第五話 ATP能力 その二

 音楽というものは、生活にいろどりをあたえるという意味で実に素晴らしい。

 私はちょっとした用事があってバスに乗っていた。ほとんど乗客のいないバス。都会の喧騒けんそうのがれ、時にはこんな時間があってもいいんじゃない? そんな気分になれる一時だった。見知らぬ土地の車窓をながめ、音楽を聞きながら、自分の世界にどっぷりとひたりこむのだった。

 私はノイズキャンセリング機能搭載とうさいのイヤフォンを所持していたので、完全に自分の世界に没入ぼつにゅうすることができた。

 ノイズキャンセリングとは周囲の騒音そうおんを「消す」技術である。だから周囲からの隔離かくりと音楽への没入ぼつにゅう感が半端はんぱない。だが、これは体験してみないとなかなかわからないだろう。この没入感がどれくらい半端ないのか伝えるために、ノイズキャンセリングという技術について一つ説明しておきたい。この原理の理解が没入感への理解につながるはずなのだ。

 音というものが空気の振動しんどうであるということは、多くの人がご存知のことではないだろうか。空気の振動数が多いほど高い音であり、逆に振動数が少なければ低い音になる。どれくらい高い音なのか、どれくらい低い音なのか、これらを数として表すために、一秒間に空気が何回振動したのかを数値化したのが周波数と呼ばれるものである。たとえば一秒間に1万回振動すれば周波数は1万となるように。ちなみに、周波数1万はかなり高い音だ。100以下程度だとベースやドラムなどのいわゆる重低音になる。

 周波数という音の数値化によって、音の高低の変化を曲線のグラフとして表すことができる。この曲線グラフを上下反転させると、元の音に対して「反対の音」が出来上がるのだが、この「反対の音」は元の音と同時に再生すると、反対の音がゆえに元の音が中和されてなくなったように聞こえるのだ。これがノイズキャンセリングという音を「消す」技術の大まかな概要がいようである。

 ノイズキャンセリング機能を搭載とうさいしたイヤフォンでは、両耳のイヤフォンにマイクがついていて、このマイクで周囲の音を拾い、リアルタイムにその「反対の音」を生成して、楽曲と同時にイヤフォンから再生しているのだ。そのため周囲の音は中和されて聞こえなくなるものの、音楽だけは聞こえるということが実現するのである。

 この技術によって私はバスに乗りながら外界から遮断しゃだんされ、音楽の世界に深く没入ぼつにゅうしてゆく。

 ドラムがきざむビート。

 オーイェー! ベースもだ!

 様々な意欲がき、次々とアウトプットすることができる。

 テルミーザトゥルース! ユーセイ!

 それはれることがなく、まるで永遠に続くかのようだ!

 カモン! レッツゴー!

 さあ、それでは続けるとしようか! 明智あけち光成みつなりの物語、光合成仮面の物語を!


「くっそヤベえことが起きてるかも。光成、聞こえるか?」

「なんだ?」

主月しゅげつ先生の様子がおかしい。途中とちゅうからお前の後をつけてないんだ。まったく動かなくなっちまってる」

「なんだって? いつからだ?」

「わからんが、場所的にはさっきの音が聞こえなくなったあたりだ」

「まじかよ! なんかあったか!」

「そうらしい。どうする?」

「様子見にいくか」

「ゆうて、けっこう危ねえぜ? ネバーウェアが三人もいるかもしれねえんだ。おれはくっそ弱いから行けない。光成、行くとしたらお前だ。どうする? 行くか?」

「そうだな……」

「もし俺だったら行かない。状況じょうきょうが状況だ。先生は俺たちにバレないように後をつけてたしな。このまま様子を見に行かなくても、それはそれで妥当だとうだと思うぜ?」

「確かに、今回はかなりヤバそうだしな……」

「それな。おれたちは状況じょうきょうがわかってる。実際俺はネバーウェア三人を相手にするのはやめた方がいいと思うぜ? もし俺だったら行かない。だが、行けるとしたらお前だ。行けるとしたらだ。だから、行けるかどうはお前が考えてくれ」

