじゃないのか?」

「確かにな! 俺たちが知らねえことが、まだあんのかもしらねえ!」

 ズンッチャッ、スカッチャチャ、ウィゥウィゥ、ウィウィン!

「OH BABY! 君もやるねえ! そのけんさばき! シビレるよ!」

 ボイパ男がシャウトするとダンサーは走り出した! そのフォームは、さながらスピードスケート選手のようなこしを低くしたフォームだった! サクラ隊員は居合いあいきの達人のようなすさまじい太刀筋で近づくダンサーにりかかる! しかし、ヤツが突進とっしんしていたにもかかわらず、光合成ブレードは当たらなかった!

「なに? 当たらない! どういうことだ?」

 ヤツはスピードスケート選手のようにこしを低くしたまま突進しているかのように見えて、途中とちゅうからムーンウォークで後退していたのだ!

「なんだ、この動きは? くそっ!」

 サクラ隊員はヤツを追って今度は深くりかかった!

 この行動は最悪の失敗だった。プラズマダンサーは深追いしてくるところをねらいすまして、全身からプラズマを爆発ばくはつさせたのだ!

「マズい!」

 サクラ隊員は退いて地面に伏せた! 直撃ちょくげきをさけることはできたものの、光合成シールドを使えない彼女かのじょは相当のダメージを受けてしまった!

「なんてヤツだ……。ゴウはこんな男とたたかっていたのか……」

 容赦ようしゃなくプラズマの連射がおそいかかる! サクラ隊員はかろうじて起き上がり、死力をふりしぼってはじき返した!

「はあ、はあ、はあ……。一旦いったん引かなくては……、このままでは負けてしまう」

 プラズマをはじきながら後退するサクラ隊員に、急激なめまいがおそってきた。ボイパ男が音もなく背後に回っていたのだ!

おれと同じだ! やはり一人じゃ無理だ! ヤツら強すぎる! 俺もたたかわなくては! もう一人のUOKうまるこwは何をやってるんだ! まさかビビってかくれてんじゃないだろうな!」

 光成はふらつく体を起こして立ち上がった!

「おお……、ヤベえ、おれもたたかうしかねえか! もう一人は何をやってんだ? ウ○コうまるこwが出てきたから、安心して服を着ちまったじゃねえか!」

 私は再度、あたふたもたもたと服をぎ始めた。

 パラッパッパ、パヤャャア〜ン!

「OH! 神よ! 許したまえ! 強すぎるおれたちを! なんと罪深いことか! 俺たちの強さは! この優越感ゆうえつかん! たまらねえ! 最高のグルーヴじゃないか! OH! YEAH!」

 全裸ぜんらのボイパ男がそうさけんだ時だった!


 その男は獰猛どうもうに飛びかかる獅子ししのように飛び出してきた。かたまであるボサボサのかみはまさに獅子といって差し支えがなく、金剛こんごう力士像りきしぞうのような筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの肉体に、真っ白なふんどしという出で立ちで、異様に日焼けしたその黒光りを放つ肉体は、葉緑体が異常に多いのか、ブロンズ像のように緑色を帯びていた。その様はロダンの考える人のようでもあった。思慮しりょの深さ、重さを表現する筋肉の隆起りゅうき。考えに考えみ、思いなやんだあげく、深く重くなった頭脳を支えるその強靭きょうじんな肉体に、この男の体も酷似こくじしていた。いわば、偉大いだいな芸術的傑作けっさくのような風格が、その男にもあったのだ。

 この男の風貌ふうぼう強烈きょうれつで、とてもUOKうまるこw隊員とは思えない。光合成おじさんがいっていた八人のうち、最後の一人はUOKうまるこwではなかったのか? UOKwはもう一人いるのではなかったのか? 光合成スーツを着ていないという点でこの男はUOKwに見えなかった。しかし、ふんどしをしめているという一点では、ネバーウェアとも一線を画している。UOKwなのか、ネバーウェアなのか、どっちなんだ? この男は一体だれなのか、私はその正体を知っていた!

