第三話 ネバーウェア その二

 カフェにて明智あけち光成みつなりの物語を書いていた私は、エボナイトの万年筆を置いて窓の外を見た。先ほどまでひびいていた雷鳴らいめいが止み、たきのように降っていた雨が上がり、まるで悪夢のように立ちこめていた雨雲が、目が覚めたように晴れわたっていたのだった。地面や建物はまだぬれそぼったままだったものの、雨が上がるのを待ちわびていたスズメやツバメたちが、その鳴き声で街に活気がもどることを知らせていた。私は没食子ぼつしょくしのインクで書いた原稿げんこうかばんにしまうとカフェの外に出た。通りでは通行人たちが、ある一方向を向いてスマートフォンをかざしていた。雨上がりによく見る光景。


 雨上がりの空に、にじがかかっていたのだ。


 なぜ虹はあのように七つの色に見えるのだろうか。それは、おおむね次のような仕組みとされている。

 一、雨上がりの空気には水分が大量にふくまれている。

 二、太陽の光が空気中の水分によって屈折くっせつする。

 三、屈折した光は、太陽の正反対の方向で、スペクトルと呼ばれる七色の光に分解する。

 四、光が七色のスペクトルに分解するのは、スペクトルの色によって屈折くっせつ率が異なるからだ。


 スペクトルはにじのように一色ずつ分離ぶんりすることでそれぞれの色に見えるのだが、七色すべて合わさると無色の光になる。つまり、通常太陽の光は七色すべて合わさった状態であるため無色に見えるのだ。

 そして、この七色のスペクトルには物体の色と深い関わりがある。すべてのスペクトルを反射すれば無色の光に見えるのだが、物体によってスペクトルの反射率が異なった場合は、それぞれのスペクトルの反射量によって様々な色合いに見えるようになるのだ。例えば、赤いスペクトルを反射すれば赤い色に、青いスペクトルを反射すれば青い色に見えるというように。

 光合成には、赤と青のスペクトルが必要であることが様々な実験によって知られている。これは植物が緑色であることと無関係ではない。植物は緑色のスペクトルを反射するため緑色に見えるのだが、逆にいうと、光合成に必要な赤と青のスペクトルを反射していないのであり、それらを吸収して光合成を行うことができているのだ。


 物の色一つとっても、このように自然界にはおどろくべき原理がかくされていることがある。雨上がりの空にかかるにじ、光や七色のスペクトル、生命エネルギーを生み出す光合成、そして、それを行う緑色の植物たち。

 ほら、見てごらん。この雨上がりの夕焼けを。

 世界はなんと美しく、光と色に満ちあふれていることか。


「いいか! ターゲットは増水した川で泳いでいた光合成人間! ATP能力持ちかどうかは不明!」

「リョウカイっすよ、太門だもんさん、まかせてください。やっと実戦に出られるんですから、これでおれも一人前っすよ」

「おい、青柱せいちゅう、油断するなよ! ターゲットがATP能力持ちかまだわかってないんだ! もし能力持ちだったら、その時は応援おうえん要請ようせいする! 場合によってはおれたち二人では手におえないかもしれんのだ! わかったな! まずは奇妙きみょうなATP能力を持ってないか、注意深く観察するんだ!」

「アデノシン三リン酸、Adenosine triphosphate、略してATPっすよね? それがなんなんすか。そんなこといってるから光合成犯罪の検挙率は低いんですよ。この前の小学校の事件もそうだったじゃないですか。おれにまかせてくださいよ」

「確かにお前は教練過程をトップで修了しゅうりょうした。だがな、お前がまだ見たこともないような奇妙きみょうなATP能力を持ったやつがいる。油断するなといっているんだ! 場合によっては大ケガするくらいじゃ済まないんだぞ! お前が死ぬところをおれは見たくない! 相手が一人なのに対して俺たちは二人いる! 有利な状況じょうきょうを十二分に活用するんだ! まずはセオリー通りに一人が安全優先で戦って、一人が光合成人間を観察する! お前より経験のある俺がヤツを観察するから、お前一人でまずは戦え! 安心しろ! 危なかったら俺が助ける! だからお前は自分の安全を最優先してたたかえ! いいな! 絶対に油断するなよ!」

 新入隊員の青柱せいちゅう正磨せいまは、消火器のような赤いボンベを背負って出撃しゅつげきの準備をした。この赤いボンベはUOKうまるこwの最新型対光合成人間装備である。青柱正磨は教練過程にて、このボンベの取りあつかいについて群をぬいた成績の持ち主だった。ベテラン隊員の太門だもん衛門えもんはこのボンベを見ながら声をかけた。

