第四話 ATP能力 その一

主月しゅげつ先生、いそがしいところをごめんなさい。ちょっといいかしら?」

 職員室の窓から外を見ていた校長先生がいった。放課後、明日の授業の準備をしていた主月先生は、手を止めて校長先生のいる窓際へ向かった。

「ほら、校庭から校門へ向かうところをご覧なさい。明智あけち光成みつなりさんと円座彩豪えんざさいごうさんが二人で帰っていくでしょう? あの二人は仲が良いですね」

「そうですね。はい」

「明智さんといえば、主月先生、あなたのクラスの子でしたね」

「はい」

「先日、ほら、校庭に光合成人間が現れた時、ちょうどあなたのクラスが体育をしていたでしょう」

「ええ……」

「その時、明智さんはどこにいらしたのかしら」

「倉庫裏にかくれてたと聞いています」

「どうして倉庫裏に隠れていたのかしら」

「とっさに隠れて、こわくて動けなかったと聞いていますが……、その件についてはすでにご報告したはずです」

「ええ、報告は聞いております。でもね、主月しゅげつ先生。あの後、倉庫の裏にこんなものが落ちていたんです」

 校長先生は手に持っていた書類を開くと、中に一本の草がはさまっていた。

「これは教頭先生が見つけたものです。これが何だかわかりますか? 主月しゅげつ先生」

「いいえ……、その辺に生えている雑草のように見えますが……」

「そう、この草はね、メヒシバという草です。でもね、主月先生。この草にはちょっとヘンなところがあるんですよ」

「はあ……」

「メヒシバはこんなに大きくないんです。どうしてこんなに大きいのかしら。私はね、この草と明智あけちさんに何か関係があるんじゃないかって、その可能性について考えているのです」

「といいますと?」

 校長先生は少し間をおいて何かを考えているような素振そぶりをした。そして、主月しゅげつ先生に顔を近づけると、耳元で何かをささやいた。それを聞いた主月先生はおどろいたような顔をして校長先生の顔を見返した。そして、自分の席にもどると、カバンを持ってそのまま何もいわず職員室を出ていった。


 その日の放課後、私と明智光成はスマートフォンを取りにそれぞれの家へ帰り、私の家で合流した。

「くっそワロタ」

 当時の私はユーチューバーの影響えいきょうを受けてネットスラングを使うことがあった。

「冷蔵庫を見たらさ、ジュースがなくて爆死ばくしw。うちのオカンにいったんだけど、既読きどくスルーでぴえんw」

 ひどいセリフだ……。おどろくべきことであるが、このセリフは、なんと私のセリフなのである。私の記憶きおくでは当時の子どもとしてはごくありふれた程度にネットスラングを使っていたような気はするのだが、光成にいわせれば他の子と比べ極端きょくたんに使っていたのだという。

 明智あけち光成みつなりの物語を書くにあたってかれ承諾しょうだくを得なければならなかったのだが、その際、私がひどいネットスラングを使っていたことをありのままに再現しなければ承諾できないと、私にとって納得しがたい条件をきつけられたのだった。

 原稿げんこうを書き上げ、承諾を得るために光成へ送付すると、彼は決まって「お前はもっと『草』とかいっていた、『ワラw』とかいっていた」といって、私のセリフだけ再三直して返してくるのだ。その修正内容は私としては到底とうてい承服しかねるものだったが、彼の了解りょうかいを得なければこの物語を世に出すことはできないため、仕方なく受け入れる他ないのだった。

 ああ! どうかお許しいただきたい! 私の名誉めいよちかっていうが、本当はこんなセリフを書きたくないのだ!

「くっそワロタ」

 ああ! 本当に私はこんなことをいっていたのだろうか!

「次のアプデのアナウンスが公式からでてるぜ? 悲報でワラw」

 本当なのか? 本当に私はこんなひどいネットスラングを使っていたのか?

「なんだよお前、人のこと待たせといてネットのニュースなんか見てたのかよ」

「わりいわりい、けどよ、ゆうて次のアプデまじで爆死ばくし! 草w」

 ちかっていうが、私はここまでひどかったという記憶きおくはない!