「おお! す、すげえ! サザレさんじゃねえか!」

 予想だにしなかったこの男の登場で、私はすっかり興奮してしまった。私はこの男の大ファンだったのだ。

「こりゃあ一体どういうことだ? サザレさんはそんじょそこらの事件じゃ出てこねえぜ? サザレさんが出てくるってことは大変な事だぞ! そんな大事件だったか? このめまい窃盗せっとう事件が? こういっちゃなんだが、ただの窃盗事件だぜ?」

 この男の正体は、ネット上では「サザレさん」と呼ばれているUOKうまるこw最強の戦士だった。私もファンの一人ではあったが、私以外にもファンがやたらと多いUOKw隊員なのである。かれがひとたび出動するような事件が発生すれば、SNSでは大変なバズりようなのだ。人気の理由としては、やはりその圧倒的あっとうてきな強さである。サザレさんが出動する事件は、テレビのトップニュースで報道されるような大事件ばかりで、多くの家庭でその勇姿が放映されることも多かった。しかし、ふんどし姿が家庭のリビングで放映されることから、かれの服装を問題視する意見も少なからずあった。UOKうまるこwは法律にもとづいて光合成犯罪を取りしまる組織である。UOKw自体はそういった意見をふまえ、隊員に光合成スーツの着用を推奨すいしょうし、全員に支給できるだけの予算を確保していた。そういうこともあって、サザレさん以外の隊員は光合成スーツを着用していたのだが、これには上層部からの通達があったこともさることながら、隊員の各々が、自分自身はネバーウェアではないという自意識から、自発的に着用していた側面も理由の一つとしてあった。普通ふつうは公衆の面前ではだかになどなりたくない。逆に上層部から裸になれとの命令であれば、それはセクハラ、あるいはパワハラとして問題になっていただろう。

 しかし、サザレさんは光合成スーツを着用しない。これは彼独自の流儀りゅうぎだったのだ。


 健全な光合成は、健全な肉体に宿る。


 この信念はサザレさんにとって決してゆずれないものだった。それにもかかわらず、一説では、サザレさんは服を着ていてもむやみに強いといわれていた。こんなエピソードがある。さるパーティーにて、礼節を重んじるサザレさんはタキシードスーツを着ていた。プールのある屋外の会場で、その日は快晴。そこにネバーウェアが乱入してきて大暴れしたのである。しかも、そのネバーウェアは能力持ちだったのだ。パーティー会場は大変な混乱になったものの、そこに居合わせていたサザレさんが、タキシードを着たまま一瞬いっしゅんでそのネバーウェアを取りさえてしまったのである。しかも、着用に乱れが一切なかったというからおどろきだ。この時は礼節を重んじてふんどし姿にはならなかったそうだ。

 服を着ていても強いのになぜふんどしになるのか。それがまさにサザレさんの流儀りゅうぎなのだ。重要なことは強いということではない。健全かどうかという一点、その一点に重きが置かれているのだ。健全な光合成は健全な肉体に宿るという信念! この信念、この流儀はUOKうまるこw上層部でも曲げることができなかった! パーティーでは礼節を重んじてタキシードを着たが、礼節を重んじる以外の理由では、決して光合成スーツを着ないのだ!


「ターゲットの監視かんしが任務のところ申し訳ありません!」

「気にするな! 児童が危険な目にあっているのだ! やむを得ん!」

「しかし、私の力不足でサザレさんまで任務から外れることになってしまいました!」

「サクラ! お前の力不足ではない! コイツらは強いぞ! 音を消す能力はやっかいではあるが、ワシの見立てでは、本当に危険なのはプラズマ男の方だ! コイツは強い! ラスボス級に強いぞ! お前は手出しするな! 一見すると光合成プラズマが能力のように見えるが、本質的な能力は異なる気がしてならん! おそらくプラズマは本来の能力から副作用的に発生した能力だ! これだけプラズマを出してエネルギーが切れないのが、そもそもおかしい! 特に全身からプラズマを放出する爆発ばくはつは、一発でエネルギーを使い切ってもおかしくない威力いりょくだ! それでもエネルギーがつきないところを見ると、コイツの能力に何か秘密があることは間違まちがいないぞ!」

 ドゥットゥク、スポポポーンダーン!

「リアリー? お前を見たことがあるぞ! 確かお前は最強最悪のウ○コうまるこwじゃねえか? クールだぜ! おれたちも出世したもんだなあ! オメェが出てくるなんてよお! だが今日の俺たちは負ける気がしねえ! 俺たちの方が最強最悪だ! OH YEAH! カモン!」

 ジャジャジャジャーン! ギュィィイイ〜ン!

 ダンサーがサザレさんめがけてプラズマを乱射する! ボイパ男がそれと息を合わせて音を消す! 明智あけち光成みつなりもサクラ隊員もやられた必殺のコンビネーションだ! 二人がかりの猛烈もうれつ攻撃こうげきが、サザレさんにおそいかかる!