「今日は風が強い。十分に引きつけてから使えよ」

「リョウカイっすよ、絶対におれが仕留めてやりますから、見ててください。あれ? ちょっと見てくださいよ! 光合成仮面のヤツが先に戦ってますよ! くっそぉ! 先越さきこされてたまっかよ!」

「おい! あわてるな! 落ち着け!」

「しめた! 光合成仮面のヤツめ、げてったぞ! よっしゃあ! おれの出番だぜ! ネバーウェアのヤツめ、待ってろよ!」

 青柱せいちゅう正磨せいまは我先にと走り出した。この新入りの行動を見て、ベテラン隊員の太門だもんは心配に思った。

「こいつは危ないかもしれんな。あの光合成人間が能力持ちだったら、応援おうえんなんか呼んでもすぐに来やしない。その場合は、おれが命に代えてあの新入りを守るしかないか……」


 光合成スイマーはテイクオフした明智あけち光成みつなり強烈きょうれつ一撃いちげきを食らって、息もできず地べたでもだえ苦しんでいるところだった。意気揚々いきようようと走ってきた青柱せいちゅう正磨せいまだったが、その有様を目の当たりにして思わず息を飲んだ。全裸ぜんらの男がのたうち回る姿という時点で十分にインパクトのある状況じょうきょうなのだが、筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうの肉体が血管をき出させ、じらいもなくもがき苦しんでいるその姿、その状況は、青柱にとってかれが想像していた実戦の現場とは異なる光景だったのだ。彼が想像していたものはもっとちがっていた。テレビや映画、ゲームなどで見ていた戦闘せんとうシーンだろうか。ネバーウェアは全裸ぜんらという性質上、そのまま公共の映像として流されることはないのだが、実際にそれを目の当たりにして、一糸まとわぬ赤裸々せきららなその姿、非現実的でありながらあまりに現実的に目の前にある、そのリアルなキモさに一種の恐怖きょうふに似た感情を持ってしまったのである。

 きれいにわたった青空に太陽がかがやき、最高に光合成をしている草たち。川の土手にしげった草たちは強い風になびいていた。

「ぜぇ〜、はぁ〜、ぜぇ〜、はぁ〜っ、ちくしょう……、さっきのガキ……、ぜぇ〜、よくも、はぁ〜、よくもやりやがったなぁ〜〜〜! なんだテメェは? ああ? さっきからどいつもこいつもヘンな格好しやがって、さっきのガキは草みてぇなお面つけてたが、オメェのその格好は何だよ? ピーターパンってかあ?」

 ピーターパン? UOKうまるこw隊員が緑色のタイツのようなユニフォームを着ていることは、すでに第一話で説明したが、おそらくこのユニフォームのことをいっているのだろう。青柱せいちゅうはビビってないことをアピールするために、声を張り上げた。

「ピーターパンだあ? おれのこといってんのか! それでバカにしてるつもりかよ! 俺たちUOKwウアックゥはなあ、お前らみてえな、ならず者のネバーウェアとは違うんだよ! 俺たちは法律に基づいた部隊なんだぜ? 法律に基づいてお前らを逮捕たいほする人間がよ、お前らみたいにすっぱだかになれる訳ねぇだろ! この光合成スーツはなあ、光合成に必要な赤と青のスペクトルを通す繊維せんいでできてんだよ!」

「スペクトルだぁ? なんだそれは? 横文字使ってカッコつけてんじゃねぇぞ!」

「スペクトルも知らねえのかよ! にじだよ虹! まったく本当にネバーウェアはバカだな! 虹は七色だろ? 七色の光それぞれをスペクトルっつうんだよ! 光合成に必要なのはな、赤と青のスペクトルなわけ! 光合成スーツは赤と青のスペクトルを通す繊維せんいで出来てんだよ! わかる? お前らみてぇにはじもクソもなくすっぱだかにならなくても、スーツを着ててもな、俺たちUOKwウアックゥはちゃんと光合成ができんだよ! わかったかボケが!」

「ああ? ウアックゥだぁ? そうか! オメェ、! ウ○コうまるこwかよ! 何カッコつけたこといってんだよ! ウ○コwのくせによ!」

「テメェ、いっちまったな……、その呼び方をよ! いっちまったなあ! おれはそれをいうヤツが一番許せねぇんだよ! そんなゲスな言葉ばっか使いやがって! 本当にバカだな! お前らネバーウェアは!」