 騒音そうおんにも似たセミの鳴き声が炎天下えんてんかの並木にひびわたる。まだ夏休みに入っていないというのにこの大合唱。温暖化の影響えいきょうだろうか。気候は間違まちがいなく変動している。セミの音にまぎれ、鳥が一羽ピッと鳴いて飛び立った。

「よし、わかった。様子を見に行こう」

「ファ?」

主月しゅげつ先生が危ないかもしれないんだ。行かなきゃ。彩豪さいごうおれにはお前のサポートがあるしな?」

「そうかよw、草! オッケー、くっそわかったぜw サポートはまかせとけ!」

たのんだぞ。それじゃあ様子見に行ってくるか」


 道を引き返した光成であったが、あらかじめ仮面をかぶっておくかどうか迷った。担任の先生に光合成人間であることはバレてはいけないのだ。しかし、ネバーウェアが三人もいたら、服を着たままでどうにかなるとも思えない。正体がバレずにテイクオフするには、あらかじめ仮面をかぶって顔をかくしておいた方が安全だろう。とはいえ、先生は光成の後をつけていたのだ、仮面を被っていてもバレてしまうのではないか? そうだとしたら、ここは仮面を被らずに明智あけち光成みつなりとして行った方が自然なようにも思える。あるいは先生が完全に気を失っているとすれば、その場合はいつでもテイクオフできるのではないか。先生がどんな状態かわからない今、まずは仮面を被らずに、明智光成として行った方がよさそうである。

 しばらく進むと道路に人がたおれているのが見えた。ネバーウェアの姿はなく、相変わらずセミが騒々そうぞうしく鳴いていた。光成は注意深く周囲を観察しなから近づくと、ようやくその女性の顔を確認することができた。間違まちがいない。主月しゅげつ先生その人だった。

「先生、主月先生、どうしたんですか? 聞こえますか?」

 先生の反応はなかった。光成はしゃがんで先生をゆすりながら声をかけた。

「先生! 先生!」

 そして、その時である。あたりのセミが一斉いっせいに鳴き止んだ。

「来たか……」

 緊張きんちょうが走る。

彩豪さいごう、聞こえるか? 主月しゅげつ先生のところに着いたところだが、さっきまでいてたセミの鳴き声がパタリと止んだ」

「なに? ちょっとってろ。まだお前の姿が見える場所に着いてない。あたりに気をつけてくれ」

 さっきは一方向の音だけが聞こえなかったが、今度はすべての方向で音がしない。能力者との距離きょりが近いのだろうか。明智あけち光成みつなりは注意深く無音の景色を見渡みわたした。だれかがいる気配はまったくない。身近に生えていた草、それはちょうど花をかせていたヒメジョオンという外来植物だが、それを一つつまんで立ち上がると、あたりを警戒けいかいしながらそっと口にくわえた。ヒメジョオンはみるみる成長してからみつき、光成の顔をおおいつくす。

 するとその時である。立ち上がったせいか、光成は急に立ちくらみにおそわれた。あたりを警戒しながら回復を待ったが、立ちくらみは回復するどころかますますひどくなっていき、ついには立っていられないほどになった。

「光成、待たせたな。お前が見えるところについたぜ! って、お前、何やってんだ! 後ろにネバーウェアがいるぞ!」

「なんだって? ちょうど立ちくらみがして気づかなかった!」

 明智あけち光成みつなりはすばやく後ろをいた。

だれもいないぞ!」

「当たり前だ! お前が振り向くのと同時にヤツもお前の後ろに回ってんだ! 炎天下えんてんかのネバーウェアだぞ! くっそ速え! お前も早くテイクオフしろ!」

「どういうことだ? だれかがいる気配はしないんだが……」

 光成はちらと主月しゅげつ先生を見た。さっきと変わらず気を失ったままである。

「テイクオフ!」

 光成は一瞬いっしゅんでシャツをいだ! 目にも止まらぬ速さだ! そして、瞬時しゅんじにあたりを見回す!

