■7『橘』

「私達はどうすればいい?」

 シャーレは動く死体へ質問する。


『君の能力で私を浄化して欲しい』

「……ok」


『それと─────』

「まだあるのか」


 話終えた三人は屋敷を後にし、"ハイゲートセメタリ"と呼ばれる共同墓地に訪れた。


 入場料は大人4ポンド、子供1ポンドで入ることの出来る広大な墓場。

 目的を果たすため文の歯を一本引っこ抜き、屋敷侵入時と同様に移動。

 

 有名な墓地だけあってかなりの敷地。ターゲットが指定した場所まで結構歩く。そして指定された場所に辿り着くと、ターゲットとその妻のために用意された墓標が見つかった。


 三人は事前に用意したスコップで土を掘り、ある程度の深さを作ると二人をその穴へと入れた。


 『幽霊屋敷』によって誰も侵入することが出来なかったため、そのむくろ達は放置されていた。

 三人は地下室に保管されている財宝や有価証券を受け取ることを条件に、その亡骸なきがらを指定の場所に埋めた。


『妻の名誉のためにこの事は内密に行って欲しい。そして願わくば、私も同じ土に埋めてくれ』

「嫌デス。勝手に死んでくだサイ」


『私の全財産を譲渡する』

「お金は友達! これは『義』の心ヨ!」

 

 こうして三人は膨大な財産を手に入れ、イギリスにて豪遊。その後、汚い金を使用していることがMI5や警察にバレ追われる。

 

「やっと追手を巻けましたね」

「こっからどうするネ?」

「おそらく要所要所で先回りされてるはず、裏道を遣いながら迂回して空港まで行くわよ」


 文の武術、べネップの能力、シャーレの立ち回りによってなんとか空港まで逃げ切った三人。


 "旅は道連れ、世は情け"。飛行機に不正乗車した三人は次の国へと共に目指す。その場所はアジアの大御所『中国』。そのお話は、また後日…………。


 ◇


 時は三人がイギリスで出会った頃まで遡る。

 日本のある学校には現れた。


「はぁ……はぁ……」

「鬼さんコチラ♪ 手のなる方へ♪」

 学校内部にいる人間は一人を除き、動きが止まっている。それはまるで、と錯覚するほどピタリと動かない。


 そんな状況の最中、少女は彼女から逃げるしかなかった。


「おーい、たちばなちゃーん。どこ行ったのぉ?」


 橘は心の読めない彼女から逃げていた。

 学校の外に出ようにも、窓枠や扉には見えないゴムのような壁があって抜け出すことが出来ない。


 そんな彼女が、最後に辿り着いたのは音楽室。

 大きなグランドピアノの下で声を潜めて隠れる。


「橘ちゃーん、出ておいで。とって食べるだけだから安心してよー」

「……………」

 ガラガラッと音楽室の扉が開き足音が徐々に近づく。その物音を聞いて息を殺し更に気配を消す。


「あ、ピアノだ! 2年前ぐらいに鈴木クンから弾き方教えて貰ったなー」

 彼女はピアノを見ると椅子にゆったりと腰掛け、指先で鍵盤に触れる。そして歌声と共に、そのまま演奏を始めた。


「猫踏んじゃった♪ 猫踏んじゃった♪ 猫踏んじゃ、踏んじゃ、踏んじゃった♪」


 ふふーん、と機嫌良く彼女は弾き語る。昔の事を思い出して体を小気味よく揺らし、歌を吟じる。


 一番を弾き終わるまで彼女は愉しげに歌っていた。しかし突然、ピタッと演奏を止め、思い出したようにバッと立ち上がる。


「そうだ! 橘ちゃん探さなきゃ!」

 ガッガッガッと勢いよく小走りで音楽室から飛び出し、そして勢い良くバンっと扉を締める。


 その声と音を聞いていた橘は、「ふー……」と息を吐き、数分にも満たない間を置いてピアノ下から這い出た。

 更に耳を澄ませ注意するが、音楽室に繋がる廊下から物音は一つもしない。心臓のドクンドクンという音だけが、全身に響いている。


 とにかく、ココにずっといても状況は変わらない。なんとか外に連絡しないと……と橘はゆっくり足音を消して歩き始める。


 音楽室の扉には廊下が見える小さな窓枠が取り付けられているため、そこからソーっと外の様子を伺い、誰もいないことを確認して扉を開けた。


 確かに、確認して開けた。

「あっ……あっ……」 

 ────はずだった。


「鬼さん見ーっけ♡」


 しかし開けた扉の先には、ニヒヒと嬉しそうに笑う彼女が目の前に。

 バッ、と突然現れた彼女の姿に橘は、腰を抜かして膝からペタンと崩れ落ちる。


「橘ちゃんのその『心』。ボクに頂・戴♡」


 力の抜けた橘の左胸に手を当て、そのままズブブと奥底のそれを鷲掴む。


 そして声にもならない声で「がっ……」と苦しむその顔を見て、彼女は更にうっとりとした表情を浮かべ、その掴んだ手を引っこ抜いた。


 手の上で脈動するその感触を感じ、唇をゆっくりと舌で舐めて潤す。そして、口を大きく開け──、


「あーーーー、んっ♡」


 彼女はソレを呑み込んだ。

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