第3章

 僕の最愛の人リア。リアム・キャンベル。

 なんて素敵な名前だろう…………。

 まさに彼女の心根の美しさを表す響き。


 おっと、リアは見た目も美しいよ。

 本当に愛おしい。僕の人生で最高の日があるとするなら、きっと彼女と出会った日に違いない。


 彼女がそばで笑ってくれるこのきらびやかな日々は、主が与えてくださったプレゼントに違いない。


「なぁリア、そうは思わないかい?」

「ふふ、デーヴィド。アナタはいつも楽しそう」

「当たり前じゃないか! リア、君は僕の女神さ! いつだって君を抱きしめたいと思ってる!」


「ふーんでも……言葉だけじゃ分からないわね」

「オーライ、行動で示すさ」


 二人はいつものように愛を確かめ、いつものように一夜を明かす。気がつけば月は放物線を描き、そして日が登る。


「おはようリア……」

「おはようデーヴィド、寝癖がついてるわよ」

 朝食はいつもシリアルだけど、週末の朝はリアの作ったマフィンが食べられる。


 半熟トロトロのポーチドエッグに、カリカリのベーコン、新鮮な野菜、そこに少し酸味の効いたオランデーズソース。このイングリッシュマフィンを食べなくちゃ、週末は始まらない。


「うまい! 腕を上げたね」

「いつもと変わらない味付けでしょ?」


『全ての幸せはゆったりとした朝食次第である』

 イスラエル人の言葉だったかな?

 この言葉こそ、僕の気持ちを指し示している。


「愛情がより、深みとコクを出してるんだ」


 「なにそれ」と笑う彼女、幸せな朝食。


 そろそろ僕も覚悟を決めないと。

 今日のこの日。この良き日。週末の素晴らしい朝、実を言うと僕は緊張していた。

 

 もう一年以上も付き合いのある彼女。そんな彼女とのデートで、なぜ僕が緊張しているのか……?


 それはデートの最後の最後、僕は彼女にプロポーズをするから。


「どうしたの? 今日は一日中いちにちじゅう変だよ?」

「ハハ……、やっぱりバレてた?」

「うん、体調でも悪いのかなって」


 美しい街並み。


 夜のとばりを照らす光のイルミネーションは、街頭を歩く人々をより神秘的に包み込む。


「体調は万全さ。でもそうだね、しいて言うなら胃は痛いかも」

「え、それは大変。それなら早く帰ってゆっくりしましょう」

「…………」


 心配そうに覗き込む彼女の顔も、その慈しみも、この先ずっと見ていたい。

 穏やかな声も、甘美な匂いも、心地の良い温もりも、永遠に続いてほしい。


「……どうしたの?」


 出会ったその日に決めた。

 僕は、僕はこの人と生きて死ぬと。


「リア、聞いてくれ」

「……はい」


 周りに並ぶのは様々な人生。明日の事を考えて歩く人。家の帰路へと進む人。誰かと共に並ぶ人。何かのために止まる人。

 

 様々な人々が今、この街頭の中で生きている。

 僕もその一人。


「言おうとしてたセリフを忘れてしまったから、もうシンプルに伝えます」


 世界の主役はいつだって自分自身。

 でも、この世界の主役は今日だけ二人。


 乾いた口の中で小さな唾を飲み込み、片膝を床へと着ける。ポケットの中から小さな箱をゆっくりと取り出して、その箱を開けて見せる。


  声は震え、手は少し冷たい。

 それでも僕は、100年後もマフィンが食べたい。



「僕と……結婚してください」



 まるで永遠とわにも思えるような長い時間。

 心臓はバクバクと鼓動を早め、喉の乾きも増していく。手に持つ箱の重さが妙に苦しい。

 

 少しの沈黙。そんな静寂せいじゃく。彼女は間を置いてから答えを告げる。

 街の喧騒けんそうをかき消すような僕への解答へんじ


「デーヴィッド……私……」


 彼女は頬へ涙を流し、服の裾をギュッと掴む。目線は下へと俯いて、下唇を噛んでいる。


「リア、君が嫌なら──」


 断ってもいい、僕は大丈夫。

 それが君の意志であり答えなんだ。

 そう言おうとした僕の声を、彼女は遮る。


「実は私………」


 その言葉は驚きの真実を告げる。

この世界の主役は僕じゃない。この世界は彼女……いや、彼のお話。リアム・キャンベルの───。


「本当はなの!!!」


 覚悟の物語。

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