「いた!」

 光成はネバーウェアの姿をとらえ、すばやく距離きょりをとった!

 全裸ぜんらの男がいた! すぐ後ろだった! その男は光成の身のこなしを見ると動くのをやめ、感心したように大げさなポーズをとった。すると、どういうわけか突然とつぜんセミがワッと鳴き始めた! それはまるで大歓声だいかんせいのようだった!

「いいね! その仮面! そんなのは初めて見るよ! なかなかクールじゃないか!」

 ウィッキュキュッスピンパイ〜ン!

「な、なんだ? この音は?」

「ボイパか! くっそウメえ!」

 ボイパとはボイスパーカッションの略で、口を使ってドラムやベースなど楽器のような音を出すパフォーマンスのことをいう。

 ズグズグボンボウン!

「OH! YEAH! 君も光合成人間だったのか! グレイトだよ! ベイビー! 速いね! いいよ! すごくいいよ! けど、おれのスピードについてこれるか? おれのビートについてこれるか? OH! YEAH! ついてこいよ! カモン!」

 再びセミの鳴き声がやむ! するとボイパ男の姿も消えた!

「速い!」

「おい! 一瞬いっしゅんで背後取られてるぞ!」

 明智あけち光成みつなりは後ろをかえったがヤツの姿はない! そして、あのめまいがまたおそってくる!

「マズい!」

 光成はふらつきながらも、テイクオフした最高の速さでなんとかヤツをった。

「音がしないのが意外と厄介やっかいだ! 気配がまったくしない! どうしても一瞬いっしゅん見失ってしまう! 彩豪さいごう、ヤツはおれの後ろで何をやってる? ヤツが背後にいるとめまいにおそわれるぞ!」

「お前の耳元に顔を近づけてるw。マジでキメえヤツだぜw。だが、めまいがするってのはどういうことだ? お前の感覚データを解析かいせきする。スマンがもう一回やられてくれw」

「マジかよ!」

 またボイパ男が素早く動いて姿を見失ってしまった! まったく気配がない。光成は背後に行ったと予想したものの、かなかった。

「まためまいがきた! 最悪に気持ち悪いぜ……」

 めまいはどんどんひどくなって立っていられなくなってきた。

「おい、彩豪さいごう! まだか! 早くしてくれ!」

「オッケー、大体わかってきたw。どうも三半規管さんはんきかんが冷やされてるみたいだ」

「三半規管? 何だそれは?」

「両耳のおくにある、体のバランスを感じる器官のことだ。だが、ヤツがどうやって三半規管を冷やしてるのかがよくわからん。ネットで検索けんさくするからもうちょっと待ってくれw」

 めまいはますますひどくなっていき、ついに光成はひざをついてしまった。

「もう限界だ! これ以上はマズい!」

 光成は全力をふりしぼって移動した。しかし、体がよろめいてしまう。

「おい! 彩豪さいごう! まだかよ!」

「スマン、スマンw。さっきもいったが、お前の感覚データはとっくに解析かいせきみだわw。今はネットで検索けんさくしてるw」

「なんだって? もっと早くいってくれよ!」

「スマンw。でも見つかったわw。どうも耳の穴から風をむだけで、三半規管さんはんきかんを冷やすことができるらしいw」

「なに?」

「めまいの検査でそういのがあるみたいだったw」

「そういうのって、どういうのだよ?」

「なんか、耳の穴からずっと空気をきかける検査だってw」

「マジかよ? てことは、ヤツはおれの耳に息を吹きかけてんのか?」

「そうだよw! くっそキメえんだけどw! ウケるw!」

「うわあ! マジかよ!」

「だが、安心しろw! こいつはATP能力じゃねえ! 熱いラーメンをふうふうやんだろ? やってることはあれと同じだ!」

「ヤバい! 来る! 今度は絶対に背後取られないぞ!」

 今度はわざとめまい攻撃こうげきを受ける必要もない。光成は視覚だけに集中し、背後を取られることはあったものの、即座そくざに動いて対処することができた。すると突然とつぜん、セミの鳴き声が大歓声だいかんせいのようにがった!