「くっそ劣化れっかしすぎて草生えすぎなんだけどwww」

 いや、いくらなんでもこれはやり過ぎだろ? こんなこといってたか?

「ぴえん過ぎてワラw」

 ああ! どうか誤解しないでほしい! 私は、私は……!

「大草原wwwww」

 あああああ!


 その日も、雲の一つもないけがれなき青空に、燦然さんぜんかがやく太陽がまぶしく地上を照らしていた。

 そのころの私は、明智あけち光成みつなり一緒いっしょにネットで光合成人間による犯罪と思われる事件やニュースを見つけると、警察の真似ごとをして捜査そうさをしによく出かけていた。この日に向かった事件現場は、学校からかなりはなれた田園地帯だった。人通りが少ないため、目撃者もくげきしゃもほとんどいないような地域である。そんな場所で同一犯と思われる窃盗せっとう事件がいくつも発生していたのだ。

 それだけなら何も光合成人間による犯罪とまで断定はできないだろう。しかし、ネット上の情報によれば、突然とつぜん強烈きょうれつなめまいにおそわれ、気を失ってしまい、気がつくと財布から現金だけがぬすまれていた、という共通する特徴とくちょうがあった。同じ場所で何人もめまいを起こして気を失うなど、偶然ぐうぜんとしては不可解な出来事である。しかも、事件当日の天気を調べてみると、どの日も快晴だったのだ。光成と私の見立てでは、光合成人間による何らかのATP能力が使われた可能が高いのである。そのようなわけで、私たち二人は捜査そうさの真似ごとをすべく事件の現場を訪れてみることにしたのだった。


 私の自宅を出てしばらく行くと、ふいに明智あけち光成みつなりが口を開いた。

彩豪さいごう、気づいているか? 主月しゅげつ先生がおれたちの後をつけてるぜ。後ろ向くなよ」

「草ッ! 気づかねえわけねえだろ! ワラw」

 ……。当時の私は、一定範囲はんいにいる人のスマートフォンから、位置情報を取得して地図アプリに表示することができた。

「先生の前ではテイクオフできないぞ? どこかでまきたいな」

「ゆうて、先生の前でもよくね? しらんけどw」

「バカかよ。そろそろだ、事件現場はこの先だな」

「だなw、やっぱぜんぜん人いねえ。バズってなくて草! まあ、オッサンやオバサンが白昼クソみてえに気失って、有り金全部持ってかれただけのくっそつまんねえ事件だからなw」

