第二話 ネバーウェア その一
私が友人である
その本には光成の父について書かれている部分があった。しかし、その内容は大筋ではあっているように思ったものの、私の認識とは異なるものだった。私は光成の父と直接知り合いだったわけでもなく、友人の父とはいえ、ほとんど会ったこともない他人のような存在であったから、関係のない話のようにも思ったのだけれども、この本を読み進めるにつれ、どういうわけか
私の友人である
「じい、行ってくる」
「おぼっちゃま、いってらっしゃいませ。風がつようございます。お気をつけくださいませ」
台風が過ぎ去って、昨日まで降った大雨が
増水している川では、水面が波立っていなくても、実際には見た目以上の力と速さで流れているのだとか。一見
「
「お、おう。うわ、でかい犬だな。お前の犬?」
「そうだよ」
光成が周りを見ると、他に
「こんなでかい犬、お前一人で散歩してんの?」
「うん、すごくおとなしいんだ」
「そうなんだ」
犬の方を見るとハッハッと舌を出している。暑いので無理もない。昨日までの大雨が
「やだ!」
「風、強いね。自転車大変じゃない?」
「ほんとだよ。時々ピタッと止まりそうになる」
「こんなに風強いのに、どこか出かけるところ?」
「ああ、これから
「そうだったの、ゴメンね。呼び止めちゃって」
「ぜんぜんいいよ。じゃあな。メガネ、気をつけてよ」
「ありがとう。じゃあ、またね」
二人は同じクラスだったが、今まで会話をしたことがなかった。今のが初めてだった。
「川を泳いでいるヤツがいる! 台風で増水した川でだぞ? ちょっと待てよ?
バタフライとはいささか
「ヤツは
風が強い。ちょうど逆風で自転車にはきつい風向きだが、風の
「今
近くにいたカップルが
「めっちゃウケんだけど」
「まじヤバい。川増水してんのに、
「ネバーウェアじゃん。まじ
「そこ?」
「だってケツが丸見えじゃん」
「まじキモすぎw」
「ウケんだけどバタフライって、まじであいつヤバ過ぎ」
カップルがウケるのも無理もない。やはり
「え? 見て見て!
「うわっ、マジかよ!」
先ほどのバタフライ男が戻ってきた!
「え? え? 何あれ? あお向けで泳いでる?」
「マジかよ、背泳ぎ? 丸見えじゃん! これ犯罪じゃね? 超ウケる!」
「ちょっと、ヤバいヤバい!」
なんと、先ほどのバタフライ男が、今度は背泳ぎで
「ちょっとちょっと、恥ずかしくないの? マジでキモいんだけど!」
「マジでネバーウェアが
今度は川を下っているのでものすごいスピードだ! 速い、メチャクチャ速い! そして、あっという間に
「見るな! マジで見ちゃダメだ!」
ヤツは通り過ぎていき、川にうねりだけが残った。心配は
自転車をこぎながら光成は思った。あれは一体何だったのだろうか? 何がしたかったのだろうか? 泳ぎたいから泳いでいたのだろうけれども、
歴史的に有名な登山家ジョージ・マロリーが、「なぜエベレストに登りたかったのですか?」との質問に対して、次のように答えた有名な言葉がある。
「そこにそれがあるから」
つまり、「そこに増水した川があるから」って理由? いくらなんでもそれはないでしょう。しかも
「まじか!」
なんと、ヤツは再度
平泳ぎという泳ぎ方は、一見手で水をかいで進んでいるように見えるが、実際は足のキックで前に進んでいる。キックが強いほど勢いよく前に進めるのだが、雲ひとつない快晴で最高に光合成したスイマーである、キックが強過ぎるため、きらめく水しぶきとともに、まるでトビウオのように勢いあまって水面から飛び出してしまうのだ! シュール! それはトビウオよりもはるかに大きな
「そうか! なんで気づかなかったんだ!」
光成は急いで自転車の向きを変えた。
「バタフライ、背泳ぎと続いてこの平泳ぎ。こいつは個人メドレーをやっているんだ! ということは、このまま行った後、もう一度自由形で
光成が逆風に逆らって急いで
「ちょっと、何? 空飛んでるみたいなんだけど!」
「うわっ、引くわ! 光合成人間が何イキってんだよ! まじでキメえんだよ!」
「ちょっと、声大きいって。聞こえたらどうすんのよ。あいつネバーウェアでしょ?」
「関係ねーって、あんな
「いや、ネバーウェアってヤバいっていうじゃん? キレるとまじヤバいって。友だちから聞いたんだけど、
その時、水面から宙に飛び出したネバーウェアがカップルを
「ちょっとヤバいって! 今、聞こえてたって! こっち見てたよ!」
「てめえ、この
「ネバーウェアだって? おめぇ何様のつもりだよ? ああ?」
カップル男の胸ぐらをわしづかみにすると、引き上げて
「きゃあああ!」
カップル女が悲鳴を上げた!
「てめぇも
「うるせえんだよ、クソ犬が!
稲荷はいっしょけんめいにリードを引いていた。
「マズい!」
それはまるで植物の仮面のようだった!
光合成スイマーが犬をけり飛ばそうとするところを、すんでの所で間に入る! すごい力だ! あまりの
「ぐほっ! なんてパワーだ!
「なんだテメーは! ああ? カッコつけてんのか! なんなんだその顔は! バカにしてんのか? ああ? ぶっ殺すぞ!」
光合成スイマーがさらになぐりかかる!
「ぐう! やはり服を着たままではキツい! ヤツと比べて光合成が
そして次の
「見えた!」
光合成スイマーのパンチに、完全にタイミングをあわせた! カウンターがアゴにヒットし、これには光合成フルパワーのヤツでも
「ぐぬぬ、今のはきいた……、そうか、オメーも光合成人間だなあ? くっそぉ! なめんなあ! 服着てるヤツなんかに負けっかよ!」
「来るぞ! 集中しろ!」
しかし、光合成スイマーはいくらか
「カウンターを意識してやがる! このままではマズい! くそ! なんてスピードとパワーだ! やはり服を着ていては勝てないか?」
「どうしたこの
キックの一発がかわしきれず、光成はふき飛ばされた!
「ダメだ! 歯が立たない! このままではやられる! 服を
「弱ぇぜオメェ! 弱過ぎるぜ! ああ?
光合成スイマーは勝ちほこって高らかに笑った!
「あぁっははははは! 最高だ! 最高じゃないか!」
そして、ボディービルダーのように次々とポーズを決めた! 雲ひとつない青い空を背に、全身で太陽の光を浴びながら。それは、自分が
「見ろ! この無限にわきあふれるパワーを! 最高だ! 最高の光合成だ!」
「うるせえんだよ! さっきからよ! テメェ飼い主だろうが! 少しはだまらせろ! このくそガキが!」
スイマーが稲荷の方へ向かった! マズい!
「テイクオフ!」
光成が
「ごほ! おっ、かっ……」
ヤツは息ができない! まるで殺虫スプレーをかけられたGのように激しくのたうち回り出した!
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。その音を聞いて光成は左右に首を
「
仮面の裏側では
「あのう……」
「まさか、気づかれてないよな?
光成は心の中でそう
光成は走りながら
そんなことに思いをめぐらせていた
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