「ネバーウェアだあ? てめぇこそいいやがったな! ぜってえ許さねえぞ! あぁ?」

 青柱せいちゅう正磨せいまはいささか冷静さを失っていた。訓練ではこれまで完璧かんぺきにやってきた。しかし、それまでやってきた訓練の相手は、光合成スーツを着たUOKwウアックゥ隊員だったのだ。いわば、まともな人間である。ところが実際に全裸ぜんらの光合成人間と相対し、失うもののないネバーウェアの姿を目の当たりにして、言葉が通じない、同じ価値観ではない、自分と同じ人間とは思えない、そんな気がして、訓練とはちがい平常心を失い始めていた。しかも、そのことにかれ自身じしんは気づいていない。いや、成績トップの彼は、自分が新人でビビっていることを認めたくなかったのかもしれなかった。

おれはなぁ、お前らみたいなバカみてぇにすっぱだかなヤツとはちがうんだよ! このアホが!」

「バカにすんじゃねーぞ! このくそウ○コうまるこ野郎やろうがぁ!」

 光合成スイマーがおそいかかった!

「はっ、早い!」

 光合成スイマーは、明智あけち光成みつなりにカウンターを食らったのがよほど効いていたのか、荒々あらあらしい攻撃こうげきはせず素早くコンパクトにまとめた攻撃をした。あまりの素早さに、青柱せいちゅう正磨せいまは対応できていない。完全に圧倒あっとうされている。

「おらおら! どうしたこのヤロウ! おらおらおらあ!」

「はぅ! ぐふぅ! ダメだ……、ヤバい……、訓練ではこんなことないのに、全裸ぜんらってだけでこんなにパワーあんのか……」

 実際には、UOKwウアックゥが装備している光合成スーツは、赤と青のスペクトルの透過性とうかせいだけでいえば、ほとんど全裸ぜんらと変わらない性能をほこっている。だから、UOKwウアックゥ隊員がスーツを着ているからといって、ネバーウェアに光合成で負けるということは一切ない。しかし、青柱せいちゅう正磨せいまは、初めて全裸ぜんらでパワフルなマッチョと戦ったため、精神的に圧倒あっとうされてしまったのだ。これが、ネバーウェアのおそるべき心理的圧力なのである。

「ぐあぁぁぁ!」

 ついに、青柱せいちゅう正磨せいまはパワー負けしてふき飛ばされてしまった。かれは消火器のようなボンベを背負っていたため、それが背中に直撃ちょくげきした。

「痛え! マジ痛え! 痛えけど、そうだ、おれはコイツを背負せおってたんだ! ちょっと待ってろテメェ! くらえ! ネバーウェアのくそ野郎やろうが!」

 青柱せいちゅう正磨せいまは、背負ったボンベから出ているノズルを引っ張り出し、光合成スイマーに向けてレバーを引いた。

「あれ?」

 レバーを引くが何も起きない。

「マジ? 故障? こんな時に??」

 青柱はあせって何度もレバーを引く。

馬鹿ばか野郎やろう! 安全ピンをぬいてないぞ! 何やってるんだ!」

 太門だもん衛門えもんがたまりかねて後ろから怒鳴どなりつけた。

「はっ、おれとしたことがこんな初歩的なミスを! くっそぅ!」

 訓練ではだれよりも早く安全ピンを外して構えの姿勢に入っていた青柱せいちゅうであったが、ふるえる手をおさえることぎできず、なかなかうまく外すことができない。

「くっそぉ、外れねえ! いつもだったらこんなことねぇのに!」

「なんだぁ? オメェ、やる気あんのかぁ? なにコチョコチョやってんだよ、オラァ!」

「おい! マズいぞ! ヤツに集中しろ!」

「はっ!」

 光合成スイマーがなぐりかかってきた! 青柱せいちゅうはなんとかガードすることができたが、そのあまりのパワーにふき飛ばされてしまった!

「ごふぅっ……、くっそう、痛え! めちゃくちゃ痛え! なんてパワーだ! これがネバーウェアの力か!」

「うぁっははははは! 大草原! 弱い! 弱すぎる! それともおれが強すぎんのかぁ?」

 光合成スイマーは高らかに笑い、次々とボディービルポーズを決めた! パンツもはいていない全裸ぜんらの男がだ! いくらなんでも勝ちほこり過ぎではないだろうか!