「白昼ってのが気になるよな。天気のいい日に限ってだぜ? 熱中症ねっちゅうしょうじゃあるまいし」

虚弱きょじゃくぎてワラw! ネバーウェアとちがって日差しに弱ぇんじゃね? 草なんだけどw」

 本当に私はここまで「ワラw」とか「草」とかいっていたのだろうか。明智あけち光成みつなりにいちいち修正されるので仕方なく書いているのだが、どうにも納得ができない。

「ここだ、この桜並木が例の事件現場だろ?」

 私はスマホを取り出して位置を確認した。

「オッケー、くっそビンゴでワラw」

だれかいるか?」

「並木から若干外れたところにスマホ持ったヤツが一人いるなw。ネバーウェアがスマホ持ってたら草なんだけどw」

「そうだな。そいつは誰だ?」

「しらんな。このアドレスはおれのリストにないヤツだ」

「他には? サーモグラフィに反応ある?」

 私はスマホのカメラモードをサーモグラフィに変更した。

「暑すぎて全部真っ赤。ワラw」

「マジかよ。ほんとに今年の夏は暑いな。まあ、しょうがない。主月しゅげつ先生が後をつけてることもあるし、ここらで二手に分かれるか」

「だなw」

 私と明智あけち光成みつなりはここで二手に別れることにした。事件現場である桜並木は、戦闘せんとう能力の高い光成が一人で進んでいく。

「光成、聞こえるか? 二手に分かれたから、これからはATPリンクでやり取りするぞ」

「わかった」

 二手に分かれた私と明智光成はスマートフォンを使わずに、ATPリンクによって通話を始めた。ATPリンク。それは私の能力から副作用的に発生した、光合成人間同士の通信規格プロトコルなのである。この通信は、私が特定の光合成人間とATP接続することによって実現するWi−Fiのような無線通信だった。だから、私と光成はスマホを使わなくても音声通話はおろか、データ通信までできる。しかも、私が相手と接続しない限り通信はできないので、他の光合成人間に聞かれることもない。この能力によって私は、戦闘せんとう能力の高い明智あけち光成みつなりのバトルをサポートしているのだった。

「それで、主月しゅげつ先生はどっちのあとをつけてきてる?」

「お前の方だ」

「そうか……、テイクオフできないな。バトルになったらキツいかもな」

「ひよってんのか? 草w」

「なら、お前がテイクオフしろよ」

おれは弱えからフルチンでもぴえんです。ワラ。バトルはお前にまかせたぜw」

 ……。なんというセリフだろうか。私には悲しみしかない……。


 温暖化の影響えいきょうだろうか。その年のセミは鳴き始めるのが異様に早かった。強烈きょうれつな日差しが桜並木にすず木陰こかげを落とし、木陰にまぎれた無数のセミが大合唱をしていた。二キロほど続くこの並木道は、桜が満開の季節であれば人であふれかえることもあるが、平時はいたって人影ひとかげの少ない通りである。周辺は田畑のみで人家などはなく、ここで事件にまれるようなことがあれば、さぞ心細いことであろう。

 明智あけち光成みつなりのはるか前方、セミの鳴き声にまぎれそこに人影ひとかげがあった。その人影はこちらに向かってゆっくりと歩いている。スマホの位置情報に反応したもう一人はこいつだろうか。

 その人物はシースルー(けて見える布)のシャツを着ていた。この異様ななりのおじさんはニタニタと笑みをたたえながら近づいてくる。そして、すれちが距離きょりに差しかかると足を止めて光成に声をかけてきた。

「暑いですなあ」

 明智あけち光成みつなり緊張きんちょうして、小学生らしく人見知りしたような返事をした。

「は、はあ」

「今年はセミが鳴き始めるのが早いですなあ。天気はいいし、セミも実に騒々そうぞうしい。夏っちゅうのはこうでなくてはなりませんな」

 この人物は「光合成おじさん」または「けシャツおじさん」と呼ばれている地域で有名な光合成人間だった。いつも透けたシャツを着ていて、しかも、いろんな色のものを持っているのだからおどろきである。この日はうすいピンク色のシャツを着ていた。

 その容姿はかなり異様といわざるをえない。この地域にしてきたばかりの人、特に子どものいる保護者などは、この異様ななりのおじさんに出会うとまずはおどろくことになる。小学校のママ友などにこの変質者の話をすると、「ああ、光合成おじさんね」とおどろ素振そぶりもない。「あのおじさんは大丈夫だいじょうぶ。ヘンだけど悪い人じゃないから」と慣れた様子で、光合成おじさんについての様々なエピソードを聞くことになるのだった。つまり、このおじさんは地域で素性すじょうの知れた、地域に受け入れられている、めずらしい光合成人間だったのだ。素肌すはだが透けて見えるシャツを着ているという意味では、ある意味、半分ネバーウェアともいえるが。

としをとりますとなあ、季節が変わるっちゅうことが実に素敵なことと感じるようになりますわな」

 光合成おじさんは相手が子どもだろうと、のんきに話しかけてくる。

「実に見事なことですわ。四季折々の草花や虫たち、鳥なんかも季節で変わりますな」

「はあ……」

 この人は悪い人ではないのだが、話し好きで、話し出すと長いことでもよく知られていた。

「ご覧なさい。桜が生えている土手のあたり、今はぎょうさん草が生えていますなあ。あれが彼岸ひがんのころになると、一面に彼岸ひがんばなが咲くんですわ。それは見事なもんですよ。今は彼岸花なんかどこにも生えてませんが、後で生えるっちゅうことは、今も土ん中に球根がぎょうさんまってるっちゅうことになりますわな」

