第19話 神様とか?

「消されちゃう?」さすがの閑古鳥かんこどりも驚いたようだった。「……それは、どういうこと?」

「最初から説明するね」糸谷いとだに……じゃない。一ノ瀬いちのせが立ち上がって、ホワイトボードの前に移動する。「これ、使ってもいい?」

「どうぞ」

「ありがとう」礼を言ってから、一ノ瀬いちのせはボードに文字を書き始める。「まず……そうだね。幽霊にも悪い幽霊と良い幽霊がいるってことからだね」


 良い幽霊、悪い幽霊、とホワイトボードに文字が書かれる。どうやらボードで示しながら説明してくれるようだ。これならご主人も理解できるだろう。たぶん。


「それで……良い幽霊がこの学校に最初に住み着いてたんだ。私もそのうち一人」

「へぇ……どれくらいからいるの?」

「先輩幽霊はいつからいるんだろう……ちょっと見当もつかないけど、私は5年前からいるよ」

「あ、先輩だったか」

「それを先輩っていうのかな? まぁ別に同い年くらいだと認識しておいてもらえばいいよ」


 同い年……そういえば体が糸谷いとだにだから一ノ瀬いちのせも高校生くらいのイメージだったが、どうやら本当に高校生くらいだったようだ。学校に住み着く幽霊なのだから、その可能性は高いのかもしれない。


「そんでね……別に幽霊だって生きてる人間に危害を加えるつもりなんてないよ。実際、この学校で今まで幽霊騒ぎはなかったでしょ?」

「私の知る限りはね」

「そう。私たち幽霊は生きてる人間にちょっかいを出したらダメなの。それがルール。まぁたまに間違えて物を動かしちゃったりして、怒られるけどね」


 なるほど。それがポルターガイストの正体か。


「はい」ゆうが手を上げて、質問をする。「ルールを破った幽霊は、どうなるんですか?」

「消滅する」即答してから、「というのが最悪の場合の話」

「では、最悪じゃない場合はどうなるのでしょう」

「しこたま怒られるね」怒られるだけで済むらしい。「まぁわざと人間に関わったわけじゃないなら、大抵は怒られるだけで済む。意図的に何度も人間界にかかわると、消滅させられる」

「誰に、ですか?」

「さぁ? 神様、じゃない? とにかく、私たちより上位の存在がいて、その人が私たち幽霊を管理してるの」

 

 神様かもしれないし、閻魔大王かもしれない。魔王かもしれないし、もしかしたらそれも幽霊なのかもしれない。


 そこで、一ノ瀬いちのせはボードに『管理者』と書いた。今までの文字より大きく、上の方に書いてあった。


 なんにせよ、幽霊たちにも管理者がいるということだ。死してなお完璧に自由にはなれないらしい。

 それも当然か。死んで自由になれるのであれば、死を望む人間が増えてしまう。そうなれば……困るからな。


「まぁとりあえず……私たち幽霊は管理されながらも、一応生きてきた……って死んでるんだけど……とにかく、幽霊として生活してきたんだ。人間に迷惑をかけずに、ね」

「なるほどねぇ」閑古鳥かんこどりは数回頷いて、「幽霊にも色々あるんだね」

「そう。人間と一緒さ」


 そうかもしれない。人間も幽霊も、魔物も同じだ。組織があって仲間がいて仲間外れがいて、誰かが得をして誰かが貧乏くじを引く。どの世界でも同じだ。


「ところが一週間ほど前……急にこの学校に悪霊が住み着き始めた。原因はおそらく……破壊神とやらが蘇ったことだろうね」

「シックザール、だね」そこで、閑古鳥かんこどりは何かを思い出したように。「そうだ。もしかして、シックザールを倒してくれたのは幽霊の誰かだったりする?」

「違うよ。私たちにそんな力はない。破壊神ほどの存在をあれほどあっさり倒せるのなら……そうだね、もっと圧倒的な力を持った存在が倒してるはず」

「もっと圧倒的か……神様とか?」

「そうかも」


 魔王だ。まぁ別に誰が倒したことになっても良いけれど。猫の姿になってまで地位や名声を手に入れようとは思わない。


「まぁ原因は何でもいいんだけど……とにかく、一週間前から悪霊が現れ始めた。そして、その悪霊が引き起こした問題行動は会長も知っての通り」


 最初に閑古鳥かんこどりが説明していたことだな。ケンカ騒ぎ、放火、2階の窓から飛び降りる、学校のパソコンを破壊する、職員室に入って机を放り投げる……これらのことが一週間の間に起こっているという。


「実は被害は生きている人たちだけじゃなくてね」少し、一ノ瀬いちのせは真剣な表情になる。「幽霊のほうにも被害が出てるんだ。すでに何人かが消滅させられてる」

「消滅……幽霊を消滅させることは、神様以外にも可能なの?」

「うん。人間だって人間同士で殺し合うでしょ? 幽霊だって幽霊同士で殺し合うこともできる。あんまりやり過ぎると、管理者に消されるけどね」


 幽霊の世界も大変なんだな。私は死んでも幽霊になんかなりたくない。そのまま成仏させてくれ。いや……ご主人が心配だな……ちょっとくらいなら幽霊として現世に残ってもいいだろうか。


 一ノ瀬いちのせはため息をついて、


「私たちも悪霊を止めようと動いてたんだけどね……どうにも悪霊たちのほうが勢力が大きいみたいで。だから、生きている人間たちの力を借りようとしてるんだ。本当はそんなことしたらダメなんだけどね」

「そうなの? こうやって助けを求めてくれたら、いつでも助けるけれど」

「ありがとう」素直に感謝を伝えられる人のようだった。「でもね、さっきも言ったけれど、本来幽霊は生きている人に干渉したらダメなんだ。消滅しちゃうからね」

「……ふむ……」閑古鳥かんこどりは一瞬だけ思考して、「じゃあ、今回こうやって助けを求めてるのはなぜ? 消滅してでも悪霊を止めたいの?」

「もちろん。私は正義の味方だからね」などとうそぶいてから、一ノ瀬いちのせは苦笑いを作る。「そう言い切れたらいいんだけどね……私だって消滅したいわけじゃない。せっかく幽霊になれたんだから、幽霊人生を楽しみたいから」

「なら……どうして? こうやって人間に干渉したら消滅しちゃうんだよね」

「本来はそう。だけど今はなぜか、人間に関わっても消滅する幽霊がいなくなっている」

「ほう……つまりそれは……」

「そう」一ノ瀬いちのせはボードの『管理者』の文字に大きくバツをつけて、「管理者が、なんらかの理由でいなくなったってこと」

「そうだね」同意してから、「あるいは……管理者が首謀者そのものか」

「その可能性もあるねぇ……だとしたら、ボクには解決方法がわからない」

「……ふむ……なかなか厄介なことになってるみたいだね……」


 閑古鳥かんこどりは納得している。そしてゆうも会話についていってるようだった。


 ご主人は……話についていけてるだろうか?

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