「グレイト! 素晴らしい!」

 シャキウィキパウン!

「君イイよ! なかなか速いね!」

 ボイパ男は、また感心したように大げさなポーズをとった。かえすが全裸ぜんらの男がだ!

「ボイパうま過ぎてツボるw」

彩豪さいごう! 今ので気づいたんだが、ヤツがしゃべすとセミが鳴き出してないか?」

「確かにw」

「多分だが、ヤツはしゃべりながら音を消せない!」

 ドンツッ、トトンツ、ピララリンドウィ〜ン!

「やるじゃないか! おれのスピードについてこれてるなんて、さすがだよベイビー! OK! 俺たちは次のステージに立ったみたいだ! ドゥユノウ? プレイを変えよう! もっとハードに! もっと乱暴に! アーユーレディー? カモン!」

 またセミの鳴き声が止んだ! それと同時にヤツも動き出す! すると今度のヤツは、背後から息をきかけるのではなく打撃だげきによる攻撃こうげきをしてきた! 光成は視覚に集中して一発二発かわすことができたが、背後に行かれて背中に一発くらってしまった!

「アウチ!」

 しかし、ダメージを受けたのはボイパ男の方だった! 光成は光合成シールドを張っていたのだ! またセミの大歓声だいかんせいが上がった!

「痛え! なぐった手がめっちゃ痛え! この感触かんしょく、光合成シールドか! そうか、グレイトだよ! 君も能力持ちだったのか!」

 ドンスパッポッピ〜ン!

「OH! YEAH! おれは知ってる! その能力を!」

 光合成シールド。それは光合成によって肉体を鉄のようにかたくする能力である。その硬さは光合成の度合いに依存いぞんするため、服を着た状態では十分な硬さを発揮することはできない。光合成スイマーとのバトルにおいて光成が使ったシールドは、服を着ていたためその硬さはダメージを軽減するにとどめていた。しかし、今の光成は仮面をかぶり半ズボンもはいたままとはいえ、ほぼ全裸ぜんらに近い姿であったから、そのかたさはまるで鋼鉄のようだった。だから、ボイパ男の渾身こんしんのパンチは、まるで鉄板をなぐったかのように自身へダメージが返ってきたのである。

「アイノウ! おれは知ってる! 光合成シールドを張った肉体は、銃弾じゅうだんはじくどころか、日本の名工が作った包丁でも切れないとか! なかなかやるじゃないか! でも俺はできる! もっとだ! ユーセイ! カモン! もっと速く動ける!」

 そして、再びセミたちが鳴き止む! 二人は目に見えぬほどの攻防こうぼうかえした!

彩豪さいごう! 音がしない間、ヤツは何かをしゃべってるように見えるんだが気のせいか? 何も聞こえないんだが、口を動かし続けてるぞ!」

 確かにヤツは素早く動きながら奇妙きみょうに口を動かしていた。何かつぶやいているのだろうか? この事実に気づくとゾッとするほどキモい。

「音がしないのと何か関係ないか? おれの視覚データを見てくれ!」

「ホントだw。独り言いってんのか? ウケるw。」

解析かいせきできるか?」

「やってるw。言葉をしゃべってるわけじゃないな。なんか音を出してるw。なんだこれは? ボイパやってんのか? ちょっとネットで調べてみるw」

 光成は攻撃こうげきに転じた。炎天下えんてんかのネバーウェア相手では、ヤツのスピードも並大抵なみたいていのものではなく、ぼうぎょ一辺倒いっぺんとうではかわしきれそうになかったのだ。しかも、音がしないのがかなり厄介やっかいで、少しでも見失うと気配を追うことができない。その間、ヤツは独り言みたいに口を動かしている! 想像してほしい。全裸ぜんらの男が口パクをしながら激しい攻撃こうげきをしかけてくるところを! どれだけキモい戦い方なのだろうか!