「はあ……、確かにそうですね……」

 光成としては早く話を切り上げたかったのだが、けシャツおじさんにかかっては相槌あいづちを打つ他なかない。おじさんはそんな光成をよそに、のんきに話を続けた。

彼岸ひがんばなに限った話じゃありませんよ。草花の種や球根なんちゅうもんは、まあ土ん中に無数にあるわけですわ。種や球根っちゅうのは生きている状態なんですかな? 私はくわしいことは知りませんが、種も生きものだとするとですな、そこら中の土には無数の生きものが埋まっとるっちゅうことになりますな。一年のうちにほとんどを種としてじっとしてるわけですが、ある時期、ある季節になると、わっと花をかせるわけですわ。このセミみたいなもんですよ」

 しげった木の葉から木漏こもが星々のようにかがやき、無数のセミの大合唱が木霊こだまのように騒々そうぞうしくひびわたっている。何年ものあいだ土の中で暮らし、日の光を浴びることもなく、一度も太陽を見たこともないこの虫たちが、ある年、ある夜、ある朝、急に地面を突き破って地上の空気を吸う。一匹いっぴき一匹いっぴきは一週間ほどで生き急ぎ、がらのように死んでいく。真夏の強烈きょうれつな日の光を浴びて、全力で羽をふるわせながら。

「まあ、草花だけの話ではありませんな。虫なんかもぎょうさんいますよ。その辺のしげみ、土ん中、数えきれないほどいますな。セミなんかも、鳴いてるやつだけでも騒々そうぞうしいほどいますが、幼虫も地面の下にその数倍はいますなあ。動物なんかもいますよ。鳥なんかは暑くてなんも鳴かずにじっとしてますから一羽もいないように見えますが、あそことあそこの木にシジュウカラ、あそこの木にはメジロ、あっちにはコゲラなんかもいますなあ。それからあの冷蔵庫が捨ててあるあたり、あの地面の下にはモグラがいますな」

 けシャツおじさんは何をいっているのだろうか? おじさんには虫や鳥やモグラが見えているのだろうか? それとも目に見えなくても生きものがいることがわるのだろうか? ひょっとして、おじさんは能力持ちで、何らかのATP能力を使って周囲の生きものの場所や種類を把握はあくしているのだろうか?

「タヌキやイタチなんかは今はちょうどいませんが、普段ふだんは見ることもありますよ。まあほとんど人なんか通らない道ですから。ですが、最近はなんですかね? みょうに人が増えましたなあ。今日なんかはそうですねえ……」

 おじさんはあたりの気配を探るような仕草をした。

「あなたふくめて八人もいますな」

 八人? 明智あけち光成みつなりは思った。四人じゃなかったのか?

「なにかめずらしいもんでもありましたかな?」

「いや、特に、何も知りませんけど……」

「そうでしたか、何かあったのかと思ってお声掛こえがけしましたが、そうでしたか、それは失礼しました」

「はあ。じゃ、これで失礼します」

 光成はこれで終わりと思い話を切り上げた。

「ところで、あんたさんはこの辺の小学生ですか?」

「は、はあ?」

「最近のお子さんたちはみんな背がすらっとして顔も小さいですなあ。なんだか私らのころとはちがうように思いますわ」

「そ、そうですか? あのこれで……」

「ところで――」

「あの、すみません、ちょっと僕、行く用事があるんで、これでもういいですか? すみません」

 たまりかねた光成は無理やり話の腰を折った。

「ああ、そうでしたか、失礼しましたな。最近のお子さんたちは受験とかじゅくとかでおいそがしいそうで。ではお気をつけて。この辺も物騒ぶっそうな事件がきてるようですからなあ」

