■5『幽霊屋敷』

 霧がかった建物は3mを超える外壁に囲まれており、正門は開けっ放しで来訪者を迎え入れる。


 正門を通った先には外壁と同じ高さの植物の壁が道を作っており、その道は迷路のように来訪者を迷わせる。


 行き止まり、回り道、振り出し。何も考えず、ただ進むだけでは絶対に屋敷には辿り着けない。


 植物壁しょくぶつへきはあくまで見た目が植物というだけでそのじつ、柔らかく硬い雲のような素材で出来ていた。


「よく見てて……フンッ!」

 ウェンはベネップ達に見えるよう、適当な植物壁に崩拳ほうけんを放ち穴を開ける。


「おーッ! 威力すご……ッ!」

「フフーン、もっと褒めるネ」

 シャーレに褒められ上機嫌になる文。しかしその高々な鼻を植物は拒む。

  

「でも、すぐ塞がっちゃいますね」

 向こう側が見えていたはずの穴は、瞬時に塞がりまた元の綺麗な壁となる。


「そんなんだヨ、これさえ無ければ無問題モーマンタイなんだけど……」

 文は塞がった壁に手を当てガッカリ、といった態度で項垂うなだれる。


「よじ登って上からは行けないんです?」


「越えようとすると壁の高さが増すヨ。何かを引っ掛けたり、物を向こう側に飛ばすのは出来たから人限定で発動するっぽいネ」


 今回は手荷物を失わないように物を置いてから、三人は植物迷路に入った。


 しばらく探索しても物がどこにも落ちていない。そこから察するに、失ったものは迷路の先のどこか──おそらく、屋敷にある。


「壁の高さに限界は?」


「自分の跳躍と登攀とうはんは大体7〜8mぐらい越せるから、それ以上の高さはあるネ」

「それは……貴方の『能力』?」


「ん? 違うヨ。功夫クンフーを練れば誰でも出来るネ」


 えぇ……何言ってんだコイツ、という顔でシャーレは驚いている中、べネップは顎に手を当て考える。そしてしばらく悩んだ末、結論を出す。


「文さん、物は壁を越せるんですよね?」

シェー、その通り」

 

 べネップはその言葉を聞くと自身の口の中に迷わず指を突っ込み、グッと手前に引っ張って

「グガッ……痛てて」

「何やってんのッ!?」

 急な事に心配するシャーレに、大丈夫大丈夫とポタポタと血が垂れた口角を上げて笑う。


「ベネって、もしかしてクレイジー?」

「抜きたくて抜いた訳じゃないです」

 とべネップは抜いた歯を文に手渡す。


「?、どゆことヨ?」

「屋敷に向かって投げてください」


 「???」という表情は拭えないまま、文は言われるがまま、受け取った歯を思いっきり屋敷に向かって投げた。


「よし! これで迷路攻略は完了」

「……どういうことべネップ?」

 疑問が拭えないのはシャーレも同じ、理解出来ない行動に対し不安そうな顔で質問をする。


 べネップはその質問に対し言葉よりも、実際にやった方が早いと答える。


「それじゃあ二人共、しっかり掴まっててね」


 ガシッとしがみついたシャーレと文。

 「いったい何を──」と再度、文が疑問を投げかけようとした瞬間、「『なおれ』!!」としがみついていたべネップの体が屋敷に向かってぶっ飛ぶ。


不会吧ぐぇあッ!!?」

「なにこれッ!!?」

 

 投げた歯に向かって『もどる』力でぶっ飛ぶ三人。植物壁の伸びるスピードを超えた速度で屋敷に進む。そしてそのスピードを維持したまま壁に激突する直前。

「文さんッ! 着地お願いしますッ!!」


「えぇッ!? そこは無計画……ッ!?」

 と文は驚きながらも、自身が二人の下になるようバッと態勢を変える。

 「スーッ」と息を吐き、丹田たんでんから内功ないこうを練り気を構える。


 そして激突の瞬間、身をかがめ背中を突き立てた八極拳の一つ、鉄山靠てつざんこうをその勢いを殺すよう着地点に放つ。


 「ハァッ!!」と叫ぶと同時、その壁を見事にぶち抜き貫通する。バラバラと屋敷内に転がったコンクリートの破片とは反対に、文はスッと五体満足で立ち上がる。


「ふー……、ベネは結構強引な男ですネー」

「いやいや、強引過ぎでしょ!!?」


「そんな怒んないでよ、上手くいったんだし」


 と三人はわちゃわちゃと侵入した屋敷で騒ぐ。

 べネップの歯は元に戻り、何故か文は無傷でピンピンしているため治す必要もない。


 しかし問題は、彼らの元へと這い寄って来る。


『ねぇねぇ……遊ぼ?』


「ん? べネップ、私に何かに言った?」

「僕は何も言ってないけど……」

 三人は既に起こっている異常事態に気が付く。


『助けて……助けて……』


「ほらッ! 誰かの声が聞こえる!」

「本当だ。子供みたいな声が聞こえる」

「気をつけるネ、敵の可能性もあるヨ!」


『痛い……痛いよぉ……』

 その声はどんどん数を増やし、更に近づいてくる。床を蹴るような無数の足音が三人の部屋に向かって聞こえてくる。


「「「…………」」」


 三人は侵入した屋敷の一室、そのど真ん中で廊下側の扉に向かって静かに警戒する。


 『…………』


 そして扉の前で足音がなると同時、その声は嘘のように止まり、扉のドアノブがガチャッと動く。


「だっ、誰かいるの……?」

 シャーレの問いかけに返答はなく、ただキーッと扉が開きその姿を現す。


「……ッ!?」


 それはカタカタッ……カタカタッ……と首を揺らして目をコチラに向ける。


 廊下全体を埋め尽くすほどの数、30センチ前後の小さな小さな人形達が刃物を持って宙に浮き、コチラを見る。


『侵入者……侵入者……ッ』

『怖い……怖いよぉ……誰か助けて……!』

『遊ぶ……? 遊ぶ……?』


 その姿を見た三人は叫び声を放つ事もなくバッと後ろを振り向き、ぶち抜いた壁から逃げようと踵を返ず。が────。


『逃さない………』

『逃さない逃さない……!』

 と壁の外で目をギョロギョロ、口をカタカタと動かしている人形達が既に、退路を塞いでいた。


 絶望的な状況、そんな中でべネップはか細い声で文に助けを投げかける。


「文さん、この状況なんとかしてください……」

 

 小さな少年の救いを求める声。それに対して文は、人形達を見ながら笑顔で答えた。


「うーん、無理!w」

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