第5話 予定
「体力がついても、抜ける血の量にあんまり差がないな」
1日の作業を終え、周りが寝静まった頃を見計らって、俺は血を抜いてから訓練空間へと入った。
「まあいくら鍛えても、体の中の血の量ってのはそう変わりませんからね。しかたないでしょう」
強くなったっても取れる血の量に大差がないのは、まあ物理的な問題なので仕方がないだろう。
因みに、体の状態が一瞬で回復するこの訓練空間では、血をブラッドポイントに変える事が出来ない様になっていた。
まあそれが出来たら無限に稼げてしまうからな。
制限を掛けられてしまうのも仕方ない。
「しかしトム爺さんが、究極騎士かぁ……」
この世界には、強さのランクがある。
下から――
戦士、大戦士、騎士、大騎士、星騎士、超騎士、究極騎士。
バトルマスター、バトルエンペラー。
そして最後に、超越者の10段階に分かれていた。
「何でそんな人が、こんな場所で奴隷なんかしてるんだろうな?」
究極騎士クラスは上から4番目に当たる称号だ。
ただ超越者は長いこの世界の歴史において二人しか存在しておらず、ここ何百年かは出ていないそうなので、実質上から3番目と考えていいだろう。
そしてキュアが言うには、究極騎士クラスなら、今いる鉱山を鼻歌交じりに軽く潰せる程の力があるらしい。
「残念ながら、私も情報不足でそこまでは分かりません。分かっているのは、あの老人が危険なので近づかない方がいいという事でしょうか」
「……」
トム老人に俺は悪い印象を持っていないが、キュアはしきりに距離を置くように言って来る。
まあだが、彼女の言う通りではあるだろうとは思う。
人間なんて、一皮むけば何を考えているか分からないのだからな。
ましてやトム爺さんは、力を隠してこんな所で奴隷なんてやっているのだ。
下手に近づけば、余計なリスクを抱える事になってしまいかねない。
「兎に角、鉱山からの脱出を急いだ方が良さそうですね」
鉱山の脱出。
キュアはそう口にする。
――俺は一生この鉱山に閉じ込められ続けるつもりはなかった。
母と妹を取り返し、楽しい生活を家族で過ごす。
それが今の俺の希望だ。
そのためにはまず、この鉱山を抜け出さなければならない。
「急ぐって、どうするんだ?」
脱出は、血の代償頼りだ。
必要なアイテムは――
解呪ポーション――10ブラッド。
透明化ポーション――5ブラッド。
そして死体作成キット――50ブラッド。
――の三つで、計65
解呪ポーションは、隷属契約――奴隷印を消すために必要なアイテムだ。
隷属印があると支配者に逆らえなくなるので、これを消さない事にはこの鉱山から逃げ出す事も出来ない――鉱山で働く事を強制されているので。
一応、強ければ支配に抗えるらしいが……
まあそのレベルに辿り着くためには、相当な訓練が必要だ。
しかも抗えるだけで、影響事態を完全抑えられる訳ではないので、無くせるなら無くした方絶対良いに決まっている。
という訳で必須アイテムと言っていい。
透明ポーションは読んで字の如く、透明になるポーションを指す。
効果は1時間ほどで、これを使って見つからない様にこの鉱山を脱出する予定だ。
これも必須アイテムである。
そして最後が死体作成キット。
これは血を混ぜる事で、血の提供者と全く同じ死体を生み出す事が出来る効果を持つアイテムとなっている。
死因や外傷まで設定する事が出来るだけでなく、DNAまで完璧にコピーするらしい。
流石、50Bもかかるだけあって超が付く高性能アイテムだ。
「死体の偽装は放棄します!」
「でもそれって、滅茶苦茶追跡されるんじゃ?」
脱出の流れは、偽の死体を用意して奴隷印を消し、透明になって脱出するというシンプルな物だ。
偽の死体を用意するのは、脱出後追跡をされない様にするためである。
俺自身は所詮子供の奴隷なので、逃げても鉱山作業に大した影響はない。
だから大した追跡はないだろう。
なんてことはまずない。
俺自身に価値は無くとも、その脱出方法は看過できない物だからだ。
――脱出不能な筈の奴隷が逃げ出した。
万一その方法が広まってしまえば、次から次へと奴隷が逃げ出す事になりかねない。
だから最初の1人目である俺の事を、鉱山側は血眼になって探そうとするはず。
口封じと、脱出方法を聞き出し、その対策をする為に。
なので死体を用意せず逃げるのは、相当リスクの高い行動になってしまう。
「あの老人の傍にいるよりかはそのほうがマシだと、私の灰色の脳細胞が囁いてます!」
「2年間特に何もなかったから、そこまで急ぐ必要はない気もするんだが……」
得体のしれない相手だから、さっさと離れた方がいいのは確かだ。
だが、2年も顔を合わせて来てこれまで何もなかったのだ。
気を付ける必要はあるかもしれないが、そこまで焦る必要は感じない。
「それはセイギさんの事を、あの老人が只の子供だと思っていたからです!ですが今日の事で、確実に貴方に起こった異変に勘づいたはず!!」
「……」
俺の異変は三つ――
一つは前世記憶を取り戻した事。
もう一つは、特殊なチート能力を手に入れた事。
そして三つめは、無限潜水で以前よりずっと基礎体力が付いた事だ。
上二つは、ぶっちゃけ外聞の人間は知りようがない。
全く表にだしてないからな。
但し体力の方は……
「究極騎士レベルだと、やっぱそう言うの分かってしまうのか?」
「多少ならともかく、1年も潜水遊泳したら流石に一目瞭然の差が出てしまいますから」
「……」
トム爺さんが俺に何か聞こうとして止めたのは、きっとその事だったのだろう。
「相手がこのまま放置してくれる保証がない以上、リスク覚悟でチョッパやで動くべきです!」
この2年間、トム爺さんが俺を気遣って声をかけてくれたから挫けずに来れた部分もある。
だからトム爺さんを信じたいという気持ちがない訳ではないが、下らない感傷で自分の目的が潰えてしまっては笑えない。
「ああ、分かった。急ごう」
なので俺はキュアの案を受け入れる。
「いい返事です!では基礎体力も多少は付きましたし、今回は逃亡生活用に隠遁術系を中心に訓練していきましょう!」
「隠遁術?」
「気配を殺したり、目立たない様な立ち回りが出来る芸当の事です。セイギさん的なイメージだと、忍術的な物だと思ってください」
「へぇ、凄そうだな」
「まあ常識の範囲。さわり程度なので、あまり期待されても困りますけどね。隠遁術系は、小さなコミュニティで秘匿するのが基本ですから」
まあ確かに、秘伝とか名前に秘が付いてたりするからな。
自力で姿を消したり、影から影へ見たいなのは期待できなさそうだ。
「ですが、確実に逃亡生活の助けにはなるはずです!じゃあ始めましょう!」
「ああ、お手柔らかに頼む」
俺は鉱山脱出に向け、隠術の訓練を始める。
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