「おい! 早く起き上がれ! 次の攻撃こうげきが来るぞ!」

「訓練とぜんぜんちがう! マジかよ! ヤバい! やられる!」

青柱せいちゅう! よく見てみろ! お前がふき飛ばされた衝撃しょうげきで、安全ピンがぬけているぞ!」

「はっ! 本当だ! しめたぞ! ちくしょう! テメェ! くらいやがれ!」

 青柱せいちゅう正磨せいまは力いっぱい消火器のレバーを引いた。ちょうどその時、強い風がふいた。

「なな、なんだ?」

 消火器のノズルから出てきたものは、蛍光けいこう塗料とりょうのように色あざやかなあかむらさき色の、スライムに似た液体だった。しかし、強風のせいで液体がなびいてしまい、光合成スイマーの体半分くらいにしかかからなかった。

「うわぁぁぁ! なんだこりゃあ! 毒か? ヤベえ! ヤベえよう! なんだ? なんなんだこりゃあ?」

 スイマーは手でふき取ろうとしたが、ネバネバベトベトしてまったくふき取ることができない。

「くそ! 外れちまったか! こんな時に風が! ちくしょう! もう一度くらいやがれ!」

 青柱せいちゅうが再度レバーを引きかけたその時、光合成スイマーはとっさにタックルをしかけた。青柱はかわしきれず、二人は組み合った形になった。フルチャージのスイマーが圧倒あっとうするかに見えたが、そうでもない。

「なな、なんだぁ? 力が出ねぇぞ? テメェ! 何しやがった!」

「ああ? さっきお前に説明してやったよなあ? 光合成には赤と青のスペクトルが必要だってよ? お前さっき理解できなかったよなあ? お前にべっとりとついたそのあかむらさきのスライムはなあ、赤と青のスペクトルを反射してんだよ! わかるかぁ? 光合成に必要な赤と青のスペクトルを反射してるっつうのはなあ、つまりそれがジャマして光合成ができねぇっつうことなんだよ!」

「なぁにぃ? くそぉ! よくわかんねぇが、このスライムのせいで力が出ねえのか! やりやがったな! このやろう!」

「くそ! 密着してくんなよ! 全裸ぜんらのお前がよ! キメェんだよ!」

「おい! 青柱せいちゅう! そいつはスライムをお前にこすりつけているぞ! 早くはなれろ!」

「わかってますよ! くそ! スライムがおれにまでついちまった! つき放すことができねぇ! 俺の光合成パワーまで弱っちまったか? このやろう! 放せよ!」

「うぁっははははは! 放すかよバカが! なかなかいいもんだろう? 全裸ぜんらの男と密着するのはよぅ? ああ? こんなもんテメェでフキフキしてやんぜ! このやろう!」

 太門だもんはこの様子を見て、冷静に一つの結論を導き出していた。

「ATP能力を持っているヤツってのは、たいてい何かをねらっているようなところがある。だが、何をねらっているかは能力によってちがうから、能力がわかってからでないと読み切れん。見たところ、コイツは直情型で何かをかくしているようには見えんが、一見バカそうに見えてずるがしこいヤツはいくらでもいる。かくしているのか、そもそも能力がないのか、それを見極めることが難しいのだ。能力を使えば、能力持ち確定だが、能力を使わない場合の判断がな……。しかし、この状況じょうきょうはどうだ? 体の半分ほどにスライムがかかり、光合成パワーも半減している。能力持ちってのは、ピンチの時には使ってくるものだ。それがあんなみっともないなすりつけ合いをやっている……。ヤツには他にできることがないと見ていいだろう」

 太門だもんは意を決して大声を上げた。

「よし! 青柱せいちゅう! よくがんばった! コイツは能力持ちじゃない! 二人で制圧するぞ! 今行く!」

 これを聞いた青柱は思った。

「これが能力持ちじゃないって? マジかよ? 確かに研修で聞いたATP能力は奇妙きみょうなものばかりだったけどよ、これで能力持ちじゃないって? これがネバーウェアなのか? 最低でもこれくらいみんな強いのか?」

「なにぃ? もうひとり来んのかぁ? テメェらキタねえぞ!」

 光合成スイマーは考えた。

「スライムのせいで力が出ねえ上に、二人相手じゃ勝てっこねえ。おれが得意なのはなんだ? よく考えろ。俺は何が得意なのか!」

 光合成スイマーは全身に血管がかび上がるほど力を入れた。

「イテテテ、イテぇ! お前何すんだ!」

「うらぁぁぁ!」

 光合成スイマーは青柱せいちゅう正磨せいまを力ずくで持ち上げると、そのまま高く背面にジャンプした! その行き先は……、川だ! そのまま二人は落下して入水し、大きな水しぶきが上がった!