「光成、仮説ができた。一つ試したいんだが、そうだな、その辺の土とかでいい……」

 光成がめまい攻撃こうげき警戒けいかいしながら打撃だげきをガードしたところ、体をつかまれて投げ飛ばされてしまった。そこをすかさず背後から息をきかけられ、めまいがおそってくる。

「光成! 大丈夫だいじょうぶか! 今いったことがおれの作戦だ! できるか?」

「くそ! 音がしないのがやっかいだ! 気配がしない! だが、お前の作戦はわかった! やってみる!」

 光成はめまい攻撃こうげきをかわすと、距離きょりを取って土手の土をつかみ取った。するとヤツは動きを止め、セミが鳴き出した。

「オーノー! なんだそれは? それで目つぶしをするつもりなのか?」

 キュッキュキュウィキ!

「そんな卑怯ひきょうなマネをするのか? オーマイガ! そのクールな仮面が泣いてるぜ? 君には失望したな! やってみろよ! おれに通用するのか、やってみろよ! カモン!」

 セミが鳴き止む! ボイパ男が口パクしながら接近するのをかわし、光成は土を投げつけるフォームに入った。すると、ヤツは余裕よゆうの笑みをかべて目をつぶり、顔を横にそむけてガードの姿勢に入った! 光成が投げつけた土は、ボイパ男の目には入らず、横っ面に当たっただけだった!

 一斉いっせいにセミが鳴き出す! コンサートの大歓声だいかんせいのような、ワールドカップの得点シーンのような、すさまじい大音量だ!

「あぁっははははは! 外れちまったなあ!」

 ボイパ男はほこったポーズをとった! かえすが全裸ぜんらの男がだ!

 スポポボゥン、ドフウゥン!

「OH YEAH! おれの勝ちだぁぁあ!」

 ズイキュキュ、キュル?

「な、なんだ? オーシット! テメェ何しやがった! 耳になんか入っちまったじゃねえか!」

 ヤツは耳の穴に指をつっこみはじめた。

「耳ん中がガサガサうるせえぞ! くっそぉ、細けえ砂利みてえなのが入っちまって取れねえ!」

「光成! 今だ!」

「わかった!」

 セミは鳴きやまない! 明智あけち光成みつなりはボイパ男に攻撃こうげきをした! ボイパ男はなんとかかわして素早く動いたが、今度は音が聞こえるので見失うことがない! ヤツが背後に回ろうとしたところを、足をはらって転ばせた! セミの大合唱がひびわたる!

「ちくしょう! なんてことしやがんだ! これじゃ音が消せねえ! ハッ? そうか! テメェ、さっきのは目つぶしをねらってたんじゃなかったなあ? はじめから耳をねらってたのか! くっそぉ! おれがどうやって音を消してんのかわかってたのか!」

彩豪さいごう、どういうことだ? すげえ効果があったみたいだが、俺だけがわかってないぞ!」

「ヤツの音を消す能力、それはイヤホンなんかに使われてるノイズキャンセリングという技術だ!」

「ノイズキャンセリング? なんだそれは?」

「音ってのは空気の振動しんどうだってことはお前も知ってるよな?」

「ああ、テレビかなんかで聞いたことある気がする」

「小刻みに振動すると高い音で、逆にゆっくりだと低い音だ」

「そうなのか」

「そうらしい。そんで、高い音、低い音を反転した音をだせば、音が打ち消されて消えるらしい。しらんけどw」

「なんだって? そんなんで消えるのか? で、ヤツはどうやってるんだ?」

「今セミが鳴いてんだろ? それと反対の音をヤツはボイパで出してんだ」

「マジか! セミの反対の音ってどんな音だよ!」

「しらねえw、聞こえねえからなw」

「確かに。百歩譲ゆずって理屈りくつはわかったとして、それと耳の中に土を入れるのとはどんな関係があるんだ?」

「ノイズキャンセリングのイヤホンでは周囲の騒音そうおんをマイクで拾ってる。つまり、ヤツの場合は耳がマイクの役割ってわけだ。耳で聞いた音の反対の音を出してる」

「そうか! 耳にゴミが入ればガサガサうるさくて周囲の音が聞けなくなるってわけだな!」

「そうだ! これでヤツは音を消せない! おれたちの勝ちだ!」

 ボイパ男は耳をほじりながら地団駄じたんだんだ。しかし、耳に入った土はなかなか取れない!

