【転】無常の世界。

■4『李文』

 イギリスのとある場所でべネップとシャーレは、その街並みやおもむきのある建造物に目を奪われながら歩いていた。


「ハラショー! 欧州の景色ってアフリカとは全然違うのね!」

「国が違うだけでこんなに変わるとは……」

 

 飛行機に揺られて約4時間。空港から飛び出た二人はタクシーやバスを利用して英国の都市に来ていた。


「フィッシュ&チップスも想像より美味しかったし、英国イギリスはとってもいい国ね! べネップもそう思うでしょ?」

 

 スー……ハー……と他国の空気を吸いながら、その情景を焼き付けて進むシャーレ。


 べネップはコープで売られていたお菓子を食べながら歩く。楽しそうに話しかけてくるシャーレは、後ろ歩きをしていて危なかっしい。


「シャーレ、コッチを見て歩いてるところッ──」

「キャアッ!」と注意をする暇もなくシャーレはコケる。足を何かに引っかけ、後ろ向きに尻もちをつくシャーレ。


「痛ててッ、誰よこんなトコに大きな──ってホントに誰!?」

 自身の足がぶつかった物に文句を言おうとしたシャーレだったが、それを見て驚いた。


「人。だね」

 駆け寄ったべネップもそれを見て、不思議そうな顔をしている。


「ウぅ………」

 その人は、街の大通りを少し離れた場所でうつ伏せに倒れ、苦しそうにうなっている。


「あの、大丈夫ですか? どこか痛みますか?」

「べネップ、もしかしたら私が倒れた衝撃で怪我をしたのかも……治してあげて」


 べネップはコクリと首を縦に振り、倒れていた男の肩に手を触れ『治す』。


「ウぅッ……腹ガッ………!」

「あれ!? 治ってない? おかしいな……」 「お腹が痛いの? あなた起き上がれる?」


 その男はシャーレに手を貸してもらい、なんとか上体を起こし胡座あぐらをかいて座る。

 べネップの『能力』によって間違いなく健康な体に治されたハズなのに、腹を抑えて唸っている。


 そしてその男は、べネップの持っていた袋の中のお菓子を見ると、腹をギュルルと鳴らして呟いた。


「腹減った…………」

「なによソレ!? 心配して損した!!」


「これ食べます?」


 こんな奴に渡す必要はない、とプンプン怒っているシャーレ。べネップはその制止を受け流し、菓子を男に与える。

 しばらく菓子を頬張って食べていた男は、やっと落ち着き話を始めた。


「アイヤ〜、ありがとネ。見ず知らずの自分に飯を与える……それ儒教じゅきょうの心ヨ!」

 と黒いズボンに白い武術服、髪の毛を後ろに結び細い目をより細める男。


 中国系、年は20代ぐらいの見た目か。

 バッと立ち上がった背丈は170後半かそこら。


「本当に助かっタ! 自分、リーウェンっていいマス。二人の名は?」


 その男は自己紹介と共に立ち上がり質問する。

 服の上からでは細見に感じるが、その動きに一切無駄は無く体幹がブレていない。

 

 袖触れ合うも他生たしょうの縁。

 べネップとシャーレは、ウェンと簡単な挨拶を済ませ本題へと移った。


「それで、なんでこんな所で倒れていたの?」

 シャーレは見上げながら問いかける。


「話は長くなるけど……覚悟はいいカ?」

「出来るだけ簡潔にお願いします」


 ウェンは幼少期、祖父の影響で武術を習い始めた。武の才に恵まれ努力を惜しまない性格から実力は伸びに伸びる。


 10代後半で中華全土に敵はなく、まさに無双。

 目指すは世界最強か? と思われていた。


 しかし、文の家庭には経済的な問題があり、専業武術家としての道は断念。

 それでも文は強い相手と戦いたい。もっと強くなりたいと考え、ある組織に入った。


「ある組織?」


「『犯罪組織マフィア』ダヨ」


 文は中国マフィアの殺し屋として職に就き、金銭面の問題を解決しながらターゲットのいる国へと転々と足を運ぶ。それが文の仕事。

 

「…………」

 その話を聞いていたべネップの表情は芳しくなかった。マフィアに対して良い思い出が無いのは昔からだ。


「正直天職だと思ったネ。お金も貰えるし、世界中の強い奴と会える」

「それでイギリスに来たの?」

「そう! でも今回は失敗ダヨ!」


 イギリスのある屋敷に住むターゲット。

 今回の仕事はその要人暗殺でイギリスに来ていた文であったが、暗殺どころか屋敷の侵入すら出来なかった。


「なんで?」

「幽霊屋敷だからサ」


 屋敷に侵入するには、庭にある植物園の迷路を掻い潜って突破するしかない。


 しかしその迷路は複雑怪奇。


 一見するとただの植物に見えるが、屋敷までの道のりを常に変化させて不法者の侵入を拒む。

 植物自体の破壊も試みたが、焼こうが切ろうが霧のように霧散し、すぐに元通りに戻ってしまう。


 ターゲットに接触しようにも、これではどうにも出来ない。と一旦出直そうと思った矢先、文は気がついた。「持ち物全部失くしちゃっターー!」と。


 しかし植物庭園に戻った所で、迷路はまた道のりが変化させるので無駄。有り金も無く飯も食えない。空腹に耐えかね、そして行き倒れている所で。


「私たちが来たと」

YEAHイェア!」


 にっこり笑って目を細める文。しかしそれとは対照的に、少年は良い顔をしていなかった。


「そうですか、それではお仕事頑張ってください。僕たちはこの辺で──」とシャーレの腕を掴み、そそくさとその場を離れようとするべネップ。


「ア〜〜! 待って待って! チョット待って!」


「……なんですか?」

 文の飄々ひょうひょうとした態度に、べネップは怪訝けげんそうな顔で振り返る。


「お仕事手伝っテ!」

「嫌です。なんで僕達が手伝わなきゃいけないんですか?」


 アイヤー、と文は困った顔をして言う。


「君の持ってる『能力』があれば、あの植物を突破できるカモしれないネ!」

「…………」

 

 文は話を続ける。


 自分を治してくれたのは『能力』だよネ? うちのボスや構成員も『能力者』だから知ってるんだ。


 助けて貰っておいて「わるな仕事を手伝ってくれ」ってのは虫がいい。それは分かってる!


 でもそこをなんとか! とごねる文。

 しかし────。

 

「僕は人助けのために力を使うと決めてるんです。人を殺すために使わせてください、と言われてやると思いますか?」

 べネップはハッキリと断った。


 しかし拒絶とは裏腹に、その言葉を聞いた文はハッと何か思いついたように話す。


「良い事に使う分には……いいんですネ?」

「……まあ、はい」


 確認終えた文は、確信に満ちた顔で叫ぶ。


「それならべネ! なおさらお仕事手伝ウ!」

「今回のターゲットは麻薬密売の大元!」

「倒せばイギリスが平和に! 世界も平和に!」

 怒涛の説得と物凄い勢いでべネップの肩を掴み、前後にブンブンッと揺らす文。


 その有無を言わさぬ揺れはかなり激しく、べネップの顔色はサーっと青ざめていく。

 その様子に気がついたシャーレが「ちょっと!」と止め入り、やっとその揺れは落ち着いた。


 しばらく息を整え、どうにか話を飲み込むんだべネップは間を置いて考える。さて、どうするか?

 数秒考えた末に出した答えは────。


「分かりました。その仕事、手伝いましょう」


「イエスイエスッ! 儒教の心!!」

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