第000■章

「クラモトくん? クラモトちゃん?」


「どちらでも構わないさ」

 男性とも女性とも捉えられるその容姿の人物は、落ち着いたおも持ちで坂口と対峙する。


「それで、えーっと……」

「ああ、すまない。君の『食材調達』の邪魔をする気は無かった……ってこともないな」

「………?」


 仏頂面だったクラモトと名乗る人物は、ほんの少しだけ険しい顔を見せながら話を続ける。


「君は、自分の"能力"を自覚しているかい?」 「んー???」

 クラモトが話す内容に、一切ピンとこない坂口はポケーっとアホ面で頭を傾ける。


 そんな様子を見たクラモトは「はぁ……」とため息を吐き、説明する。


「最近、君から逃げる『肉』が減っただろ?」


 佐藤君は自然に恋心を抱き、それを不意打ちでヤッたことだから関係ないが…………。


 それ以外にも坂口、君の正体。


 というか『本性』に気が付いて逃げていたはずの男性が、突然自分の元にすり寄ってきたこと。

 君の事を嫌っていたハズの女性が、君に対して徐々に好意を抱き始め仲良くなったこと。


「他にも不可解な現象が君の周りで起こっていたはずだ」

「???、それは単純にボクのことを好きになってくれたんじゃないの?」


 坂口の回答に対してクラモトは頭をかき、片目を少し細める。


「君を見てると心が揺らぎそうだよ」


「ボクがとっても魅力的ってこと?」

 坂口の嬉しそうな表情を見て、更に嫌気が差すクラモト。


「容姿において優れていることは認めるがね……。坂口、君は自分の醜悪さを自覚した方がいい」

「えー、初対面なのに酷いなぁ……。うーん、結局何が言いたいの? 教えて?」


 クラモトの罵倒に対し少しだけ悲しそうな顔を見せつつも、素直に質問する坂口。


「君の体から出ている『ウイルス』の話、だよ」

「『ウイルス』? ばい菌……?」

 

 それは坂口カナデの体内で作られ、常に体外へと放出されている。

 その病原体は他者へと伝染うつり、その感染者の肉体と精神に侵食し『食べたい』・『食べられたい』という欲求を性欲に近い形で発露させる。


 その『ウイルス』は感染者から更に次へと罹患りかんしていき、止め処なくその数を増やす。


 そして恐らくだが副次的に感染者に対し、『坂口カナデに対して好意を抱かせる』。

 

 坂口本人もその"能力"に自覚がなく、制御不能。

 故に誰にも止められない"力"。


「ここが『君の世界』とはいえ、君の能力で壊れていく人達も、当事者である君自身も、ワタシは見ていて嫌気が差すよ……」


「なるほど! つまり、ボク的には食材調達が楽になるし……」

「痛みのストレスで味が落ちないから『づくり』みたいな調理法も試せて嬉しいことだらけ、ってことだ♪」


「……そういうとこだぞ」

 呆れた様子で目を引きつらせるクラモト。


「あれ? 違うの? うー、なんだよぉ!」


 そしてそんなクラモトは、坂口の性格に気を取られこの時重大な見落としをしていた。

 坂口カナデの"能力"が精神汚染だけに留まらず、今もなおその力により、を侵食していたことを─────。


「とにかく君はワタシと一緒に来てもらう」

「え、どこどこー? 楽しいとこー?」


 坂口はニコニコしながら遊園地や遠足に行く前の子供のように体を揺らす。


「楽しくはないさ」

 クラモトは坂口の無邪気な姿を見てもなお、真顔のまま低い声を放つ。


「………?」

「君がどんな反応をするのか気になる所ではあるがね」とクラモトは素直な意見を述べると同時に、パチンッと指を鳴らす。


 瞬間、周囲を包む空間はヒビ割れ、その隙間からは日光のように眩い光が溢れ出る。

 光は坂口の視界を一瞬にして奪い、その体を包み込んで意識を溶かす。そしてグルグルと回る世界の中で、坂口の耳は捉えた。


「『モニタールーム』で、また会おう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る