 川が光合成スイマーにとって最高に有利な場所であることは、かれの個人メドレーを思い出してもらえばあらためて説明するまでもないだろう。さらにあかむらさき色のスライムも洗い流すことができる。状況じょうきょうは一転して光合成スイマーの有利になった。

「うわぁぁぁ! 助けてくれぇ! おれは泳げないんだ!」

「なんだってぇ? うははははは! オメェ泳げねえのかよ? ざまぁねぇぜ! 思い知りな! 自分の無力っぷりをなぁ!」

 有利不利というレベルの話をこえ、青柱せいちゅう正磨せいまは絶体絶命の危機におちいった。光合成スイマーが得意な水中から勝ちほこっておそいかかろうとしたその時、どういうわけか水の感触かんしょく違和感いわかんがあった。

「な、なんだぁ? なんだこれは?」

青柱せいちゅう! 今助けに行く!」

 太門だもんが急いで川にると、青柱は濁流だくりゅうによってみるみる流されていくところだった。

 太門は地上から追いかけた。人がおぼれているからといって川に入るべきではない。川は人が泳いで救助できるほどあまくないのだ。しかも、増水して流れの激しくなった川ではなおのことだ。しかし、今の脅威きょういは川だけではない。光合成スイマーという脅威があるのだ。この状況じょうきょうで青柱は圧倒的あっとうてきに不利。そうこうしているうちにとどめをされるかもしれない。

「ヤツを見捨てるわけにはいかない!」

 太門は青柱を助けることを決心した。

「だが、何か変だ。青柱せいちゅうがおぼれているのはまだしも、光合成スイマーまでもがおぼれているように見えないか? なんだかヤツらの動きがノロいように見える。それに静かすぎるというか、おぼれかけているにもかかわらず、水しぶきが少なすぎやしないか? 何かが変だ」

 太門だもんは今ひとつ状況じょうきょうを飲みこめなかったが、光合成スイマーから青柱せいちゅうを守ることが先決と判断し、川に飛びこんだ。そして、水に入ってみて初めて何が起きているのかを理解した。

「なんだこれは? 水が重い? いや、かたいといった方がいいか? まるで砂水の中にいるみたいだ……。これは、コイツはひょっとして、スイマーの能力か? くそっ、ヤツは能力持ちだったのか! そうか! 水の中でしか使えない能力だったとは、どうりで見破れなかったわけだ! くそ! 状況じょうきょうはかなりマズいぞ! 完全にヤツのワナにかかってしまった!」

「うわぁぁぁ! 早く! 太門だもんさん! 早く助けて! おぼれる!」

「落ち着け! 絶対助ける! だから落ち着け!」

 太門だもん青柱せいちゅうにだけでなく、自分にも言い聞かせた。人はかぶ。人は水よりも軽いのだ。絶対にかぶ。そう強く念じて手足を動かすのをやめてみると、水は相変わらず重くかたいままだったが、不思議と浮かぶことはできた。そして、ゆっくりとなら泳ぐこともできた。いつもよりかなり体力を使うが。

太門だもんさん! わぷ! あぶぶっ、ぷは! 早く! 早く助けて!」

 ゆっくりと近づいてきた太門に、青柱はわらにもすがる思いでしがみついた。

「落ち着け! 二人ともおぼれてしまうぞ! 落ち着け!」

 この状況じょうきょうで光合成スイマーに攻撃こうげきされたらおしまいだ。太門がチラリと横を見ると、ヤツは攻撃するどころかはなれるように泳いでいるところだった。そして、かなりはなれたところまで泳ぐと、水面から顔を出してこちらの様子を見た。

「ぷはぁ! はぁはぁ……、なんだぁ? なんだったんだ? ここまではなれると楽になるぞ? これなら普通ふつうに泳げそうだ。さっきのはなんだぁ? 水が変だったぞ? ヤツがなんかやってたのかぁ?」

 UOKうまるこwの二人は相変わらずおぼれそうになっている。スイマーもあの重い水を思い出して身ぶるいした。

「なんかヤバそうだな。このままげちまった方がよくねぇか? ヤツらおぼれてるみてえだし、追ってこれねえだろう。逆に都合よくね? うぁっははははは! いい気味だわ! あばよ!」

