■20『犯人』

 坂口の説明を耳で捉えながら、べネップはシャーレの手をギュッと掴み態勢を整える。


 ロシア遭難時、発動するか悩んだ『切り札』。

 それはアフリカ大陸に存在する故郷。

 べネップの育った『村』までの片道切符。


 アベナと暮らしていた村の地中に埋めてある『爪』を基点とし、能力を発動させる。英国イギリスロシアで見せた移動法、アメリカ大陸からアフリカまでの道のりを瞬間的に移動し、この場から緊急脱出する。


 チャンスは一回、タイミングは一瞬。


 坂口カナデが意気揚々と語る中、その瞬間を狙う。神がどうだの、人類がどうだの、関係ない。

 道に倒れる文の死体。せめて僕達だけでも生き残ることが彼に対する弔い。と思考を巡る。


「そうだね、さしずめこの世界の名は───」

 坂口はうーんと、考えるように親指と人差し指をピンと立て両目を閉じる。


(千載一遇のチャンス、此処ここしかない!)


「『スピノザのハレム』」

 坂口は目を開け、世界の名を告げた。


「……あれ?」

しかし、坂口の目の前には誰もいない。

 先刻までいたはずの子供達の姿は、行方をくらませ消えた。



 落とし穴のように窪んだ地面は衝撃を分散するためのゲルシートやクッションが敷き詰められてある。その上に柔らかい土が薄く被さって、べネップの『爪』も一つ混入させている。


 超高速でふっ飛んだ以上、ダメージは避けられない。べネップは頭と首だけは守りながら、掴んでいたシャーレごと『治し』続ける。


 そして着地の瞬間、0コンマ一秒にも満たない時間、腰から下があらぬ方向を向いたが、それも刹那的に戻すことによってダメージを回避した。


「はぁ……はぁ……」

「なんとか逃げられたわね……」

「まずは……村のみんなを確認しましょう」


 命からがら逃げ延びた二人は、息を整え村の人々を尋ねる。

 坂口はアベナ婆の存在を知っていた。考えたくはないが、もしかすると村民は───。

 

「いない」

 

 各家々を周っても誰もいない。家屋内は乱れに乱れ、農具などの仕事道具も散らかっている。

 ある一室で見つけたくわの先端には、カピカピに乾いた血がついている。

 

 ある家の玄関、その鍬を見つけたべネップは仮説を立てた。もしもその説が当たっているとすれば、シャーレも同様に村民と会うことはないだろう。


「コッチも探したけどダメ」


 住居区とは別に村民が集まる会合場や仕事場、水汲みや子供達がよく遊ぶ広場なども漏れなく探したが、誰もいない。

 

「それとコレ……」

「服?」


 シャーレが広場で見つけ持ってきたのは、破れた衣服。そしてその布切れには、違和感があった。

 

「血がついてますね」

「うん、他に落ちてた物も全部同じ状態だった」


 拾ってきた布地には茶色がかった黒のような体液が染み込んでおり、真新しく、文字通り血生臭い。

 村民の遺体が無い、違和感の正体はソレ。そして状況証拠から見て────。


「共食い?」


 その言葉を呟いたのはシャーレ。

 ふいに出た発言ではあったが、べネップも同じ考えだと、頷き同意する。


 他人様の家ではあるが緊急事態、その部屋を間借りし、血痕の着いた物品をかき集める。


「殺人に使えそうな道具、または被害者の物品と思われそうな物ばかりですね」

「でも遺体が無いのは何故?」


「坂口が何かしたんでしょう。一番あり得る説は『漁夫の利』」

 村民同士が争っている最中に現れ、全員まとめて食べた。ウイルスを人為的に、坂口がわざとこの村にばら撒いたのなら、一番有力です。


 とべネップが結論を出した瞬間。鍵を締めていたはずの玄関扉が突然バンッ、と開いた。


「ピンポーンピンポーン! 大正解!」


 扉が開かれ、その声を聞いた二人は咄嗟に振り返る。そしてその先にいたのはもちろん。


「犯人は坂口カナデちゃん! です♪」

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