「くっそぉ、取れねえ! テメェ、よく気づいたなぁ! おれがどうやって音を消してるのか! オーシット! お前、なかなかいいカンしてるぜ! 初めから俺の気配だけを消してたら、音を消してるってことに気づかなかったかもしれんけどなぁ! 音を全部消してたからバレやすかったか? わざわざ全部の音消してよ、お前、俺をバカだと思ってんだろ? バレバレでバカみてぇだって思ってんだろ? OH NO! お前は何もわかっちゃいねえ! 俺の流儀りゅうぎってもんがなあ! プロの技ってもんを! 自分の足音だけ消すよりもよ、環境かんきょうの音全部消す方が何倍も難しいってことがなあ! お前、セミが何匹なんびきいるかわかってんのかあ? いろんな鳴き方するしよ、タイミングだって全然違ってんだよ! 俺はそれを全部消してんだぜ! SAY YES! そうだ! 俺は最高にウマい!」

 ブンツクブンツク、ブウィ、ウィウィ、ボウン!

「そうだ! 簡単だ! YOU SAY! 簡単なんだよ! おれの足音だけを消す方がなあ! わかるかあ? わかってんのかあ? いいや、お前は何もわかっちゃいねえ! 何もわかっちゃいねえんだよ!」

 ボイパ男はもうスピードでおそいかかってきた! フェイントを交え、背後にまわもうとする! しかし、音がしっかりと聞こえる今、光成はその気配を完全にとらえることができた!

「ヤツもぴえんだなw! これで完璧かんぺきにヤツの能力を無効化できた!」

「ああ、お前のフォローのおかげだ!」

「それで、どうだ? ヤツの口の動き、しっかり見ただろう? 『ラーニング』できたか?」

「どうだろう? ヤツが自慢じまんしてた通り、けっこう簡単じゃない能力だな」

解析かいせき結果から生成したアルゴリズムを送る。参考にしてくれ!」

「わかった! 助かる!」

 ボイパ男は何度も変化をつけて攻撃こうげきをするも、光成は完璧かんぺきに対応した。

「ちっくしょう! このおれさまがこんなクソガキ相手になんて様だ! オーマイガッ! なんてことだ! この俺様が! この俺様が……! この俺様が?」

 ボイパ男がここまでさけぶと、どういうことであろうか、ヤツの能力がふうじられているというのに、急にセミの鳴き声が止まった。

「お、おれの声しか聞こえないぞ?」

 突然とつぜん訪れた静寂せいじゃくにボイパ男の声だけがひびわたった。光成は素早くヤツの背後にまわむ。

「はっ、マズい!」

 明智あけち光成みつなりはボイパ男がかえったところをねらい打ちでボディにストレートをクリーンヒットさせた!

「おぉっ、かっ、ぐふぅぅう!」

 ヤツはモロにくらって息ができず動けない!

「ぐおぉぉ……、くっ、くっそぉ……、ど、どういうことだ……? 音が……、音が消えたぞ?」

 ボイパ男はよろめいてひざをついた。

「ハッ? テメェ、その口の動き、そ、そうか……、オメェ、ひょっとしてまさか、おれの能力をマネしたのか? まさか、そんなことができるわけねぇ!」


 スッチャカ、スクチャカ、スクシュクドビ〜ン!


