【破】現実世界。

■1『モニタールーム』

 無数のモニターがあらゆる人生を映し出す。それらは全て幻の出来事。しかし永遠に目覚めないのであれば、現実と夢とで何が違うのだろう?


 仮に夢の世界が存在せず、そのまま現実世界で生きていたら、どうなっていたのか?


「シミュレートしてみよう」


 最も高い確率で起こったであろう現実。

 その一部始終をまんで見せてあげよう。


 まずは『たちばな』という少女からだね。


 彼女はこのシミュレートによると、返した傘は結局使われず、彼との運命なんてものは発生しない。


 高校時代においても人の心なんて読めないから、誰とも話すことも接することも出来ず、不登校になって家から出なくなった。


 そして数十年の月日を経て、なんとか社会に馴染もうと努力するも失敗。


 それどころか想い人であった彼が結婚し、子供たちと仲睦まじく歩いている姿を偶然目撃したことによって完全に心が折れ、死ぬまで家から出ることは無くなった。


「うーん、彼女は心根は優しい子なんだけどね……キッカケさえあったらなぁ」


 まあ現実を嘆いても仕方ない。

 次に移ろう、次はえーと…………。


 次は『中島なかじま』くんだね。

 

 彼はそもそもブラック企業と世間では呼ばれる所に勤めており、音楽や趣味どころかマトモに家に帰る事なんて無かった。


 その上、薄給で貧困に苦しみ、今まで大事にしていたギターも生活のため売ってしまう。


 しかし、それもその場しのぎでしかなく、食事を切り詰め長時間の労働にさいなまれ、彼の肉体や精神は限界を迎えて過労死……というか、駅の電車と人生を止めた。


 ついでに言うと『佐々木』という少女も中島と出会うことなく音楽の道を閉ざしてしまったため、自身を支えてくれていたモノを失った結果、壮絶なイジメやストレスから自殺してしまったそうだ。


「中島は目指す未来の選択を、佐々木は誰かが手を差し伸べてくれれば、また違っただろうね」


 そしてえーと、次は外国の人だ。


 『リアム・キャンベル』読み方は合ってるかな?

 彼。えー、彼女の人生は────。


 変身なんて人間に出来るはずもなく、整形によって顔や体を理想に近づけていった。が、いつしかその行為はコンプレックスに火をつけ依存症を誘発。


 マトモな医師では手術を拒否されるため、非合法な者にメスを入れさせた結果、顔は酷く腫れ上がり、体はマトモに歩くことすら叶わない。


 最愛の人デーヴィトには、出会った頃から『見た目』で嫌悪感を抱かれ、自身の性を打ち明けると「気持ちが悪い」と突き飛ばされる。


 それから彼女は自身を愛することも出来ず、愛されることもなく、嫉妬と怒りで我を忘れる。


 妊婦を蹴り殺し、顔が良く愛に溢れた女に酸をかけ、銃器で脅して男を犯す。そんな人に彼女は変わってしまった…………。


「悲しいね。多様性を認められる社会、自分を認めてあげられる自分。そんな風に成れたら良かった。しかし、そうはならなかった」


 クラモトは悲しい顔で話す。


 しかし次の映像に切り替わった途端、豹変したように目が座る。



 で、次はお前だ『五十嵐いがらし』。


「ワ、ワシはどうなるって言うんだ……」

「えーと君は───」


 五十嵐和雄、幼少期から傲慢な性格で周りから避けられていた。しかし本人は自覚がなかったため、その横柄な態度を続け友人と呼べる存在はいない。


 社会に出てからも同様に性格は治らず、問題行為や問題行動を起こすため会社をクビに。

 腹いせから無差別に女性を襲い、後日逮捕。

 複数の犯行であったため十数年にも及ぶ刑期となり、刑務所内でも『マメ泥棒』として煙たがれる。


 刑期満了後は時代の移り変わりに追いつくことが出来ず、定職にも就くことが出来なかったためホームレスとして暮らすことに。


 しかし他のホームレスや支援団体からも、その性格から嫌われてしまい孤立。

 生きる術がまったく無くなった五十嵐は、寒空の下で誰にもその最後を看取られることなく死んだ。


「……だそうだが嫌ぁ〜いい話だ! やっぱり現実はこうでなくっちゃ!!」

 シミュレーション映像を見て、これ以上ない笑顔と喜びで拍手するクラモト。


 しかしそれとは反対に、


「ふ、ふざけるな! ワシがそんな最後を迎えるはずがない! デマを流すな!!」


 モニターの前で椅子にもたれ掛かり、リラックスした様子で座っているクラモト。

 五十嵐は憤慨ふんがいした様子を見せ、今にもそんなクラモトに掴みかかろうとする。が────。


「無駄だよ。上位権限を持つワタシに触れるなんて無理、無理無理」

 触れようとした五十嵐の手は何か見えない力によって防がれ、そしてその肩から下は木っ端微塵に弾け飛ぶ。


「グッ!! ガァぁああああああッ!!」


 その叫び声を聞いてうるさいなぁ、とクラモトは両耳を手で塞ぐポーズ。

 そしてそれとは対照的に、ニコニコしながら五十嵐に近づく女が一人。


「わっわっ、大丈夫? 血がいっぱい出てる!」


「大丈夫な訳あるか! さっさと【止血しろ】クソ女!!」


「うーん、しょうがないなぁ……」

 と女はワンピーススカートの端をビリビリと裂き、五十嵐の腕に止血帯代わりにグルグルと巻いて縛る。


「ぐうっ……はぁ……はぁ……」

「うーん、顔色悪いなぁー」

 

 五十嵐は荒い息を整えるため少しの沈黙を置く。そしてあまりの緊急事態で取り乱していたが、自分の能力のことをやっと思い出す。


「そうだ……【ワシの体は無事】のはず……」

 と自身に能力をかけた瞬間、吹き飛ばされ、地面に転がっていたはずの肉片は消えさり、五十嵐の体は五体満足に戻っていく。


「えーすごいすごい! なにそれ!! どうなってるの!?」

 そしてその力を見て子供のようにはしゃぐ女。


「なんだこの女………」

 五十嵐は自分に笑顔を絶やさず興味津々といった女に対し、珍しくたじろぎながら呟いた。


「んー? ボク? ボクは……──」

 その言葉に対して女はくるりと体を一回転させ、腰に手を当て胸を張り、ニカッと綺麗な歯を見せつけ言い放つ。


「ボクは『坂口カナデ』、だよ♪」

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