 まだまだ続きそうである。光成は聞くのをやめ歩き始めた。

窃盗せっとう事件が発生してるそうですな。私は取られるものなんて何一つありゃしませんが。うひひひっ。ではお達者で〜」

 光合成おじさんは自分でいって自分でウケていた。光成はかえりもせず歩き続けた。


「おい、彩豪さいごう、聞こえるか?」

「草! ぜんぜん聞こえてるぜ、どうした?」

「今、光合成おじさんとすれちがって話をしていた」

「マジで? くっそワロタw。あいつヒマだから話くそ長えんだよなw」

「おじさんがいってたことで気になったんだが、主月しゅげつ先生以外にも誰かいるのか?」

「ああ、そうだな、さっきもいったが、おれたち二人と主月先生、あと一人誰だかわからんが、全部で四人いるw。ただ、その一人はけシャツじゃないな。透けシャツはもう行っちまったんだろう?」

「ああ」

「そのスマホを持ったヤツはまだ近くにいるんだ」

「やっぱりだれのかわからないのか?」

「わかってたら草! おれが知ってるやつのスマホだったら特定できるんだがなw」

「そうか。それで気になったんだが、お前がわかるのはスマホを持ってるやつだけだろう? 光合成おじさんがいうには、この辺に八人いるっていうんだ」

「なんだって? 透けシャツはそいつらを見たっていうのか?」

「いや、話しぶりから何らかのATP能力のようだった。おじさんは生きものの存在がわかるみたいで、鳥や虫、地面の下のモグラなんかもどこにいるってわかってるみたいだった」

「草! マジで? 情報多すぎじゃね? 優秀ゆうしゅうすぎてワラw」

「光合成おじさんのいってることが正しいとすると、お前がいってるスマホを持っている四人の他に、持ってないヤツがさらに四人いることになる。一人は光合成おじさんだとしても、あとだれだがわからんヤツが三人いることになるな」

「けっこういるな。ワラ。ネバーウェアが仲間連れてるって話は聞いたことねえぜ? もしそうだったらウケるけどなw! 想像してみろよ? ぱだかのヤツが三人も仲良くつるんでんだぜw? まじキモ!」

「なにか悪い予感がする。今日はやめにするか」

「だなw。不確定要素が多すぎる。マジでネバーウェアが三人もいたらさすがにヤベえ」

「お前も気をつけろよ。その三人は位置がわからないから、お前が出くわすかもしれない」

「おお、確かに。おれがネバーウェアに出くわしちまったらくっそヤベえな」

「じゃあ、今日はもう帰るぞ。俺は主月しゅげつ先生がついてくるから、このまままっすぐ進むしかないが、この並木を過ぎたら道を変えて帰ることにする」

「わかった。気をつけろよ。何かあったらすぐ連絡れんらくしてくれ」

「ああ、わかった」


 どこまで歩いただろうか。後ろを向いても光合成おじさんも主月しゅげつ先生の姿も見えない。

 この桜並木はさながらセミの回廊かいろうのようである。人通りがないという意味では逆に静かといえるが、セミの鳴き声だけが騒々そうぞうしく長く続く回廊。前も後ろも永遠にセミの鳴き声がこだましているようだ。前方も後方も。後方も?

 待てよ、後方でセミは鳴いているか?

