第002章

「で、なんだよ? 俺はギターなんて弾かねぇ」

「もー、なんですか? せっかく女の子が遊びに来たのにー」


 俺は前回の件で警察に御用ごようとなり、事情聴取を長いことされ、夜中よなかにやっと返された。

 警察も面倒くさいだけで意味のない仕事を増やされて迷惑な話だ。


 そして会社での俺は、女子高生とパパ活なるものをしている上、警察に御用になった落伍者として扱われる。

 その事を人事が耳にするのも早く、結果的に自主退職。という形で無事、俺は暇人ニートに職業ジョブチェンジ。


「今日は我々の親睦を深めるため、鍋をしましょう!」

「鍋……?」


 大きな袋を持った佐々木は悠然と俺の家に入り込み、バタバタと荷物を解きながらキッチンの道具を確認を始める。


「意外と揃ってますね。男性の一人暮らしなんてカップ麺かコンビニ飯でしょうに」

「なんだその決めつけ。多いのは多いだろうが、俺は自炊派なんだよ」

「ふーん、家庭的アピールですか」

「誰に対してだよ」


 結局俺は佐々木のペースに乗って、鍋の具材を調理し、机を囲んでモグモグ食べ始めた。


「んで、結局のところお前はなんなんだよ」

「はっふ、はふ、アッツ! え? あっつ!」

「……食ってから喋れ」


 美味しそうに食べる佐々木は、小皿に盛った具材を2・3回おかわりした後に話を始めた。


「えっとー、覚えてないですか?」

「何をだよ」


 箸を綺麗に横において姿勢を正し、いつもヘラヘラしてるくせに急に真顔になって話を続ける。


「数年前、あの場所、ちょうどあの時間に、アナタの音楽を聞いたんです」


 俺は数年前まで佐々木と出会った場所でライブをしていた。といっても数人程度しか立ち止まらず、時には誰にも見向きもされないクソみたいな記憶。


「私はあの時、命を救われたんです」


「命?」


はい、と相変わらず神妙な面持ちで佐々木は話す。


「私は自殺を考えてました」


「…………」


 学校生活が上手くいかず、共働きで仕事が忙しい両親に相談も出来ず、本当に私は生きてる意味があるのかな……って。

 今なら小さなことで悩んでいたなと思えますが、幼い自分には本当に辛くて苦しかったんです。


 そんなことで常に悩まされていた私は、いつも考えていました。


 せめて、せめて何か夢中になれるモノが欲しい。

 嫌なことを忘れられるほどの、何か────。


「おーい、そこの小学生」

「え? 私……」

「そうそう、暗い顔してたからさ。良かったら俺の歌聞いてくんね?」


「……うん、いいよ」

 

 それはお世辞にも良い歌ではなかった。


 周りの人間がわさわざ足を止める程のものじゃない。素人に毛が生えたもいいとこで、いたって普通の演奏と歌声。

 

 でも、幼い私には十分するぎるほどキラキラ輝いて見えた。それはギターが上手いわけでもなく、素晴らしいパフォーマンスをしているわけでもない。


 ただただ路上で歌うお兄ちゃんの夢中で頑張ってる姿が、私には希望の光に見えた。


 私も、私もこんな風に────。


「中島さんのようになりたい……って」

 

 夢中に喋って、具材を切って、鍋を頬ばって食べていた彼女は、今は夢中に泣いていた。


 ポタポタと机に涙が落ちていく。


「でも、でもっ、急にいなくなって……。それで私も路上で始めたけど、急に相方が遠くに消えちゃって……。そしたらお兄ちゃんが……ッ、中島さんがいたから…………」


 俺の前でずっと明るく振る舞っていた佐々木は、自分の気持ちを誰にも明かせず、長い間悩んでいた。

 心の中で解決したと思っていたよどみのようなものが、口に出したら溢れ出てしまった。


 流れる涙を手で必死にゴシゴシと拭いているが、あいも変わらず止まらない。目元が少し腫れ、鍋の温かさもあって鼻水が少し垂れているその顔は、年相応の子供に見える。


「まあ、なんだ……そうか…………」


「はい……」


 ありがとう、って言うのもなんか違う。

 でも、ごめん、って言うのも絶対違う。


「佐々木……」

「……なんですか?」


 彼女は勇気を振り絞って未来に生きている。

 覚悟を決めて、俺に話しかけたのだろう。


 それなら俺は答えるべきだ。

 そう俺は感じた。だから────。


「次のライブはいつする?」


 だから俺も、彼女と未来へ進もう。

 

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