第7話 頼み

「夜遅くすまんが……坊主、少し話に付き合って貰えんか?」


爺さんが俺を見下ろし、小声でそう言う。

ノーと答えたら素直に眠らせてくれるのだろうか?

まあそんな訳ないよな。


『下手に刺激するのは不味いですから、素直に従いましょう。少なくとも、現状は此方を害する気がないと思われますし……』


確かにキュアの言う通りではある。

殺す気なら、もう問答無用で殺されてしまっているだろう。

何せ爺さんは超が付くレベルの強者な訳だし。


俺は溜息を吐いてから、体をゆっくりと起こした。

トム爺さんは、そんな俺の前に胡坐をかく形で座り込んだ。


「トム爺さん、話って言うのは?」


「坊主……どうやってかは知らんが、尋常ならざる速さで力を付けておる様じゃな」


やはりと言うかなんというか、キュアの予想通り俺の成長はトム爺さんにバレてしまっていた様だ。

まあだからこそ、夜中に話しかけられたんだろうが。


「ああ、別にその方法を教えて欲しいとは思っておらんよ。わしの寿命はもう尽きるからの、はははは」


爺さんが笑う。

寿命が尽きるから興味ないと言っているが、流石にそれを鵜呑みにする程俺も愚かではない。

爺さんの目的は一体なんだろうか?


「実は坊主に頼みがあってな」


頼みと言われて、俺は思わず顔を顰めた。

只の老人ならいざ知らず、謎の超人にこんな状況で頼みたい事があるなんて言われたら、当然身構えるに決まっている。


「坊主は、いずれここから出て行くんじゃろ?」


俺は確信を付かれてドキリとする。


「……」


「隠さんでもいい。隠形系を身に付け出しておれば、一目瞭然じゃ」


ステータス所か、見せてもいないスキルまで完全にばれてるとか……

爺さんは超能力者か何かかよ。


『恐らくですが、普段の動きの変化から全て察したんだと思われます。まさかここまで鋭いなんて……完全に私のミスです』


「別にそれをバラすつもりはありゃせんから、安心せい。もちろん、此処から逃げるのも邪魔したりはせん。ただ一つ、坊主に頼みがあるんじゃ」


「頼みって何です?」


爺さんの頼みとは一体何だろうか?

まったく予想もつかない。

ひょっとして、一緒に脱出しようとでもいうのだろうか?


いや、それはないか。

キュア曰く。

究極騎士レベルの人物なら、鼻歌謳いながら鉱山を蹂躙できるらしいからな。

脱出するなら一人でも余裕だろう。


「実は坊主に頼みたいのは、脱出するならあと半年は待って欲しいと言う話じゃ」


「半年……待て?」


「うむ、半年じゃ。さっきも言ったが、ワシは病に侵されとってのう。恐らく持って半年。なので、此処から脱出するのはワシが死んだ後にして欲しいんじゃ」


「……」


脱出は自分が死んでから。

その言葉の意図がまるで分からない。


仮に、本当に余命半年だったとして、なぜ俺の脱出をトム爺さんが死ぬまで遅らせる必要があるのか?

本格的に意味不明である。


「意味が分からんという顔じゃな。まあ急にそんな事を頼まれて、戸惑うのも分る。その事についてはちゃんと説明しよう」


トム爺さんが上着を脱ぎ捨て、自身の上半身をむき出しにする。


「え……」


俺はその左胸を見て驚く。

何故なら、そこにはある筈の奴隷印がなかったからだ。


奴隷の印は全て左胸。

心臓の真上に来るように施される物だ。

部位を抉って、印を無効化させないために。


「奴隷じゃ……ない?」


「ワシを縛る印はない。だがワシはここから出る事も、問題を起こす事も出来んのじゃ」


内部から奴隷を見張る人物。

そんな考えが一瞬脳裏りを過ったが、その考えを直ぐに俺は振り払う。


仮にそういった奴が奴隷の中にいたとしても、究極騎士なんて化け物をその役に付かせるなんて余りにも無駄がすぎるからだ。

鉱山で不穏な空気があるから短期間だけその任に付くと言うならまだ分らなくもないが、少なくともトム爺さんは2年以上この鉱山にいる。

普通に考えればあり得ない。


「実はな……ワシは元はこの国の将軍じゃったんじゃ」


爺さんは語り出す。

なぜ自分が今の様な境遇にあるのか。

そしてなぜ、ここから抜け出せないでいるのかを。

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