 明智あけち光成みつなりは再度かえった。セミの鳴き声だけでなく、後方からまったく音がしていない。桜の並木道が続くばかりである。いつから音がしていなかったのだろう。

彩豪さいごう、聞こえるか?」

「ああ、なんだ? 何かあったか?」

「どうも様子がおかしい。おれの後ろの方から音がしないんだ。後方だけセミがまったく鳴いてない。俺の聴覚ちょうかくデータを送るから解析かいせきしてくれないか?」

「わかった。送ってくれ」

「よし、送信開始する」

「オッケー、ちょっと待ってろよ……、ああ? 特に問題なさそうだぜ? お前の耳はちゃんと音に反応してる」

「なんだって? 聞こえてるのに聞こえてないってことか?」

「ああ、お前の耳、厳密にいうと鼓膜こまくだが、鼓膜はちゃんと音に反応してる。健康そのものだ」

「ちょっと待て、お前、前方の音も拾ってないか?」

「そうか、後方の音がしないんだったな。音の方向を解析かいせきしろってことか。お前、今どっち向いてる?」

「進んでる方向に対して後ろだ」

「待ってろよ。いや、音はしてるな。少なくともお前の耳は後方の音も聞こえている」

「なんだって? 実際には何も聞こえないぞ? これはいったいどういうことだ?」

 明智あけち光成みつなりは光合成パワーを使って、全力で集中した。

おれの視覚情報を送る。サーモグラフィで解析かいせきしてくれ」

「オッケー。ワラw! やっぱダメだわ! 画面まっかっかw」

「そうか。だが、不自然すぎる。絶対に何かあるはずなんだが」

「気をつけろよ。もしそれがネバーウェアの能力だったらやっかいな能力っぽい。どうする?」

「相手が一人だったらたたかう。だが、姿を見せないところを見ると、相手はおれが気づいていることに気づいているな」

「そうだな」

「並のネバーウェアだったら二人いても勝てる自信はある。だが、こいつは能力持ちっぽい。三人だったらさすがにヤバいな。後ずさりしながらはなれてみる」

「だな。相手も警戒けいかいしてるみたいだし、このまま手出ししてこなければそのまま帰っちまおう」

 光成は後ずさりしながらその場をはなれた。しばらく進むと、やがてセミの鳴き声が聞こえるようになってきた。


 主月しゅげつ先生は明智あけち光成みつなりと付かずはなれずの距離きょりを注意深く保って後をつけていた。彼女かのじょは校長先生に何かを耳打ちされていた。何をいわれ、なぜ後をつけているのか、現時点ではなぞであるが、その注意深さには目を見張るものがあった。彼女のすぐ後ろに人がいるにもかかわらず……。

 その男は全裸ぜんらだった。

 彼女にれんばかりの距離きょりだ! どういうわけだ? なぜ先生は気づかないのか! 気づかれないことをいいことに、その男は顔を先生の耳元に近付け、あろうことかそっと息をきかけはじめるではないか! これは犯罪ではないのか? 見ず知らずの女性の耳元に全裸ぜんらの男が息を吹きかけるなど、一線をえたぎた変態へんたい行為こういではないか! なんという気持ちの悪いことだろう! 先生がこのことに気づいていたら卒倒そっとうしたにちがいない! しかし、なぜか先生は気づかない! いや、いくらか異変を感じたか? 彼女かのじょはなんの気なしにそっといた。しかし、そこにはだれもいない。それもそのはずである。男は先生の頭の動きに合わせて後ろに移動していたのだから! 男がれんばかりの距離きょりで動いたにもかかわらず、先生はその気配に気づかなかった! なぜだ? なぜなんだ? 男は先生の耳元に息をきかけ続けた! り返すが全裸ぜんらの男がだ!

 何が起きたのだろうか。先生はふらふらとよろめき始めたかと思うと、受け身も取らず、顔から地面にして倒れてしまった!


 このネバーウェアは絶対にスマートフォンを持っていない。なぜなら、完全に一糸まとわぬ全裸ぜんらなのだから。どこからどう見てもスマートフォンを身に着けているようには見えなかった。

 さて、一旦いったんここまでの登場人物を整理しておきたい。光合成おじさんがいったことを信じれば、この辺には八人いることになる。そのうち判明しているのは次の通りだ。


一.スマホ持ち:明智あけち光成みつなり

二.スマホ持ち:円座えんざ彩豪さいごう(私)

三.スマホ持ち:主月しゅげつ先生

四.スマホ持ち:不明


 以上がスマホで位置情報がわかっている四人。そして、スマホを持っていない四人が以下の通りである。


五.スマホなし:光合成オジサン(けシャツ)

六.スマホなし:主月しゅげつ先生の耳元に息をきかけたネバーウェア

七.スマホなし:不明

八.スマホなし:不明


 つまり、スマホを持っているヤツが残り一人いて、持っていないヤツがあと二人いることになる。(続く)

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