 これからの出来事はあまりに一瞬いっしゅんすぎるので、サザレさん視点で描写びょうしゃする。それはまるでスポーツ中継ちゅうけいで見られるスローモーション映像のようだった。

 プラズマは合計五発き出されていた。しかし、実際には一発ずつ発射されており、スローモーションの中、サザレさんは音のないボイパ男の動きを目で追いながら、逐一ちくいちプラズマの発射を確認する。そして三発を正確に紙一重でかわしたところで、背後にまわったボイパ男の顔面に強烈きょうれつな後ろ回しりを食らわせ、残りの二発を正確にかわした。

「ぐぁぁぁああ! 痛え! めちゃくちゃ痛え!」

 ボイパ男はあまりの衝撃しょうげきに「アウチ!」とはいえず、思わず素のいい方が出てしまった。しかも、激しいめまいで身を起こすことができない。世界が完全にぼやけ、ぐるんぐるん回っている。ヤツは脳しんとうを起こしていたのだ。

「ヤベえ! なんだこれ? どうなっちまったんだ? ヤベえ! ヤベえよ!」

 ボイパ男はそうさけんだつもりだった。しかし、その声はまったく聞こえない。明智あけち光成みつなりが音を消していたのだろうか。いや、光成は音を消していなかった。ヤツの口から声が出ていなかったのだ。口がパクパクと動いていただけだったのである。それほどヤツは我を忘れ動揺どうようしていたのだ。

「なにを大げさな! ワシが本気でっていたら貴様はとっくに絶命しておるぞ! 大丈夫だいじょうぶだ! 手加減しておる! サクラ! 早くその背中に背負ったスライムをかけてしまえ!」

 サクラ隊員はボイパ男に素早くると、背負っていたボンベからあかむらさき色のスライムをきかけた。ヤツは全身赤紫色に染まった!

 これでボイパ男は完全に無力化された! これを見たプラズマダンサーは、ボイパ男を見捨ててげ出そうとした!

「逃がすか!」

 これからのことも一瞬いっしゅんすぎるため、再度サザレさん視点で描写びょうしゃする。

 ダンサーはプラズマを二発放った。サザレさんはそれらを正確に紙一重でかわすと、瞬時しゅんじに接近してタックルをり出す。ダンサー得意のイナバウアーとムーンウォークでかわされるも、タックルの勢いのまま下段後ろ回しりのコンビネーションでヤツの軸足じくあしはらいのけた。見事にすっ転んだヤツをつかんで地面にたおし、マウントポジションをとりかけたその時だった。サザレさんは飛び退き、ダンサーがブリッジを決め、全身からプラズマを出して爆発ばくはつが起きた。サザレさんはすでに距離きょりを取っていて完全に無傷だった。

「ふぅむ。この爆発ばくはつ。これだけプラズマを放出しているにもかかわらず、まったく威力いりょくにおとろえがない。おとろえるどころか、見たこともないような爆発力だ。コイツの光合成は一体どうなっているのだ?」

 プラズマダンサーはブリッジの姿勢から、バネがね返るようなジャンプをした!

「しまった!」

 そのジャンプはおそるべき距離きょりで、一瞬いっしゅんで並木のはる彼方かなたへ飛んでいき、姿が見えなくなってしまった!

「なんてヤツだ! このワシとしたことがのがしてしまった! やむをえん! サクラ、ヤツはあきらめるとして、ターゲットはまだいるか?」

「確認してまいります!」

 サクラ隊員は身をかくすようにかがんで走り出した。


「あ、明智あけちく……ん?」

 気を失っていた主月しゅげつ先生がおぼろげに目を覚ました。視界はぼやけ、意識は朦朧もうろうとしている。夢と現実をさまよう状態で、ぼんやりと少年の姿だけが目に入っていた。

「明智くん……? 明智くんなの?」

 顔はぼやけてはっきりしない。仮面をかぶっているようにも見えた。

「ダメじゃない……。こんなに心配かけちゃ……。あなたのこと……、先生がどんなに心配しているか……」

 この声はだれにも聞こえなかった。ほとんど消え入りそうな、かぼそい声だった。


「おい、光成。めまいの方はどうだ? 回復したか?」

「ああ、もう大丈夫だいじょうぶだ」

「そうか。それなら、そろそろおれたちもずらかることにした方がよさそうだな」

「俺も同じことを考えてたとこだ」

「よし。それじゃあ、主月しゅげつ先生とボイパ男のことはサザレさんたちにまかせて、俺たちはさっさとずらかることにしようぜ」

 光成が立ち上がろうとしたその時、急にサザレさんが光成の方を向いた。

「光合成仮面くん! 君も行くのか!」

 光成は一瞬いっしゅん立ち止まった。

「最後にいっておきたいことがある! この世には本当におそろしい者がいることを君はまだ知らない! こんな危険なことはやめたまえ! 君はまだ子どもだ! まだたくさんの未来がある! その可能性をつぶすな! 君には才能がある! ブレードやシールドにたよるな! パワーに頼るな! 無理なパワーの使い方は破綻はたんをきたす! 光合成を持続可能に使え! 健全な光合成は健全な肉体に宿るのだ! まずは学校を卒業しろ! 勉強に集中しろ! そして、学校を卒業して大人になったら、UOKwウアックゥに入隊しろ! ワシがきたえてやる! それを待っておれ!」