 光合成スイマーは飛び魚のようにはね上がったかと思うと、もうスピードで泳ぎだし、あっという間に見えなくなった。

「どういうわけだ? 光合成スイマーのヤツ、げていったぞ? ヤツの能力じゃなかったのか? ヤツがおそってこなかったのは助かったが、クソ! 状況じょうきょうはあまりよくなったとは言えん! おい! 青柱せいちゅう! 暴れるな! 暴れるからおぼれるんだ! 落ち着け! まずは落ち着け!」

「あぶっ、あぶぶ! 太門だもんさん! 太門さん!」

おれにしがみつくな! 二人ともおぼれてしまうぞ!」

 太門だもんは思い切り青柱せいちゅうの顔をぶんなぐった。

「落ち着け! 体を楽にしろ! あお向けだ! こうだ! 俺の真似をしろ!」

 青柱せいちゅうは完全に我を失っていてどうにもならない。しかし、冷静に状況じょうきょうを整理してみれば、光合成スイマーがげ去った今、やっかいなのはこの水だけではないか。スイマーのように水面からジャンプして飛び出すことができれば、土手に上がることができるかもしれない。太門だもんはヤツほど泳ぎがうまいわけではないが、このかたい水はジャンプする上で有利に働きそうでもある。

 太門だもんは空を見上げた。台風が通り過ぎてまだ風が強い。ところどころかんだ雲が流れていく。まぶしい太陽を全身で意識しながら、わきあふれるエネルギーに集中した。そして、青柱せいちゅうを力強くだきよせると、光合成パワーをふりしぼって一気にジャンプした。水がかたいこともあって、水面から飛び出すことができた。しかし、空中に出たその瞬間しゅんかん、太門はこの異変が水中だけで起きていることではないことに気がついた。

 自分と青柱せいちゅうが重いのだ。水中にいた時よりもはるかに重い。太門だもんはイメージしていたよりもジャンプすることができず、あっという間に川へ落ちてしまった。イメージでは土手に着地するはずだった。

「ぷはっ! なんだこれは? 全然飛べなかったぞ! 水しぶきが上がらないのはこういうわけだったのか! とはいえ土手にはなんとか手が届きそうだ!」

 太門だもんは最後の力を、光合成パワーをふりしぼって手をのばした。そして、川岸に生えた草をつかむと、注意深くたぐり寄せた。

 太門は、まず自分が土手に上がって、青柱せいちゅうを引っ張り上げようとした。しかし、土手に上がることができない。自分が重いのだ。異様に重い。水中にいた時は浮力ふりょくが働いていて気づかなかったのだが、水から出ると自分が重くてはい上がることができないのだ。青柱には自分ではい上がってもらうしかあるまい。

「おい! 青柱せいちゅう! 助かったぞ! 自分で上がれるか!」

「ぷはぁ! マジっすか! 助かったぁ!」

 青柱せいちゅうは必死に土手へはい上がった。

「はぁ~~、はぁはぁ……」

 かれかたで息を切らせると、そのまま草むらにくずれ落ちた。すると、今まで太門だもんの体が重かったのが、ウソのように軽くなった。土手にはい上がり、草むらにたおれている青柱を見おろして太門は思った。

おどろいた。こいつは能力者だ。重力を強める能力のようだが、どうやらこいつが泳げないのは、水に対する恐怖きょうふと、それによって発動するこの能力のせいらしい。自分以外のものだけ重くできれば有利な能力ではあるが、自分までもが重くなってしまっては有利とはいえん。この能力の評価はいささか難しそうだ……。しかし、それ以上に気になるのは、コイツの恐怖きょうふに対する弱さだ。恐怖に負けた人間ほど危険なものはいない……。訓練ではわからなかったが、初の実戦で判明したな……」

 太門だもんは、ぴくりとも動かない青柱せいちゅうに声をかけた。

「おい、もう大丈夫だいじょうぶだ。けっこう危なかったな」

「ヤツは? あのネバーウェアはどうしたんすか?」

「ヤツはげていった。これでわかっただろう。光合成犯罪の取りしまりが、そう簡単じゃないってことが」

「ちくしょう!」

 青柱せいちゅうは力いっぱいに地面をなぐりつけた。

「おい、ヤツらを取りがすのはお前が初めてじゃないんだ。気にするな」

「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょぉぉお!」

 青柱せいちゅうは地面をなぐり続けた。(続く)

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