 明智あけち光成みつなりのATP能力の秘密、それは一度見たATP能力をラーニングする能力だった。

 光成は光合成を行うことによって物事を「見る」能力が極めて高くなる。かれはその能力で見たものを詳細しょうさい記憶きおくし、分析ぶんせきすることができるのだ。光合成スイマーとのバトルでテイクオフした際、一瞬いっしゅん視界に入っただけの稲荷いなり静香しずかのことを詳細しょうさい記憶きおくしていたこともそうだった。彼女かのじょは犬にまれていた。その光景は、歯が何本くいんで全治何週間の傷だというところまで、鮮明せんめいに光成の脳裏にきざまれていたのだ。ほんの一瞬いっしゅん視界に入っただけにもかかわらず。

 光成が初めてラーニングした能力は、植物の仮面をかぶる能力だった。これはかれがまだ小学生にもなっていない幼いころの話である。幼い頃の記憶きおくというものはすぐになくなってしまうものであるが、この記憶もその例にもれず、いつどうやってその人に会ったのか、光成はまったく覚えていなかった。しかし、記憶というものは不思議なもので、植物の仮面をかぶる方法については詳細しょうさいに記憶し、身につけることができていたのだ。

 光成が初めてラーニングした能力の持ち主、植物の仮面を被ったその光合成人間は女だった。黒いかみこしのところまであり、ウェーブの強いくせ毛の女だった。頭部には植物がからみついていて、顔が見えずだれだかはわからなかった。しかし、くきの切断部分を口にくわえ、そこから光合成エネルギーをそそみ、植物を急激に成長させていることを、幼い光成は見て読み解いていたのだ。

 つまり、光成が持つ元々のATP能力は「見る」能力だけであり、仮面をかぶる能力や光合成シールドは、「見る」ことによってラーニングした能力だったのである。

 ここで一つATP能力について説明をしておきたい。ATP能力というものは光合成人間であればだれでも使えるというものではなく、たいていの光合成人間は単に身体能力が大幅おおはばに向上するだけの場合が多い。その中でまれに能力を開花させる者がいる。その能力は、たとえば光合成プラズマや光合成ブレードといったエネルギーを放出するパワー型のタイプから、音を消したり重力を強めたりするなどの奇妙きみょうなタイプまで様々なものがある。光合成スイマーと戦ったUOKうまるこwの新人隊員、青柱せいちゅう正磨せいまもその一人だった。かれは光合成スイマーとのバトルによって、それまで自分自身でも知らなかった能力を、ベテラン隊員の太門だもんによって見いだされたのだった。かれのように本人すら気づいていない能力持ちは少なからずいる。そのため、極めて危険な存在であるにもかかわらず、その実態はあまりわかっていないのが実情だった。まれにATP能力を持った者がいたとしても、一つしか能力を持っていないのが一般的いっぱんてきであり、明智あけち光成みつなりのように複数の能力を使いこなす光合成人間は、他にいないといっていいほど非常にまれな存在だった。

 明智光成の「見る」という能力。その能力は攻撃的こうげきてきでなく一見弱々しく見えるものだが、実際には極めておそろしい唯一ゆいいつ無二むにの能力だったのだ!


 明智あけち光成みつなりは仮面から数本のヒメジョオンを指でつまんでそっとると、それらはみるみる成長して一束の花束になった。そして、束の真ん中あたりのくきを何本かると、茎の切断面から光かがやくエネルギーがあふれ出てくる。それがびていく様はまるでけんのようだった。


 ヒメジョオンの花束から伸びる一筋の光る剣。それはまさに光合成ブレードだった!


 しかし、その剣は出力するエネルギーが安定していないのか、サクラ隊員の真っ直ぐに伸びるブレードとはちがって激しくうねっていた。それは今にも獲物えものにおそいかかろうとする、まるで稲妻いなずまへびのようだった!

「ハッ? オメェ、そいつは光合成ブレードじゃないか……。オメェの能力は光合成シールドだけじゃなかったのか! なんてこった! こんなヤツ初めて見たぞ! そのうえおれの能力までマネられちまうとは! 信じられねえ! ガキだと思ってナメてたが、こんなヤツが相手じゃ勝てっこねえ!」

 光合成シールドで守りをかため、光合成ブレードで攻撃こうげきでも優位に立ち、音を消す能力を無効化して、さらにそれをラーニングした今、光成には負ける要素がまったくなかった!

 ボイパ男には完全に勝った! しかし、忘れないでほしい! この桜並木には、スマホを持っているヤツと持っていないヤツをふくめ、残り三人がいるということを! (続く)

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