 光成はサザレさんの言葉に何かいい返したくなったが、結局何もいわずそのまま走り出した。サザレさんは追ってこなかった。

 サクラ隊員がもどってきた。

「申し訳ありません! ターゲットを見失いました!」

「そうか。ふうむ。そうすると、今回は何かをしにここに来た訳ではなかったのか」

「あの少年は行ったのですね。ターゲットの目的は光合成仮面だったのでしょうか。このまま行かせていいのですか?」

「かまわん。まだ子どもだ。つかまえても面倒めんどうなことになるだけだろう。かれには見どころがある。これで危険な真似をやめればそれでよし。やめなければ……、まあ、そうだな、今回のところは見逃みのがしておこう」


 私と光成は並木道からはなれたところで合流した。パトカーのサイレンが遠くから聞こえてくる。ボイパ男は逮捕たいほされ、主月しゅげつ先生は救助されたことだろう。私はサザレさん登場の興奮が冷めず、光成の顔を見るなりまくしたてるように話しかけた。

「おい、光成! お前すげえな! サザレさんが才能あるってよ! 直々にきたえてくれるってよ! マジかよ! すごくね?」

「じゃあ、お前が将来UOKうまるこwに入隊すればいいだろ」

「いや〜、おれはくっそ弱いから無理だな〜。でもよ、まさかのサザレさん登場で、すっかり興奮しちまって気づかなかったんだが、ウ○コうまるこwの二人はスマホを持ってねえことに今気づいた。よく考えてみるとウ○コwはスマホを持たねえんだよな。盗聴とうちょうされるからな。持ってたとしても、おそらく俺には位置情報を取れねえ。それに、スマホを持ってるヤツはぜんぜんちがうところにいたんだ。ほら、見てみろよ」

 私はそういってスマートフォンを見せた。

「ホントだな。もう一人いたってことか? でも、光合成おじさんがいってた人数と合ってたじゃないか」

「それな。それで思ったんだが、おれたちは八人の中にけシャツをふくめてただろう?」

「そうか、おじさんは自分のことを数に入れてなかったのか」

「いや〜、そんな気がするんだよね〜。よく考えてみ? あのおじさんだぜ? なんていってたか思い出してみろよ」

「そうだな……、あの時、なんていってたかな……」

 光成はおじさんとの会話を詳細しょうさいに思い返した。


「タヌキやイタチなんかは今はちょうどいませんが、普段ふだんは見ることもありますよ。まあほとんど人なんか通らない道ですから。ですが、最近はなんですかね? みょうに人が増えましたなあ。今日なんかはそうですねえ……」

 おじさんはあたりの気配を探るような仕草をした。

「あなたふくめて八人もいますな」


「『あなた含めて八人もいますな』っていってるな。確かに、そういわれてみると、あたりの気配を探りながらだったから、気配の数をいってるような気がする」

けシャツ含めると、ほんとは九人いたってことじゃねえか。となると、スマホを持ってたもう一人はだれ? って話もあるけどな」

「誰だろうな。なんであんなところにいたんだ?」

「サザレさんがいたことも気になるんだよね〜。ぶっちゃけサザレさんはこんな小せえ事件で出てこないぜ? どうよ? 関係ありそうじゃねえ?」

「確かに……。そのスマホを持ってたヤツを見張ってたってことか」

「そうだよ。そいつはサザレさんが出なきゃならねえほどヤベえヤツだったんじゃねえのか?」

「そうかもな……」

 光成は最後にサザレさんからいわれたことを思い出した。

「最後にいっておきたいことがある! この世には本当におそろしい者がいることを君はまだ知らない! こんな危険なことはやめたまえ!」

 今回は二人のネバーウェア相手に確かに危なかった。特にプラズマダンサーの底知れぬ強さにはおどろかされた。しかし、あの桜並木には、もっと危険なヤツがいたのだろうか。


 私と光成が話していたちょうどその時、あの桜並木からずいぶんはなれたところに男がいた。遠くに聞こえるセミの鳴き声を後にし、歩きながらスマートフォンで電話をしている男だった。その男は、メロンの皮のような、みやびな模様に織られたスーツを着ていた。(続く)

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