■6『アベル・ザ・ゴースト』

 シャーレは涙を流す。透き通った大粒の涙を。


 ブンブンと振り回されて感じる揺れと、そのぞんざいな扱いに悲痛な涙を浮かべ直立不動で「気をつけ」の姿勢を保つ。


「ヒャッハァーーーッ!! 物理で殴れるなら無問題モーマンタイッ!!!」


 ウェンの神業ともいえる棒術によってドタバタと倒れていく無数の化け物。男の歩みは止まらない。



 数分前────侵入した屋敷の一室にて不気味な人形に囲まれた三人は窮地に立たされていた。


 事実、ウェンの攻撃は人形達に効果が無く、それどころか物理攻撃を無効化にする体を有しており無敵にも思えた。


 絶体絶命の危機……三人の一生はココで終えたかに思えた。が────。


 人形の一体がシャーレに近づいた瞬間、スーッと何か霧のようなものが発露し、動きを止める。


 宙に浮いていた他の人形達もシャーレに触れた途端、電池が切れたようにボトッと地に落ちていく。


 「………?」と、文とシャーレは何が起きているのか状況が飲み込めない。一室の周りにいた人形達も抜け殻のように、動きを止めた仲間達を見て警戒を強める。


 少しの、時間にして数秒の短い時間からハッとべネップは気がつく。

 これはシャーレの『潔白ちから』によるものだ、と。


 シャーレの能力が不浄の存在である亡霊を浄化し、その霊魂を消滅させた。

 事実、べネップの『なおす』力によって『ウイルス』を消すことが出来たように、今回は『潔白』の力が功を奏した。


「なるほど! つまり……ッ」

 その説明を聞いた文はガシッとシャーレを掴み持ち上げる。「チョっ、何何ッ!?」とドタバタと抗おうとするシャーレを万力のような力で固定し、そしてそのまま構える。


「文さん、いったい何を……?」

 その異様な様子を見てべネップは汗をかきながら質問した。その質問に対し、答えは言葉ではなく行動で示される。


 次の瞬間、「ホウァアアアアアアア!!」と文が強く息を吐くと、それと共にシャーレ舞った。


 蝶のように可憐で、蜂のように情熱的。ヌンチャクを振り回すかのようにブンブン! ブンブン! と少女は宙を舞って放たれる。


「ホワッチャァアアアアアアアッ!!」

 その威力は常人離れした膂力と流麗な遠心力によって音速を超える。


「うぇぁああああああああ!!!」


「文さんんんんんんッ!!!!」

 その進撃は新たに参戦してきたゾンビ、血みどろになった人霊、幾何学的に浮かぶ火の玉、人骨の化け物、それら全てを瞬時に薙ぎ倒していく。


 そして現在─────。


「我は邪を祓う者! 我は無敵の戦士也!!」

「うあああああああああああああッッ!!!」

 美しい透明度を誇る吐瀉物を撒き散らしながら、シャーレは絶叫する。


 屋敷を縦横無尽に駆け回る文の進撃、それは誰も、人外さえも止められない。

 そうしてしばらくの間、暴れ回って内部のほとんどを荒らし終えた頃に文は目標へと辿り着く。


 大きな間取りの一部屋。扉を開けたその先には、書斎机とセットで置かれた椅子に腰掛けるターゲット。その姿を見た文はカッと目を見開いた。


「なんッ……だと………」


 後ろから追いかけてきたべネップも、その様子に気がつき、文の背後からバッと顔を出す。


「これは────」


 ターゲットはまったく動く気配が無い、ただそこに鎮座している。その姿におよそ正気というものが感じられることは無いのだ。呼吸や脈の確認をするまでもなく

 

「うぅ、やっと止まったと思ったら目の前に死体って……コレどんな罰ゲームよ……」


 気持ち悪そうにシャーレはグルグル回る視界と体を落ち着かせ、文から降りる。


 べネップはそそくさとターゲットに近づき死体の確認を行う。見た所、体に傷はなく年齢も死ぬには早い。死因は病気か、または薬などによる服薬死と考えられた。


「死因はどうあれ、ターゲットが死んでるなら早くこの場から離れましょう」

「いや待つネ、何かがおかしいヨ……」

「おかしいのはアンタでしょう」


 文はシャーレの言葉をガン無視して話す。


「本来『能力』っていうのは持ち主が死んだら消えるものなんだヨ。でも、さっきまで起きていた『現象』はどういうことカ……?」


「確かに能力者が生きていないと発動しないはずのものが僕達を襲ってきたのは妙ですね」


 三人はうーんと頭を悩ませるが答えは出ない。そしてその様子を見ていた人物は、ふと声をかける。


『おかしくはないさ』

「………ッ!!?」


 書斎机の近くにいたべネップは、驚きのあまり腰を抜かして床に転ぶ。

 他の二人もべネップに駆け寄るでもなく、その人物に対し全力で警戒する。


『待て待て、そう構えるな』

「なぜ動ける? 死んでなかっタ?」


 変わらず警戒を強めている三人に対し、どうしたものかと困り顔の死体。


『いや、死んではいるさ。ただ神様が猶予をくれたに過ぎん』

「説明になってません」

「神様死んだ! 死人に口無しヨ!」

「正直黙ってて欲しいのはアンタだけどね」


 なんだコイツ等……という表情が隠しきれずに、死体は要点を話し始める。


 屋敷内で起こっていたポルターガイストは全て自分の能力。凶悪犯罪に携わっていた分、誰にでも狙われる立場なため『能力』によって幽霊屋敷を作った。

 そして命令を部下やネット経由で行いながら妻と仲睦まじく暮らし、何事もなく生活を送っていた。


 しかしある日を堺にその生活は壊れる。

『人間を食べたい、誰かに食べられたい』と日増しに食人衝動が強くなっていく。妻も私もジワジワとその狂気に飲み込まれ、気がつけば限界を迎えた。


『そして気がつくと、私は彼女を食べていた』


 その味は吐き気を催すばかりのはずが、食べる手が止まらない。痛みと死で涙を流していた妻は、肉体のそれとは対極的に喜びの言葉を呟く。


 その感情はドロドロになって胸の内から溢れ、正気を私が取り戻した頃には、妻の姿は無かった。


 満たされた腹の圧迫感に耐えられない。


『そしてその苦しみからのがれるため、私は薬を大量接種して自死を試みた。しかし神は、それすらも許してくれなんだ』


 死ぬ瞬間、その力は自身の意志とは関係なく発揮された。何の因果か、その特性によって『能力』は強制的に発動。霊障・ポルターガイスト・祟り。


 様々な呼び名があるが有り体に言えばホラー。

 

『それが私の能力、『ザ・ゴースト』』

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