第6話 心音

隠遁術の訓練を1年続けて習得できたのは、音殺歩サイレントウォーク音殺疾走サイレントダッシュ、それに穏身法ステイの三つだ。


1年でたった三つかよと思うかもしれないが、高難易度の技術の習得ってのはそんな簡単にできる物じゃない。

それこそ訓練空間で休みなく1年間みっちり訓練しても、最低限レベルまでもっていければ御の字である。


習得した技術の説明をしよう。


音殺歩サイレントウォーク

名前からも分る通り、音を立てず歩く技術だ。

まあこれはそれ程難しくはなかったので、ほぼ完ぺきに近い形で仕上がっている。


次が音殺疾走サイレントダッシュ

これは音殺歩のダッシュ版だ。


走る際の音を極限まで抑え込む技術に当たり、当然歩く技術より遥かに難しい。

そのため習得率は7割程度で、全力疾走とかだと普通に音が出てしまう。


余談だが、この手の消音移動系は草むらとか、落ち葉が落ちている様な場所は普通に音が出てしまうので注意が必要である。


あくまでも普通の道よう。

極めると砂利道なんかでも音を出さずに走れる様になるみたいだけど、まあその辺りが限界だろう。


そして最後は穏身法ステイ

これは他人を隠れてやり過ごすときなんかに、体から発せられる音を極限まで抑える技術である。


感覚の鋭い人間は、微かな音で潜んでいる者を発見できるという。

それを避けるための物だと思って貰えればいい。


ポイントは呼吸と、心音。


呼吸の方は、細く、長く、だ。

可能な限り一息をゆっくりとする事で、呼吸音を限りなく0に近づける。


これはまあ、それ程難しくない。

問題は心音の方だ。


心音は鼓動の回数を減らし、また鼓動事態を低速にする事で発する音を押さえる訳だが……

これがまあ難しい。


そもそも、心臓の動きなんてコントロールできるのか?

そう思うだろう。

だがその部分に関しては問題ない。


地球の人間だったら絶対無理だが、この世界の人間はどうやら根本的に造りが違う様で、意識を強く集中する事で心臓の動きすらコントロールする事が出来る様になっていた。


ま、死ぬ程難しいけどな。


という訳で、これの習得率は3割程度とかなり低い。

そのため、キュアには引き続き訓練する様に言われている。


「なかなか上手く行かないな」


「千里の道も一歩からですよ!熟練者も完ぺきにこなすのには、十年以上かかる技術の様ですから。地道の努力あるのみです!」


翌日も訓練空間へと入り、1年間基礎体力向上と、穏身法ステイを中心に修練を行う。

だがやはり、キュアからの合格点には程遠い出来だった。

しばらくはこの隠遁系スキル中心で頑張っていく必要がありそうだ。


「脱出用のブラッドが溜まるまで、後一週間。それまでには高水準にしげておきたい所だな」


ブラッドが溜まり次第、血の代償で必要な物と交換して俺は脱出する予定だ。

トム爺さんの事があるので。


その際は透明化ポーションを使う訳だが、いくら姿が消えているとはいえ、気配で気づかれるリスクは0じゃない。

だから脱出前に、隠遁術をある程度形にする必要がある訳だ。


「さっすがに、後7年もあればかなりのレベルにはなれる筈です!なにせこのキュアちゃんも付いてるんですから!!」


キュアは俺の心音が、どんな状態かをチェックしてくれている。

自分では気づけない些細なコントロールミスなんかも指摘してくれるので、かなり有難い存在だ。


「頼りにしてるよ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


それから3回程訓練を行い、俺はキュアから合格点を貰う事が出来た。

基礎体力もかなり付いて来たので、これからは戦闘用の訓練を……そんな事を考えつつ、鉱山作業後に眠りにつく。


訓練空間に入るのは、基本皆が寝静まってからだからな。


『起きてください!不味い事になりました!!』


眠っていると、キュアに大声で叩き起こされる。

いつも時間になったら起こしてくれる彼女だったが、こんな荒々しい事は初めての事だった。


「なん――」


『声は出さないでください!目もつぶったままで!!』


目を覚まし、声を出そうとすると、キュアに大声で遮られて俺は言葉を飲み込む。


『いったいどうしたんだ?』


キュアに心の中で質問する。

が、その答えより早く――


「目が覚めた様じゃな」


「――っ!?」


しわがれた声が俺の耳に届く。

その瞬間、俺の鼓動が跳ね上がった。


まさか……


『申し訳ありません……先に動かれてしまいました』


恐る恐る目を開けると、薄暗い闇の中――


トム爺さんが俺を見下ろす様に立っていた。

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